萌え萌えキュンキュンな第四話
イメージでは上手くできても、実際にやってみるとそううまくは出来ないもので、切り裂いたつもりが野犬の頬にかすり傷を作っただけという結果に終わってしまった。
しかし突然の反撃にひるんだのか、とびかかってきた野犬は尻尾巻いて逃げ出し、しかも都合よくそいつが群れのボスだったようで他六匹の野犬も後を追うように俺達の前から姿を消したのだった。
まあ格好のつかない戦闘ではあったが、初めてなら上出来じゃないか? 運に助けられたとはいえ野犬を追い払ったのは事実。勝ちは勝ちだ。
「た、助かりましたぁ……」
エリンは心底ほっとした様子でへなへなとその場に座り込む。ふむ、その体勢だとブルマがセーラー服の裾に隠れるからなんだか余計イケない格好しているように見えるな。
「しかしヒキガネさん。よく能力の使い方が分かりましたね。いえ、能力が大富豪だと分かったこともそうなんですが、随分迷いなく能力を発動していたので」
「あー、いやまあ、むしろアレ以外使い方を思いつかなかったんだけどな」
「というのは?」
「まず、能力を使おうって思った時に頭ん中に『残り七枚』って浮かんできたんだ。これが俺の使用出来るトランプ枚数、つまり手札だってことはすぐにわかった」
大富豪はまずプレイヤー全員にトランプを配る。多分ここで言うプレイヤーは自分と敵の総数だ。今回は野犬七匹に俺を加えて八人。一人当たりの手札は六~七枚になるから合致する。
「問題はトランプ五十二枚の内どの七枚が自分の手札かだが、これはたぶんどれでもいいんだろう。使えるのは七枚だけだけどどれを使うのかは自由。なにせ敵に手札を配れないからな。次に問題なのが、大富豪のどこが能力として使えるのか、だ。だが、これもエリンの話を聞いてすぐにわかった」
「私の話ですか? あのダイヤがどうとか言う?」
「スタートはダイヤの3を持つプレイヤー。トランプ全部使えるんだからそれは俺だ。そして出すカードは自由。つまり最初にダイヤの3を出さずいきなりスペードのAを出してもいいはず……なのに、最初投げた時は何も起こらなかった」
大富豪は場に出たトランプよりも大きい数字を順番に出していくゲーム。スペードのAを一枚だけで使うことのどこにも大富豪のルールに反している部分はない。しかし何も発動しなかったということは、ただトランプを場に出しただけでは能力は発動しない。
「あとはもう、大富豪と言って思いつくのは『役』だけだろ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。最初にダイヤの3を出さなくてもいいのは神の間でそうなだけで、ヒキガネさんの能力は『ダイヤの3から始めなくてはならない』って条件かも知れないじゃないですか」
「いや、それはない」
反論してくるエリンをバッサリ切り捨てる。
「大富豪にはローカルルールが多いって言っただろ。自分たちの間ではありのルールが、他のとこだとダメなんてよくあることだ。俺の能力だけ全部のローカルルールが使えるなんて考えにくい。基準があるはず」
「それが神の間で採用されてるルールですか……しかしなぜそんなことわかったんですか?」
「だってこれ、神が用意した能力だろ?」
「あっ」
「だからルールは神基準。それに忘れたのか? この異世界における俺達の行動は、神が面白おかしく鑑賞するためだぞ? 自分たちの知らないローカルルールなんて出てきたら白けるだけだ」
「た、確かに私たちの冒険はリアルタイムで生配信されてます。神チューブで」
か、神チューブ? 思ってたのとちょっと違うけどまあいいや。
「……で、話を戻すが、この能力は大富豪の役を実現するものだってのは推察出来た。肝心の採用されてる役を聞く時間はなかったが、8切りが不採用なんて滅多にない。だから迷わず能力が使えたんだよ。名前的にも攻撃系の技ってのはなんとなくわかったからな」
だって『切』って文字入ってるし。これで攻撃技じゃなかったら俺はなすすべなく野犬に喰われていただろう。
「ほぇー……なんか弱そうだと思ってたのに、意外とあたり能力っぽいですね。役の数だけ技があるってことですし」
「その肝心要の役なんだがな。結局神が大富豪するときはどれを採用してるんだ? 一応大抵のローカル役は知ってるから多いと嬉しいんだが……」
「ああ、それなら8切りの他は……Jバック、スート縛り、階段、革命の合計五つです。あまり多すぎても混乱しますからね」
「少ねぇ!」
代表的なのしかないじゃん! 普通に遊ぶだけならそれでいいのかもしれないけどさ! こっちはそれに命かけてるんだよ! もっと採用しろよ!
「攻撃に使えそうなの八切りくらいしかねぇじゃねぇか……せめて砂嵐くらいは欲しかった……」
「砂嵐はローカルすぎません? 七渡しか10捨てならともかく」
「どっちにしろそれ攻撃技じゃないだろ。つか手札=能力の残り使用回数なのに減らしてどうする」
「ま、まあいいじゃないですか! 攻撃技があっただけでも良しとしましょうよ! それに他の役が戦いで役立たないとは限らないですし! ほら、革命とか強そうじゃないですか!」
確かに一番消費するトランプの数が多い革命は相応の能力を宿していそうだが、それが=強いとも限らない。
カードを一度に四枚出すと使える革命。本来は数字の強弱がひっくり返る役だが、それが能力としてどう現れるのかが全く予想つかないから不安だ。全部のトランプから好きな物を選べる以上強弱がひっくり返ったところで意味なく思えるし、そもそもJバックと効果がかぶってる。
「いや待てよ……大富豪のルールが適用されるなら……手札の概念もあるんだし、まさか……」
「もー、考え込むのは後にしてくださいよ。もう私クタクタなんですから。早く街に行って、今日はもう休むとしましょう? ね?」
「…………ま、そうだな」
試す機会なんていつでも作れるだろうし、俺も初めての戦闘につかれてるのは同じだ。さっさと風呂につかりたいぜ。
「と、その前に」
「なんですか? 早く行きましょうってば」
まだ見ぬオアシスを待ち焦がれてウズウズしているエリンに待ったをかける。
「約束」
「は?」
おいおい、何だその『なに言ってんだこいつ』って目は。まさか忘れたなんて言うつもりじゃないだろうな。
「萌え萌えキュンキュン」
「………………あっ」
エリンの顔が野犬に囲まれていた時以上の絶望に染まった。そんなに嫌か。俺が何を糧に頑張ってと思ってんだ。
「はーやーく! はーやーく! 神様の! ちょっといいとこ見て見たい! へいっ!」
「あああああ! なんて約束しちまったんです私ィー!」
「ふっふっふ……まさか女神様ともあろうお方が、約束を破るなんて不誠実なことはしないですよねぇ? ふっはっはっはっは!」
「くそぅくそぅ! こういう時だけ神様扱い! でも確かに神として一度交した約束を反故にするわけにはいきません……! いいでしょう! 私の萌え萌えキュンキュンなセリフ見せてあげますよ! 見てなかったとか言ったらぶっ殺しますからね!?」
「ヘイヘイ女神様よぉ、そんなこと言っても顔を真っ赤にしてたら怖くないぜぇ!」
「ほんとむかつくっ!」
羞恥に身を震わせ睨んでくるエリンだったが、ようやく覚悟が決まったようで。
顔も耳も首も真っ赤にしたまま無理矢理笑顔を作り、グーにした両手を口元に持ってくるいわゆるぶりっ子ポーズの構えで約束を果たした。
「きゃ、きゃるるーん☆ ヒキガネさんがかっこよくてエリン、と~ってもドキドキしちゃった☆ きゃはっ」
「……よし、行くか」
「もういっそ殺してっ!」
「ちなみにさっきの、百点満点中の五十点だ。もっと精進しなさい」
「うわぁーん!」
余談だが、俺達の冒険を生配信している神チューブではこの時、過去最高視聴率を記録したらしい。