第二章 サバイバルスタート2
――洋介は熱血格ゲーマニア。
それは高校での彼の姿である。彼は中学時代、相当のワルだった。他校までシメに行っていたという噂をチラホラ耳にしていた。
洋介とひなたと俺は、中学三年のとき、同じ班になり、文化祭で催される一つのブースを任されることになった。ぶっちゃけ、その時はガチでエスケープしようと思った。だってメンツはいじめられっこの女の子と、極悪ヤンキー。こんな奴らとは無理だ。それが、そのときの正直な気持ちだった。だけど担任の先生はスマホをいじりながら「伊賀。お前がこのグループの班長だ」なんて無責任なことを言いやがった。別に、知ったことじゃないと無視すればいいのだが、この時の俺はまだ若かった。与えられた任務を必死にこなそうとしていた。
後から分かったのだが、これは面倒な三人を一つにまとめる作戦だったらしい。どうやらゲームしか興味を示さない俺も変人扱いされていたようで、先生は俺達のブースには期待の欠片すらなかったらしい。
先生は俺にハッキリ言ったことがある。
「お前ら三人は病気だ。病気同士が束になれば何らかの化学反応でも起こすだろう。頼むからこれ以上俺に迷惑をかけてくれるな」
これって、教育委員会に上げられたら一発アウト、即、昼間のワイドショーと茶の間をそれなりに賑わせるくらいの問題発言だと思う。とにかく酷い担任だった。確かに俺は単にゲーム中毒者。そりゃぁ、ある意味病気とは自覚しているが、洋介は単にエネルギーがあり余っていただけなのだろう。彼には中学という柵が退屈すぎたのだ。ひなたには先天的な病気があると担任は気怠そうに溜息交じりで言っていた。「本人が望めば、特別支援クラスに編入できるのに、なんでいかないんだよ。はぁ~、めんどくせぇなぁ~」と、あくびまで付け加えた。
一番イジメているのは、いつもニタニタと授業中にスマホばかりみている担任の中年オヤジの方だろ? 本当の病人は、人の個性を病気と決めつけるあんたの方だろうが――と言ってやりたかったが、それを言う勇気すら当時の俺にはなかった。
だけど、どうしてもこの担任だけは見返してやりたいと思った。それは俺が生まれて初めてゲーム以外で熱くなった瞬間だったのかもしれない。
俺はまず洋介に声をかけた。あの時は、緊張したな。ハードスプレーで固めたツンツン頭に学ランを雑に着こなした、いわゆる典型的な不良に勇気を奮って「ちょっといいかな?」と声をかけた。「なによ?」と返事してくる洋介に、俺は、軽くジャブをして「佐伯君、俺とバトルしようぜ」と話しかけた。すると彼は「は? 上等だ!」と言って速攻、拳を上げてきたんだ。
「ま、待て! バトルといってもこっちでだ」
咄嗟にジョイスティックを操作する仕草をしてみせた。危なく顔面にストレートパンチをお見舞いされるところだった。最初は興味なさげだった洋介だったが、どっちみちゲーセンでカツアゲする予定だったのだろう。だからゲーセンまでは、すんなり来てくれた。ちなみにカツアゲの相手は、いつも同業者。つまりカツアゲを専門職としている凶暴ヤンキーしか狙わない。そんな変わった性分ではあったが、そこのところはどうだっていい。慣れた手つきでジョイスティックを軽やかに操作し、コテンパンにのしてやった。
「ざけんな! もう一回だ!」
洋介はかなりの負けず嫌いだった。それが良かったのか悪かったのか、とにかくそれ以降、格ゲーにのめり込んでいった。これで共通の話題が出来るようになった。
次はひなただ。彼女とも打ち解けたい。ひなたは、何をやってもとろいといつもからかわれている。でも中学をちゃんと卒業したいのだろう、毎日頑張って登校してくる。
友達ゼロ人の俺。いや、洋介が微妙な位置に上昇しつつあるが、そんな俺だ。いじめとかわだかまりとか、そういったことにはとことん疎い。そんな調子で、何も打開策を見いだせずにいた。
この日は格ゲーのハメ技について議論していた。「ハメ技なんて邪道だ」という俺に、洋介は「ちがう。作り手が用意している以上、これは意味があると思うぞ」と、見事な格ゲー信者っぷりを披露してくれていた。そんな洋介に俺は、ひなたがいじめられている件について相談してみた。相手は喧嘩上等のヤンキーだ。まともな答えなんて返ってきそうもないと当初思っていたが、洋介は意外な反応を見せた。勢いよく机を叩いて立ち上がると、「何? いじめだと。俺が全員まとめてぶっ倒してやる!」と腕をまくったのだ。
「いや、相手は女子なんだ。女子を殴ったら不味いだろ。格ゲーじゃあるまいし」
「ならどうしたらいい?」
真剣に悩んでいる洋介を見て、俺はビックリした。
「おい、伊賀? どうしたんだ? 何を驚いている?」
「佐伯君。いい人だったんだ?」
「は?」
「びっくりしたよ。何にでもすぐに噛みつく人とばかり思っていたけど、本当は優しい人なんだね」
「……洋介でいいよ。照れくさいことを言うなよ」
陽介は赤くなって、鼻の下をぽりぽりかいた。
俺達は下駄箱で、ばったりひなたと出会った。ひなたはあたふたとした様子で、周りをうろうろしていた。何か探しているようだ。俺が「もしかして靴、探しているのか?」と問うと、ひなたはゆっくりと頷いた。「探すの手伝ってやるよ」と言ったのだが、ひなたは首を横にふる。洋介は「野郎がいた方が早くみつかるぜ」といって下駄箱の上や、背の高いロッカーにもよじ登り、熱心に探していった。
靴は焼却炉の中にあった。どうして一人で探したいと言ったのか、靴の中に入れてあった手紙を読んでようやく理解できた。それには『お前のせいで、いつも授業が中断するんだ。もう来るな! アホ』と殴り書きされていた。ひなたはポツリと涙を落とした。
俺はその手紙を、バリバリに破いた。ひなたは「ありがとうね」と弱々しくいい、トボトボ帰っていく。俺は彼女の背中に向かって、いつか言おうと思っていたことを思い切り叫んだ。
「俺達を見捨てたあの担任を見返してやろうぜ!」
「見返す?」
「おうよ! 俺たちは超すごいんだってことを、証明してやるのさ!」
びっくりしていたひなただったが、次第に目を輝かせていった。それは洋介にも伝染していった。俺は更に続けた。
「俺達が力を合わせると、なんかスゲー事ができると思うんだ。よく分からんけど、本気になったらスゴそうじゃん。だから絶対に文化祭でのブース、超最強にしようぜ!」
今、考えたらアイデアなんて皆無だった。超とかスゲーという言葉を連呼しただけで、中身は何もなかった。だが俺達三人は、この『スゲー』という言葉に、夢を感じた。
ブースは常識の範疇では何をやっても良いことになっている。ひなたは、翌日アイデアがびっしり書かれたノートを持ってきた。俺と陽介は、そのノートを見るや否や、一晩でこれだけ考えたのかと驚かされた。金魚すくいや輪投げといったありきたりのものから、リアルオチモノホラーゲームという理解不能なものまであった。洋介は格ゲーを置こうとうるさい。
とにかくこの二人の共通点は、ゲームだった。考えてみれば、この時だったのかもしれない。俺たちのゲーム研究部が産声を上げたのは。とにかく力を合わせて一つの物を作り上げたかった。ひなたの考えた、リアルオチモノホラーゲームをベースに、それを格闘風にアレンジしようと無茶な挑戦をしていった。まず、『何だよ? リアルオチモノホラーゲームって??』というところから始まった俺たちの企画は、文化祭前夜、朝方近くまで徹夜してようやく完成した。段ボールで張りぼてをしたゲームの台には、ジョイスティックが二つあり、それに反応して、グローブをはめたボクサーの腕が落ちてくる障害物を叩くといった単純な仕様。オチモノは上から人力。そんな手作り感満載のゲームだった。仮にゲーセンに置いてあったら、誰も見向きもしないだろう。
だがどういう訳か、これが当たった。重力だけで上から落ちてくるお化けの書かれた風船に、パンチを当てるのは意外と難しい。得点を黒板に張りだしたものだから、みんな夢中で高得点を競いだす。昼過ぎには、俺たちのブースには長蛇の列ができていた。客が客を呼び、廊下まで客が並ぶ始末。遠巻きから、ひなたをいじめていた女子グループもこちらを見ていた。きっと興味があるのだろう。もしかして、ゲームをしてみたいのだろうか?
「洋介、あそこ」と俺は指差した。
洋介は「あいつら。よくもぬけぬけとやってこられるな!」と激怒しながら女子達をガチで睨んだ。ガチヤンキーにガンを飛ばされて、女子の一団はたじろぎ、何かもの言いたげな表情のまま背中を向けた。
突然ひなたは、彼女たちの前まで行き、「やってみたい?」と尋ねた。困惑しているリーダー格の茶髪の女子の手をとり、「今、二十五分待ちだけどいい?」と問うた。手をとられた女子はびっくりした表情で「どうして?」と聞いてきた。
「私、亜衣さんとも仲良くしたいから」
亜衣の肩が震え、目の奥が赤くなったような気がした。
それよりも先に洋介が号泣していた。亜衣のグループを指差して、鼻水交じりに叫んだ。
「ぐぅぅ。俺ならここぞとばかりに、怒りをぶちまけてやるのに。そんでもってお前らが土下座しても絶対に遊ばしてやらん。それでもゲームがしたいなら靴を舐めろとでも言って、頭をどついてやるのに。愛沢はマジで良い人過ぎる。お前ら、見たか! これが愛沢ひなたの真の姿だ! 俺はいつもお前らをぶん殴ってやりたいと思っていたが、辛うじて女子だ。超ギリギリのところで我慢していたんだぞ。分かったか! バカヤロー!」