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「話をまとめるよ」
ジルベールの話をひと通り聞いて、ブラッドレイは言った。
三人の前に置かれたお茶はラウラが淹れた。
彼女はブラッドレイの隣に座っている。まるでその場所が定位置かのように。
「アブレイユ王国の元王太子と側近達は廃嫡された。ラウラの父親が当主だった侯爵家は解体された。君は元々公爵家の次男で婿入りなしでは継ぐ家がなかったから、辺境伯家の持つ爵位を恵んでもらうためにラウラを探していた。……そういうことだね?」
「違う! 私達はベーネに魅了されていたんだ。私はラウラを愛している。だから彼女を迎えに来たのだ!」
「ふーん。……だってさ、ラウラはどうしたい?」
ブラッドレイは陽だまりで香箱を組んだ猫のような微笑みを浮かべている。
「ジルベール様。私の、王太子殿下暗殺未遂の罪はどうなったのですか?」
「もちろん冤罪だと証明されて、君の名誉は挽回されている! 王太子殿下……元王太子殿下がベーネに魅了されて言わされた戯言に過ぎなかったからね」
「……良かったです」
ラウラが安堵の息を漏らす。
彼女は長い髪を後ろで結んでいる。首筋にサラリと流れ落ちた後れ毛が美しい、とジルベールは思った。
幼いころから一緒だった婚約者。彼女が自分を慕っていることは知っている。男の影に隠れて出て来なかったのは、罪人とされている自分がジルベールの足枷になることを恐れたからだろう。
「安心したかい、ラウラ。さあ、私と一緒にアブレイユ王国へ戻ろう。君を苦しめた侯爵家の三人はもういない。処刑されたんだ。心から君を案じていた辺境伯家の皆さんが君を待っている。もちろん私も、だ……」
ラウラは微笑んで──ジルベールが言葉を失わずにいられないほど美しい笑顔を見せて、言った。
「いいえ、戻りません。お祖父様やお従姉様にはベタンクール王国から手紙を出しますわ」
「ど、どうしてだ、ラウラ! 私を憎んでいるのか? 酷いことをしたかもしれないが、それはベーネに魅了されていたからなんだ。私は君を愛している!」
「……魔術学園に通っていたころ、私は毎日祈っていました。私を愛してください。私を信じてください。私の声を、私の言葉を聞いてください、と。だけど、その祈りはだれの元へも届きませんでした」
「それは、私がベーネに魅了されていたから……」
言い募ろうとするジルベールに、ラウラは首を横に振ってみせる。
「届かなかった祈りは朽ち果ててしまいました。私も悪かったのでしょう。だれかになにかを求めるばかりだったのですから。だから朽ち果てた祈りは捨てて、新しい人生を歩むことにしたのです」
「魅了されていた私を哀れに思ってはくれないのか?」
「お可哀相だとは思いますが、魅了の有無で現実は変わりません。残るのは起こったことだけです。仮に私が死んでいたとして、ジルベール様方が魅了されていたからといって生き返ることが出来たのでしょうか?」
「……」
ジルベールは言葉を失った。
ラウラはわかっている、魅了などではなかったことを。奔放なベーネに魅せられたジルベール達が、武官貴族を追い落としたい侯爵の陰謀に乗せられただけだということを。
若く未来のあるジルベール達のためにすべての罪を侯爵家の三人に着せ、魅了という言葉で誤魔化して廃嫡だけで命は助けてもらったということを。
ラウラの瞳は冷たかった。
魅了などされていなかったのは、ジルベールが一番よく知っている。
辺境伯家を怒らせるために実の娘の服を剥ぎ取り野獣や魔物の蔓延る森へ捨てた侯爵も、異母姉に暴力を振るえと笑いながら焚きつけるベーネも異常だと感じていたのに、ラウラを助けようともしなかったのは愚かなジルベール達だ。自分達のおこないの忌まわしさに、今ごろ気づいても遅い。
しばらくして、ジルベールは小さな小屋を去った。
ここへ来るまでに、ジルベールはラウラに愛されたいとは祈らなかった。
彼女が自分を愛しているのだと信じ切っていたのだ。彼は、ラウラが自分の思い通りになるように、という醜い欲望だけを祈りに乗せていた。
──朽ち果てた身勝手な祈りを抱いて、ジルベールはだれも自分を待っていないアブレイユ王国への帰路に就いた。