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第五章 夜明けへの逃走2

 宿屋の食堂では、ハムエッグの乗ったトーストを慣れない左手でおいしそうに頬張っていた。ようやくまともな飯にありつけたせいもあってか、とにかくすごい勢いだ。今度はフォークを手に取りスパゲティーを絡めとって口へと運んでいく。慣れない左手だから、口の周りから胸元にかけてベトベトによごしている。それでも嬉しそうに口に押し込み、ゴクンとミルクを飲んでニッコリ笑う。元々子供っぽいひなたが、一段と幼く見える。ひなたはちょっぴり赤毛の混じったショートカットが良く似合う女の子で、部ではとにかく明るかった。『腕は魔法で治る』のハッタリを信じてくれたのだろう。とにかく元気になってくれて良かった。

 ターニャも「ひなた先輩、ポロポロ落としてみっともないですわね」と、ようやくいつもの毒舌姫に戻ってくれた。二人には、洋介は復活の魔法を手に入れたら生き返ると告げている。真実を知るのは黒瀬先輩だけだった。何も言わず、二人の罵り合いを見つめていた。

「ひなた先輩は、死んでも復活させない方がいいですわ。静かになりますから」

「なんでよ! あたしがいないとみんな寂しくなっちゃって、絶対にあたしを思い出して泣くんだからね」

 これはゲーム。二人はそう思ってくれている。今はそれでいい。それよりも、一刻も早くみんなの特性を知る必要がある。レベルアップした時、どれに投入すれば効果的か、ある程度当たりをつけておきたい。ひなたなんて何も考えずに、ボーナスポイントを変な項目にぶち込みそうだ。例えば、造園や歌唱力とかに……


 錬金術師の店へ向かう俺達四人。

 金塊の入ったリュックは、とにかく重かった。重量にして三十キロは、ゆうにあると思う。まるで米俵を担いでいるかのようだ。なんせモンスター十九体分の金塊だ。今朝は気持ちが高揚していたせいか、それほど苦痛に感じなかったが、冷静にHPをのぞいてみると歩くだけで減っている……。まぁ、俺にはオートヒールスキルがあるから、回復の方が早い訳なのだが、それにしても重い。持っているだけで汗だくになる。ついにドスンと落として「はぁはぁ」と息を荒げてしまった。

「伊賀。持ってやろうか?」

「いえ、これでもレベル6ありますから。腕力にだってすでに60近く投入していますし。先輩はまだ病み上がりなんでしょ?」

「いいから貸してみろ。徹夜をして疲れているんだろ? 顔色が悪いぞ」

 そう言うと黒瀬先輩は、金塊入りのリュックを軽々と背負い、涼しげな顔で歩いていく。確か先輩は筋力には3しか投入していないと言っていた。ゴブリンを追いかける為に、残りすべては俊敏性に入れたとも。明らかにパワー系か。嫌だな。

 先輩がザパンのような『ヘビーアックス』タイプだったら……どうしよ……。

 なんつーか、真正面からだと完全に力負けする。冗談でも言ってビンタをされたら吹き飛ばされちまうし、変な体勢でスキンシップを取ったら衝撃だけで殺されてしまう。別に変な意味ではないのだが、例えばの話で……。あと、どうも『ヘビーアックス』というフレーズで、ジャパニーズコミック信者のあの野郎が脳裏に蘇ってしまう。あの濃い奴隷長のおっさんだけは、脳髄の最下層に封印しておきたい。

 それにしても、この街はつくづく物騒だ。確かにパーティの一人は片手のない重傷者だし、ターニャは小柄だし、黒瀬先輩は胸がでかすぎる。一応髪を切って男装をしているが、ちょっと近づけば性別なんてモロバレだ。唯一の野郎である俺は、一晩中戦ってフラフラで汗だく。

 道を歩いているだけで、すでに二回野盗に襲われた。

 そしてこれから三回目を迎えようとしている。

 銃を向けてくる五人組の野盗共は、「おい、持っている者全部よこせ!」らしきことを言ってくる。相手は東洋人のようだ。韓国語なのだろうか。韓流ドラマで聞きかじったようなイントネーションで脅してくるが、実際のところ何を言っているのかさっぱり分からない。とりあえず俺は英語で、「やめとけ。弾が無駄になくなるだけだ」と忠告してやった。

 それでも敵は「うるせぇ!」らしき乱暴な口調で威嚇してきて、俺に向かって発砲してくる。雷の軌道すら見切れてしまう俺の眼力をもってすれば、弾丸なんてもはや止まっているようにしかみえない。だけど下手によけてはまずい。反対方向には、壁にかくれて様子をうかがっている罪のない……? いや、いろいろ罪はあるだろう浮浪者がいる。とばっちりを受けても可哀そうだ。

 螺旋状に旋回しながらゆっくりと近づく弾丸を、短刀で叩き落としてやった。これは『逃げてくれよ』という、俺なりのパフォーマンス。浮浪者たちは顔を見合わせてごちゃごちゃと話し合うと、こちらに向かって走ってくる。「まぐれだ!」「そうだまぐれに決まっている」とでも言っていたのだろうか。女性陣の顔をジロジロ見ながらよだれを垂らしていたから、著しく品を欠く内容だったのかもしれない。

 さすがにこれで三回目。仲間達はまったく動揺しない。

 ひなたなんて、「助さん。こらしめてあげなさい」だとよ。

 助さんって何だよ? もしかして俺の事か? 俺は格さんの方が好きなんだけど?

 ……どうでもいいか。

 俺はサッと浮浪者の背後まで移動して、首筋に手刀を落とす。あくびがでるくらいゆっくりと動いたつもりではあるが、五人いた野盗共は認知すらできず地に突っ伏すことになった。

 ひなたは、「助さん、すごい! すごい!」と目を輝かしてぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいる。着地すると、両方の腕を前に突き出した。もしかして手を叩こうとしたのだろうか。片手がないことに気づいて寂しそうな顔をした。

「おい、早くひなたもレベルアップしてくれよな。いつまでも守ってやらないからな」

 いつものように毒づいてやった。腕の怪我くらい魔法ですぐに治ると断言している以上、下手に気に掛けるより何事もなかったように接する方がいいと思って。ひなたはおっちょこちょいで、部のトラブルメーカー。そんな元気なお前には笑顔が似合っている。

「ほらね。伊賀くん。また嘘ついた。そう言いながらでも絶対に守ってくれるんでしょ?」

 軽く笑い返すと、気絶させた浮浪者達に視線を向けた。

「それにしてもこの人達、どうしたらいいんだ? ここで寝ていたら危険だろ? おい、おっさん。起きろよ」

 黒瀬先輩は「ほっておけ」と一蹴する。

「だけど、ほら別の浮浪者達が、路地裏から狙っているよ? あ、襲いかかった。身ぐるみを剥いでいる……」

「いちいち気にかけていては身が持たんぞ。それよりか早く錬金術師の店へ行こう。もうちょっとまともな装備をしないと、また襲われてしまう。野盗退治も、いい加減飽きただろ?」

 あと一回襲われて、ようやく錬金術師の店に辿り着いた。

 ろうそくの炎だけで怪しく照らされている錬金術師の店。

 同じことしか言わない不気味な老婆の前に、リュックの中身を並べる。

 金塊は全部で三万千九百五十一リカになった。日本円にして三十万円以上の収穫だ。だけど老婆が金塊の代わりに用意してくれた山のように積み重ねられた金貨を見て愕然とした。さっきの金塊とそれ程変わらないではないか。これを運ぶのは一苦労だ。この世界には、諭吉のような便利な紙幣はないのかよ?

「魔法のアイテムボックスがあるが、買っていくか? ヒッヒッヒ」と老婆。

「なんだよ。アイテムボックスって?」

「それは購入してのお楽しみ。ヒッヒッヒ」

「いや、買うよ。欲しいし。だから詳細を教えてよ」

 どのように問うても老婆はテープレコーダーのように「それは購入してのお楽しみ。ヒッヒッヒ」としか言わない。まぁ、いつもの仕様なのだが。

「アイテムボックスはいくら?」

「ひとつ五千リカ。ヒッヒッヒ」

 五万円もするのか。俺の筋力ではそれほどアイテムを持てないし、無理をして持ったところで運ぶだけでHPが減ってしまう。騙されたと思ってひとつ購入してみた。

「誰がもつのかや?」

 とりあえず自分を指さした。

「毎度あり。ヒッヒッヒ」

「どういたしまして。ヒッヒッヒ」

 アイテムボックスは便利な収納機能だった。アイテムの前で手をかざして「ホールド」と唱えれば、霧状のエフェクトと共に対象物が消える。そして瞳を閉じると、ステータスウィンド内に新たな罫線が生成され、その中にアイコンとして格納されている。それにタップすると取り出すこともできた。試しに金貨を入れてみると、220lbという数値が68lbへ変わった。これは収納できる重量の指標なのだろう。Lbは、確かポンドの単位だった記憶がある。1ポンドは、確か0.45kg。――ということはMAXで100Kg程度収納できるという計算になるのか。

「これは便利だ。もうひとつくれないか?」

「ひとりひとつまでじゃ。ヒッヒッヒ」

 そうかい。

 別行動することになっている黒瀬先輩のも購入した。

「あたしも欲しい!」と、駄々をこねるひなた。彼女は後先考えず次々とガラクタを拾っては収納しそうだ。そもそもまだろくすっぽアイテムを持っていないというのに、別倉庫を手に入れても仕方ないだろ? 「欲しいよぉ~、欲しいよぉ~」とわがままばかり言うひなたに俺は「あんまりうるさいと、アイテムボックスに突っ込むぞ」と脅かして黙らした。ひなたがシクシク泣きだしたので、「もっといい物を買ってやるから」と付け足す。

「ほんとう? 何を買ってくれるの?」と、嬉しそうに聞いてくるひなたに、俺はあんたの中では嘘つきになっているんだろ? と心の声で返しておいた。多分、次の店に行ったら、アイテムボックスの存在を忘れて別の物を欲しがるに違いない。そんな気がしてならない。だって昨日も、無計画に使えない武器を次々に購入して散財していたし。あんた高校生だろ? まるで小学生に上がる前の子どものようだ。まぁ、それがいいところもあるんだけどな。

 残金は二万千九百五十一リカ。

 武器屋や防具屋にも回り、何が装備できるかという観点から皆の特性をチェックしていった。無駄な物も大量に買ってしまったが、レベル上げが難しいと知った以上、金を使った方が得策と踏んだ訳だ。一万五千リカくらい散財して一通り全員の身なりを揃えた。

 残念なことに、やはり黒瀬先輩はパワー系だった。重装甲な鎧や盾まで難なく装備できたのだ。鋼鉄の胸当てと装甲が何重にも連なった肩当てを選択した。

 ちなみに俺はレザーアーマーすら装備できなかった。いや、一応、着る事はできるのだが、圧倒的に遅くなる。どうせ当たったら終わりの紙装甲。レザーアーマーをばらして、利き手ではない左側の肩当てだけを装着することにした。

 ターニャは水晶入りの杖を手にすると、どうもしっくりくると言っている。魔力0なので、いくら念じても何も起きないが、おそらく何か感じるのだろう。魔道士にお似合いの紺のマントも購入しておいた。

 ひなたは……。

 よく分からない。ムチが装備できた。左手なのに、わりと器用に扱っている。ムチ使い? バンパイヤハンター? もしかしてモンスターを手玉にとれるビーストテイマーとか? 特に素早くもないので、俺が装備できなかったレザーアーマーの残骸を装備してもらった。

「ねーねー。伊賀くん。ムチおもしろいよ。今度ムチムチゲームしよ」

 ムチムチゲーム?

「おい、ひなた、それは伊賀と私がする。そなたは一人で遊んでおれ」

「先輩、ムチムチゲームってなんですか?」

「そんなの決まっておろう。左手にキャンドル、右手にムチを持ってな」

 またそっち系ですか? あなたはそういうキャラだったんですね。とにかく、やめてください。あなたにムチで叩かれたら、俺の守備力だと即死しちゃいますよ?

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