4 訓練と開花
ディエスが四人の美女・美少女に見守られながらすくすくと成長すると、いつの日からか剣や魔導の訓練が始まっていた。
たしか、エイリアが剣の鍛錬をしているところを見かけ、その見事な剣筋にしばらく眺めていたら、俺の視線に気づいたエイリアが照れ隠しにディエスも鍛錬に巻き込んでからだ。
素直に勇者を目指していた俺は遅かれ早かれ鍛錬はするから、と思いエイリアの指導のもと基礎から鍛え始めた。
そんな二人を見たカミーリアとフレシアは『それなら私たちも!』と、カミーリアからは魔導を、フレシアからは近接戦闘を学ぶことになったのだ。
しかし、少し考えが甘かった……戦争とか全く関係の無い地球で育ったディエスにとっての『死にそうな思い』は、この世界の人々にとっては『危なかった』で済ませられる程度だったらしく、訓練の中で何度も死を悟った割には防御の魔法は一度も発動しなかったのだ。
と言うか、カミーリア姉もエイリア姉もフレシア姉も、みんな攻撃が好きすぎるだろ……特にフレシア姉。
意外にもフレシア姉は近接戦闘が得意であり、十二歳の外見から放たれる拳は重いの一言。
そんな拳撃を、弟が相手をしてくれるのが嬉しいのか喜々として振るうもんだから、毎日のように痣は増えていった。
カミーリア姉とエイリア姉はまだいい。
この二人の攻撃もかなりの威力で危険なのだが、なんというか駆け引きという概念がちゃんとあり、なかなかに頭を使う戦いになる。
それに、最低限の手加減はしてくれるので最悪なことは起こらない。
一方のフレシアは、反撃の隙すら与えん!とばかりに怒涛の連撃を繰り出し、普通に容赦ない。こういうところが子供っぽいのだ……本人に言うと怒られるから言わないけど。
ディエスの一日のスケジュールとしては、朝からカミーリアによる魔導の基礎勉強から始まり、日課の体力作りと木剣による素振り、昼の休憩を挟みエイリアとフレシアとの模擬戦または近くの森の中で狩りを一、二時間ずつ行う。
その後再びカミーリアによる魔導の実習を行い、夜は自由時間となる。その自由時間を使って書庫に足を運び様々な魔導の応用を試したりしている。
訓練の中で狩りを行うと言ったが、ウサギや鳥のような食用になる小型の動物が中心で、大きくてもせいぜい鹿やイノシシぐらいであった。
と言うのも、ディエスの住んでいる城は広大な樹海に隣接していて食用になる動物はたくさんいるのだが、フォリアやカミーリアに樹海の奥へ入ることは禁止されており、ディエスが入れる範囲で狩れる獣はこれぐらいしかいないのだ。
獣の大きさは地球のものとそれほど変わらない。違うところと言えばウサギやイノシシに角が生えている程度だ。
そもそもこの世界では自給自足が基本であり、フォリアも時々訪れる商人に必要なものを運んでもらう以外に、食糧は自分たちで調達することが多い。
そういう意味でも剣や弓の扱いを覚えることは普通のことであり、仕事の一つでもある。
ディエスも訓練としてこれを続けているのだが、これから先一人でも暮らせるようにという意図が大きかった。
そんな中、冒険者として活躍することは一種のステータスとなっている。
魔物は鹿やイノシシのような獣だけでなく虎や熊のような大型のもの、さらにはグリフォンやワイバーンといった地球には存在しない化け物のような生物まで存在するのだ。普通の人間ならそんなのに出会ったら終わりである。
しかし冒険者というのはそんな強力な魔物を自力で退け、時には討伐して素材を採取し、または樹海や洞窟のような未踏の地に足を踏み入れ生還するだけの力があると、街や国から認められた者たちなのだ。
登録自体は多少の年齢制限はあるものの、基本的には誰でも可能である。しかし当然ランクがあり、ランクが高いほど様々な場面で待遇が良かったりするのだが、その分危険も大きい。
高ランクというのはそのまま強さの象徴である。
活躍している高ランカーは全体から見ればほんの一握りであるにも関わらず、彼らの華々しい活躍は毎日のように人々の話題の中心となる。それほどまでに憧れの対象なのだ。
中でもトップランカーは、ギルド経由ではなく国王から直接依頼が来て、確実に完遂してしまうような人物もいるらしい。
とにかく、冒険者は娯楽が少ないこの世界では最も人気を集める職業の一つであるのだ。
人気のある職業と言えば、ディエスが目指している聖騎士団もそうだ。グリフォンやワイバーンのような魔物の中には街に現れて人々に害をなすのもいる訳で、そういう魔物から街や人を守るのが兵士。
その中から国王直々の指名により、王直属の部隊として編制されたのが聖騎士団である。
当然相手は魔物だけでなく、盗賊のような犯罪人、時には戦争で相手国の兵士と戦うことにもなるかもしれない。
それでも聖騎士団に入るということは、国王によって自らの力が認められ国営の一端を任されるという、子々孫々語り継ぐことのできる最高の誉れである。
もちろん聖騎士団に選ばれるには生半可な努力ではまず不可能。
どんなに凶悪な敵だろうと引くことの無い不屈の精神とそれを裏付ける実力、そして自分が国防の要であるという責任感と忠誠心が国王の目に触れ、認められなければならない。
ディエスはその狭き門を突破するために、日々剣をはじめとする様々な武器や素手での戦闘能力を磨いている。もちろん魔力量の強化も怠らない。
今は夕方の六時頃で、地球の六月ぐらいの時期のためこの時間でもそれなりに外は明るい。今日もフレシアにボコられ、頬に受けた傷をカミーリアに治療をしてもらいながら慰められた。
「ふふ……ごめんね。あんまり怒らないでね?あの子もわざとあなたに怪我させてる訳じゃないのよ」
「あ、えっと、大丈夫です。その……僕も強くならなくちゃダメなので」
中身がおっさんのディエスだが、上品な雰囲気を纏うカミーリアに対してはつい敬語を使ってしまう。美女に近距離から顔を覗かれて緊張しているというのもあるが……。
「でも、あなた段々強くなってるわ。傷もかなり減ってきているもの」
「そうですか?」
たしかに段々とフレシアの、そしてエイリアの動きにも付いていけるようになり、自分でも怪我は減ったと思っている。だがそれはあくまで訓練の域であり、エイリアは手加減すらしている。
実戦だったら相手は殺す気で向かってくるので、一撃を受けて即退場もあり得る。そのためにも訓練ぐらいは無傷のまま終わりたかったのだ。
『この程度では本番で通用しないぞ!』と意外とストイックに訓練に取り組んでいた。今の自分の体は六歳であることも忘れて。
♢♢♢♢
訓練開始から数年も経てば、フォリアに『才能がある』と言われた理由も分かってきた。自分が思った以上に思い通りに体が動くのだ。
前世の体では、こう……パパが運動会で転ぶような、しっかりボールを見てバットを振っても空振りするような、思い通りに動けないことが多々あったのだが、今の体ではそれがほとんどない。
簡単に言えば、フレシアの体術もエイリアの剣術も、見て覚えれば即使えるということだ。
そうと分かればなんとやら。ひたすら二人の技術を文字通り見て盗み、めきめきと実力を上げていった。傍から見れば突然の才能の開花である。
一方、魔導の方も順調だ。ディエスがカミーリアに魔導を教わるまでクラス1の魔導しか使えなかったのも、単純に相手がいなかっただけであったのだ。
クラス1の魔導では作業を便利にする程度の結果が得られればいいので、そこに『感情』は介入しない。
クラス2以上では、『相手を害する感情』が魔の魔力を通して魔導に攻撃力を与え、『何かを守りたい感情』が聖の魔力を通して魔導に防御力を与えるといった具合だ。
それさえ分かれば、クラス1でもそこそこの大きさの魔導を使えていたディエスの魔力量ならクラス3まで使えそうな上威力もかなり期待できる。
というのも、ディエスが生まれてすぐから行っていた『魔力切れと自然回復を繰り返す行為』は、筋トレよろしく魔力の総量を大きくするトレーニングだったらしい。
放っておけば逆に小さくなるので、筋トレならぬ魔トレを続ける必要はあるが、0歳の頃からの無意識な魔トレが幸いし、将来的にはクラス4も使えるのでは?とカミーリアから高評価を貰った。
まぁ、カミーリア自身はすでにそのレベルなのだが。
♢♢♢♢
「えいっ!」
「ッ!!」
気の抜けるような掛け声とともに、フレシアの強烈な拳がディエスの胸に突き刺さる。
重傷を負わない程度に手加減はされているのだが、ご丁寧にガードを弾き上げたうえで無防備に晒された肺の部分を的確に狙った一撃だった。
しかも、筋力アップなどの普通の付加に雷属性の付加を重ね掛けしたことで、ディエスが咄嗟に発動した身体強化による防御を易々突破して威力が内部に炸裂した。
強制的に空気を吐かされたうえ雷による麻痺で体の自由は一瞬で奪われ、声を出すことも出来ずその場に倒れた。
「えへへ、私の攻撃はすっごいでしょ!って、大丈夫?」
「うぐっ、うう……」
ゴロンと仰向けになり胸を押さえてぐったりするディエスの視界の端からフレシアの心配そうな表情が現れる。フレシアのトレードマークの金色のツインテールが顔に当たってくすぐったい。
見た目が幼女とは言え、時折見せる小悪魔的な表情に妙な女性らしさを垣間見ることもあり、外見年齢を無視すればこういう触れ合いは悪い気はしない。
だが、今回ばかりはちょっとイラッと来た。大丈夫なわけないだろう。六歳児相手にやりすぎだ、と……言いたかったのだが声も出なかった。
今のようにフレシアがやりすぎるのにはしょうもない理由があった。
ディエスの成長が著しく、加減しているとは言え、フレシアが持つ人間を大きく超えた悪魔本来の力を振るって戦えるようになったことに楽しさを感じていたのは事実である。
一方で、フレシアとエイリアの二人は自分の技術や技を次々と自分のものにして成長するディエスに、姉として素直に嬉しい気持ちを持ちつつ、姉の威厳が保てるのか内心非常に焦っていたのだ。
特にフレシアは自分の見た目が幼いことを自覚しているため、すぐにでもディエスが自分を姉として見なくなるのではないかと怖がっていた。
その焦りから来る加減ミスで今回のようになることが多々あった。
ディエスは、そんな二人の心情に気付くこともなく、単純に痛い思いはしたくないのでより集中して訓練に臨むようになっていた。結果的にさらに実力を上げることに繋がっていた。
文句はあるものの、元のスペックが悪魔なフレシアとエイリアについていけるディエスはこの時点でなかなか人外なのだが、そのことに気付いていないどころか、未だに一撃の有効打も与えられていないことに若干ムキになっていた。
と同時に未だ底を見せていない二人の実力に感嘆し、いつか本気を出させてやろうと意気込んでいた。
それに、前世では空想かゲームの中でしか見たことの無い剣や魔法が現実のものとして目の前に現れ、むしろこれ以上なくワクワクしているのだ。
そんなわけでフレシアとエイリアの心配は完全に杞憂なのだが、二人はそのことに気付いておらず、どうすれば姉としての威厳を保てるかを必死で考えていた。
「ねえディエス君!えっと……今日もお稽古疲れたよね?だ、だから、お姉さんと一緒にお風呂入いろっか?」
「え!?あの、エイリア姉?お風呂ぐらい一人で入れるけど……」
「ううん、ほら、フレシアが無茶するからディエス君怪我してるし……私が洗ってあげるからディエスくんは動いちゃダメだよ!」
エイリアは最初からそのつもりだったのか、タオルに加えてディエスの着替えまで用意してディエスの治療が終わるのを待っていたのだ。
正直なところ、効果の高い回復薬やカミーリアの魔導によって大抵の怪我は全快してしまうので、風呂に入るのに困ることはない。
むしろカミーリアの回復魔導の優秀さはエイリアの方がよく知っているわけで、エイリアが頬を赤く染めて目を泳がせていることから分かるように、ただ世話を焼きたいだけだろう。
もちろん気遣ってくれて嬉しいし、何より『お姉ちゃんらしく振舞おうとする早生まれの幼馴染』みたいで可愛い。
しかしこんなところで騒いでいては、余裕のあるフォリアやカミーリアはともかく最後の一人は黙っていない。
「エイリアお姉ちゃん!独り占めはよくないの!私も一緒に入るの!」
「む……フレシアはまた乱暴にするからダメ!」
「しないもん!さっきはちょっとやりすぎちゃったけど、だからお詫びに私がちゃんと世話してあげる!」
「フレシア姉もエイリア姉もその辺に……」
と、ちょうどそのときディエスの後ろで扉の開く音がした。ここはフォリアの部屋の前で、ついさっきまでフォリアとカミーリアに治療を受けていたところなのだ。と言うことは……
「また喧嘩してるのかしら……ならみんなで入ればいいじゃない?」
「そうね、ちょうどフォリアお姉様も一息ついたところだし、たまには全員で入るのも悪くないわね」
で、結局こうなるのか……フォリアの参戦で押し切られ、五人で風呂に入ることになった。360°どこを見ても、美しい悪魔達がその美貌をさらけ出している。
さすがは悪魔と言うべきか、フォリアやカミーリアのような妙齢の女性は言わずもがな、幼い見た目のフレシアでさえ、人間であるディエスの目にはやけに扇情的に映る。
そんな女性たちが一糸纏わぬ姿でディエスを取り囲んでいるのだ。ディエスはいけない何かを開花させてしまわぬよう、必死に自分を押し殺してそのひと時を過ごしたのだった。