暇だから練習してみる③
俺たちが暇を持て余し格闘術の練習を始めて数日が過ぎた。警備兵から話が広まったのか警備と称してギャラリーが増えていた。異世界の格闘術が珍しいらしい。この世界では魔術が戦場の主力となるため、格闘術や剣術が発展していないらしい。
俺は彼らを気にしないように彼女らの練習を続けた。そういえばいつのまにかマリーがここに来なくなっていた。彼女は元々拘束される立場にないし、ハインツの姪なのだから自由にふるまっているのだろう。
「先生、今日はなにをしましょう?」
「そうだな、基本の足の使い方を教えよう」
俺は弓馬、鈍馬、四平馬を教えた。弓馬は突きを出すときの足の使い方で鈍馬はその逆だ。突きを出す前の姿勢と言ってもよい。鈍馬から弓馬に移ることでステップインしなくても前へ力を伝えることができる。その際股関節を開く閉じるの動きでより足の力が拳に伝わる。
突きについても基本的なところを教えた。突きは肘を下にすることで肩が内側に入りやすくなり胸をへこませた突進力ある突きを打つことができる。その際肩を落とすこと、対象物に当たった後ボクシングのように引くのではなく、押すことが大事である。肘については外側に向けると何度も練習しているうちに肘関節が外側に向いてくる。するとまっすぐ打つ力が弱くなる。突きを押し込むことでより強い突きを打つことができる。実際、師父が香港に帰ってしまった後師父の言いつけ通りムエタイジムに通ったがタイ人トレーナーがミット打ちで痛がっていたくらいの威力があった(会長とトレーナーがなにかしゃべっていたがタイ語なので意味がわからなかった)。胸を内側に凹ますときに肩甲骨の可動範囲を意識することが大事である。胸を張った状態から凹ませる動きを呑吐(呑んだ力を吐き出す)というそうだ。
練習を続けていると警備兵が話しかけてきた。
「なあ、その格闘術は今まで見たことがないがどこの国のものだ?」
「これは異世界の格闘術で蔡李佛拳というものです」
「異世界の格闘術ですか。空手やボクシングは見たことがありますがこれは初めてですね」
「空手やボクシングをご存じですか。そちらは習わなかったのですか?」
「異世界の人は奴隷か戦奴ばかりなので自由市民の立場から教えを乞うのは抵抗があるので習いたくても習えません」
「なるほど」
「それに異世界人はほとんど見かけないので異世界人の居住区に行くか戦場に行かないと出会いえないですし」
「ん?失礼ながら帝都で異世界人をほとんど見かけないのですか?大量に召喚されてほとんどが奴隷として帝都をささえていると聞いていますが」
「ええ、帝都は自由市民でないと入れませんから」
「そうですか。話を戻しますが私は一時的にここで待機している状態です。今後どこかに異動になるかもしれませんが興味があるようでしたら異世界の格闘術や剣術を教えることはできますよ」
「おお!そうですかでは教えていただけますか?」
「ええ、でも私が勝手に判断してお教えすることができません。私の身柄はハインツ軍務大臣預かりなので軍務大臣の許可をいただかないといけません」
「うーん、私の階級では軍務大臣にお会いできませんね」
警備兵は残念そうに答えた。
部屋の扉がバンっと大きな音を鳴らして開かれた。
「話は聞かせてもらったよ!」
今までどこに行っていたのかマリーが現れ、ハインツ軍務大臣の署名付きの格闘・剣術訓練教官任命の辞令を突き付けてきた。
「いつの間に・・・」
「あんたたちの練習を見てこれは使えると思ったのよ。例の件で中央に置いておいたほうがお互い安全かなって。そしたらハインツおじさんもすぐにOKしてくれたよ」
その話を聞いて佳子も茜も不安そうにこちらを見ていた。
「二人とも安心しなよ。浅田の秘書官として二人にも辞令書いてもらったから」
二人は素直に喜んでくれていた。
なにか大きな見落としがあるような気がするがとりあえず秘密を理由に消されることがなくなって安堵した。