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深い森の中を進みながら、ジルベールは祈った。
──ラウラが見つかりますように。
ラウラが生きていますように。
ラウラが無事でありますように。
ラウラが自分を許してくれますように。
ラウラが自分と結婚してくれますように。
大暴走の後で野獣や魔物の姿はないものの、落ち葉に覆われ木の根が入り組んだ森の地面だ。馬では進めない。
次男と言えども公爵家の令息、アブレイユ王国の王太子側近だったジルベールに徒歩は辛かった。
下着姿で捨てられたラウラと違って食料と水は持たされていたが、あればあったで重荷となって体力を奪う。
見かけを整える気力も失せて泥だらけの髭面になり果てたころ、彼はその小さな小屋を見つけた。大暴走で荒れ果てた、野獣や魔物の気配すらない朽ち果てた森の中、その小屋は唯一の命の輝きのように見えた。
小さな小屋の扉を叩いても返事はなかったけれど、裏手から人の気配を感じたのでそちらへ向かう。
裕福とは思えないのに裏庭には厩舎がある。雑草を食む馬、井戸と畑、ふたつの人影──
「ラウラ!」
ジルベールは彼女を見つけた。
「ブラッドレイ!」
変わり果てたジルベールの姿を見たラウラは怯えた顔になり、裏庭にいたもうひとりの人物に駆け寄った。
赤い髪に緑の瞳、すらりとした長身の青年は彼女を背中に庇ってジルベールの前に立つ。
若夫婦のような雰囲気に、ジルベールの胸の奥がチリリと痛んだ。赤毛の男の視線がジルベールを射る。
「やあ、初めまして。俺はブラッドレイ。君はだれかな?」
見れば、ラウラは男装をしていた。初めて見る姿だ。
大き過ぎる男性服を裾で結んで調整しているのが、不思議と愛らしい。
あの服はブラッドレイと呼ばれた赤毛の男のものなのかと考えると、ジルベールの胸の痛みが増した。
「……私の名前を呼んだ?」
ラウラはブラッドレイを信頼しきっているようで、彼の服の裾をつかみながら顔を出した。
ジルベールを見つめて、ふっと微笑む。
それもまた初めて見る──いや、侯爵家にベーネとその母が来るまでは、ラウラの母親が亡くなるまではよく見ていた表情だ。
「まあ! ジルベール様ですの? お久しぶりですわ。うふふ、お髭を生やしたお顔は初めて拝見いたしますわね」
笑ってくれたのに、彼女は男の背後から出てこない。
「そうだよ、ラウラ。君を迎えに来た。すべては誤解だったんだ。私達はベーネに魅了されていたんだよ!」
「……ブラッドレイ」
見上げるラウラに頷いて、ブラッドレイがジルベールを瞳に映す。
「もう一度聞くよ、君はだれかな? 俺はまだ、君から名前を聞いていない」
視線から圧が押し寄せて、ジルベールは口を開かずにはいられなかった。
こんな、どこのだれとも知れない男に、と公爵家次男の矜持が疼く。
そんな男をラウラが信じ切っているように見えるのが、さらに彼の心を切り裂いていく。
「……っ! 私はジルベール、ラウラの婚約者だ」
「聞いているよ。元婚約者、だよね?」
三人は家の中に入って話をすることになった。