張り手をかましたくなる第一話
異世界転生という単語にワクワクというかそわそわというか、心の中の中二病が刺激されてしまうのは俺だけではないだろう。
『異世界転生というものを知ってますか?』と聞いてきたセーラー服にブルマを装備した色物女神は、俺の答えを待つことなくペラペラと言葉をつづけた。
のべつまくなしにとまではいかないまでも、しかし質問してきたくせにそれに答える暇も与えないとはいかがなものだろうか。
「聞いたことくらいありますよね? そう、命を落としたものが新たな命を得て別世界に生まれ変わるあれです。ヒキガネさんにはそれをしてもらいます」
「ふぅん…………ん!? え、じゃあなに、俺死んだの!? 寝てただけなのに!?」
一応言っておくが俺に持病があったりだとかはないし、誰かに寝込みを襲われるような恨みを買ったこともない。死ぬ心当たりがない。しかし、女神の話から察するにここは死んだ者が訪れる空間のようで、つまり俺は死んだということになる。死因はなんだ? いや待てよ、そう言えばさっきこいつは『選んだ』と言っていたぞ。
「おい女神」
「エリンでいいですよ」
「エリン。正直に答えろ。――お前が俺を殺したな?」
もはやそれ以外に考えられない。いよいよ法廷で戦う必要がありそうだ。あ、死んでるから訴えることもできないのか。
「残念ながら不正解、いえ部分点はあげましょう。殺してはいませんし事実あなたは死んでいませんが、しかし『死んだことにした』というのは確かに私達神の御業です」
要領を得ない。理解が追い付かない。死んだことにしたとはどういうことだ? なに『仕業』じゃなく『御業』と言ってちょっとすごいことした感を出してんだ?
「いえ、実際すごいことなんですよ? なにせ世界丸ごと情報の改竄をしたんですから。記憶や記録に矛盾が生じないよう完璧に情報をいじりましたので、いまヒキガネさんのいた世界では『疋金幸樹という人間は最初から存在しなかった』ということになっています」
怒るとか驚くとか、もはやそう言う次元ではなかった。というより、あまりにも大規模かつ荒唐無稽すぎるその話を信じ切ることが出来ず、怒ろうとすら思えなかったのだ。
「一応、これは聞いておくべきだと思うんだが、生き返る……いや死んではないんだからこの表現は違うか。元の世界に戻ることは出来ないのか?」
「私じゃ無理ですね。もっと上の方の神様にお願いしないと。しかしこの先、可能にすることは出来ます」
意味ありげな台詞だ。この先というのは十中八九、異世界へ転生した後の話だろう。現状を抜け出すのに俺が出来ることなど皆無と言って差しつかえない以上、もはやエリンの言うことにおとなしく従うしか取れる手段はないのかもしれない。
「話を続けますね? と言っても、もう説明すべきことも僅かなのですが。さて、わざわざヒキガネさんを『死んだこと』にして異世界に転生させるのには、もちろん理由があります。それは魔王を討伐すること……王道ですよね。それともテンプレといった方がいいですか? もちろんただでとは言いません。魔王を倒すとどんな願いでも叶えられる『賢者の石』を入手できるのですが、その所有権をヒキガネさんに差し上げます。ええ、これが先ほど言ったこの先可能になる元の世界に戻る手段です。元の世界に戻るなり、そのまま異世界で楽しく暮らすなり、好きに願いを叶えてください」
「もし魔王を討伐できなかったらどうなる? 例えば、その……本当に、し、死んだり、とか」
思わず声が震えてしまった。しょうがないだろ。俺だって死ぬのは怖いんだ。
「ご安心ください。その際はもう一度この空間に戻り、そのまま天国に行くか元の世界に戻るか選ばせてあげます。そのころには上の方たちも満足してるでしょうし」
満足? どういうことだろう。
「もう一つ。元の世界は俺が存在しなかったことになってるんだろ? それについてはどうなんだ?」
「もう一度情報を改竄するだけです。アフターフォローは任せてください」
……ふむ。つまり、俺はなんのデメリットもなくどんな願いでも叶えるチャンスに挑戦できるというわけか。
「随分と虫のいい話だな。よすぎると言ってもいい。俺に魔王を討伐させて、願いを叶えさせて――それで? 一体どこにお前の、神の目的が隠されてるんだ? ……おっと、頼むから『異世界を魔王の脅威から救いたい』なんて綺麗事は言わないでくれよ? 人をこうして躊躇いも悪びれもせず死んだことにした神様が、そんな殊勝な心掛けを持ってるはずないからな」
もし本当に異世界の窮地を憐れんでいるのだとしたら、俺のような一般人をわざわざ転生させることなく、神の力でどうにかしてしまえばいいのだ。世界の情報を改竄できる神ならそれくらい造作もないだろう。
「はぁ……………………まあいいでしょう。教えてあげます。あ、でも勘違いしないでくださいね? これは神の中でも上の方の神が決めたことで、私みたいな下っ端の神はそれに従うしかなかったんですから!」
「いいから早く言えよ。つーかやっぱろくでもない目的があるのかよ」
「ええっとですね……ぶっちゃけ言いますと、神って暇なんですよ。ですのでまあ、これは暇つぶしの一環でして……」
そこからぽつりぽつりとエリンがこぼした言葉を要約すると、つまりこういうことらしい。
暇で暇でしょうがない神は、ある日スポーツ観戦をするようなノリでどこかの世界の魔王対勇者の戦いをのぞき見していたらしい。それが思った以上に盛り上がり、こんなに盛り上がるのなら自分たちでこの戦いをプロデュースすればもっと面白いものが見れると思ったとか。そこで定期的、具体的には百年に一度というスパンで魔王を適当な世界に誕生させ、その魔王を討伐する勇者役の人間を観察する催しが開かれるようになった……らしい。
要するに、神による超ビッグスケールのマッチポンプである。
「つまりなんだ、ニュアンス的には異世界転生というよりも、神の開催するイベントに強制参加させられるって感じか?」
「そうなりますね。ですから魔王を討伐できなかったとしても、神の情報改竄でその世界に対する魔王が生んだ被害は元通りになりますので、コンプライアンス的にも問題ありません。現実世界を使ったリアルゲームとでも思ってください」
「で、今回選ばれたのが俺ってわけか……」
「はい。勇者役の人数や種族、選ばれる世界は全てランダムなのですが、まさか選ばれたのがなんの戦闘の心得のない人間でしかも一人だけなんて結果になるとは……今回は勇者の死亡ですぐに終わりそうですね」
「縁起でもないこと言うなよ! てかそうじゃん、俺なんも戦うすべなんか持ってないんだけど。え、まさかこのまま異世界転生しなきゃいけないの?」
「ああ大丈夫です。毎回選ばれた勇者役には、これまたランダムで神から闘いに役立つ能力がプレゼントされますので」
それを聞いて安心……出来ねぇな。能力なんぞ渡されたところで俺が戦闘のプロになるわけでもないのだし。しかもランダム。これで弱い能力なんか引き当ててしまったら、エリンの言う通り即死亡のバッドエンドで終わってしまう。
「ではヒキガネさん。早速ですが、こちらのガチャガチャを回して能力を決めてください。ガチャから出るカプセルに、能力に関する武器が入ってますので」
「どこから出したんだそんなの……俺、ガチャは十連からでしかやらないって決めてるんだけど」
「つべこべ言わずさっさと引く! ほんとはもっとサクサク転生を済ませるつもりだったのにどんだけ時間かかってると思ってんですか! なぁに、安心してください。実は異世界にはアドバイザーとして私も同行することになってるんですよ。異世界ではここほど強い力が使えるわけじゃありませんが、ある程度の傷を治すことくらいは出来ますので、よっぽどひどい能力じゃない限りそう簡単には死にませんって」
ええ……こいつも来るの……? 本当に役に立つのか? 下っ端なんでしょ?
いや、だが、考え方を変えてみれば悪くないかもしれない。このブルマセーラー服がいれば敵から身を護る肉壁に使えるかもしれないじゃないか。
「……あの、言っておきますが私はあくまでアドバイザーですから。現地での案内とちょっとした傷の回復以外は何もするつもりないですからね? ましてや盾になんて絶対になりませんから! というか服のこと忘れかけてたのに掘り返さないでくださいよ! あぁまた恥ずかしくなってきた……!」
なんか一人で勝手に悶えだしたがほっとくか。それよりガチャだガチャ。まじ頼むぞ俺のくじ運。変に癖のない使いやすい能力、出てこい……!
必死に祈りながらガチャを回し、出てきたカプセルを手に取る。大きめのカプセルは軽く振ってみるとカタカタ音を出すし、何か中に入っているみたいだ。ナイフや小型拳銃が入ってたりしたらありがたいんだが、重さ的にそれはなさそうだ。
さてさてそれじゃ、早速開けてみますかね。
「――――ん? ……んんん?」
「おや、どうしましたかヒキガネさん。そんな困惑と絶望が入り混じった顔をして。何か妙な物でも入ってましたか? ちなみに私の予想ですとね、ピストル系の能力なんじゃないかと思ってるんですよ。ほら、ヒキガネさんだけに、引き金、みたいな?」
張り手の一つでもかましてやりたいくらい腹の立つドヤ顔をエリンが披露しているが、正直そのくだらない洒落通りだったらどれだけマシだったか。
カプセルに入っていた能力に関するアイテムは、魔王どころか序盤の雑魚敵にすら負けかねない悲惨なものだった。
「……なぁエリン。一つ確認したいんだが、これが俺の能力であり武器なんだよな?」
「はい。それが何か?」
恨むぞ俺のくじ運。全財産ガチャに課金してお目当てのキャラをひけなかった時以上の絶望感だ。もし今魔法少女になったら一瞬で魔女化する自信がある。
……しかし、そうか。俺はこの先、異世界でこれを武器に戦っていかなきゃいけないのか。
この…………『トランプ』で。