魔の森侵入前
俺は刀が手になじむように、忘れたものを思い出すように軽く練習をすることにした。
まずは素振りだ。まずは正眼の構え。
右構えで柄の握りは親指と人差し指は握らずに龍の口をつくり、肘を伸ばし 両足のつま先を上げ 足裏の三角で支える。不安定故に足場がよくわかる。左手で柄を押すと刀は上がり 刀が上がると同時に気持ち体を沈め振り下ろすと同時に膝をえます。
この動作をしばらく繰り返したのち居合の抜刀 一の太刀(手首狙い)、二の太刀(胴狙い)、三の太刀(手首の打ち落とし)、一の太刀の奥、三の太刀の奥を行った。久しぶりなので鞘引きで左手をざっくりと切らないようにゆっくりとこなすことにした。一の太刀の奥は甲冑を着た相手の脇を押し上げ切り抜けるからこの世界なら有効だろう。
ブランクがある割には動けたほうじゃないか。そう自画自賛し、ロングソードでの突きの練習に移った。
ロングソードは両刃の剣なので正直使いにくいが大刀がないので仕方がない。森の中で槍は振りにくいからその代わりだ。
突きは刃を水平にして手繰り寄せて突く方法と下段に構え手繰り寄せずに上げながら突く方法の二つがある。水月の間で相手が刃に映る距離まで詰めてから突くというのもある。これを習ったときは虎岩流 紐鏡かと思った(笑)。
最後はショートソードだ。ここは蔡李佛拳の掃拳の動きで横にした8の字を描くように繰り返した。風車の如く腕を回し前腕を叩き込みすべてを薙ぎ払う。やはり蔡李佛拳はいい。8というよりも∞だ。遠心力で指先に血が集まるジンジンする感覚は結構痛いが一撃必殺の威力を感じる。これに剣を持てばなおさらだ。打点を前腕ではなく剣先を意識し遠心力で回し続ける。滅多切りだ。蔡李佛拳は世界では有名だが日本では流行らなかった。理由は簡単、ゲームや漫画に採用されていないことだ。漫画「拳士」→ゲーム「バーチャルファイティング」で八極拳が有名になったような流れがあれば有名になれたはずだ。
まだ少し動き足りないのでたタメハメ波の元になった胡蝶掌を含む洪家拳の型「伏虎拳」と表演会で「八極拳みたい」と評された肘打ちを含む蔡李佛拳の型「大字拳」を1回づつ流した。
「うーん、途中けっこうあやふやだな」
結構忘れていて型がつながらなかったので思い出さないといけないな。
短時間の練習だがある程度は体が覚えていることに俺は少し安堵した。うっすらと汗をかき息もあがってきた。
さて、他の連中はどうだろうか?
俺が軽く練習を終える間皆は待ってくれていたらしい。
「すまない、待たせてしまったようだ」
「いえ、私も素振りをしてましたから。でも、刀は重いですね。竹刀と違い振り下ろすとブレます。この先不安だわ」
白井さんが不安気に話した。
「おせかいっかもしれないが剣道と剣術は似て非なるもの。斬る意識が強いと刀は思うように動いてくれません。今付け焼刃で教えても君が身に着けた剣道の妨げになるので今は教えないほうがいいかと思います」
「そうね。今は自分の腕を信じるしかないですよね」
「そうですよ。大丈夫なんとかなりますよ」
「わかったわ」
ほかの2人は普段から運動をしていないらしくウォームアップもせずに座って待っていた。
「では、行きますかな」
渡辺さんがそう言いながら立ち上がると陣幕から若い兵士が2人出てきた。
「皆さん準備が整ったようですね。私はエスコート役のロベルトです。こっちは記録係のグレンです」
「これから皆さんは我々と共に森に入ってもらいます。基本的に我々は手を貸しません。皆さんは帝国の財産ですから命の危険を感じたら助けに入りますがそれはあくまでも例外です。
これから日没まで「狩り」を楽しんでください。日没になったらここのベースキャンプで朝を待ちます。この時点で4匹倒していれば戦奴としては合格です」
「そして、さらなる高みを目指す人は翌日の日没まで戦ってもらうことができます。3匹以下の場合は4匹目を目指してください」
「説明は以上になる。質問は?」
「あのー、けがをしたら治療はうけられるのでしょうか?」
吉川さんが小さく手をあげながらおずおずと質問した。
「薬草とポーションをいくつか用意してある。グレンは治癒魔法を少し使えるので切り傷なら治せます。致命傷は治せないので致命傷は負わないでくださいね。
ほかに質問は?」
「なし、では出発しよう」
俺たちはいよいよ魔物巣食う森に入っていった。これから2日間が今後の待遇を左右する重要な闘いだ。そして、魔物と戦う恐ろしさ経験する地獄の2日間の始まりでもあった。