絶対変なこと考えてる第二話
トランプ。それは四つのスートごとに13枚ずつとジョーカーの計53枚からなる紙の束である。
紙の束である。決して武器ではない。
はっきり言おう。かなり弱そうな武器を引き当ててもう異世界転生のモチベーションとか駄々下がりである。
「エリン、転生する予定だった異世界を変更したい。魔王とかいない、もっと平和な異世界にしよう」
「いやいや無理に決まってるでしょうヒキガネさん。子供じゃないんだし、強そうな武器じゃなかったからって拗ねないでくださいよ」
「いいじゃねぇかどうせ魔王なんてお前ら神が勝手に生み出したマッチポンプの演出素材なんだからお前らが自分で片づけろよ」
「身も蓋もないこと言わないでください! 確かに私も『いくら神とはいえこりゃひでぇ』って思うこと多々ですが、もうすでに引き返せないとこまで来てんですよ!」
「温泉巡りとかしたい」
「話聞けや!」
あーやだやだ転生したくなーい……なんだよ武器トランプって。俺はマジシャンじゃないんだぞ。
「あーもうマジ手間かけさせないでくださいよ。今までの勇者役は文句言わずにさっさと転生していきましたよ?」
「百年前の人は異世界転生なんて言われても理解できないんだから文句を思いつかなかっただけだろ。相手に疑問を考える余地を与えないのは詐欺と同じだぞ」
「ほんっと神相手に口の悪い……もーほら、早く転生しましょうって。もしかしたら見た目が弱いだけで実は強いかも知れないじゃないですか」
「トランプ使って強い人はたぶんトランプを使わない方が強いと思う。ていうかなに? 『もしかしたら』とか『かも知れない』って?」
「ああいえ、能力の詳細を決めたのはもっと上の神なんで、私はそれがどんな能力なのかは知らないんですよ」
……じゃあなんだ? 俺は自力でこのトランプの能力を解き明かし、使いこなさなきゃいけないってことか? そもそも武器として成立してないこれをどうやって戦闘に生かせばいいのかも教えてくれないの?
「なんか、転生したらすぐに死んで速攻元の世界に帰るのが正解な気がしてきた」
「そこはもうちょっと頑張りましょうよ。てかもういいですよね? もう転生していいですよね?」
くそ、急かしやがってこの色物女神が。もう能力がどうにもならないんだったら、せめてこいつにも俺と同じ苦痛を味わわせてやる。
「……なあエリン。そう言えばお前も一緒に転生するんだったよな?」
「な、なんですかその何か企んでそうな顔……ちょ、やめて下さいよ、これでも私女神ですからね? 変なことしたら怒りますよ?」
「一緒に転生するってことは、つまり俺達は一蓮托生の仲ってことだ」
「なぜでしょう、ここに来てヒキガネさんに一蓮托生とか言われると嫌な予感しかしません」
「取引をしよう。お前の望む通りすぐにでも転生してやるから、その代わりお前は俺が今から言うことに従うんだ」
「絶対変なこと考えてるー! こうなったら問答無用で転生を……出来ない!? え、なんで……まさか上からの介入!? ちょ、ちょーい!? お、お偉いさん方―!? 無視しないでー! ああもう絶対面白がってる! 私がひどい目に遭うのを笑うつもりだ!」
「お前には――――その恥ずかしい格好のまま異世界に降り立ってもらう」
「こ、この格好で!? 絶対嫌です!」
「俺はしょぼい武器を使うことで、戦闘でつらい目に遭う。お前はその恰好でいることで、日常で恥ずかしい目に遭う。お互いに持ちつ持たれつやって行こうぜ」
「一蓮托生じゃなくて死なば諸共じゃないですかそれ! 異世界では現地のおしゃれを楽しむ予定だったのに――ああっ勝手に転生が始まってる!? 何もしてないのに! お偉いさん方のバカ―! いつかセクハラで訴えてやるー!」
俺以上に駄々をこねるエリンだったが、どうも下っ端のこいつに上の神からの干渉を防ぐ手段はないようで、俺達は有無も言えずになぞの光に包まれたのだった。
○
俺が知っている異世界転生というのは、その世界観のほとんどが一昔前のヨーロッパ風であり、元の世界のように現代的で近代的な文明を構築しているなんてことはほとんどない。そして今回俺が体験することとなった異世界転生もどうやらその例に漏れていないらしい。
らしい、というのはまだこの異世界に何かしら現代を上回る科学技術が実在している可能性も捨てきれないからなのだが、しかし心のどこかでそれはないだろうという思いが俺にはあった。
「――さん。ヒキガネさん! ちょ、話聞いてます!?」
だって、異世界ってそういうものだろう? そんな思い、思い込みが俺の中にあるのだ。
異世界での魔王討伐に、科学的理論に基づいた高性能兵器が出しゃばってきたら興ざめもいいとこである。やっぱ異世界で魔王を討伐するなら、魔法なり超能力なりの不思議パワーであって欲しいところだ。
「ヒキガネさん、ヒキガネさん! ちょっと! 何ぼんやりしてるんですか!」
さて、俺のどうでもいい願望と偏見を語ってしまったせいで話が逸れたが、とにかくこの異世界は中世ヨーロッパっぽい世界観であることは、ほぼ間違いないと言っていい。
なぞの光に包まれた後、開けた視界に飛び込んできた光景はまさに圧巻の一言だった。
広大で緑豊かな草原。きれいに澄み渡る満天の星空。そして、俺を囲む元気な可愛らしい動物たち。
「ヒキガネさんってば! いやほんとマジで、現実逃避してる場合じゃないですから! このままじゃ死にますって!」
「なんだよエリン、さっきから……俺は今、この美しい世界に感動している最中なんだ。この草原も、星空も、野生の動物も、開発の進んだ今の日本じゃなかなか見れない光景だからな」
「この状況でよくそんな呑気でいられますね! 命の危機なんですが!?」
泣きわめくエリンが喧しいため仕方なく現実を受け入れることにする。
広大な草原、よし。
きれいな星空、よし。
可愛らしい動物たち――訂正。牙をむく野犬の群れ、よし。
ふむ……。
「絶体絶命だな」
「うわぁーん! こんなはずじゃなかったのに! 私はこんな危険な目に遭う役割じゃなかったのに! 戦闘は全部安全圏から眺めてるだけのはずだったのにぃ―!」
「お前のスタンスにはいろいろ言いたいことがあるが後にしてやる。それより今はどうやってこの場を切り抜けるかだ。女神の力でどうにかできないのか?」
「無理ですよぉ……思ってた以上に力に制限がかかってるんです……初級回復魔法しか使えません……」
「足手まといめ」
「トランプが武器の人に言われたくないんですがぁ!?」
は? 攻撃手段がある分こっちの方が上なんだが?
「あーもうキレちまったぜ。そこまで言うなら俺がトランプの可能性を見せてやるよ! もし切り抜けられたらお前分かってんだろうな!?」
「ええ!? 自分でもあんなにトランプの文句言ってたのに怒るの!?」
「俺のおかげで生き延びたらお前あれだからな! その恰好に見合った萌え萌えなセリフ言わせてやる!」
「肉体的に死ぬか社会的に死ぬかの二択!? あーもうわかりましたよ! 死ぬよりマシです! せいぜいキュンキュンさせてやりますよ!」
ただでさえ命のかかった戦いではあるが、余計に負けられなくなった。
絶対こいつに萌え萌えでキュンキュンなセリフを言わせてやる。そんな覚悟を胸に俺はそっとトランプを手に取り――
――主よ。
不意に、そんな声が聞こえた。