38 初クエスト6
「えっと……討伐完了?」
戦場に似つかない静寂が訪れる中、ディエスのそんな呟きが木霊する。
突然訪れた、ネペンテス・アグローの消滅という事実に、レヴァル達どころか周囲の魔物でさえ何が起こったのか分からないといった表情でディエスを見ている。
そんな静寂を破ったのはリーリエであった。
「天より降りし神の一手よ、眼前の悉くに鉄槌を下せ!」
―雷属性 放出系 クラス3、広範囲攻撃―
ピシャァァァァァァァンッ!!
まさに沈黙を破る強烈な破裂音と共に、リーリエ自身やディエスも巻き込む広範囲に無差別に雷を落とした。ようやくできた隙をついてリーリエが詠唱と魔導陣の構築を行い、大規模麻痺魔導を放ったのだ。
「ちょっ、待っ……」
「「「「「――――ッ!!」」」」」
ある者は雷が直撃、ある者は側撃雷によって、ある者は地面を通った雷を受けて。
魔導による防御を行ったディエスと、ディエスに守られたアリゼ以外のこの場の全ての生物は、一瞬で感電し体の自由を奪われた。発動した本人であるリーリエも含めて。
「無茶苦茶するな…レヴァルの制止も無視して……鬼か?」
無事だったディエスが、動けないアリゼを背負ったままリーリエに回復魔導をかける。失った魔力は戻らないものの、多少の体力の回復と麻痺の除去、痛みや怪我の回復を行っていく。
「ごめんなさいです……チャンスだと思って咄嗟にやっちゃいましたです」
多少回復したリーリエがぺたんと地面に座り込んだまま苦笑いを浮かべる。
一先ずリーリエは大丈夫そうであるので、アリゼと共に休憩させレヴァルの回復に向かう……つもりだったのだが、背負っているアリゼが腕に力を込め頑なに離れようとしないので、仕方なく片手でリーリエも支えながらレヴァルの元へ移動した。
知覚感覚が鋭敏な獣人のため雷におびえているのかと思ったディエスであったが、実際はただ単にディエスの背中をこれでもかと堪能しているだけであった。
「直撃、直撃だぞお前……殺す気かっ!?」
「ひぃっ!ごめんなさいです!」
地面に倒れ伏したまま、意外と元気そうなレヴァルの声が響いた。どうやら、不幸にも雷が直撃したらしい。おそらくレヴァルの持っているハンマーが避雷針となったのだろう。
しかし不幸中の幸いか、直撃した雷はそのままハンマーの中を通って地面に逃げたようだ。
それに加えて身体強化も施されているため、多少の感電と衝撃波を受けただけで通常より軽症で済んだのである。それでも大ダメージには変わりないが。
「はうぅ……次はもっと軽症で済むようにしますっ」
「「いや、まず巻き込むなよ!」」
ディエスとレヴァルの声が見事にハモる。そんなやり取りも、ディエスの背中に顔を埋めてニマニマしているアリゼにとってはどうでもいいことであった。
♢♢♢♢
休憩もそこそこに、麻痺しただけでまだ生きている魔物にディエスとレヴァルがトドメを差していく。
「なんか、戦ってる最中ならともかく、既に動けない魔物にトドメを差していくって気分的にあれだよな……」
「今更何言ってんだ。あとで後ろから襲われる方が怖いだろ。そこ、素材の回収忘れるなよ?」
「はいはい……」
嫌悪感を抱きながらも、仕方なく魔物の素材を回収していくディエス。そして、死にかけながらも意外と逞しいレヴァルであった。
「メガブルモスを真っ二つに斬っちまって……こいつの頭蓋骨はかなり丈夫で、いい防具の素材になるんだぞ」
「知らねえよ、先に言ってくれ」
「この大きさのが傷なしで採れたら結構な稼ぎになるのに……」
ぶつぶつ言いながらもレヴァルがメガブルモスから素材を採っている途中、突如として膨れ上がる魔力をディエスが感知した。それも、地面の下から。
まさか、そんな馬鹿な。
ディエスと同様に異変に気付いたリーリエが、表情を恐怖に染めて体を強張らせる。そんな彼らの感情を嘲笑うかのように、絶望は再来する。恐怖を煽るかのように地面が揺れ、ひび割れていく。
そして、もう二度と見たくないと思っていた、蔦が何重にも絡みついてできたような極太の幹と、その先についている禍々しい紫色の花がずるりと地面から姿を現した。
おそらく根の一部が残っていたのだろう。
厄災の原点、ネペンテス・アグロー。その再生力は、あらゆる動植物の中でもトップクラスである。
「マジかよ……もう勘弁してくれ……」
辟易した様子でそう呟きハンマーを構えるレヴァルを横目に、ディエスは少し離れた場所で休んでいるリーリエとアリゼを守るべく行動を開始する。
しかし、もうアリゼ達を守る必要は無くなったようだ。なぜならそこには、とある人物が立っていたから。
「おやおや、ディエスくん、アリゼくん、レヴァルくんにリーリエくんじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だねえ」
ロングコートを纏い、背中まである長い銀の髪を一つにまとめているその人物は、ネペンテス・アグローを前にしても動じる様子は一切なく、それどころか白く輝く結界で一瞬のうちにネペンテス・アグローを閉じ込めてしまった。
分け隔てなく安心させるような温かい雰囲気を纏っていながら、空恐ろしいまでの底なしの大魔力も併せ持つ。
そんな人物など……ディエスには何人も心当たりがあったが、男性は一人しか居なかった。
「グラシエル校長先生?どうしてこんなところに?」
「ちょっと野暮用でねえ、偶々この近くを通った時にものすごい音が聞こえたと思って見てみたら、君たちが居たというわけさ」
偶々樹海の中を通る野暮用って何なんだ……という疑問を口にする前に、グラシエルは魔導を行使した。
「吸収」
「―――――ッ!!」
言葉を発しないはずのネペンテス・アグローの叫びが聞こえたような気がした。ネペンテス・アグローだけでなく、周囲に倒れ伏している大量の魔物の一体一体を魔導陣が囲み、その体を光の粒子に変えていく。
その光が、グラシエルの手のひらへと集まって球体を形作っていく。
無数の妖精が舞い踊るかのように光の粒子が流れていく幻想的な光景にディエス達は目を奪われ、その中心にいるグラシエルはいっそ神々しくすら映った。
そんな光景を暫く眺めていると、次第に光はグラシエルの手の上でソフトボールサイズの魔力塊と化し、グラシエルの手の中に納まることによってようやく魔導が終了した。
周囲には、もはや魔物の姿などどこにもない。グラシエルは疲れた様子もなく、出来上がった魔力塊を懐にしまい込んだ。
「助かりました、グラシエル校長先生。しかし、どうしてこんなところに」
「ちょっと珍しい魔物を追っていてね、この近くに……っ!」
グラシエルは樹海の奥のある一点を見つめながら口を開いたのだが、突如としてディエスとレヴァルと地面に押さえつけ、自分もその上に覆いかぶさった。
同時に、先ほどネペンテス・アグローを閉じ込めたような結界が、リーリエとアリゼを囲っている。
「っ!?何をっ!」
「しっ、静かに。騒ぐと見つかる。いや、もう見つかったかもしれない」
いつになく真剣な表情で、声のトーンを落としてそう言うグラシエルの雰囲気に気圧され、口を紡ぐディエスとレヴァル。
グラシエルほどの者にそこまで言わせる相手とは、一体何なのか。グラシエルが見つめる視線の先に、何気なしにディエスも目を向けた。
そこには、いた。
樹木のように無数に枝分かれした二本の立派な角を生やした鹿の魔物が。距離が100mほど離れていることを考えれば、なかなかに大きい魔物だろう。そして、その魔物から感じられる魔力と言ったら……
ネペンテス・アグローや変異したイビルドラムでは、比較対象にすらならない。下手したら、エイリアやフレシアでさえ及ばない。
エスフォリーナを彷彿とさせる、圧倒的強者の威を纏う化け物。最早、抗おうという気も起きない。
そんな化け物がディエス達の存在に気付いたのか、こちらに向けて一歩を踏み出し……
サクッと小さな音が、ディエスの耳元で聞こえた。その瞬間、ディエスは全身が泡立つような恐怖を感じた。それは、その化け物が蹄で土を踏み締める音だったのだ。
先ほどから一切目を離さずに見ていた、100mほど遠くにいた魔物が、次の瞬間にはディエスのすぐ上で自分を見下ろしていたのである。
速いとか強いとか、そんな次元の話ではない。絶対強者、理不尽の権化。
魔神にも通ずるその化け物に肉薄された時点で、ディエスだけでなく、レヴァルやアリゼも死の覚悟をしたのだ。リーリエはただただ顔を伏せてガタガタと震えるだけである。
その化け物は数秒間ディエスを見つめていたようだが、やがて視線を前に戻し、ネペンテス・アグローが生えていた場所を中心に、一瞬で巨大な『魔法陣』を地面に構築した。
そして、ディエス達が見ている目の前で、世界の法則すら捻じ曲げてしまう『魔法』を行使したのだ。
美しい光景だった。
淡い緑色の魔法陣が視界を覆うと、ダイヤモンドダストのような光が祝福のように降り注ぎ、地面や倒れた草木に吸い込まれていった。
ネペンテス・アグローによって枯渇した土地は、みるみる魔力に満ちていき、斬られ、燃やされ、踏み荒らされた草木が文字通り息を吹き返す
――それは死した者に命を吹き込む、世界の法則を根底から覆すような『魔法』だった。
その化け物は、ネペンテス・アグローとディエス達との戦闘で荒れた地を、元通りどころかそれまで以上に活性化させると、忽然と姿を消してしまった。
後に残ったのは、目の前で起きたことが信じられず、呆然とその場を眺めているディエス達だけであった。
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