6 真実
そのまま月日は流れ、フレシア、エイリア、そしてカミーリアとの訓練は過激さを増していった。
主に魔力の増強と制御、術の発動までのタイムラグを減らすことを中心としたカミーリアの訓練はともかく、エイリアと無傷で斬り結ぶに至る頃には十歳となっていた。
当然、命の危険がないようにお互いに木剣を使い、さらに魔導による身体強化も使わずに、だったのだが。
フレシアはというと、ディエスが彼女の動きについていけるようになるとムキになるのか、容赦なく身体強化を重ね掛けして高速の拳を叩き込んでくる。見た目通りに中身も子供なのだ。そう、見た目通りに……。
さすがに十歳にもなれば気付いたことがある。
カミーリア、エイリア、フレシアの三人は、少なくともディエスが見てきた十年間で全く見た目が変わっていないのだ。
前に一度、フォリア達のようにある程度で成長が止まるという現象を不思議に思い本人に聞いてみたことがある。フォリア曰く、魔族もエルフのように寿命が長い種族ではあるが、不老不死ではないとのこと。
ただし、魔神であるフォリアと、その庇護下にいる三姉妹はご覧の通り、と言っていた。
詳しいことは分からないが、彼女達は自分が理想とする発育具合のところで止めているという印象を受ける。ただしこの辺りの話は『魔法』レベルの内容であり、フォリア自身もあまり理解していないのだとか。
カミーリアは黒青のロングヘアにこれまた黒青の瞳、二十歳ぐらいで大人の雰囲気の美女だ。エイリアは緋色の髪を後ろで纏め、鮮やかな緑の瞳。十六歳ぐらいでお年頃って感じなのだが、最近よく目が合う気がする。
フレシアは見た目十二歳な上に金髪ツインテに燃えるような紅い瞳と、一部の『紳士』が喜びそうな美少女だ。ディエスも時々『ゴスロリが似合いそうだ』と思ったりするのだが……ディエスは決してそういう趣味ではない。
「試合中によそ見しちゃダメでしょ!」
お姉ちゃんの言うこと聞きなさい!的な口調とは裏腹に、同時に放たれた拳は鋭く、そして容赦ない。的確にディエスの鳩尾を貫かんと迫るフレシアの一撃を、手の甲で逸らしつつ肩で受けた。
魔力が練り込まれているのか、体の芯にずしっと来る。しかしそこは訓練の賜物、受け損ねても軸は崩さず一歩踏み込んでこちらもやり返す。
今はフォリアの城の広い庭を利用し、フレシアと近接戦闘の訓練をしていたのだが、歳が近くなった女の子相手に殴りかかるのを躊躇っていると、逆に手痛い一撃を受けた。
ディエスの切り替えしを読んでいたのか、ディエスの拳はフレシアに届く前に彼女の腕に絡めとられ、ディエスが肩で受けた方の手では服を掴んで『投げ』のモーションに入っていた。
咄嗟に出したカウンターの足掛けも見事に躱され、なかなかの勢いで背中から地面に叩きつけられた。一本である。
♢♢♢♢
「フレシアはちょっとやりすぎじゃない?」
強化されたフレシアに軽くあしらわれた後、訓練を早めに切り上げ、エイリアに肩を支えられながら城の中へと戻った。
カミーリアに教わった自己回復の強化付加魔導により多少の怪我は治療可能なのだが、痛みはそのままなので結構辛いところがある。
「一応カミーリア姉に診てもらうからおとなしくしててね?」
「分かってるから大丈夫だよ」
エイリアはディエスをベッドに座らせると、ドアの前で一度振り返りそう言い聞かせた。言われなくても分かるのだが……まあ見た目が子供だから仕方ないか。
フォリアの部屋には魔導関連の本や道具などがある程度供えられており、普通に回復魔導を使うよりは適切な診察と治療ができる。
なので、訓練で無茶した後には必ずフォリアの部屋で治療を受けることにしていた。と言うかディエス本人が大丈夫だと言っても姉達、特にエイリアには心配だからと強制的に治療を受けさせられている。
これは訓練が始まった当初からずっとそうしてきたことなので、今更どうこう言わないが、フレシアとの訓練にも慣れてきたし心配するほどではないと思うのだが……。
訓練始めたての頃より怪我が大幅に減っているのはディエス本人が成長したことが大きいが、カミーリア、エイリア、フレシアの三人が毎日のように話し合い、訓練の度合いを一定にするように心がけてくれたのもあった。
最初の頃にかなりエスカレートしたフレシアはそれなりに自重し、剣と魔導はそれに追いつくように努力したおかげで熟練度は高いレベルで均一になっているはずである。
ふと部屋の中を見渡すと、机の上にいつか見た黒と紫の不気味な本が目に入った。
正直この世界のことでも魔導のことでも書庫にある本で大体分かるため、今更別の本を読む必要は無いと思うのだが、なぜかこの本には妙に視線が引き寄せられ、誘われるように本を手に取った。
その瞬間、ドクンッと強く脈打った鼓動が聞こえたと同時に、本から炎のように吹き上がる黒い魔力が溢れ出た。
その魔力は魔神であるフォリアと似た、どこまでも強大で底の見えない魔力だ。ただの魔力でありながら、はっきりと視認できる程に濃密で、激流のようにうねりながら一瞬で部屋を覆い尽くした。
あまりに強大な魔力にディエスも命の危機を感じ、本能的に体を縮ませて守りの体勢に入った。
しかし、来ると思っていた何らかの攻撃は一向に来ず、代わりに感じたのは、カミーリア達に譲渡してもらった魔力が消えていくあの感覚。
不思議に思ったディエスが目を開けると、全く変わりのない部屋の風景があった。
「何だったんだ、一体……」
床にポツンと落ちた本を拾い上げ、じっくりと見つめる。どうやら今度は触っても何も起こらないようだ。
おもむろに表紙を捲ると、ディエスの目に映りこんだのは『魔法』の文字であった。
まさか、この本には『魔法』のことが?
ついさっきまで読む必要もないと思っていたのに、魔法について書かれていると分かった途端、そんなことも忘れて夢中で内容に目を通した。
ディエスが目を通したのは冒頭のほんの一部のみであった。
それでも、ディエスがこの世界で暮らしてきた十年間で手に入れた知識、価値観、そういったものを全て根底からひっくり返すような衝撃を与えるのには十分であった。
自分が今、何のために生かされているのか、俄かに信じがたいその内容がディエスの思考をグルグルと搔き回し、深い混乱へと呑み込もうという頃、静かに部屋の扉が開けられた。
「ディエス!今物凄い魔力を感じたけど!」
「?あ、母さん」
「体は何ともない!?大丈夫!?」
「え?えっと……体は何ともないけど……」
珍しく狼狽するフォリアの様子の戸惑いながらも、正直に答えるディエス。
確かに今発生した魔力は魔神であるフォリアとおなじくらい『ヤバい』ものであったが、穴結局体は何ともない。むしろこんな目の覚めるような美人に詰め寄られ、俺の心の方がヤバい気がする。
そこまで心配される理由がはっきりせず頭を捻っていたら、数分と置かずにカミーリアとエイリア、そして野次馬のようにフレシアがやってきた。ディエスを含めて5人で入ってもフォリアの部屋は余裕がある。
「とりあえず確認するわね」
フォリアはそういうと、ディエスの額に手を当て、魔力を流し始めた。地球でいうCTスキャンの要領でディエスの検査をしているのだろう。
「ビックリするぐらい侵食されてないけど……私の封印が上手くいっていたのかしら」
「侵食……ですか?」
「あ、その話をする前にあなたに言わなきゃいけないことがあるわ。もう十歳だものね、そろそろ知っておくべきだわ」
しゃがみ込み、ベッドに座るディエスと視線を合わせるフォリア。いつになく真剣な眼差しに射抜かれ、只ならぬ雰囲気にゴクリと唾を呑み込んだ。
「あなたはね、私の本当の子じゃないの」
あ~、そういう話か~……