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私は祈りました。
──私を愛してください。
私を信じてください。
私の声を、私の言葉を聞いてください、と。
祈りはだれにも届きませんでした。
それでも私は祈り続けることしか出来なかったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
暗い森の中、方角もわからないのに私は歩き続けます。
祖国アブレイユ王国を追放されて、もう何日が過ぎ去ったのでしょうか。
靴を履いていない私の足は泥だらけで自分の血がこびり付いています。
体には下着しか纏っていません。
下着を奪わないだけでも感謝しろと言われて、亡き母が遺してくれた服も母の実家から送られてきたアクセサリーも奪われてしまったのです。
「……」
木の皮を剥ぎ、茂みの草をむしって口に入れます。
森に捨てられてから、樹液以外の水分を口にしていません。
泥水を見つけたとしても、私は喜んで飛びつくことでしょう。
……どうしてこんなことを続けているのでしょうか、私は。
もうすべてを諦めて死んでしまえばいいのに。
何年間も祈り続けてだれにも届かなかったように、どんなに頑張っても生き延びられはしないのに。
隣国ベタンクールとの国境にあるこの森には、野獣と魔物が蔓延っています。
人里まで被害が及ぶ大暴走の元凶を生み出す恐ろしい場所です。
そんな場所に捨てられて、生き延びられるはずがありません。隣国に辿り着いたとしても、王太子殿下暗殺未遂の罪を着せられた私が受け入れられるとは思えません。
それでも私は歩き続けます。
幸いなことに野獣や魔物と出くわすことはありません。咆哮を聞くことも姿を垣間見ることもありませんでした。
大暴走の後は一時的に野獣も魔物も姿を消すと聞きますので、そのせいでしょうか。
前回の大暴走は数年続き、アブレイユとベタンクール両国の協力で治めることは出来たものの、多くの被害を生み出しました。
恐ろしい野獣も魔物も森を形作る大切な存在です。
大暴走で暴走する魔物や煽られた野獣によって傷つけられた森は、彼らの気配のない今は朽ち果ててしまったように見えました。大暴走で折れた枝や幹が痛々しく感じます。
「……あ……」
ひたすらに木々をかき分けながら進んでいた私は、こんな場所にあるはずのないものを見つけました。
小さな小屋です。野獣を狩る猟師の小屋でしょうか。
私はゆっくりと小屋に近づきました。もう走る気力も残っていなかったのです。
震える手で扉を叩きます。
こんな場所ですし、私の格好も格好です。
簡単に開くとは思えなかった扉は、驚くほどすぐに開きました。
幼いころ母の実家へ遊びに行ったとき夕食を狩って来てくれた猟師と似た格好の男性が現れます。あのときの猟師は老人でしたが、彼は年若く見えました。
年齢に関係なく礼儀正しく挨拶をしなくてはなりません。私は闖入者なのですから。
「は、初めまして。私はラウラと申します。もしよろしければお水を……一滴で良いのでお水を分けていただけませんか? なにもお返し出来るものはなくて申し訳ないのですが」
「……ぷっ……」
下着姿でカーテシーをする私の姿に、彼は吹き出しました。
赤い髪に緑の瞳、すらりとした長身の青年です。
莫迦にされているのかもしれませんが、その笑顔はとても魅力的に見えました。
「笑ってごめん。俺はブラッドレイ、この小屋に住んでいる。一滴の水なんて渡せないよ」
「そうですか。……そうですよね、失礼いたしました」
私は彼、ブラッドレイにお辞儀をしました。
これからどうしましょう。どこへ向かえばいいのでしょう。
いいえ、最初から目的地などありません。ただ生きていくだけです。ただ死にたくないだけです。生きていても、だれにも受け入れてもらえないのに私は生きていくのです。
「ちょっと待って!」
森へ向けて踵を返した私をブラッドレイが止めました。