俺のSランク冒険者パーティーの荷物持ちをしていた小僧を迷宮で囮にしたら勇者に覚醒してざまぁされた結果、
「おい二千二百番!ガラン!早く歩け!!」
「うるせぇな!歩いてんだろ大人しくよぉ!!このハゲが!!」
両の腕に手錠をはめられた今の俺にできる事は、看守の怒声に悪態をつくことだけだった。
何処までも続く石畳みの床、等間隔で備え付けられた鉄格子の扉。各部屋から漂う汚臭。古臭い名札。窓の外から、物憂げに差し込む夕陽。中庭には鉄格子の個別運動場。外周は見えないようになっている。見えた所で、外には分厚い壁があるだけだが。
そう、ここは刑務所である。
もっぱら冒険者の犯罪者が集められる、最低の場所だ。
看守が一番突き当りの雑居房の前で足を止めた。急に止まるなクソ野郎。
「今日から貴様の部屋は、この一舎房十番雑居房だ!お前はここの三番員だ、間違えるなよ」
チッ……最低だ。よりによって雑居房。こんな小鬼が十匹も入れば満員の部屋で、野郎三人も詰め込まれるのかよ。こりゃ虐待だぜ。
手錠を外され半ば、押し込められるように部屋にぶち込まれた。地の底まで響くような重い鍵の音が木霊する。最低の最低の最低だ。
「ぶひひっ!人間族の旦那!そんな顔してないで仲良くしましょうや!あっしの名はピグでさぁ」
「……ジーク…………チロッ」
捕まってからため息が尽きた日はねぇが、流石にもう打ち止めだ。もう何もでぇねよ。
部屋にいた先客は豚人と竜人、よりによって異種族との相部屋かよ。ちょっとは配慮てのがねぇのか?ここの刑務所は?
豚のほうはニヤニヤと笑みを浮かべているし、竜人のほうはこちらを一瞥すると直ぐに手元の本に目を落とした。
竜人は表情で感情が分からねぇから嫌いなんだよ、舌をチロチロと出してやがるし。豚はどうでもいいや。
「ぶひひっ!旦那は何でこんなトコまで堕ちてきたんですか?見たトコすげぇ体してますが?」
「……この体は元冒険者だから。罪は……無実の罪だ」
――静寂。
「ぶひっひっひっ!」
「ジャッハッハッ!!」
二匹は腹を抱えて大笑いしている。面白いことを俺は言ったか?
「ちげぇねぇ!俺も無実なんですよ旦那!しっかしそんなお決まりの文句を大真面目に……ぶひっひっぶひゃ!」
「……ここの囚人はみな無実と信じてるよ、自分の中で、だけはな」
「……俺のは本当だ。誤解されているだけだ」
「旦那ぁ……。誤解でここまで堕ちませんて」
「何だと!!この豚野郎!」
「ぶひひっ!産まれた時から豚野郎でさぁ!ぶひっ!」
それもそうか。
…賢い豚だな、こいつはよぉ!
「……本当の所、何をしたのだ?無論、嫌なら喋らんでよいが」
「いやいやジークの旦那!何やら訳アリみたいなんで、ここはあっしらの話を先にしましょうや!後で話したら白けちまいますぜ!」
「……我らのは、詰まらん話だからな」
どうやらピグは気配りのできる豚らしい。正直俺から話すのは嫌だった。こいつらが俺よりもっと重い罪で捕まっていたら面白くもねぇし
流石に殺人などの凶悪犯と相部屋になる事はないと思うが。
「あっしはねぇ……食い逃げでさぁ!」
「……は?」
「赤竜の肉がねぇ、露店に置いてありましてねぇ!パクっとね!ぶひひっ!」
……ピグは正真正銘の豚だった。つうか、よりによって赤竜の肉か、家が建つ値段のはずだぞ。そりゃ刑務所送りだな。
一応聞いてみたい事がある。
「……旨かったのか?」
「いやそれがですねぇ……口に入れた瞬間……溶けてなくなっちまいました!」
満面の笑みと、大げさな身振り手振りで話すピグを見て俺は堪える事が出来なかった。
「ぶひっひっひっ!」
「ジャッハッハッ!!」
「だっはっはっはっ!」
馬鹿だ。馬鹿がいる。こんな愉快な豚がいるとは世界は広い。あー笑ったぜ。
「はーはっぁ!……ジークは何なんだ?まさか…お前も食い逃げか!?」
「…我は、誤火炎吐息罪だ」
なんつった今?
恥ずかしそうに目を伏せながら、ジークが聴き慣れない罪状をポツリと呟く。
「ぶっひっひ!ジークの旦那のは、本当に…ぶっひゃひゃひゃ!」
「ゴアッ!」
うおっ!?アチィ!!
ジークは小さく咳こんだつもりだろうが、火炎吐息が漏れとる!!
「我は宿の馬小屋で寝ている時に、寝息で火炎吐息を吐いてしまってな…幸い怪我人は出なかったが…」
「デッカく新聞に載ってましたわ!竜人、お漏らしで宿全焼って、ぶっひゃひゃひゃ!」
「お漏らし竜人…くっ…だっはっはっは!」
「貴様ら…」
おいおいおい!四つん這いになってまさかコイツは!
「ピグ!止めろ!」
「丸焼きはまだ勘弁ですぜ!」
野郎三人で、くんずほぐれつの取っ組み合い。
「静かに出来んのか!クズども!!」
そりゃすぐに看守がとんでくるわな。
この日は、しこたま説教された後、消灯時刻になり、流れでお開きになっちまった。
たが、コイツらとは上手くやって行けそうな気がしたね。バカな奴らと話せたお陰で少し鬱憤が晴れたぜ…。
――――
刑務所ってのは、娑婆人が思っているより忙しい所だ。
日が出てから暮れるまで、刑務作業をしなければならない。まぁ風呂も運動もその間にあるがよ。
作業の内容は…下級回復薬のラベル貼りと梱包。工場の人員は四十名。なるほどね、こうやって大量生産していた訳か。
壮観なのは、筋骨隆々のオッさん達がせっせと手元の硝子瓶と睨めっこしている光景。
一番笑っちまうのはやはりジークだ。机の大きさが全く合ってねぇんだ、これが!
しかし、一見簡単に見えるこの作業だが意外と神経を使うのだ。寸分のラベルのズレで不良品にされちまう。あんまり多いと看守から説教だ。いっそぶっ飛ばされたほうがマシな位に怒鳴れるからな。何よりこの作業、終わりがねぇってのが一番不味い。いくらでも材料はあるのだ。
そんな作業を続けてるうちに今日も日が暮れる。
囚人たちは罪と向き合う暇もない。
…俺もまた罪から目を逸らし、明日も作業に明け暮れるのだろう。まだあの二人にも、己の罪を言えずにいる。
――――
刑務所へきて一年ばかしだったある日の、作業休憩中、ピグが珍しく新聞なんぞを読んでいやがった。
「おいピグ、喰うんじゃねぞ?俺はまだ読んでないからな」
「もしピグが口に入れたら、燃やすから安心しろガラン」
どのみち見れねーだろそれじゃ!
「ぶひひっ!昼飯の豚汁、喰ったばかりじゃないですか!喰いませんて!そんなことより旦那、これ見てくださいよ!こんなすげぇ野郎いるんですねぇ」
ピグの指さしたその記事には、俺の忘れもしない小僧の名前。
記事の見出しはこうだ。
―――無敵の英雄!?冒険者アインまたまたお手柄!魔王軍幹部から無傷で王女救出!
「ッツ!」
「ぶひっ!?」
「……?」
「すまんな。……ちょっと力が入っちまった、捨てとくぜ、この机」
拳を叩きつけた衝撃で机は真っ二つだ。俺にもまだ冒険者としての力は残ってるらしい。
……あの泣きべそしかかけなかった小僧が、出世したもんだ。
「話してみろよ、ガラン」
「旦那……」
二人は俺の様子から、小僧とのただならぬ因縁を感じたのだろう。
忘れかけていた罪の意識……もっぱら鬱憤だが、俺にはもう我慢できねぇ、話して楽になっちまうか。
「この小僧は、俺のパーティーの荷物持ちだったのさ、だがなある日の迷宮探索中、深部で見たこともねぇ複数の魔物にいきなり襲われてな、逃げるために囮に使ったんだ」
「ぶひひ?旦那、でも生きてますぜ?」
「……自分で言っててもバカげた話だが襲われる瞬間、小僧は力に覚醒したんだとよ。俺たちが逃げて外に出た後、あいつは無傷で追ってきた。俺の事を認めないとかぬかしてな」
「……にわかに信じられんが」
「俺が捕まってるのが、なによりの証拠だろ、小僧とその取り巻きに訴えられて、ここにるってわけだ。お陰で、俺の冒険者としての人生は終わったよ。これだけ実戦から離れたら、もうSランクには返り咲けねぇ……なぁお前らはどう思うよ?俺はリーダーとして冷静で合理的な判断を下したまでだ。あそこで瞬時に、誰も犠牲にならない方法なんて考えつかねぇだろ?荷物持ちの小僧と、他の戦闘員を天秤にかけたらどっちを犠牲にしたら、地上まで助かるか一目瞭然だ!それとも俺が飛び出して小僧を守るべきだったか?他の奴らにだってガキや家族がいるんだぜ?多くを救える選択肢はどっちだよ?俺だって好きでやったわけじゃねぇ!全てを救える選択肢なんか、普通はありえねぇんだよ!」
――俺はただ誰かに肯定して貰いたかった。
小僧が勇者に覚醒?どんなおとぎ話だよ。俺が小僧を犠牲にする選択をした時の、心の痛みを知っているか?俺が蹴り飛ばした時の小僧の表情よ!間近で受け止めたのは誰だ?
一番辛いのは、その俺の選択を無かったことにされた事。
小僧が勇者とやらに覚醒したお陰で、俺はただの悪党だ。誰にも理解されねぇ。
「旦那……あんた……」
「…………泣くな」
……チッ。最低の最低だ。俺としたことが。涙が、想いが止められない。
何でこんなに悔しいんだ。
「……ガランの旦那が、真面目な人だってのは俺たちに十分伝わりましたよ。娑婆でやり直しましょうや。ここの人間は、現実におとぎ話なんて無いってみんな知ってますぁ。俺は旦那の、選択の勇気に惚れましたよ」
「我も当面、行く当てが無いからな……出たら付き合ってやる」
「お前ら……俺のパーティーに給料はねぇからな。……覚悟しておけよ」
こんな刑務所で生涯の友と会えるとは、人生分からないもんだ。
――――
あれから二年と半月。俺たちは全員刑期を終え、出所した。
今では、目をつぶってでも回復薬のラベルが貼れる。それが役に立つことは無いだろうが。
俺たちは、三人集まってパーティを組んだ。感を取り戻すのに時間はかかったが、今ではAランク程度の実力はあると思う。ピグは鼻が利き、お宝を探し出し、ジークは強靭な皮膚と火炎吐息で戦闘に大きく貢献してくれた。無論、俺は『剛剣のガラン』と呼ばれた剣技で止めを刺す攻撃役だ。
ただでさえ目立つ豚と竜人と人間の、風変りなパーティーが有名になるのに、時間はかからない。
俺たちはそこそこの人生を謳歌している。世界は今、魔王との決戦を控え躍起になっている。こんな辺境の港町には関係ない話だが。
今日も、場末の酒場で飲み明かす。こんなもんだ俺たちの人生は。
俺たちが、酒場の扉を開けると、俺の何時もの指定席に、野郎が一人座っている。
こんな場所で、全身甲冑かよ……ろくに酒も飲んだことがねぇのか?
もちろん、店の中で兜なんかはつけちゃいないが……その鎧と顔との不釣り合いに笑っちまった。
「おいおいおい!そこはガランの旦那の指定席だぜ!聞いてんのか!ぶひっ!」
起ちあがった野郎は……何て顔してんだよ、こいつは。酒場で野郎に泣かれる事ほど、鬱陶しいことはねぇ。
「ピグ、ジーク先に一杯やっててくれ。昔馴染みだよ。ほれ、表にでろ小僧」
外は満点の星空、夜風が心地よい。これだから港町は好きなんだ。風の物悲しい感じが良いんだよ。
「ガラ……」
背中に掛けられる声を、遮るように俺は叫んだ。
「俺はなぁ!未だにあの時の選択が間違いだったとは思ってねぇ!だから謝らねぇ!今更何しに来た?」
「ガランは……俺を犠牲にしようとしたとき……どんな気持ちだったの?」
四年越しの質問がそれか。チッ……成長しねぇ小僧だ。
「辛かったに決まってんだろ!!俺を何だと思ってんだてめぇは!」
信用して、俺がパーティーに加えたんだぞ?
「そうだよね……何で僕はあの時……ガランこそ、勇気ある者だったのに……」
やれやれ泣きべそアインに逆戻りか。
「昔の話はもういい!俺はなぁ刑務所での時間に納得してんだよ。俺が、お前を犠牲にしようとした事実は変えられない。それは償わなきゃいけねぇもんだ!それに俺は、今の半端具合が結構気に入ってんだよ。色んなものを犠牲にしちまったがな」
この四年、あの頃から、地位も名誉も女も金も仲間も、色んな物を犠牲にした。失った。
だがそれは俺の選択だ。今更、偶然勇者に覚醒するなどと、デタラメで生き残った小僧に何も言われたくねぇ。そんなことよりだ。
「お前もやっと、何かを犠牲にしなけりゃいけない時が来たのか?」
まるで迷子の子犬みてぇな顔しやがって。
「……次の戦いは、魔王との戦いは……僕も含めて誰かを犠牲にしなければ勝てないかもしれない……」
おいおいおい……本当に最後の最後にそんな悩みを抱いたのかこいつは。
「ぷっ……がっはっはっはっ!そうかそうか!ようはビビって俺に、誰かを犠牲にする心構えを聞きに来たってわけか!」
「笑い事じゃ!」
「はーぁ!悪い悪い、そうだな!お前は常勝無敗の最強で、今まで、何の犠牲も払ったことが無いんだったな!」
新聞の記事がそのまんま事実とは恐れ入ったぜ。
「いいか小僧、そりゃ当たり前のことだ。俺たちは毎日そんな気持ちで迷宮に潜ってるんだぜ。日々犠牲を払って俺たちは生きてるんだ、それが冒険者だよ」
小僧は黙っている。そりゃそうだな具体的な解決になってない。
だが、体をみれば分かるが、今のこいつの強さは恐らく極限に達している。ただ初めて互角の相手と戦わないといけないという気負いで、縮こまっちまってる。このままじゃ負けるかもな。
「……俺がこれから話す言葉は、激励でも助言でもねぇ。全冒険者からの呪いの言葉だ。 お前は全てを手に入れろ。地位も名誉も女も金も仲間も!何一つ欠けることなく全部手にしちまえよ!そんなデタラメな存在になっちまえ!その子供の妄想みてぇな最強の力でな!お前のその力は、全冒険者の願いの塊だ!こうありたいってな!だから絶対に負けない!お前は負けられない!相手は魔王、後たった一度勝てばいいだけだろ?美味しいぜそりゃ!」
「ぶっひっひっひ!旦那愉快な話してるじゃないですか!」
「……勇者アインか」
いつの間にやら外に出てきた二人。
恥ずかしいとこを聞かれちまった……。
「ぶひひっ!ガランの旦那は、なんだかんだ言ってずっと気にしてましたよアインの旦那の事!一度会って話してぇってさぁ!」
「……クックッ、何一つ犠牲にしない勇気か……まるでおとぎ話だな。だが貫けたのなら、それも勇者か」
……チッ。賑やかになっちまったぜ。
「おい、アイン。この先、もしお前が何かを失っちまうような事があったら、この酒場に来いよ。俺たちは夜ならここに居るだろう。お前がどれだけ大きな物を失っても、国だろうが地位だろうが名誉だろうが誰かの命だろうが、俺たちは笑ってやるぞ。ざまぁねぇな!ってな」
「ガラン……」
「おらっ!いけ!二度と来るなよ!」
俺が引っぱたいたアインの背中はびくともしねぇ。
どうやら本当に精神の問題のようだ。手間のかかる小僧だ。
「なら、僕はもう二度とあなたの顔を見ない!もう振り返らない!全てを手に入れて名を刻みます!」
アインは振り向かない。完全に吹っ切れたみたいだな。泣きべそ小僧が。
「……ぶひ?アインの旦那はどうやって帰るんですかね?」
「……空を見てみろ」
ジークの言葉に夜空を見上げると巨大な影。
「古代竜……本当にデタラメだなあいつは……」
いらん心配だったのかもしれないな。アインは勝つ。絶対に、じゃなきゃ俺が報われねぇ。
全ての犠牲を払う者たちが報われない。だから勝てよアイン。
「よしっ!さて!酒だ!酒!お前ら今日も飲むぞ!」
「旦那は切り替えがはえぇなぁ!」
「……ガランは、余韻というものをだな……」
「馬鹿野郎!アインが勝っても負けても、俺たちの人生はこんなもんだぜ。祈る暇があるなら、酒飲んだほうがいいんだよ!」
「ちげぇねぁや!ぶひっひっひっ!」
「ジャッハッハッ!!」
「だっはっはっはっ!」
…………だがな、アイン何も失わない、無敵の人生は詰まらんと思うぜ。
一介の冒険者から成り上がり国を築いた、聖王アインの荘厳な墓標には、彼の数々の功績と、共に戦った英雄たちの名前が刻まれている。
ただ不思議な事に、誰よりも高い位置に刻まれた名前の主はよく分かっていない。
『我が心の師ガランと、全ての報われぬ者へ』
同時代、愉快な豚と寡黙な竜人を率いて名を残した男、ガラン。
その名が関係しているのかは、今では誰にも分からない。
俺のSランク冒険者パーティーの荷物持ちをしていた小僧を迷宮で囮にしたら勇者に覚醒してざまぁされた結果、何故か豚と竜人と共に歴史に名を残してしまった件
~完~




