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私を引き留めた赤毛の青年は、申し訳なさそうな顔をして言いました。
「変に気取ってしゃべろうとしちゃダメだね。一滴じゃなくて、君の喉の渇きを潤すのに十分な量の水をあげるって続けたかったんだ。食事も……と言ってもしばらく食べてなさそうだからスープからだけど……提供するよ。返すものがないなんてとんでもない。元気になったら俺を手伝ってくれればいいさ」
「あ、ありがとうございます!」
ブラッドレイは戸口から体を引いて、私に中へ入るよう促してくれました。
彼は何者なのでしょう。自分で言うのもどうかと思いますが、こんな怪しい女を招き入れるなんて危険だとは思わないのでしょうか。
もしかしたら森に潜むという山賊や奴隷商人の類いで、私は売られてしまうのかもしれません。
それでも私は小屋へと進む足を止めませんでした。
受け入れてもらったことが嬉しくてならなかったのです。
落ち着いたら、私がアブレイユ王国の王太子殿下暗殺未遂犯とされていることを打ち明けなくてはなりませんね。何日も森を彷徨って泥のついた枯れ木のようになった私を受け入れてくれた、私の声を聞いてくれたブラッドレイを巻き込むわけにはいきませんもの。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……実は、私はアブレイユ王国の王太子殿下暗殺未遂犯とされているのです」
温かいスープがお腹に入って落ち着いた私は、自分の予備の服をくださるというブラッドレイを止めて告白しました。
服までもらってしまったら彼が私と接触したことが形として残ります。
身に覚えのない罪ですが、助けてくれた人を巻き込みたくはありません。
「そうなんだ。追っ手から逃げてるの?」
ブラッドレイに驚く様子はありません。
彼もこの森に逃げてきた人間なのでしょうか。
問いを受けて、私は首を横に振りました。
「私はもう追放刑という罰を受けています。だれかが追ってくることはありません」
「だったら問題ないんじゃない?」
「そうでしょうか?」
「ベタンクールにすぐ入国するのは難しいと思うけど……ねえ、詳しいことを聞かせてよ。王太子暗殺を疑われるような立場にあるってことは、アブレイユ王国でも高位の貴族出身なんじゃない?」
「はい……侯爵家の娘でした。今は勘当されて平民です……」
罪人なので、本当は平民としても扱われませんね。
「君の家大丈夫なの? 兄弟がいる? 分家から養子でも取る?」
「いえ、異母妹がジルベール様……私の元婚約者で公爵家の次男の方を婿に取って継ぐはずです。ジルベール様は王太子殿下の側近でもあります」
「異母妹ってことは後妻の子?」
正直なところ、私は戸惑っていました。
ブラッドレイは、どうして私の話を聞いてくれるのでしょう。自分から犯罪者だと名乗った人間の言うことを信じてくれるのでしょうか。
いいえ、信じてくれていなくても私の言葉を聞いてくださるだけで嬉しく感じます。
「違います。ベーネの……異母妹の母親は平民だったので、父の正式な妻としては認められていません。彼女達は私の母の死後に突然やって来て……」
私からすべてを奪っていきました。
家庭での安らぎ、魔術学園での平穏、そして婚約者のジルベール様までも──
「ふーん。君の婚約者は、婚約相手が代わったことに文句を言わなかったの?」
「ジルベール様は……魔術学園に在学していたころから、私よりベーネのほうを気に入っていらっしゃいましたから」
ジルベール様はベーネが言う、私に苛められているという言葉を鵜呑みにしていました。
私がどんなに言葉を尽くしても、彼の耳には届きませんでした。
胸がチクリと痛みます。糾弾の場でベーネを抱き締めて、私に侮蔑の視線を向けていたジルベール様の姿をはっきりと思い出せるのに、私は今もまだ彼を慕っているようです。母の葬儀で泣きじゃくる私を抱き締めてくれた彼の温もりを忘れられないのです。
「君は容疑をかけられた段階で、だれかに相談しなかったの?」
「……魔術学園の卒業パーティでジルベール様から婚約破棄を宣言されて、招待客だった王太子殿下に暗殺未遂を糾弾されて、会場にいた父に勘当されて服やアクセサリーを奪われて、そのまま馬車で運ばれて森に捨てられたので」
「……ぷっ……」
ブラッドレイが吹き出しました。