夢のあとを追いかけて
他サイト掲載の短編を数年ぶりに読み返したらちょっと感動してしまったので(自画自賛の極み)字句修正だけして転載。
「今日から高校生かあ……」
クラス名簿の掲示を見ながらなんとなくそうつぶやく。感慨や不安はあまりない。高校生になったからといって何かが大きく変わるとも思えない。勉強は格段に難しくなるだろうけど、教科書を見る限り、全くついていけないというほどでもなさそうだ。
「ユミは部活どうする? もう入るとこ決めた?」
「んー、どこにも入らなくてもいいみたいだから、帰宅部かなあ。気楽でいいし」
幼馴染のサキがいるから、極端に孤立することもないだろう。部活で活躍すれば進路で有利というけど、部活しないと不利になるとも聞いていない。
「えー、なんかさびしー。やりたいこととかないの?」
「ないことはないけど、ずっと続けようとは思わないし」
「ユミって案外ドライよね。そんなんじゃモテないよ?」
「サキはモテたいの?」
「モテたいわよー、だってJKだし!」
「自分でJK言うかな……」
サキの近い将来がちょっと心配だ。変な男につかまらないといいけど。
「あたしはね、帰りに美味しいケーキが食べられる生活がいいの」
「太るわよ。ぶくぶくと」
「そうじゃなくてね、サキ……」
この学校で初めて聴くチャイムが鳴る。
「あ、そろそろ教室に……え、地震!?」
ずん、と地面に響く。それほど大きくないけど、揺れは続いている。
「ユミ、危ない!」
え、と思って振り向いた時には、倒れてくる臨時の掲示板が目前に迫っていた。
◇
◇
「ん……」
なんだか長い、とんでもなく長い夢を見ていたような気がして、目が覚めた。ここは……保健室?
「あら、目が覚めたのね。良かったわ、このまま眠り続けていたら救急車を呼ぶところだったわ、なんてね」
あ、そうか、掲示板が倒れてきて……頭にぶつかって気を失ったのか。でも、頭が痛いとか重いということはない。むしろ、すっきりしている感じ。
「始業式はもう終わっているわ。自分で教室に行ける?」
「あ、はい、たぶん……」
保健室の先生だろうか、ずいぶんとあっさりした対応をする人だ。頭を打って運ばれたのなら、もっと慌てそうなものだけど。
あれ、事故で気を失ったのなら、保健室じゃなくてすぐに救急車で病院に運ばれるんじゃ……?
わずかに違和感を覚え始めた時、保健室にサキが入ってきた。
「ユミ、良かった! 目が覚めたのね」
「あ、うん。ごめん、心配かけて」
「ほんとよもう。帰りのケーキおごりね」
「もー、お昼食べられなくなるよ? 今日は始業式とHRだけで終わりだよ」
授業は明日から始まる……はず。
「え? 午後に生徒総会があるでしょ? その後は各部活のパフォーマンスに勧誘活動。今年からそうするって決めたじゃない」
はて、この学校、そんなに課外活動に力を入れてたっけ?
「でもまあ、お昼はカフェテリアの新作楽しみよね。近所の料理学校の協力で安くても美味しい食事を、ってよく思い付くわよね」
この学校は購買しかなかったような……。
うん、違和感がハンパなくなってきた。
「ねえ、サキ。あたしが保健室で寝てた理由を言ってみて?」
サキと保健室の先生がきょとんとして顔を見合わせた後、
「……朝、クラス替えの掲示見てたら『気分が悪い』って自分で保健室に行ったんじゃない」
微妙に、いや、全然違う。パラレルワールドの物語を思い出しながら、
「地震は?」
「地震? それって……」
何か言いかけて、サキと先生ははっとした顔になる。
「先生! すぐに病院に連絡して! あと、タクシー!」
「わかったわ!」
てきぱきと動き出すふたり。そして、
「……おはよう、ユミ」
サキがそっと抱きしめる。
え、あなたそんなキャラじゃないよね?
◇
「えーと、つまり、ちょうど一年間の記憶がない、と」
「そういうことになりますね。正確には、一年経過して記憶が戻り、その反動で記憶喪失中の記憶を失った、ですが」
「はあ……」
映画やドラマではよく聞く展開だ。ただ、多くの場合は記憶喪失中の人格の方が注目されるけど。なんだ、あたしはモブの方か。
あまりの展開に、医師の説明を聞きながら現実逃避の発想を頭の中で繰り広げる。
「一年前同様、しばらく様子を見ることにしましょう。もしかすると、この一年の記憶も戻るかもしれませんし」
そうか、今高2なんだ。この一年で得た知識や経験が残っているといいけど。
◇
「……残っていませんでした」
初回の授業で、教科書に顔を突っ伏しながらそうつぶやく。
「そうか……。一年前の時は残っていたのだがなあ」
担当の先生も困っている様子だ。あたしにとってはつい昨日思った「全くついていけないというほどでもない」が懐かしい。
これは、相当にがんばって追いかけないと留年してしまう。うう、家族になんて言おう。
◇
追いかける、といえば、記憶喪失中のあたしは相当にアグレッシブな性格だったらしい。サキ曰く、記憶喪失のハンデを埋めようとしていたのだろうということだ。
『あらためて、友達になって下さい』
そう言うあたしは、まるで正体が発覚した宇宙人か超能力者のようだったとのこと。なんだそりゃ。いや、なんとなくわかるけど。
そうして、短い時間でたくさんの思い出を作ろうとするかのごとく、あらゆることに活発に動いていった。誰もやりたがらなかったクラス代表に立候補し、先生方の手伝いや委員会活動に積極的に関わった。勉学も毎日予習復習、クラスメートに教えているうちに本格的な勉強会にまで発展した。この学校は成績順位を公開しないが、クラスの学力向上は明らかだった。
夏休みが始まろうとする頃には、校内で知らない者がいないほどの有名人となったらしい。もちろん、いい意味で。誰もがあたしと知り合いという状況で、いつも多くの人々に囲まれていたらしい。
「それじゃあ、夏休みもさぞ忙しかったことでしょうね」
あたしは、校内どころかほとんどのクラスメートの名前さえ記憶にないことを自覚しながら、皮肉っぽくサキに尋ねた。
「ううん、夏休みはあたしとだけ」
「……え?」
「夏休みのユミは、あたしとずっと一緒にいたの」
そっかー、これまでのようにプールとか遊園地とかお祭りとか遊びまくったのかな。しかも、そのあたしなら宿題瞬殺してそうだ。
「そういえば、サキは彼氏いないの? モテたいって言ってたじゃない」
「……そうね、いないわ」
そう言って、サキは少し寂しそうな表情をする。なんだろう、とっても大人びた雰囲気だ。もしかして、彼氏ができたけど別れた、とかかな?
「そ、そういえば、この定食ホントに美味しいわね。いい業者が入ったの? 料理学校にコネがあるなんてすごーい」
「……去年の二学期に就任した生徒会長様の人脈と手腕で実現したの」
食べる手が止まる。確か、お母さんの知り合いがその料理学校の講師やってたような……。
「えっと、これまでの話を総合すると、その生徒会長様って…」
サキは何も答えない。ありがとう、気を遣ってくれて。
◇
「生徒会長、ふつーの人になっちゃたんだってー」
「えー、それショックー。あたし生徒会長にあこがれてこの学校に進学したのにっ」
ちょっと待ってちょっと待って、去年のあたしは何者だったの? そんでもって、通りすがりに気づかれないままそんな噂をされている今のあたしって。
「まあ、広報のためのTVコマーシャルにまで出演してたらね。今は当時のオーラのかけらもないけど」
いたたまれない気持ちで生徒会室の椅子に座りつつ、サキに事情を聞く。ちなみに、サキは会長補佐らしい。副会長じゃないんだ。
「ウチの学校、何の特徴もない公立よね? なんでTV広報なんてしてるの?」
「去年就任した生徒会長様の」
「わかった、結果だけ教えて」
なんでも、同窓会を中心に企画した(させた)らしい。おかげで寄付が激増し、春休みにカフェテリアを始めとした大改築が実現したそうな。
「文化祭も盛り上がったわねー。誰かさんが招待バンドとセッションして。ラジオ局が出張スタジオ出してたわ」
「確かに、小学生の時ちょっとピアノ習ってたけど、なんでそんなことに……」
「あ、運動会では目立たなかったわよ? 企業協賛でプロスポーツチーム招いて各種イベントが繰り広げられただけで。TV放映された番組の録画観る?」
「ねえ、あたし大資産家のお嬢様とかじゃないわよね? なにその権力」
「現実のお嬢様にそんな権力あるわけないでしょ。ファンタジーじゃないんだから」
「どこからツッコめばいいのよそれ」
◇
臨時生徒総会で、あたしの会長継続が決まった。棚ボタで王位を継いだ庶民育ちの隠し子王女の気分。
「言い得て妙よね。確かあんたの今の銀行口座の残高は……」
「やめてやめて。美味しいケーキが食べられるだけのお金があればいいから」
「……ふふっ」
「……なに?」
「ユミはやっばりユミだなって。記憶喪失のあんたも似たようなこと言ってた」
「そうなの?」
「そうよ」
「そっかあ……。じゃあ、がんばって『前のあたし』を追いかけないと」
「ん?」
「留年したら大変じゃない。サキと帰りに美味しいケーキ食べられなくなっちゃう」
『あらためて、友達になって下さい。あなたと、いつも一緒にいたいから』
「……今日のケーキセット、ユミのおごりね」
「えー、なんで!?」
オリジナルの公開は2015年7月。はい、某スピンオフ作品のアニメ版見て思いついたわけですね(白目)。私的に、あの作品の真の相方は……。