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第四章 自由への迷走1

 窓の近くに座り、月明かりのもと考えをまとめていた。

 ふと思うことがあり、まぶたを閉じてステータスを閲覧していった。

 ボーナスポイントを配分できる箇所は、腕力、体力、俊敏性といった基本値から、鍛冶、建築、絵画、料理といった専門スキルまで、現在三十項目ある。レオンは、シャドーの腕力や体力は魔道士以下と言っていた。あながち嘘とは思えない。10ポイントだけ、基本値に振り分け、残り57ポイントを信頼できる俊敏性に入れてみた。シャドーは育成の難しいレアタイプらしい。となると、やはり一点突破で鍛えた方が渡り合えるのではないかと判断した訳だ。それともうひとつ。先ほどは、サバイバルスキルに一定数ポイントを入れたら様々なスキルをゲットできた。もしかしたら俊敏性も一定数鍛えたら、何かスキルが手に入るかもしれない。そう思い、慎重にポイントを投入している。

 やはり想像は当たっていたようだ。俊敏性の下部に文字が浮かび上がった。

『シャドージェネシス スキルレベル1』とだけ書かれてある。いくら指でタップしても何も起こらない。もう少し俊敏性にポイントを入れる必要があるのだろうか。このままでは、あっという間にポイントは溶けてしまう。俺は立ち上がると、「レベル5になれば、187のボーナス値をゲットできる……」と呟いていた。

 サバイバルスキルを上げた時に手にした察知スキルは、単に敵の感知だけではなく睡眠状態まで把握できるようなのだ。寝息を立てていることまで感知できる。40ポイントも投下したせいもあり、その気になれば五キロ圏内くらいまでなら知ることができた。俺はこの宿に泊まっているプレーヤーが寝静まるのを待って行動を始めた。俺は心に決めていた。ギルドには入らない。例えこの世界中のプレーヤーを敵に回しても、部のみんなは俺が守る。そのためには、まず俺自身がそれなりの力を手に入れなければならない。

 暗視スキルがあるから、真夜中でも問題なく行動できそうだ。

 だから街の外へ歩を進めた。木々に身を隠しながら、単独行動をしているオークを探した。

 オークは固い皮膚をもつ脅威なる存在ではあるのだが、今の俺には『応急手当』スキルがある。手当と表記されているのに、使い方によっては相手にダメージをあたえることができる奇妙なスキルなのだ。

 俺は獲物を見つけると一直線に走り寄り、足の付け根に浮かんだ一点をダガーで突いた。オークの大木のような右太ももは、赤く膨れ上がり血が噴き出た。例によってクラっと眩暈を感じる。俺のHPは、42から27まで減少している。オークは体勢を崩して倒れ込んだ。チャンスだ。俺は背中のロングソードを引き抜き、オークに向かって何度も突き落とした。オークはピクリとも動かなくなる。

 木陰で少し休んではHPを回復させ、同じ作業を繰り返していった。この連携技で、オーク討伐は難なくこなせるようになった。三時間かけて、約十八体のオーク殲滅に成功した。かなりの金塊を手にできたのだが、レベルは上がらなかった。

 星は順々に姿を消していき、東の空がほんのり赤く染まっていく。夜明けは近い。レオンとの約束の時間は刻一刻と迫っている。俺は焦燥に駆られていた。レオンは自分より強い敵を倒さなくては、レベルが上がらないと言っていたのを思い出したからだ。このままオークを狩り続けても意味がないのでは……。もしそうなら、後残されているのはスライムしかいない。もっと遠くへ行けばまた別の敵がいるのかもしれないが、遠出はしない方がいい。先輩達が心配だ。となれば、やはりあの粘っこい緑の物体とやり合うしかないのか。

 木陰からスライムの様子をうかがった。スライムには物理攻撃が効かないらしい。俺の手駒は、ダガーの連打と一撃必殺のロングソードのみ。それらはすべて物理攻撃である。だから今まで避けてきた。だけど、いよいよ奴と戦う時が来てしまったのか。スライムは草の上を這うようにゆっくりと移動している。スピード自体は遅いようだ。

 『応急手当』のスキルを発動させてスライムを目視したが、弱点の赤い斑点は見当たらない。物理攻撃は無効というのは、本当のようだ。俺はいくつかの作戦を考え、息を殺し、そのタイミングを見計らっていた。

 俺は足跡が近づいていることに気付き、木によじ登り完全に身を隠した。

 数にして八人。その部隊の装備は、剣や槍、ラージシールドに鉄の鎧と、かなり充実している。レベルが3つ離れていれば、HPが閲覧できるらしい。だけどいくら意識を集中しても分からない。少なくとも相手のレベルは、2以上はあるってことか。中でも一番偉そうな態度をしている一人に注目した。たっぷりあごひげを蓄えた巨漢で、フルメイルタイプの重装備である。年齢は三十代半ばくらい。チームのリーダーなのだろう。会話はすべて英語のようだ。

「だはは。今日こそスライムを狩ってやるわ!」

 槍を持っている細身の男が、心配そうにリーダー格の男に話しかける。

「ザパン奴隷長さま。すでにスライム討伐には五十人以上の奴隷兵を投入して、未だ勝てないのですよね? 本日は何か作戦があるのですか?」

 ――今、あの大柄の男のことを奴隷長と呼んだ……。それは、レオンの言っていたあの腹立たしい肩書だ。

 奴隷長と呼ばれた大男は、歯を見せて笑っている。

「あたりめぇよ! あるに決まってら。昨夜俺の頭上に神が舞い降りたのさ! だからよ、今回の俺は一味違うぜ!」

「早く作戦を教えてください」

「焦るんじゃねぇよ。ククク。お前ら、聞いたらたまげるぜ? ああいった無形の敵はな、大抵コア組織があって、そいつを叩くと死ぬのさ」

 ――何を根拠に!?

「おい、すげー発想だろ? ほら、お前ら褒めろよ!」

「……あ、はい。すばらしいです」

 一団は引きつった表情のまま、パチパチとまばらに拍手をしている。

「でも、そのコア組織はどうやって見つければいいのですか?」

「ククク。心眼よ。心の目で弱点を見破るんだ。俺が愛読していたジャパニーズコミックではな、いつもそれで主人公は勝っていた。俺達も目を閉じて戦うんだ!」

 バカか、こいつ。

 だがそんな無茶な命令に逆らおうとする者は誰一人いなかった。

 一団は、スライムに向かって武器を構えた。

「おい、マーク。おめぇもウダウダ言ってねぇで、早く行けよ。奴隷は絶対服従! 盟約破棄とみなして血を蒸発させてやるぞ! そういやお前、妹がいたんだよな。命令に逆らうと、どうなるか分かっているだろうな?」

 マークと呼ばれた細身の男は「くぅ。……アイネ……」と苦虫を噛み潰したような表情で槍を強く握りしめた。

「がはは。まぁ、やることは、もうやっちまったんだけどな。なかなかいい具合だったぜ。ほら、リンダも早く行けよ! 目を閉じて剣をふれば勝てるって!」

 リンダと呼ばれた若い剣士風の女性は、「きっと魔法で攻撃した方がいいのではありませんか?」と意見をする。

「その発想自体、ダリーわ。だって俺は魔法使いの部隊を作らん方針だから。俺のタイプは『ヘビーアックス』で魔法が使えないんだわ。もし奴隷に魔法を覚えさせて寝首でもかかれたらたまったもんじゃねぇからな。北の奴隷長なんざ、奴隷に闇討ちされて逝っちまったしな」

 それでも女剣士は、懸命にザパンに食らいつく。心眼なんて漫画染みた作戦で勝てる訳もない。それを波風立てないように隊長に伝えたいのだろう。

「奴隷長さま。レオン監査長と面識があるのですよね? レオン監査長のレベルは二桁あると噂されています。よかったらスライムの弱点を教えてもらってはいかがでしょうか?」

「弱点を教えるだけで、アシスト行為につながる。あの堅物が教えてくれるわけねぇよ。てか、おい、ぐだぐだしゃべっていないで早くいけよ」

「……奴隷長さま……。いつも私を調教するとき、愛しているとおっしゃっていましたよね?」

「あぁ、言ったさ。そう言った方が盛り上がるからな。もうお前には飽きたんだよ。明日からまた三十匹の奴隷が入荷される予定だ。俺好みの美少女がわんさかいてな。そういや、お前にも妹がいたな。早く行かなければ、お前の妹を無茶苦茶にするぞ!」

 女剣士リンダは一筋の涙を流し、剣を握るとスライムに向かって走っていく。スライムの体は大きく盛り上がり、一瞬でリンダの体を包んだ。緑色だったスライムの体は、真っ赤に染まっていく。リンダの体が溶かされていく。

「お前らも早く行け。コアを探してそこを突くんだ! リンダの死を無駄にするな!」

 俺はこの大馬鹿野郎に、猛烈な憤りを感じた。このままでは、みんな犬死にしてしまう。スライムが倒せないってことは、奴隷長の男はレベル4ってことなのか? もしそうなら、俺と互角……。俺はダガーを強く握った。

 ――だけど、今、私情で戦ってはダメだ。

 仮にザパンを倒しても、奴隷を解放することはできない。血の盟約で奴隷達は殺されてしまう。それに俺は絶対に生きて帰り、仲間を守らなくてはならない。この命は俺だけのものではない。このまま心情を抑えて黙って見ていれば、スライムの特性が分かる。これは神が与えたチャンスと思え。歯を噛み締め、瞬きひとつせずに観察を続けた。

 次々と悲劇が視界に飛び込んでくる。ザパンは部下達を助けようとしない。それどころか腹を抱えて大笑いをしている。奴にとって奴隷はまさに道具。口の中が、鉄の味で充満している。

 残された奴隷剣士たちはスライムを取り囲み、懸命に剣や槍で突いている。突けば突く程、ぶにゅりと音を立てて分裂していく。まるでゼリーを相手に戦っているかのようだ。スライムは、バラバラになったまま四方八方から襲い掛かってくる。

「おい、マーク。コアだ。コアを狙うんだ! そこだ! 槍で突け!」

 ザパンは少し離れた安全なところから、デタラメな指示を送っている。

「駄目です! 攻撃すればするだけ分裂していきます」

「じゃぁ細切れにしてやれ! 小さくなれば知能が落ちるはずだ」

「ほ、本当ですか?」

「だってほら、数が増えるんだぜ? コア細胞だって、たくさん指示するのは疲れるだろう? 俺が漫画家だったらそういう方法で敵を撃破するな。絶対人気がでるぜ! ダハハ」

 泥沼根拠じゃねぇか! のんきな事を言っている場合じゃないんだぞ。お前の部下がどんどんやられているってのに、人の命をなんだと思っているんだ!

 細切れになったスライムは大きく膨らみ、また一人飲み込んだ。あっという間に、立っているのはマークだけになった。

「……ザパン奴隷長さま。これだけ突いても、何ら変化はありません。……や、やはりコア細胞は存在しないと思われます」

「黙れ、マーク! お前が真剣に戦わないから、コア組織を捉える事ができないのだ。すべてお前が悪い。お前が手を抜くからそうなる」

「自分は本気です」

「違うんだよな。まだまだお前は力を温存している。それを証拠に一向に開眼できないではないか! 主人公はなぁ~、追い詰められたらなぁ~、覚醒するんだよ!! これはジャパニーズコミック界では鉄板ネタなんだよ。まさに宇宙の法則なんだよ! くそう。どうすればお前は本気になれるんだ? あ、良い方法があった。俺の大好きなジャパニーズコミックだと、心眼を手にする為に大抵こうやるんだった」

 ザパンは胸にある短刀を抜き取り、マークを目掛けて投げつけた。それはマークの目をかすめた。目元から鮮血が飛び散る。

「うっ! な、なにを!?」

「本来なら主人公が自らの手で眼球を潰し、その後、ふっ、これで邪魔なものはすべて遮断したぜってな感じのカッコ良い台詞を言ってだなぁ~、そうしたら渋い主題歌が流れて奇跡が起こるんだぜ! ほら、御膳立てしてやったんだから、ガンバレよ。おい、動けって」

 マークの戦意は完全に消失したかに思えた。目を抑えたまま、槍をでたらめに振っている。そりゃそうさ。見えないのに戦えるものか。じわじわとスライムがじり寄ってくる。それなのにザパンはまったく助けようとはせずに、「ふあぁ~」と大きく伸びをして、背を向けた。

「やっぱ無理か。きっと臆病者には、心眼を手にする資格がないってことだな。ま、しゃーないわ。新しい奴隷を育成して再チャレンジするか。新規奴隷ちゃんは美少女ちゃん揃いだったから、今から調教が楽しみだぜ。でもよ、大丈夫かな? 俺のは一本しかないんだぜ。持つかな。あへ、あへっ、あへへ」

 ゲームでは熱くなった方が負けだ。クールに状況を判断して、勝つべくして勝つことこそ真の勝負師である。しかも、これはゲームなどではない。死んだら終わりのデスゲーム。

 だが、俺の中で何かが弾けた。

 このザパンという下種な男だけは許せなかった。

 俺の心情を物語るかのように、遠い空で雷鳴がとどろいている。

 細切れになったスライムは、結合を繰り返しながらゆっくりとマークに近づいて行く。マークの足元までやってくると徐々に膨らんでいく。マークは「うあああぁあぁ!」と叫びながらデタラメに槍で応戦しているが、肥大化したスライムは彼の体に包み込もうとしていた。

 俺は木から飛び降りると、一直線に走った。肩にマークを抱えて、降り注ぐ緑色の溶解液をかいくぐる。マークは猛烈に暴れた。俺の体はそれほど頑丈ではないんだ。俺のHPはマークを担いだだけで、6ポイントも減ってしまった。たったこれだけでHPが減っちまうなんて、なんて軟弱ボディーなんだ。

「おい。おちつけ。大丈夫だ」

「え? あなたは誰ですか?」

「いいから黙っとけ。舌、噛むぞ」

 ザパンは俺に向かって叫んだ。

「てめぇ! 何のつもりだ?」

 何のつもりかって? それは一つしかないだろ。スライムから一定間隔の距離をとると、マークを地に降ろしてザパンに振り返った。

「お前の大好きなジャパニーズコミックの主人公の決め台詞でも思い出してみろ」

「は?」

「言うだろ? 正義の味方がはらわたの煮え返るくらいの悪党と戦う前に、キリッと決まった粋のある名台詞を。それらをまとめてキサマに贈ってやる」

「ざけんな、てめえ! 俺は悪役なんかじゃねぇ。俺は良いことをやっているんだぞ。のたれ死ぬしかないレベル1の浮浪者を、奴隷として育成してやっているんだ。そいつらをどう使おうと俺の勝手だ。ギルド公認の免許だって持っているんだぞ。正義の味方は俺の方だ。可哀そうな貧民共をこうやって育成してきたのだからな。おい、マーク。俺に感謝しているだろ? お前の妹をおいしくやっちまったが、でもさ、俺がいなければ、もっと前に飢え死んでいたんだからな。恩だけは忘れるなよな。あへ、あへへっ」

 この野郎は正真正銘のクズだ。

 俺の最大の攻撃はロングソードでの一撃。だがモーションが遅すぎる。だから背中のこいつは使えない。信頼できる武器は、これしかない。俺はダガーを握りしめた。俺のHPは現在41。ウィークポイントに叩き込めるのは、二発が限度。ザパンはフルメイルで守りをガチガチに固めている。貧弱なダガーで貫けるところといったら、顔くらいしかない。俺は体の外に刃が向くようにダガーを握りなおした。体重をかけた横殴りの一閃で、奴の顔面に浮き出たウィークポイントを切り裂いてやる。

 地を蹴り、ザパン向かって突っ込む。狙いは、ザパンの目元。猛烈に鋭く斬り込み、赤く輝く一点にダガーをぶち込んでやった。

 決まった! 目元が大きく膨れ上がり、弾け飛んだ。開戦直後、奴の左目を潰してやった。奴は戦斧を右手で握っていた。つまり利き腕は右。これで野郎は、ほとんどが死角になった。

 奴は手で顔を覆い、苦しそうにのたまわっている。

 俺のHP残は26。この奥義、使えてあと一発。だから次で決めてやる。間髪入れず振り返り、赤く点灯するウィークポイントに全体重を乗せて全速でこいつをぶちこんでやる。

 ザパンの顔面目がけて、ダガーを殴りつけた。

 鈍い音が耳をつんざいた。同時に俺の腕に猛烈なしびれが訪れた。どうしたというのだ。俺のダガーの刃はまるでガラス細工だったかのように、細かい粒子となって消滅していった。

 ザパンは指であごを撫でて、にやりと笑った。

 いつの間にか、ザパンの顔は鉄のように黒く変色しているではないか。

「これはアイアンガードってスキルだ。今、俺の防御力は三百倍になった。つまりてめぇの攻撃なんざ、もはや蚊以下。どこを突いても、まったく効かない。それに俺を誰だと思っているんだ? ギルド一のヘビーアックスとは俺のことだ。てめぇのことなんざ、スライムと戦う前から気付いていたさ。スライムから逃げる為に、木の上にでも隠れているのかなと思っていたが、まさか正義の味方にあこがれる知能の低いガキだったとは。ククク。アハハハ。ところでさ、HP11しかないのにどうやって俺と渡り合うってんだ?」

 野郎……俺の存在に気づいていた……。それだけではない。俺のHPまで閲覧できている。つまりレベルは、最低でもレベル7以上あることになる。

 スライムが倒せないと言っていたから俺と同じレベルだと思っていた。だが少し考えたら分かるのだが、相性の悪いモンスターだからスルーしていたってだけで、他のモンスターを倒してそれ相応のレベルに到達していることだって考えられた。そもそもあいつはギルドの役職持ち。俺と同じハズがないってのは、もう少し想像力を張り巡らしていたら気付けそうなものだった。全身に嫌な汗を感じる。

「てめぇの初撃。ちいとばかし効いたぜ。でも残念だったな。俺にはオートヒールスキルってのがあってな、そのレベルはなんと25もあるんだわ。その辺の凡夫でも時間と共にHPは回復するが、俺はその速度がデタラメニ早いって訳よ。ズバリ教えてやろう。お前が俺に与えたダメージは50。それは僅か数秒程度で完治する。そして俺のレベルは7。HPは80000ある。防御力は7500。さぁ、そろそろ終わりにしてやろうか」

 俺とのレベル差は3もあるのか……。

 まず奴のHPは、俺の最大HPの千六百倍。そして防御力は俺の……、考えるだけで、嫌になってくるぜ。ウィークポイントにクリティカルヒットを決めても、たったの50ポイントしかダメージを与えることができなかった。まさに蚊が刺す程度か。それが更に現在は三百倍に膨れ上がっている。

 ザパンは力任せに斧を突き上げてくる。俺は後方に飛び退き、紙一重でその斬撃をかわした。

 だが、かわしたはずなのに、俺は遥か上空に吹き飛ばされてしまった。旋風の余波で、俺の体は螺旋状に回転を続ける。HPは減り続ける。まったく身動きが取れない。地上ではザパンが斧を握り、待ち構えている。まさかここまでの相手だったとは。熱くなった自分に一瞬だけ後悔の念がよぎるが、今更どうにもならない。だから最後まで諦めるな。考えるんだ。

 今、近くの木に落雷が落ちた。凄まじい音が鳴り響く。俺の目には、雷の閃光さえゆっくりと見える。されど真っ逆さまに急降下していくこの体勢を整えることができない。シャドーの特性で、周りの状況をスローモーションに感じるだけに、何とももどかしいものがある。一度どこかに足を着けなくては、軌道を変えることができないのか。

 野郎の持っている斧の側面を蹴って、一度距離をとるか。だが、例え平坦な面とはいえ、勢いの乗った武器に足をつけて果たしてどうなる? もしかして足が吹っ飛ばされちまうかもしれない。片足を失って、勝機はあるのだろうか。またHPゲージが1減り、残り6。同時に視界が赤く変化した。これは危険を知らせる信号なのか。焦るばかりじゃないか。斧の刃先は俺に向かって斬り上げられていく。回避不能。こうなった以上、残される道はひとつ。やるしかない。足を斧に向けたその瞬間――

 ザパンの背中から鈍い音がつんざいた。

 ザパンは振り返る。奴の後ろにはマークがいた。

 潰されたかと思っていた彼の目はどうやら無事だったようだ。僅かに眼球からそれたのか。片目をうっすらと開けたまま、手にしている槍でもう一度ザパンの背中を突く。再びガキンと鈍い金属音がこだまする。ザパンはまったくの無傷。だがマークの行動自体が許せなかったのだろう。ザパンの怒りの矛先は、完全にマークへと切り替わり、物凄い形相で睨めつけた。

「てめぇ。どういうつもりだ?」

「……早く逃げてください! あなたの足をもってすれば逃走することくらいはできるでしょう。早く!」

 マークはそう言うと、ザパンの体を背後から羽交い絞めにした。

「てめぇの軟弱な体なんざ、俺の軽い一撃で簡単に砕け散る。それなのになんで邪魔をしようとする? いいのか。俺に刃向ったら、てめぇの妹にも火の粉が飛ぶんだぞ! いいだろう。てめぇを殺して、目の前をうろちょろしているあのハエを叩き潰し、そして、てめぇの妹にもその報いを与えてやる」

 俺は地に着地して、素早く後方に飛び退く。

「マーク。お前も早く逃げろ!」

 マークは叫んだ。

「そこのお人。いつか……。いつの日か……。私達の恨みを晴らしてください!」

「早く逃げろって!」

「逃げても無駄です。自分には血の盟約があります。一生、ギルドとこの男の玩具として生きていかなければなりません。ですが、自分はあなたの中に光を感じました。この世界で、あなたのように誰かの為に体を張る人なんて見たことがありません。何としても力を身に付けて、この理不尽な世を救ってください……。お願いします。私の命をあなたに託します。……アイネ。……すまない……。兄を許してくれ」

 ザパンは振り返り様、マークの顔面に拳を叩き込んだ。頭部が砕け散り、血が吹き上がった。

 ――マーク……あんたは命がけで俺を救ってくれた……。それなのに、俺……。

 ザパンを見やる。野郎は醜悪な顔で含み笑いを浮かべている。このまま逃走することは容易い。だが俺の選択はすでに決まっている。何故なら、俺は生粋のゲーマーだ。難攻不落、攻略不能、過去最高の高難度――そんなぶっ壊れた設定だからこそ、クリアする意味がある! 俺は今まで求めていた、絶対にクリアできない超壊滅的設定の壊れゲー。それが今、俺の目の前で展開されているだけの話だ。ふふ、面白いじゃないか。

 ザパンを殺るには、手段はひとつしかない。それは僅かな可能性かもしれない。ほぼ博打。だが打算ある勝負だ。HP残量6でできることといえば、もはやこれくらいしかない。後方でうごめくスライムに横目を流した。なんら問題ない。最初のシナリオに戻っただけだ。

 ザパンはニタニタ笑っている。

「俺の足は遅いが、なんら問題はない。走る必要がないのだ。そもそもコソコソ走る事なんざ、弱い野郎がすることだ」

 ザパンは斧を虚空に叩きつける。同時に真空波のような突風が生まれ、俺に襲い掛かる。

 雷の軌道さえも捉えた俺の目は、たかだか風速の速さなんて如何ほどの事もない。さっきは至近距離かつカウンターだった為かわせなかったが、一定間隔の距離さえあれば問題ない。横へシフト移動し最小限の動作だけで突風をかわすと、木の枝を拾い、その先を地につけてザパンの周りを猛烈に走った。俺の俊敏性をもってすれば、これからやろうとしていることは不可能ではないハズだ。

「てめぇ。分身の術か? もしやキサマ、忍法使いなのか!?」

 あまりにも速過ぎて、ザパンの目には分身しているように見えているのか?

「俺はジャパニーズコミックを読んでいるから、分身の術の攻略法なんてすでにお見通しさ。それは影だ。本物には影がある!」

 知らねぇよ、そんな説。それに辺りは薄暗い。影なんて分かるのか?

「そこだ!」と叫んで真空波を飛ばしてくるが、奴の間合いにさえ入らなければ脅威ではない。

 俺の握っている棒の先からパチパチっと火花が散り、棒と地の接点には火花が生まれた。その摩擦で棒先に火がついた。分身の術をするつもりなんて毛頭ない。俺の狙いは――

 ザパンの飛ばしてくる突風をかわしながら、スライムに視線を流す。

 俺は先程の戦いで、スライムの特性を見極めようと目をこらしていた。一人の剣士が襲われた時だった。何かがこすれてバチッと火花が散った。火花とぶつかったスライムの表面から、小さな硝煙があがったのだ。それは本当に煙草の煙にも満たない小さなものだった。だが俺の研ぎすまされた感知スキルは、それを見逃さなかった。

 胸のポケットから、ひなたの傷口を消毒するために購入したエタノールの入った瓶を取り出して、スライムに投げつける。――と、同時に燃え盛る木の棒をスライムに投げつけた。スライムは炎につつまれる。どちらもこの世界で手に入れたアイテムだ。ルールに従い、効くはずだ。

 だが。

 溶けて消滅すると思っていたスライムは、逆に巨大化していったのだ。それはまるで油に火を注いだような勢いだ。それを見たザパンは、大笑いしている。

「だははは。なんだ。てめぇ。スライムを倒してレベルをちょっぴりあげて、それで俺とやりあおうとしているのか? 言っておくが、俺は中途半端な兵法書よりも遥かにすげぇジャパニーズコミックからありとあらゆる戦術を学んだ策士なんだぜ。火なんてとっくに実験済みだ。その時も同様の現象が起きた。だからスライムの弱点は、コア細胞以外考えられない。んなことより、そんな地味な戦法で火をつけるところを見ると、どうやらお前は魔法が使えないようだな。さらにHP6のまま、回復すらしようとしない。だから回復魔法も回復の道具も持っていないってことだろ? そんなお前が今更レベルをひとつ上げたところでどうなる? 俺のHPは八万なんだぞ」

 確かにさっき見たんだ。何かが擦れて、煙があがったのを。もしかして、あれは火の粉ではなく、もしかして静電気とか?

 ――ということは、電撃なら通じるっていうのか?

 ここは針葉樹の木が点在する平原。先程から高い木が避雷針となり落雷している。そういえばスライムは、音とは逆の方に向かって進んでいるようにも見受けられる。まるでそれは雷を恐れているかのようでもある。そりゃぁ生き物だ。雷が好きな生物なんてそうそうはいないだろう。だが、もしかして――

 一か八かやってみるか。俺は近くの高い木によじ登り、ロングソードを抜いて空に掲げた。暗雲がピカリと光った。光の線がこちらに向かっている。

 今だ! スライム目がけて、ロングソードを投げつけた。

 雷閃が鉄へ向かって走っていく。ロングソードは電撃を帯びた鉄塊となって、スライムの中心に突き刺さった。ジュゥーと音を立て、全身から緑色の煙があがる。

 やった! スライムを倒した。俺はまぶたを閉じて、ステータスを確認した。レベルがひとつ上がっている。ボーナスパラメーターも187加算されている。最大HPは50から65へ修正された。それに基づき、HP残量もやや回復した。

 その時だった。木が大きく揺れる。ザパンが何かしやがったのか!? 木は葉をまき散らしながら、ゆっくりと地に倒れていく。

 真下では、にんまりと笑ったザパンが斧を構えている。

 即座にボーナスパラメーターを俊敏性に投下する。今更他の能力を鍛えても、たいした成長を見込めない。この場面で期待できるのは『シャドー』の身体能力しかない。全部俊敏性に投下した。同時に二つのスキルが表示されている。

『オートヒール レベル526』『雷鳴閃 レベル68』

 オートヒールスキル――

 ザパンも所有している自動的にHPを回復してくれる能力だ。ザパンは自慢げにオートヒールスキルレベル25と言ったが、俺はその約二十一倍の526もあるというのか。

 ほぼなくなっていたHPゲージは、一秒でゲージの五分の一まで回復した。完全回復するまで、たったの五秒。ナイスなスキルではあるが、どのみち守りはもろい。直撃を浴びたら一巻の終わりだ。

 倒れてゆく木から飛び降り、後方に宙返りをして、ザパンとの間合いをあける。

 新スキル――雷鳴閃。いったいこれはなんだ? スキル名は漢字。指で文字の上をタップしてみた。他のスキルと異なり、説明文のようなものが英語で書かれてある。

 

【雷鳴閃】

 注意事項:剣を空に掲げて雷鳴閃と唱えれば、二秒で発動します。必要HP:50。両足をしっかり地につけて発動させないと、使用者がショック死します。

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