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「なにそれ。王太子暗殺未遂だなんて大ごとなのに、正式な裁判さえ経てないんだ。物証はあったの?」
吹き出したブラッドレイは、私達の間にある木の机を叩きながら爆笑します。
「異母妹が証言しました」
「物証無しの証言のみ? 女神様に宣誓はしたんだよね?」
「していなかったと思います」
「それ以前に味方になってくれる人は……ああ、もしかして君の父親や婚約者の家は文官系で、君のお母さんのご実家のほうは武官系?」
「よくおわかりですね!」
「大暴走への対応や後始末で武官貴族が王都を離れているときの強行か。君に冤罪を被せることで、お母さんのご実家にまで飛び火させようって腹かな」
「そんな……私のせいで辺境伯家が?」
「お母さんのご実家は辺境伯家なんだね。いくつかあるけど、一番大きいところの本家令嬢はアブレイユの王太子の婚約者じゃなかった? 彼女はその場にいなかったの?」
「お従姉様はこの前の大暴走で怪我をしたお祖父様の看病に行ってらして……私も魔術学園を卒業したら向かうはずだったのですけれど」
みっつ年上の従姉はもう魔術学園を卒業していました。
在学中から優れた回復魔術の使い手として知られていた彼女が、祖父の治療のために王都を離れることに反対する人はいませんでした。
「……なるほど。大暴走が終わったところで、アブレイユの国王夫妻が呑気に魔術学園の卒業パーティに出席していられる状況じゃないもんね。それで王太子が王家の代表として出席して、ってことか」
ふんふんと頷きながら呟いて、ブラッドレイは私に言いました。
「じゃあ、とりあえず裏の井戸で体洗って俺の服着なよ。裏庭には畑もあるから、体調が整い次第手伝ってもらうよ」
「! 私をこのまま置いてくださるのですか?」
「うん。君が、こんな森にひとりで暮らしてる怪しい男の世話になるが嫌じゃないなら、だけど。どうかな、ラウラ」
「……」
「ラウラ? 泣くほど嫌だった? あ、初対面で名前呼んだりして図々しかったかな? 君は侯爵令嬢だものね」
「いいえ!」
私は首を横に振りました。
「いいえ、違います。名前を呼んでいただいたのが嬉しかったのです。だれかに名前を呼ばれるのは久しぶりでしたので」
糾弾の場では家名と侯爵令嬢としか呼ばれませんでしたし、それ以前から父達は私の存在自体を無視していました。
お従姉様は王宮での公務にお忙しく、大暴走の最前線で健闘していらっしゃるお祖父様や伯父様には手紙が届いているかどうかさえ分からない状態でした。
ベーネのことでジルベール様に責められるときも、おいとか君とか呼びかけられるだけで名前を呼ばれたことは少なかった気がします。
「そっか。じゃあラウラも俺を名前で呼んでよ」
「はい、ブラッドレイ……様」
心の中で呼び捨てにしていたことを恥ずかしく思いながら呼ぶと、彼は微笑みました。
「様はいらないよ。これからよろしくね、ラウラ」
「よろしくお願いします、ブラッドレイ」
こうして私は、森の中の小さな小屋で生活することになったのです。
アブレイユ王国がどうなったのかは気になりますが、知るすべはありません。
私のことで大切な方達に被害が及んでいないことを祈るしかありません。……そう。私はまた祈り始めました。前とは違う祈りです。