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第三章 無秩序(じゆう)の末に生まれた正義2

 ――もしかしてヤバい敵なのか? 逃げるべきか!?

 ほぼ陽は落ちている。敵を目視できるのも、あと数分しかない。だから、みすみす目の前に散らばっている金塊を諦めるなんてできない。敵が動くよりも早く、ダガーで斬りつけた。守りの弱そうな後頭部に、俺の一撃がヒットする。

 ガキン。

 鈍い金属音と共に、俺の腕がしびれる。全速力の斬撃なのに、オークの皮膚を貫けねぇ。いや、傷一つ入らない。

「ふん、シャドーはバカのように速いだけだ。だが力は非力。だから俺にダメージすら与えることができない」

 奴を倒すには、ロングソードしかないのか……。だが剣のモーションは遅すぎる。

 オークは斧を振り下ろしてくる。その斬撃はゴブリンよりやや速い程度。十分見切ることはできる。オークの攻撃をかわすと、今度は目玉を狙い、至近距離からダガーを投げつけた。

 オークは斧で防ぎ、半分だけ顔をのぞかせて笑う。

「目だけは弱いからな」

 目つぶしが狙いなんかではない。次のモーションへ入るまでの、一瞬の隙が欲しかっただけだ。奴が防御の姿勢を取っている間に、足を活かして背後へと回り込み、ロングソードを抜いて横殴りに叩きつけた。それは甲冑のない太ももへヒットした。俺の狙いは足の切断。これで機動力を奪うことができる。想像以上に腕がしびれるが、一気に貫いてやる。

 だが剣は、太ももに食い込んだだけで骨まで到達しなかった。

 オークは振り返り様、「このガキィ!」と叫び、斧を叩きつけてくる。

 目の前に降り注ぐのは、巨躯が全体重をかけた強烈な斬撃。ゴブリンの一撃ですら吹っ飛ばされてしまうのだ。これを受ければ、どうなっちまうのか想像するまでもない。即死だ。

 だが俺は動かなかった。チャンスはこの一度限り。奴が怒りに身を任せた、この一撃のカウンターしかない。斧が俺の頭部にふりかかる直前――

  俺は剣を太ももから引き抜き、剣先を真正面へと向けた。刃はオークの喉元へ突き刺さる。両手に凄まじい重量が乗る。

「確かに俺は非力。だからあんたのパワーを利用してやったのさ」

「……おのれ……シャドーの分際で……。ちと侮り過ぎたわ……」

 オークはそのまま地に倒れ込み、金塊へと姿を変えた。奴は俺のことを『シャドー』と呼んだ。ずば抜けて速い、ただその一点だけが優れていると、奴は言った……。

 俺のレベルは4になった。

 レベルアップ時に貰えたボーナスポイントは107。やはり1.75倍ずつ強化されていくようなのだ。その計算根拠は不明だが、レベルがひとつ増えるだけで格段に強くなれることだけは分かった。不安しかなかったこの世界で、唯一の光明が見えた。敵を倒したら前進できることが実証できたのだから。とにかくあれだけ苦しめられたゴブリンは、もはや敵ではない。すべて洋介のおかげだ。彼が活路を作ってくれたから、今がある。

 落ちている金塊をかき集め、錬金術師の店へと急いだ。

 なんと全部で三千百五十一リカになった。目標以上の大収穫だ。

 解毒剤を購入すると、喜び勇んで、皆と別れた川の見える木陰へと急いだ。

 辿り着いた俺は、足を止めた。

 いない。みんなはどこだ!?

 足元の砂が黒く滲んでいる。腰を落とすと、砂を手に取ってみる。黒く見えたのは血の痕だった。それは蛇が這ったかのように、川上の方へとクネクネ続いている。

 あの体で移動したのか? もしかして浮浪者共に見つかったのか!?

 その時、ズドンと一発の銃声がとどろいた。

 戦いの最中、薄々気付いていたが、どうも音に敏感になったようなのだ。肉体が強化されていく度に、それを強く感じるようになっていった。ゴブリンとの戦いの間、奴らの呼吸音や心臓音が手に取るように分かった。あの時は錯覚と思っていたが、今回の銃声でそれは実感へと変わった。音源の位置が、明確に分かったからだ。川上の方角。距離にして、約二キロ。

 地に耳をつけた。足音を感じる。それらは走っている。乱戦しているようだ。このザクッという力強い踏込みは、おそらく黒瀬先輩のものだ。槍を突くために、足を一歩前に出した。大胆にして、無駄のない足運び。とても素人にはマネできない。だけど先輩は、腹部に怪我を負い、毒に犯されている。意識はもうろうとしていた。とても戦える状態ではない。それでも懸命に踏み込みを続けている。数回に一回は、彼女の足音に交じって別の何かが地を鳴らしている。ほんとうに小さな音だ。まるで小雨のような、でもおそらくそれは彼女が流している血……。そのようなビジョンが脳内に描けるほど、鮮明な音として聞き取ることができるのだ。獣染みた第六感ともいえる異質な力が宿ったのは確かだ。 

 急いで川上へ向かった。二キロという距離をわずか十秒そこらで走りきった。

 やはりそうだった。黒瀬先輩は槍を握り、敵を睨んでいる。腹部の傷口からは血がにじみ出ている。かなり辛い筈なのに、それを顔に出していない。真の格闘家が辛そうな顔をすることは、ポーカーフェイスのできないギャンブラーに等しい。たったそれだけで、敵を心理的優位な状況にしてしまう。さすがだ、先輩。

 一方ターニャは泣きそうな顔で、引き金に指をかけて敵を狙っている。銃口はガクガクと震えている。ひなたはどこだ!? 彼女の姿を探した。ターニャの少し後ろに横になって、ハーハーと苦しそうに呼吸をしている。ターニャと黒瀬先輩は、ひなたを守るように武器を構えている。どうやってここまで移動したんだ? 小柄のターニャに、ひなたを担いで走るのは無理だ。黒瀬先輩が、ここまで背負って走ったのか!? 立つのだってやっとなんだろう? 瀕死の状態の女子に攻撃を仕掛けるなんて許せねぇ。俺は急いで黒瀬先輩の横にならんだ。

「い……。伊賀か!!」

「先輩。もう心配はいりません。解毒剤も手に入れました」

「そ、そうか! さすが伊賀だ。なんとか三人は返り討ちにできた。耳と腕を落としてやったら戦意を喪失させて逃げていった。だが後四人もいる」

 7人もの敵と戦っていたのか!? さすがです。

「素人相手なら何とかなる。だが、うち一人はかなり手ごわい」

 相対する四人を見た。男三人に、女一人。男三人は西洋人なのだろう。鼻は高く青い目をしている。女はアジア人なのだろうか、俺達と同じ肌の色だ。茶髪でどことなく垢抜けている。パチッとウインクすると、挑発的に人差し指を向けてくる。手ごわい敵はこいつか?

「分かりました。俺がこいつを仕留めます」

「伊賀! 無茶だ。まったく動きが見えないのだぞ。それに……」

「大丈夫です。さっきも言ったでしょう? 俺は解毒剤を購入したと。つまりそういうことです」

「……さすが伊賀だ。私が認めた男だけはある。お前には私のへその周りを何度もキスされたからな。責任をとれよ」

 ――え!? 認めたって何を?

 たしか黒瀬先輩は全運動部に回り、三日で飽きて、暇つぶしに俺と洋介、ひなたで開いたゲーム研究部にやってきた。入部するときにそう言っていたし。入部条件として、「私を幹部にせよ」とか言っていたっけ。思わず笑っちまったよ。だってこんな上下関係もないただのゲームマニアが作った愛好会に、まるで道場破りの勢いで入部してきたもんな。もちろん翌日から副部長をお願いした。そんな面倒そうな役職、洋介やひなたはやりそうもないし。そんな破天荒な性格だった。どういう訳か、毒を吸い上げるとき緊張した。太陽から守られ続けた先輩のお腹は、とても綺麗だった。まるで、そう、先輩にキスをしているような。

 だけどキスじゃない。それに、責任って……。

 ……ははは、そっか。なるほど。さすが黒瀬先輩だ。こういう逆境でも冗談を言う余裕があるってことか。こうやっていつも真面目に面白い事を言うのが黒瀬先輩だ。だって固くなっていたら、勝てる戦いでも負けてしまうもんな。気迫で負けたら終わりだ。

 俺も先輩の冗談に続いた。

「分かりました。勝てたら責任でもなんでも取りますよ!」

「ふ、ようやく私の魅力に気付いたか。その言葉、忘れるでないぞ。リーダーはあの中国人の女。手から炎を放つから気をつけろ」

 男たちはそれぞの手に棍棒が握られており、何日も洗っていないような簡素な服を着ている。それに対し女の装備は充実していた。派手な赤いマントの下には鋲の打たれたレザーアーマーを着込んでいる。腰には繊細な文様の刻まれたレイピアまである。明らかにモンスターを討伐して購入しただろう、立派な冒険者を感じさせる装備をしている。この『デス・アライザ』は、レベルが上がると格段に成長を遂げるのは経験積みだ。レベル2以降になるとあれほど強かったゴブリンが敵ではなくなった。もし目の前の女が俺と同じような経験を積み、更に俺以上の時間を己の成長に費やしていたらかなりやばい。

 男たちは一斉に咆哮を上げ、棍棒で殴りつけてきた。こいつらは明らかに素人だ。動きがとろ過ぎる。ダガーで攻撃すると殺しかねない。俺は手にしていたダガーを宙に投げると、拳を握りしめ、近づいてくる男の顔面にストレートパンチを六発程度叩き込んだ。続いて二人目の男には蹴りを八発お見舞いし、三人目の背中を思い切り押す。そいつは向かってきた四人目の男と派手にぶつかる。

 落下してくるダガーをキャッチしたと同時に、四人の男は地へと突っ伏した。

「……い、伊賀? いったい何をやったんだ? お前が一歩足を前に踏み出しただけで、全員吹っ飛んだようにしか見えなかったぞ」

「軽いウォーミングアップです」

 そして俺は、女に向き直った。この女は中国人らしい。中国語なんてよく分からねぇから英語で言ってやった。

「おい。てめぇは外のモンスターを倒せる腕前なんだろ? それなのにどうして一般人を襲う? モンスター退治をすればいいじゃないか?」

 女は英語で返してきた。

「君、チンケな装備しか持っていないのに、かなりの使い手だな。もしかして一人でレベルを上げたの?」

「……あぁ……」

「すごいよ、君! 本当にすごい! 良かったら私と組まない?」

 は? 組むだと? 俺の質問に応えずに、何、好き勝手な事を言ってやがるんだ。女は左右に結ったおさげを軽く揺らして、微笑を浮かべた。何がおかしいんだ? イラつく女だぜ。

「もしかして、君。この世界に来たばかりなのか?」

「答える必要はない」

「あはは。やっぱりそうか。黙秘する理由なんて、大抵が答えちゃうとマズイ質問だから。そっか、そっか、素人君だったのか。すごいのに素人君。逸材な素人君」

 ……。

「あはは。やっぱ図星か。一人でゴブリンを倒すなんて不可能に近いのに、すごいよ、君。才能あるよ。天才の君だから、特別いいことを教えてあげるよ。この『デス・アライザ』というゲーム、序盤を突破できない者は、野良犬として生きていくしかないんだ。九割以上はそうなる。昔は初心者をエスコートしてレベル上げを手伝うおバカさんもいたようなんだけど、今はもうやっちゃぁいけない。大抵のクズは下手に力を持つと暴走するからね。半年くらい前に、クズ同士で権威やら縄張りやらを巡って派手な殺し合いをしたんだ。サード・デス・ステージとも言われている。まぁ、そんなこともあったせいで、初心者を憐れんで手伝う奴はいなくなった。そいつに寝首をかかれるかもしれないからね」

 ……それがこの世界に起きている現状だったのか。ロイに戦いの助言をしたのも、もしかして過去にいたという親切なプレーヤーだったのか……。

 女は続ける。

「力を手にしたプレーヤーは私のように兵隊を集めて初心者狩り(パトロール)をしている。だけどこの世界の暗黙の了解で、兵隊を鍛える奴はいない。他人を鍛えたら犯罪者として、ギルドから問題視されちゃうからね。もう一度言うよ。私と組まない?」

 ……こんな奴と組めるかよ。浮浪者共となんら変わらないではないか。

「そうそう。君の質問に答えるのを忘れていたよ。初心者狩りは、この世界の秩序を作っているんだ」

「何を言ってやがるんだ! 秩序だと? 秩序を壊しているのは、お前らだろうが!」

「いや違うね。話せば長くなるんだけど、初心者狩りはこの世界ではもう常識なんだよ」

「初心者狩りが秩序を作るって何だ! まったく理解できねぇ。その屁理屈、とても納得できない!」

「本当に君は面白いよね。友達になろうよ。私は宇春(ユーチェン)。君は?」

「お前に名乗る必要はない。今すぐ去れ。さもないと」

 同時に俺は、ダガーに手をかけた。

「そうかい。怪我はしたくないんでね。では、これでおいとまするよ。あ、そうそう、その子達。君の友達なのかな? それとも彼女? はは~ん、もしかして専用肉奴隷? とにかくその子達のレベル上げの手伝いをしない方がいいよ。初心者をサポートしたら、ギルドに目をつけられるからね」

「ギルドってなんだ? これだけのユーザーがいて、そんなことまで分かるのかよ? どうせ、ただのこけおどしなんだろ?」

「違うよ。なんなら試しにしてみなよ。すぐにギルドから偉い人がやってきて、すごく後悔することになるから。その前に、後ろの子、死んじゃいそうだけどね。君が友達になってくれないから、もう帰るね。シャドーと真剣勝負なんてごめんこうむりたいし。再見」

 ユーチェンと名乗る女は、呪文のような言葉を口ずさみ、姿を消した。

 奴の態度やこの世界の実情に憤りを覚えもしたが、ホッとしたのが正直なところだった。

 ひなたを背負うと、人けを感じない木陰を見つけ、そっと寝かせる。そして手さげ袋から解毒剤を取り出した。それは香水の瓶を連想する半透明の瓶で、蓋を取って黒瀬先輩に手渡した。飲み終わる頃には、ほんの少しだけ顔色がよくなったような気がした。

 再びひなたを背負い、宿屋を目指した。

 この街には宿屋が全部で八軒あり、下は一泊五百リカから、上は十倍の五千リカまで存在する。まぁ今の俺達が泊れるところなんて、最安値の宿しかない。それでも少しでも節約するためにフロントで蝶ネクタイをした男性店員に「四人で一部屋しか使わないからまけてくれ」と交渉してみたが、即却下される。規則以外受け付けないらしい。渋々金を払うと、店員は機械的に部屋の鍵を渡してくれた。

 部屋はほとんど埋まっていた。借りることができた部屋は、三階の二室と四階の一室、五階の一室と飛び飛びになってしまった。この宿は安いだけにわりと人気なのだろうか。

 廊下ですれ違うプレーヤー達は、ジロジロとこちらを見ている。安いとはいえ、有料の宿に泊まれるだけはあり、外でウロウロしているような浮浪者のような恰好をしている者は誰一人いなかった。腰や背中には剣や槍を帯びており、鉄製の鎧や胸当てを身に着けている。

「なに、あの格好? 野宿で十分な身分じゃない?」「ボロなのに、無理しちゃって……」

 すれ違い様、クスクスと笑いながら横目で俺たちを見て、冷やかしてくる。

 特段にぎやかな声がする空間があった。覗いてみると、そこは食堂だった。酒の飲み比べをする者や、コインを積み上げて賭け事をする者と様々だ。宿の中と外。それはまさしく天国と地獄だった。

 三階にある自分たちの部屋へと入った。最安値の宿だが、それほど悪くはない。バスルームが備え付けてあり、寝室とは別に応接間まであるのだ。ひなたをベッドに寝かせると、他の部屋から毛布を持ってきた。

「悪いけど、みんな、この部屋で寝て。俺は応接間で見張っているから。染みるかもしれないけど、先輩とひなたはシャワーでしっかり傷口を洗ってよ。ターニャ、手伝ってあげてくれ」

 ひなたの無反応。うっすらと目を開けているが意識はほとんどないのだろう。ターニャはひなたを連れてバスルームに入る。しばらくしてシャワーの音が聞こえてきた。

 黒瀬先輩はベッドに腰をかけ、俺は近くの椅子にもたれかかった。さすがに疲れた。大きく伸びをした。このまま眠ってしまいそうだ。まぶたを閉じて、少しの間、体を休めた。

「伊賀」

「何、先輩。傷口が痛む?」

「そなたは約束を覚えておるか?」

 約束?

 頬に暖かい熱を感じた。

「せ、先輩?」

 目を開くと、いつの間にか先輩は真横にいて、俺の頬に口づけをしていたのだ。

「そなたは約束を破る気か?」

「先輩、あれ、じょうだ……?」

 あの時の言葉が冗談だったのか、それとも本気だったのか、その真意を確認するのはあまりにも無粋に思えた。頬をそめた先輩は、いつもの気丈な姿とは全く異なり、本当に綺麗だった。俺達はシャワーの音が鳴りやむまで、唇を重ねた。

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