5 魔力の特性
ストックが多少あるので、頻度高めで更新しています。戦闘描写はまだ先になりそう……
そんなある日、ディエスはカミーリアと共に庭に出て、魔導の指導を受けていた。
現在七歳のディエスは、既に『聖』と『魔』を合わせた七属性、三つの系統を自由に使いこなし、クラス2程度であれば二重に魔導陣を展開して魔導を行使する『二重魔導陣』の扱いも可能になっていた。
庭に被害が出ないようにカミーリアに魔導壁を張ってもらい、次々と魔導を発動してカミーリアに見てもらう。
「威力も申し分ないし、次の魔導を発動するまでの間もスムーズね。でも、魔導を扱うには『特性』の理解も必要になってくるわ」
「特性?」
「そう。魔力の質にも個人差があって、放出系が得意だったり、火属性が得意だったり、それぞれの特徴があるのよ」
魔導の特性に関しては、似たようなものは多くあっても全く同じものは存在しないと言えるほど、その種類は多岐にわたる。
例えば『剛力』という特性も持っていた場合、その魔力で強化付加を行うと、『剛力』のない場合と比べてパワーの上がり幅は大きくなる。
他にも防御を上げる『鉄壁』や『堅守』、剣撃の威力を上げる『鋭利化』などが有名どころだ。
「ちなみに、フォリアお姉さまは『絶対隷属』、私は『夢幻』、エイリアは『絶閃』、フレシアは『怪力乱神』ね」
「へ、へぇ……」
魔力の特性はその者の『格』に比例し強力になるらしい。『格』とは、カミーリアに聞いてみたが、存在そのものの強さがどうとか、曖昧でよく分からなかった。
しかし、フォリアのような魔神にまで上り詰めた者は、その特性を聞いただけで異常だと分かる。
なんだよ『絶対隷属』って。名前だけでチートだろ。
「あなたも自分の魔力の特性を活かせるようになったらもっと強くなるわよ」
「でも、どうやって使うのか分からないです」
「それも人によって異なるから一概に言えないけど……例えば私なら」
カミーリアはそう言いながら、両手でディエスの頬を包んで目を合わせた。
息が当たりそうなほど顔が近付き、さらにカミーリアの手から伝わる体温と真っ直ぐに見詰めてくる視線にディエスの心臓が跳ねる。
が、それも束の間。次の瞬間、霧がかかったようにディエスの視界がぼやけ、カミーリアの姿も、ついさっきまで感じていた体温も消えている。
「一体何が……」
キョロキョロと辺りを見渡すが、数m先も見通せないほど濃い霧の中では状況把握もできない。
「オォォォォォ」
突然、腹の底に響くような恐ろしい慟哭が辺りに木霊し、同時に足元から現れた巨大な手がディエスの身体を鷲掴みにした。
「ぐっ……!」
逃れようともがくが巨大な手はびくともせず、なぜか魔導も使えない。
次第に身体が持ち上げられていき、霧の向こうに徐々に見え始めたのは、ロングソードのような鋭い牙を剥き大口を開けた何かが……
「そこまで」
「っ……!」
パチンッとフィンガースナップの音が聞こえ、ディエスは意識を取り戻す。辺りを見渡せば、見慣れた庭でカミーリアに抱き支えられた状態になっていた。
「今のは一体……」
「今のは私の『夢幻』の魔力を使った放出系魔導よ。視覚は精神に与える影響が大きいから、自分の目から相手の目に魔導を放つことで幻覚を見せるの」
「つまり、今のはただの夢……?」
「そういうことよ」
信じられない。あの手に掴まれた時の圧力とかははっきりと感じていたし、今も心の奥に恐怖が残っている。あれだけリアルだったのに、ただの夢だって?
「まぁ私は悪魔の中でも最上位だし、幻覚系の魔導は今のがトップレベルだと思ってね?」
「わ、分かりました」
「いい機会だし、特性をうまく使う感覚も覚えてもらおうかしら」
「どういうことですか?」
「今から私の魔力をあなたに譲渡するから、私と同じように使ってみて?魔力を目に集めて、どんな夢を見せるかイメージしながら相手に放出するだけよ。普通に魔導を使うのと違う感覚が分かるはずだわ」
「分かりました……やってみます」
意思を固めるディエスを見て、カミーリアは微笑みながら手を握る。そして、ディエスの魔力のバランスが崩れないよう、慎重に魔力を受け渡した。
「これで譲渡できたわ。やってみて?」
「えっと……目に集中して……あれ?」
渡された魔力を纏い、さっそく実践しようとするディエスであったが、なぜか纏っていた魔力がみるみる薄くなり消えてしまった。
「……おかしいわね。もう一度……」
再びディエスの手を握り魔力を譲渡する。カミーリアが手に触れている間はディエスも魔力を維持できているが、カミーリアが手を離した途端に魔力が消えていく。
その後色々と試してみたが、放出系、強化付加系、召喚系の魔導はディエスに対してもきちんと作用した。しかし、単純な魔力の譲渡では魔力が消えてしまうことが分かった。
「うーん……『エイリア、フレシア、ちょっと庭に来てくれる?』」
カミーリアはおもむろにイヤリングに触れると、エイリアとフレシアに呼びかけた。
カミーリアのイヤリングは魔導具の一種で、召喚系の魔導を利用し、同じ魔導陣へと声を届ける通信機のような働きを持っている。ちなみに、エイリアは指輪に、フレシアは髪留めに同じ魔導陣が刻まれている。
数分後、エイリアとフレシアが庭に現れた。
「どうしたの?カミーリア姉が呼ぶなんて珍しい」
「カミーリア姉、ディエス君と遊んでたの~?」
「違うわ。ディエス君に魔導の特性について教えていたのだけど、ちょっと不思議なことが起こって……」
説明するより見た方が早いと、カミーリアはディエスの手を取り魔力を譲渡する。触れ合っている間はいいが、やはり手を離すと魔力は消えてしまう。
「魔力が消えちゃった」
「『魔力感知』でも見えないし、完全に消えてる……」
渡された魔力が消えていくという状況を見て、エイリアとフレシアは思い思いの声を漏らした。二人は興味心神の様子でディエスへと顔を近づけている。
あんまり近寄りすぎると緊張するんだけど……くっ、いい匂いがする……。
「でしょ?私の魔力と相性が悪かった可能性もあるし、エイリアとフレシアも試してみてくれないかしら?」
「いいよ!」
フレシアは元気よく返事をすると、ディエスの右手を両手で包み込んだ。フレシアが幼女とは言え、七歳のディエスの手はすっぽりとフレシアの手に包まれ、柔らかさと温かさが気持ちいい。
ディエスは少し恥ずかしがりながらもそんなことを考えていると、フレシアに包まれている手から魔力が流れ込んでくるのを感じた。魔力を譲渡しているのだろう。
「この魔力で強化付加魔導を使えば、私の『怪力乱神』も使えるはずだけど」
「やってみる」
ディエスはフレシアが手を離した直後、魔力を全身に巡らせた。魔導に関して化け物レベルのカミーリアに一対一で教わってきているので、この歳でもそれぐらいの魔力の扱いは造作もない。
しかしディエス達の期待を裏切り、ディエスが魔力を操作して強化付加を行う前に魔力は消えてしまった。
「えーっ!私のでもダメなのっ!?」
「うーん……じゃあエイリアはどうかしら?」
「任せて!」
エイリアも同じようにディエスの手を包み込む。
……なんだかエイリア姉は少しだけ顔が赤くなってないか?確かに年頃の女の子なのだが、こっちは子供だし気にする程でもないと思うのだが。
フレシアとはまた違った感触に包まれながら、エイリアの魔力が流れ込んできた。ディエスの魔力とは異なり、悪魔らしい鋭さを感じる魔力なのだが、よほど繊細に制御されているのか不快感もなくすんなりと体に馴染んだ。
しかしやはり、エイリアが手を離した途端に徐々に薄くなり、数秒の内に消えてしまった。
「おかしいなぁ……確かに渡したから、魔力を消費するまでは消えることなんてあるはずないのに……」
「魔導ならどの系統も効くようだから、中に入ってくる魔力に対してだけディエス君の魔力が何らかの作用をしているのかもしれないわね」
「カミーリア姉でも分からないのですか?」
「私にも分からないことはたくさんあるわ。……マリーグレアにでも聞いてみようかしら……申し訳ないけど、ディエス君の魔力の特性については全く分からないから、特性の訓練はそのうちにね?」
「分かりました」
結局不思議な謎を残したままこの日のカミーリアからの指導は終わり、代わりに集まってしまったエイリアとフレシアを相手に連戦をすることとなった。