ふしだらな女神だと思ってた第三話
『まさかこんなにも早く主に危機が迫るとは』
整列したトランプが頭を垂れ膝をつく。二度と見たくないと思っていた狂気の光景を、こんなすぐに再び見ることになるなんて。しかも前より鮮明に見える気が……。
『それもそうでしょう。なにせ不完全だった前回とは違い、世界を渡ったことで主と我らのリンクは完全なものとなったのですから』
Kの言葉に賛同するように、他のトランプたちも身振り手振りを送ってくる。
さすがにここまで来てこれを夢だと思うほど俺も鈍くはない。間違いなく、こいつらは俺の力――神様ガチャから出てきた、トランプの能力そのものだ。
『その通りです、主よ。我らは主の動く矛であり盾。迫る危機から御身を守るための道具にございます』
ザッ、と跪いていたトランプたちが一斉に立ち上がり、気を付けの構えをとる。
――期待していいんだな?
『もちろんでございます。――さあ、主よ! 準備は整っております! 後は主が我らに命令を下すのみ! 主に仇なす怨敵に、目にもの見せてくれましょうぞ!』
○
「――さん! ヒキガネさん! なにまたボケっとしてんですか!」
「ん…………ああ、なんだエリンか。変態かと思った」
「この格好でいろと言ったのはヒキガネさんでしょうがッ!」
気が付くと目の前にスカートをはいてないセーラー服少女がいるんだからびっくりした。
しかし今の、夢じゃなくて……精神世界というやつだろうか。あのトランプたちが俺の能力か……ガチャから出てきたときははずれでしかないと思っていたが、少し考えを改めるべきかもしれない。あんなに戦う意思に溢れていたのだ。きっと能力もそれに見合った物で――あ。
「どんな能力か聞くの忘れてたぁーッ!」
「うわっ!? き、急に叫ばないでくださいよ!」
やっちまったやっちまった! カッコつけて『信じていいんだな?』なんて決め顔で言ってる場合じゃなかった! 戦うすべがあっても使い方わからないんじゃ意味ねぇじゃん!
「ぐおぉ……頼むトランプたちよ……もう一度俺をあの世界に……」
「うわ……ほんとにどうしたんですか? 頭おかしくなってません?」
いくら念じても一向にトランプが反応する気配はなかった。なんか、こう……すごいショックだ。あんな『自分ら一生ついてくっス』みたいな感じだったのに……。
「もう燃やしてやろうかな、これ……」
「ひ、ヒキガネさん早まらないで! そ、そうだ! トランプって言ったら、やっぱ飛び道具にして使うんじゃないですかね!? ほらこう、手裏剣みたいに!」
エリン……! 何も教えてくれないトランプ連中とは違って、お前は一緒にどんな能力か考えてくれるのか……! 見直したぜ、今までふしだらな女神とか思っててごめんな。
「そ、そうだな。手裏剣な、手裏剣……とうっ!」
エリンの助言に従って、トランプを一枚力いっぱい投げてみる。手裏剣の投げ方なんか知らないから完全に自己流だが、もし本当に飛び道具の能力ならこれでも十分に効果を発揮してくれるだろう。
ところで肝心の投げたトランプなんだけど、俺の手元を離れてすぐに失速して地面に落ちたんだが……なあエリン。なんでそんな気まずそうな顔するんだよ。お前がやれっつったんだぞ。
「な、投げ方が悪かったのかもしれません! ほら、もっと試してみないと!」
そう言いながらエリンは地面に落ちたスペードのAを拾って手渡してくる。
「あれ……スペードの、A?」
なんだろう、いますごい頭に引っかかるものがあったような……。何か肝心なことを見落としているような、すごい簡単なことに気づけていないような……。
「あ、あのあのあの? ヒキガネさん早くしてくれません? もう野犬たちがじりじり迫ってきて今にも襲い掛かってきそうで――ってキャァァアア!? い、今ひっかかれたんですけど! ほらここ! ……ってあれ? 奇跡的に無傷です! でももうタイムリミットっぽいんですけどー! ヒキガネさん早くー!」
「ええいうるさい! 今考え中なんだよ! そのまま野犬の注意でも引きつけてろ!」
「うぇええ!? ひどすぎません!? 盾にはならないって言ったのにー! ――キャァアこっち来たぁぁああ!?」
くそっ! なんだ!? 何に引っかかってるんだ!? 早くしないとこっちにも野犬が来るってのに……! とっかかりはスペードのAだ、これを見て違和感に思ったんだ。その理由はなんだ。そもそもこれを投げたのも適当に選んだだけ、それがスペードのAだったのもただの偶然……待てよ? 本当に偶然か? そういえば聞いたことがあるぞ。新品のトランプは並び順が決まってるって――並び順? そうだこれだ。これが引っかかるんだ。
並び順……なんだ? 前にもそれで違和感を覚えた気が……。
「あ――あぁぁああ! そうかそういうことか!」
精神世界のトランプたちだ! おかしいのはこれじゃなくてあっちだったんだ!
普通Aが先頭のところをあいつらは2が先頭だった。しかもそれをKは掟だと、絶対のルールだと言っていた。
スートごとに2を先頭にして並んでいたのは、2が一番強い数字だったからだ! そしてその条件が当てはまるトランプゲームなど俺は一つしか知らん!
「――大富豪か!」
間違いない! 俺の能力は『トランプに関する能力』ではなく、正確には『大富豪に関する能力』だったんだ!
「びえぇぇぇぇええん! ヒギガネじゃぁああん! はやくだずげてぇぇええ!」
「っておい! なにこっち戻ってきてんだバカ!」
野犬を引きつける役割を任せていたエリンが逃げてきて、しかも俺の背後に隠れやがった。当然七匹の野犬はこちらに向かって一直線に駆けてきている。
「バカとは何ですか! めっちゃ噛まれたりひっかかれたりしたんですよ!? これ以上は無理です! 死んじゃいます!」
「その割には無傷に見えるが?」
「ああ、これはですね。どうやら――」
「って無駄話してる余裕はないんだったな! おいエリン、教えて欲し事がある! まず神は大富豪とかするのか!?」
「え? は、はい! ――って、まさかそれがヒキガネさんの!?」
「ああ多分そうだ!」
「弱そう!」
「はっ倒すぞてめぇ! ってそうじゃなくて、大富豪にはローカルルールが多すぎる! 俺が知りたいのは神が大富豪するときに採用してるルールだ! スタートはダイヤの3か!?」
「いえ、ダイヤの3を持ってるプレイヤーからスタートですが、出すカードは自由です!」
もう野犬は目前まで迫り、一刻の猶予もない中お互い早口でやり取りする。
さっきスペードのAを使った時に何も起きなかったのはダイヤの3から始めなかったからかと思ったが、どうもそうではないようだ。
そしてタイムアップ。野犬は俺達に追いつき、牙をむいてとびかかってきた。
――でも、これだけ聞ければ十分だ。
『主よ』
今更反応しやがったな薄情者どもめ。だがこれでいいんだろ?
『はい。主が我らを使うには我らの準備だけでは不十分。主の気づきが必要でした。所詮我らは主の武器、ただの道具にすぎません故。主が我らを使うと言う意思を持って初めて、我らは定められた役割を発揮できるのです』
「ならその役割、きちんと果たして見せろよ!」
『お任せくださいませ』
脳に流れる声、そしてイメージに従い、トランプの束からスペードの8を抜き取り野犬へとそれを振るう。
「――《八切り》ッッ!!」
スペードの8からエネルギーのようなものが溢れ、刃の形となって野犬を切り裂いた。