48 窮地
「よし、じゃあ俺が囮になってドラゴンを引き付けるから、アリゼとキングスリーは彼らを連れて俺の班の所まで行ってくれ。マリアたちが待機してくれているはずだ」
「えっ……?」
その言葉に、アリゼとキングスリーの動きが止まった。
片方は、自ら囮になると言い放ったディエスの身を案じて、もう片方は自分より早く、自らの提案と全く同じ提案を出したディエスに従うような形になり、気に入らなかったから。
一見非道な提案であるように見えて、実は理にかなった作戦である。
このまま全員で逃げたところで、ドラゴンが目を覚ませば上空から狙われ、下手をすれば他の生徒達が拠点としている場所までドラゴンを連れてきてしまう可能性がある。
そして、ディエスならば先ほどドラゴンに僅かながらダメージを与えたことで敵対心を集め易く、『絶対防御』によって死ぬことはまずないだろう。
ディエスが引き付けている間に三人の生徒を救出し、ドラゴンは討伐できないまでも、追い返すか諦めて帰ってもらおうという作戦である。
しかし、それを分かっていても納得できないのが乙女心である。
「ディエス、あなた一人で戦うつもり?」
「あぁ、全員で逃げたところで追ってくるだろうし、みんなが無事に戻るためには……」
「そんなことは分かってるわよ。でも、あなた自身の無事も考えてるかしら?」
真っ直ぐに見つめてくるアリゼの目が鋭い。自分をないがしろにしたようなディエスの態度に怒っているようだが、『絶対防御』のことは隠しているため言い訳しかできない。
「俺は一位だから、力を持ってる者が他の者を守るのは当たり前だろ?高貴なるものの義務ってやつだ」
「っ……」
そう言われてしまっては言い返すことができない。
否定してしまえば高潔な意思を持つディエスを侮辱することになり、『他の生徒も守る必要は無い』と言っているようなものだ。
それでもディエスに対する気持ちは変わらないため、アリゼは辛うじて言葉を紡いだ。
「っ……それなら、必ず無事に戻ってくるって約束すること。いいわね?」
「あぁ、約束するよ」
ディエスはそう言って微笑めば、アリゼの頬にほんのりと朱が差して目線を逸らす。
ふわふわな尻尾が振られているので分かりやすい。
「分かったわ。それじゃあ、ここはディエスに任せて行きましょう」
「ディエスさんが一位とはいえ、あんな化け物相手に一人で……」
「ディエスが大丈夫って言ってるから大丈夫よ。今は無事に戻ることだけを考えなさい?ドラゴンがいつ目を覚ますか分からないのよ」
アリゼの冷静な言葉に、三人の生徒達は神妙な面持ちで頷き野営拠点がある方向へと足を進めた。
その時、キングスリーが何か言いたげな表情でディエスを見ていたが、新たな魔導陣を描くディエスが気付くことは無かった。
♢♢♢♢
アリゼとキングスリーが他の生徒達を連れて移動し始めたのを確認したところで、ディエスは別の魔導陣を描き始めた。描くのは、土属性の召喚系クラス3、錬金術の魔導陣である。
魔導陣や詠唱が無くても錬金術を使うことは可能であるが、それらを使うことでより安定して魔導を行使できる。
今は相手の意識がなく魔導陣を描く余裕があるし、目的は時間を稼ぐことなので都合がいい。
地中の金属成分を召喚して合金とし、ドラゴンの手足と翼をガチガチに固めていく。翼の自由を封じ、手足すら封じようという時、ドラゴンの体内を魔力が勢いよく循環した。
「っ……!」
「ギュオォォォォォォォッ!」
大地が震えるほどの咆哮と共に、強い衝撃がディエスを襲う。ただの声でさえ魔力を帯び、攻撃として成立するほどの威力があった。
叫び声の圧力によってたたらを踏むディエスは表情を引き攣らせながら、やはりまともに戦える相手ではないと改めて思う。
だが、アリゼと他の生徒達が森を抜けるまでおよそ二十分、ここでドラゴンを足止めする必要がある。
ディエスは氷属性の放出系クラス4魔導、『シルバーアウト』を自らの身体強化魔導に『融合』させ、全身に纏う。
「しばらく付き合ってもらうぜ?」
「オォォォォォォォッ!」
ドラゴンは自身の翼が固定され使えないと分かると、怒りの籠った目をディエスに向け尻尾を振り下ろした。
真上から迫る巨大な尻尾を、剣を使って逸らし、同時に錬金術を使って足元から柱状の岩を隆起させる。
その岩を足場にして飛び上がり剣を振るってチャージ中であった火球を切り裂き消滅させた。
火球が消滅する際に、キィンッと甲高い音と衝撃が木々の間を駆け抜け、ディエスは咄嗟に空中で体勢を立て直した。
っ……やはりドラゴンは凄まじいな。
クラス4の『シルバーアウト』に込められた魔力は並大抵なものではないはず。
それなのに、相殺のためだけに纏った魔力がごっそりと持っていかれた。
再び火球が無効化されたことに動揺することもなく、ドラゴンは空中で逃げ場のないディエスに狙いを定め、腕を振り下ろした。
圧倒的な体格差による物理攻撃はそれだけで十分すぎるほどの脅威だが、ディエスがそれを想定していないはずがない。
風の放出系魔導を使って迫る腕をギリギリで躱し、そのままの勢いを持って腕を斬りつけた。
元々が強力な宝剣に氷属性と風属性の魔導が融合し、ただの剣撃とは言い難い威力となったディエスの剣は、ギィンッと激しい音を立ててドラゴンの鱗の一枚を剥がすことに成功した。
ディエスは着地すると同時に、宙に舞った鱗を掴み取り異次元倉庫に収納する。
「今のでも鱗一枚……だが」
それでいい。
鱗一枚だとしても、最上位種であるドラゴンにとっては経験の無い事態であるはずだ。
これでドラゴンはディエスを完全に敵だと認識し、ディエスの剣でドラゴンにダメージを与えることができると証明されたことにもなる。
最悪『絶対防御』がある。
そう考えて、ディエスは楽観視していたところもあったことは否定できない。
ドラゴンにとって捕食対象だった獲物が敵へと昇格したということは、全力をもって殺しにかかるということだ。
ディエスの目に、ドラゴンの全身を勢いよく廻る魔力が映った。
それはつまり、ドラゴンが身体強化を行ったということ。ただでさえ人間をはるかに超える身体能力がさらに跳ね上がる。
一瞬にして体の拘束を破壊したドラゴンは上空へ飛び上がると、胸を張るような体勢から大きく開けた口元に魔力を集め始めた。
今度は火球などという、生温い攻撃ではない。
チャージは一瞬。
ディエスが相殺する暇もなく放たれる----
本気のブレス!
「っ―――――!」
当然避ける暇など無く、上空から光の柱が突き立った。一瞬で視界を白に染め上げ、木々を消し飛ばし、地面すら崩壊していく。
時間にしてわずか数秒のブレスであったが、その威力は絶大。
その場所には最初から何も無かったかのように全てが消滅し、地面に空いた穴は底が見えない程に深い。ただ一点を覗いて。
「危な……これは直撃したら死ねるな……」
風に草花が揺れるように、リンゴが地面に落ちるように、『絶対防御』はあらゆる攻撃を遮断する。
深く抉れた地面の中央に、ディエスの『絶対防御』によって守られた地面が離島のように残っていた。
ドラゴンは未だ無傷な様子のディエスを見て、憤慨する様子は無い。まだ死んでいない。だから殺す。
ドラゴンが上空から急降下し、強化を施した爪によって残っていた地面が砕かれる。が、既にそこにはディエスの姿は無い。
「ぐっ……!」
ギンッと金属音が鳴り響くと同時に、ドラゴンの腕の鱗によってディエスの剣が弾かれる。最初より魔力を込めて強化を施したはずであるが、傷一つつけることができなかった。
硬いものを叩いた時のような腕の痺れに無意識に表情を歪めるが、気にする暇など無い。
空中に投げ出されたディエスに向け、尻尾が振り抜かれた。
強化付加をしていなければ視認すら難しいであろうスピードで尻尾が振り抜かれた後には、ディエスの姿は無かった。
―氷属性 放出系 クラス4、風属性 強化付加系 クラス4 二重魔導陣―
「シルバーアウト」
ドラゴンの背中側から声が聞こえると同時に、白く輝く魔導陣が現れた。
尻尾が当たる直前、ディエスは咄嗟に聖属性の召喚系魔導、『転移』を使ってドラゴンの背中側に移動したのだ。
本来魔導陣を用いて行う転移を魔導陣もなしに発動したため、その魔力消費量は馬鹿にならない。
久々の魔力枯渇に眩暈を覚えた。が、ドラゴンがディエスの姿を見失った隙を逃してはならない。
魔導陣が完成すると同時にドラゴンの体温を急激に奪い、体の自由も奪っていく。これはまずいと判断したのか、一瞬のチャージの後、身体の反転と同時にブレスを放った。
やはりドラゴンの魔力量には到底及ばず、ディエスの魔導陣は掻き消され、ブレスはそのまま雲を突き抜けて遥か上空へ消えていった。
宇宙まで抜けていったのではないかというブレスを済んでのところで躱し、冷や汗を流すディエス。
『絶対防御』があれば当たっても問題ないのだが、いざ目の前で放たれれば反射的に避けてしまうものだ。
そして、どれだけ気を張っていても、強力な攻撃を避けた直後には僅かに安堵してしまうものである。ディエスも例外ではなく、ブレスを避けたことに安堵感を覚え、隙が生まれてしまった。
凄まじい勢いで地面に叩きつけられるディエス。
上空には尻尾を振り抜いた後の体勢のドラゴンが居た。
地面が割れるほどの衝撃も『絶対防御』によって無効化されたのだが、木々を薙ぎ倒しながら数十m弾き飛ばされ、そのまま地面に横たわった。
「ぐっ……くそっ……」
身体を起こそうとするも、魔力枯渇による眩暈と倦怠感に襲われ、まともに立ち上がることさえできない。視界の先には、再びブレスをチャージするドラゴンの姿があった。
今までよりチャージが長いのは、より大量の魔力を集めているからだろう。ドラゴンの口元に集まる魔力が徐々に大きくなり、ゴゴゴゴッと地響きが轟く。
『絶対防御』がいくら万能だと言っても、当然魔力を消費する。
魔力の欠乏症が出始めているディエスがもう一度『絶対防御』を使用できるかは不明である。そんな状態で次のブレスを受けるのはあまりにも無謀すぎる。
残り少ない魔力で『転移』の魔導陣を描き始めるが、そのスピードはあまりにも遅く、到底間に合うとは思えない。
かと言って、魔導陣無しでは魔力が足りていない。ブレスの発射が直前に迫り、この世界に生まれて初めてディエスは本気で死を覚悟した。
次の瞬間、ディエスの視界が眩いばかりの極光で埋め尽くされ、射線上の全ての物を跡形もなく消し去る……
はずだった。
「おや、これはディエス様。随分苦戦しているようですね」
何処からともなく声が聞こえたと思えば、放たれたブレスが掻き消えドラゴンが地面に叩きつけられた。
突然のことに理解が追いつかず呆然とするディエスの前に、一人の人物が降り立った。
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