表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

奴隷と戦奴

「槍は振るもの刺さぬもの、刀は刺すもの振らぬもの」


これは戦場での心得である。槍は振ることで敵を間合いから遠ざ遠間から攻撃できる。

多くの兵士が刀を握ったことがない百姓のため敵を斬るよりも刺した方が易しいということである。刀で「斬る」ことがいかに難しいかを物語っている。


「本物は格好悪い」

「格好悪いが威力がある」


これは中国武術の師父の言葉だ。ボクシング、ムエタイ、中国武術など様々な打撃系格闘技に通じる猫背のような前傾姿勢のパンチの打ち方の説明のときに話された。中国の文化大革命期に中国の武術家達が弾圧され中国本土を脱出する中、伝統ある中国武術を残すため中国共産党から国家の脅威と見られないように胸を張り肩を入れない見た良く威力が出ないように改変した武術ウーシュウが誕生した。


過去に習った先生、師父の話を思い出しながら俺は今異世界での岐路に立たされていた。


奴隷か戦奴か。


「全員静粛に!アーノルド所長からお言葉がある!」


甲冑を身に着けた騎士のような風貌の副所長が叫ぶと海岸にいる50名ほどいる俺たち異世界人は静かになり中央壇上を見つめた。


俺の名は浅田 亨。しがないサラリーマンだったが仕事のトラブルで「もう仕事辞めたい。どこか遠くに行きたい」と願ったらこの剣と魔法の世界「ガントランド」に召喚されていた。まったく意味不明だ。


「皆さん、3か月の適応教育訓練ご苦労様でした。異世界人招待所所長のアーノルドです。召喚直後の3か月前は我々の「ガント語」が理解できなかったでしょうが今は十分通じているはずです。召喚直後に説明したとおり、わが帝国は長年の魔族との闘いで労働力も兵力も不足しております。皆さんはこれから我が帝国を支えるる労働者としての奴隷か兵力としての戦奴になるかの選択をしていもらいます」


なるほど、ここが招待所で聞いていた「選択の島」ということか。船に乗せられた時点で見当はついていたがいざとなると身震いがするな。海岸に残ったものは奴隷として、戦奴隷志願者は森に入り魔物を1匹以上倒す頃が条件ということらしい。奴隷だと手柄を上げにくいが戦奴だと戦場での手柄がそのまま評価につながる。昇進も早いし奴隷よりもはるかに早く自由市民になれるらしい。自由市民になれば噂では元の世界に戻るもとも夢ではないらしい。


だが、普段獣すら倒したことがない俺たちに魔物を倒せるのか?趣味で格闘技は習っていたが

どれも極めたというものではない。実戦で使ったこともない。そんなことを考えているとまわりがざわついいることに気が付いた。


「ふ、ふざけるな!か、勝手に召喚して勇者じゃないのか!なにが奴隷だ!」

小太りで眼鏡のいかにもオタクに見える男が所長に食ってかかっていた。


「今更何を言い出すかと思えば・・・。やれやれ、彼をここまで連れてきたまえ」

所長がそう言うと数名の兵士がオタクを列から連れ出し所長の前に立たせた。


「ふむ、君は元の世界で流行っているという異世界召喚ものをよく読むのかね?」


「そ、そうだ。い、異世界召喚ものはよく読む。あ、アニメも観る。だ、大体この世界はチート能力もないし、一向にモテやしない。い、異世界召喚詐欺だ!異世界召喚詐欺だ!だ、大事なことなので2回言いました」

と言ってやった感丸出しで満足気な顔で言い放った。


そう言えば、異世界の現実を受け入れられず「ステータス!」と叫び続けるやつらがいたな。


所長は少しあきれた口調で

「君たちの世界の創作物語の理はしらないが、召喚されただけで能力が身につくとかそんな都合いい話はないな。が、魔法は努力すれば君たちも身に付けられるだろう。こちらの世界で身に着けた能力は元の世界に戻れればそのまま持ち越せるという伝説がある。だからそれを励みに研鑽する君たちの先輩たちも少なくない。もっとも再召喚されたものがいないので証明のしようはないがね」


所長はさらに続けた。


「奴隷といっても君たちの世界で例えると職業選択の自由と移動の自由はないが週休2日、住み込み2食付きで給料もでる。頑張れば自由市民になることもできる。君たちの世界で言うブラック企業とやらよりもはるかにホワイトだと評価するものも多い。君たちの居住区にはできるだけ元の世界の食べ物や娯楽を再現してる」


「何が不満だ」

所長はやや威圧的な口調で問いかけた。


「だ、だいたいネットもないしゲームもない。キティパピ(子猫子犬の擬人化カードゲーム)のガチャイベントを逃した責任を取れ!今すぐも、も、元の世界に返せ!」


「そうだそうだ!」

「元の世界に返せ!」

群衆から同調者のヤジが飛び交った。


俺はこの状況を静観してた。こういう時は周りに同調するとろくな目に合わない。


「グオー」

「グゲー」

「キシャギシャー」


海岸の騒動が呼び水になったのか森から魔物の集団が雄たけびを上げながら現れこちらに襲い掛かってきた。それらは、ファンタジーものでよく見るゴブリンやオークに酷似していた。


「全員応戦体制!異世界人たちを守りつつ各個仕留めろ!」

副所長がそう命じると俺たちを遠巻きに囲んでいた兵士たちが駆け足で輪を狭めて防御態勢を整え応戦し始めた。


迫り来るゴブリン、オークは生々しく、兵士たちに切り倒されていく臭いは生暖かく、俺は人身事故に遭遇したときに嗅いた臭いを思い出した。


兵士たちい間もあられているとは言え、怪物が迫り来る状態で悲鳴が飛び交っていて、その悲鳴がさらなるゴブリンどもを呼び寄せていた。


俺はこの騒乱のなかでなぜか不思議と心が落ち着いていた。少なくとも正体不明の怪物ではなく「倒せる」「殺せる」ことがわかったことは大きい。


しばらくすると打ち漏らした魔物たちは森に逃げ帰り騒乱が収まった。騒乱が収まるとほとんどの者の表情が一変していた。

恐怖に顔を引きつらせるもの、泣きじゃくるもの、放心状態のもの、嘔吐するもの、頭をかかえるもの・・・。

大半の者の心が折れてしまったようだ。

先ほど威勢の良かったオタクやヤジを飛ばした連中なんか見る影もない。


空気を読んでかあえて読まなかったのか所長が「パンッ」と大きく手をたたいた。そして笑顔で


「さて、場も落ち着いたところで本題に入ろう!奴隷として生きるか戦奴として戦うか。奴隷希望者は海岸に残り、戦奴希望者は副所長のところに移動して下さい」


副所長が手を上げ

「戦奴希望者はこっちに集合!」

と叫んだ。


だがほとんどの者が動かない。皆うつむいて視線を上げようとしない。


「誰もいないのか!」

副所長がさらに大声を張り上げた。


そうだろう。死ぬ危険を犯してまで戦に身を投じるよりも奴隷として生きるほうが易しい。所長が言うに奴隷居住区には俺たちの世界を再現した「日常」がある。手動式だがパチンコもあるし居酒屋もキャバクラもホストクラブもある。日本にはない娼館すらある。日々向上心なく貯金もせずに給料を使い切る自堕落に生きる奴なら奴隷とバイトの、異世界と日本の違いはない。だが、せっかくの異世界だ。チートがなくても子供のころに憧れた剣と拳でのし上がる映画の主人公のように生きれるなら俺は戦奴隷を選ぶ。習った格闘技がそれぞれ中途半端で終わっていても良い先生、良い師父に巡り合った自覚はある。本物を習った自覚はある。


俺は立ち上がり副所長の元に足を進めた。見るとほかにも数名戦奴希望者がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ