なんか燃えてる第五話
すっかり忘れかけていたことだが、エリンが異世界についてきたのは俺の目の保養の為ではなく、異世界におけるアドバイザー、案内人としてである。
俺には異世界の地理などさっぱり分からんが、エリンはどの方角へあるけば街にたどり着けるのか把握しているらしい。
現在もはエリンの案内のもと、街に向かって夜通し歩いている最中だ。俺は安全性を考え野宿して朝になってからの方がいいのではと思ったが、エリンの『早くお風呂に入ってふかふかのベッドで寝たい!』というわがままにつき合わされ、こうして夜道を歩いているわけだ。
「ていうか、事前情報を持ってるならどこに魔王がいるのかとかも知ってるのか?」
「そんな都合のいい話あるわけないじゃないですか。それに事前情報というより、天界から送られてくる指示みたいなものですからね、これ。『次は~~に行け』って感じに」
「なんだそりゃ。ゲームかよ」
「これを観戦している神様たちにとっちゃゲームみたいなものですよ。それに絶対に従わなければいけないわけじゃなくて、無視してもいいみたいです。結果として盛り上がればどちらでも」
「……まあ、従った方がいいだろうな。何をすればいいのか何て俺には分からんし、指示通りに動けば最低でも魔王にはたどり着けるんだろうから」
「おや? ちょっと意外です。そんな魔王討伐に乗り気とは思いませんでした」
別に乗り気なわけではない。俺としても本当は魔王討伐なんて危ないことを目標になんてしたくはない。だが安全を追い求めたところで、それを観戦している神連中が許したりはしないだろう。あの手この手で俺と魔王の対決を実現させるに決まっている。
どうあがいてもたどり着く結果が変わらないというのなら、無駄に抵抗して予測不可能な出来事に巻き込まれるよりも、自分から危ない橋を渡ったほうが心の準備が出来るというわけだ。
理想としては、魔王にたどり着く前に冒険の途中で俺の代わりに魔王を倒してくれそうな強者を味方につけること。
「そういやひとつ気になることがあるんだが、その観戦してる神連中はどの程度俺達に干渉してくるんだ? ほら、指示を無視していいのは『盛り上がれば』っていう条件付きだろ? 逆に言えば、指示に従っても盛り上がらない場合、テコ入れとかしてくんのか?」
「んー……それはあまり心配しなくていいと思います。なにせ上の方たちにとってはあくまでも暇つぶしですからね。どこかの街に引き込まって何もしないとかならともかく、最低限冒険の体裁を保っていれば大丈夫だと思いますよ?」
「思います、か……確実じゃないのが怖いな」
とはいえ、今はその不確かな予想を頼りにするほかないのだが。
「そうそう、ちなみに今のところ私達の冒険を配信している神チューブの反響は上々らしいです。あのネタとしか思えなかった能力『大富豪』のウケはかなりいいみたいですね」
「いや、その大反響の大部分は多分お前だと思うぞ」
「は? ……あ、あぁーッ! せっかく忘れてたのに! 何で思い出させるんですかぁ!」
「はーはっは! 言ったはずだぜ! 俺は戦闘でつらい目に遭う、お前は日常でつらい目に遭うとなぁ! お前にだけ楽な思いなんかさせっかよ!」
「この人最低だ!?」
はっ、どうとでも言うがいいさ。つーかそっちの勝手な都合で人を死んだことにしたり魔王を復活させたりするお前ら神の方が絶対最低だからな?
「というかエリン。もうだいぶ歩いてきたが、まだ街にはたどり着かないのか?」
「えーっと、もうすぐのはずなんですけど……あっ! あれじゃないですか?」
エリンの指さす方へ視線を向けると、夜だと言うのに空が明るくなっているのが見えた。おそらく街の明かりだろう。にしても少し明るすぎる気もするが……。
「急ぎましょうヒキガネさん! もー歩きすぎてクタクタです! 早くふかふかであったかい寝床にダイブしたいです!」
「お、おいちょっと待て!」
疑問を覚える俺をよそに、エリンはさっさと明かりのもとへと小走りで駆けていく。
おいて行かれても困るから仕方なく後を追いかけるが、明かりが近づくにつれて疑問は嫌な予感となり、どんどん大きくなるそれはついには確信へと変わった。
「…………なんかさ、燃えてね?」
「…………なんか燃えてますね」
そこかしこから火の手が上がり、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
街の明かりだと思っていたその正体は、燃え盛る炎だった。
「……よかったなエリン。ふかふかかどうかは不明だが、あったかそうな寝床はありそうだぞ」
「いやいやいやいや! んなこと言ってる場合じゃないでしょ! しょ、消防車ー!」
「異世界に消防車なんかあってたまるか!」
というかマジでどういうことだよ。おいエリン。お前神の指示に従ってこの大火事真っただ中の街に誘導されたんだよな?
てことは絶対あれだろ。絶対魔王関係の何かがあるだろ。
「なぁエリン。確か神の指示は無視してもいいんだったよな?」
「さ、さすがにこの大惨事を目の前にして知らんぷりするのは人としてどうなんですか!?」
「うるせぇ! 神に、それもセーラーブルマの色物女神に人としてどうこう言われたくねぇッ!」
「この格好にさせたのはアンタなんですけどぉッ!?」
お互いに胸ぐらを掴み上げ睨み合う。そもそもこの大惨事のおおもとの原因はお前ら神だろうが。何ちゃっかり俺にも責任の一端を担わせようとしてんだ。
「と、とにかく無事な人がいないか探して助けないとですよ! ここで逃げたらそれこそヒキガネさんの恐れていたテコ入れが入りかねません!」
「くそが! 確かにそれは勘弁だ!」
それに、いくら最後に神がこれらの被害をなかったことにするとしても、だからと言って見過ごすのも目覚めが悪い。
そんなわけで、俺とエリンは火に包まれた街の中へと駆け出すのだった。