暇だから練習してみる①
俺たちは軍務大臣付という立場で一時的に自由市民となり軍務省の一室でなにをすることなく日々を過ごしていた。出入口には監視が付き行動に制限を課されていた。元の世界で官僚が政策的不祥事を起こすと官房長官付とか総務大臣付とかで次の役職につくまで待機状態になってるのと同じだ。
「なあ、あたしは猛烈に暇でたまらないよ。なにかすることはないのかい」
茜が監視の警備兵に詰め寄るが
「お前たちは待機が任務だ。だが、この部屋を出るのはだめだ」
と食い下がった。
「ならこの部屋の中で運動することは問題ないか?」
「騒がしくしなければ大丈夫かと」
「なるほど。では静かにするよ。ありがとう」
俺は佳子と茜に向かって格闘技の練習をすることを提案した。
「どうせ暇なら体を動かさないか?これからどうなるかわからないから少しでも身を守る術をみにつけたほうがよいだろう」
「わかりました先生。よろしくお願いします」
素直な佳子に対して茜は
「ああん?いいぜ空の借りを返してやるよ」
と悪態をついた。
「茜、お前は見た目それなりにかわいい顔をしてるのになんでそんなに突っ張っているんだ?」
「ばっばっばかっじゃないの!」
と照れて一歩ひいた。
「なんか無理してヤンキーやっているように感じがそもそもなんでヤンキーやってるんだ?」
「うるせーうるせー、あたしのことはどうでもいいだろ。なにやるならさっさちやろうぜ」
と顔を赤らめながら話題をそらした。
「では君たちはなにか格闘技を習っていたことあるかい?」
「私は剣道だけです」
「あたしは習ってないね。見様見真似の自己流さ」
「なるほど。では茜、空手は知っているだろう。知っている空手の技で俺を攻撃してきてくれ」
「なんか名前で呼ばれてることに納得できないんだけど」
「なら空手の動きで俺を片膝つかしてみな。そしたらさん付けで呼んでやるよ」
「いいぜ、木村様と呼ばせてやる!」
俺たちは距離を取り対峙した。
俺は掌を上に左腕を前に出し、右腕を半身の後ろに隠した。知っている者なら狙いがバレバレの構えだが今回茜に課した課題にはふさわしいだろう。知識で知っていても体が付いてこなければ十分使えないこと、知らない技には対応できないことを身をもって経験してもらいたい。つまり、体になじんだ動きや相手に知られていない技のほうが入りやすいことだ。もちろん、日々研鑽し体得した技が出せるなら通用しないだろう。
中国武術の師父が香港のある有名な師父に「あなたは一番どの技が得意ですか?」と質問したそうだ。彼は基本の突きだと答えた。次に「どの技を一番多く練習しますか?」と質問した。すると基本の突きだと答えた。基本の技をいついかなる時も最高の状態で出せればほかの技はいらないというのが彼の答えだったという。だか彼女たちにそこまで練り上げる時間も師もいない。俺が教える理屈は邪道かもしれない。だから少しでも意図をくみ取ってもらいたい。
茜は指示通り茜が空手と思う動きで攻撃をしてきた。俺は茜の右正拳突きを左前腕部で払い落とし右前腕で茜に首を刈り取った(蔡李佛拳の掃拳)。当然だが本気で打ち抜きはしない。首を押すように振り下ろした。
俺はすぐさま距離を取った。体制を立て直した茜は左突き、右突き、左上段蹴りを繰り出した。俺は右手で払い、左手で払い、右前腕を前に少し傾け気味に立て、左手で太ももを押すようにガードした。このガード方法だと右前腕を打たれても威力を軽減できるし、押すタイミングが早ければそもそも右前腕に届かない。
「やるじゃん!」
そう言うと今度は金的を狙って右前蹴りを出してきた。その前蹴りを左前腕で横に払い開いた胸に肘打ちを入れた。肘に柔らかい感触が伝わってきたが格闘中に意識する暇はない。レスリングや総合、柔道で男女の組手はよくあることだ。意識していては始まらない。だが茜はそうでもなかったらしい。
「む、胸を触りやがって、変態かてめー!」
と顔を赤らめ胸を隠している。
佳子がこちらを見ている。
「いや、肘打ちだけど。そもそも練習だって言っているのにお前も股間狙うか普通」
「う、うるせー!」
そう言うと大きく振りかぶって右パンチを打ってきた。左前腕でそれを打ち落とし、錘拳(蔡李佛拳の打撃のひとつ。手を錘のようにして喉や股関節を打つ。拳よりも薄いためガードの隙間にねじ込みやすい)で左股股関節を刺し、その勢いで前傾になった相手の顎を左手で打ち上げた。その打撃で茜は後ろに倒れた。
「大丈夫か?」
大人げなくつい本気で倒してしまった。幸い後頭部を打たなかったようで大丈夫そうだった。
「あたた・・・。やっぱり勝てないか」
俺は彼女の手を引き起こすのを手伝った。そして今の組手の意図を説明した。
「なるほど。技を磨く時間がないから相手が対処しにくいトリッキーな技を優先するのですね」
佳子がうなずきながらそう答えた。
「もちろん、基本も教えるが、俺の蔡李佛拳の技はわからなかっただろう?」
「ああ、見たことがない技だから対応できなかった。それよりも腕が痛いよ」
見ると茜の前腕が赤くなっていた。
「なるほど、まずはそこからか」




