29 歴代最強と稀代の逸材1
睨み合った時間は数秒か、はたまた数分か。
周りで見ていた生徒にとっては息もし辛いほどの緊張感の中、どちらが先にと言う訳でもなく、突然二人の剣がぶつかり合った。
お互いがお互いの初撃を防いだたった一回のやり取りで、ディエスは内心舌打ちしていた。
これ程重さの乗った剣をこのスピードで振るのは反則だろう、と。
入学試験での魔導適性検査で見せた適性100の値を鵜呑みにしているわけでは無いが、エイリア直伝の強化付加魔導によって滅多なことでは戦闘で後れを取らないと自負していた。
ところがこのガイゼルと言う男は、力を込めずスピードを重視したコンパクトな剣戟で身体強化を施したディエスの力と拮抗している。
ガイゼルがスピードを重視していることもあり、速さに関してもガイゼルが一枚上手であった。その上、経験の量は言うまでもない。
しかも剣だけではなく魔導にも長けるガイゼルが、魔導陣無し、無詠唱で放つ火や風の魔導が四方八方から襲い掛かり、威力こそ低いものの一瞬の隙が勝敗を分けるこの戦いの中で、その一瞬を作り出すのに十分すぎる働きをしていた。
ガイゼルが発動した風の魔導にたたらを踏みながらも、近づけさせないよう剣を振るう。すると、ガイゼルは大げさに身を翻してディエスの剣を躱した。
今の体勢で振るった剣が当たることは無いと思っていたが、戦いの最中にわざわざ隙を見せるような避け方に違和感がある。
が、思考に浸る暇もなく間髪入れずに背後からガイゼルが発動した土の魔導による尖った岩が迫り、緊急回避を余儀なくされた。
「今のも避けるか。ここまで戦える奴は聖騎士団の中でもそうはいないぞ」
「ガイゼルさんこそ、剣で戦いながら魔導で攻撃なんて真似できる人普通はいないですよ」
「おいおい、ディエスも人のこと言えないだろう」
確かにガイゼルの魔導に対してディエスも魔導で応戦していたのだが、やはり慣れなのか、ガイゼルは死角を突く魔導の攻撃とその隙を突く剣戟の組み合わせが非常に上手い。
彼が『英雄』と謳われるのも納得だ。ディエスは仕方なく、なるべく使わないようにしていたとある魔導を発動することにした。
―水属性 召喚系 クラス3、風属性 強化系 クラス3、聖属性 強化系 クラス3、三重魔導陣―
「む、なんだ?」
警戒するガイゼルの目の前で、ディエスの瞳に見たこともないような複雑な魔導陣があらわれ、さらに直径1mぐらいの凸レンズ型の水球が二つ、訓練場の天上付近に召喚された。
黄色に輝く、とんでもなく複雑な魔導陣が描かれた水球を見て、ガイゼルは怪訝な表情をした。
これだけ怪しい魔導陣を描いておいて全く攻撃の様子が無いから当然だ。
そもそも、この魔導は攻撃用ではない。
水のレンズを通った光は魔導陣を通してディエスの瞳に付加される。ディエスは自分の脳を少しだけ強化し、魔導の力を借りてレンズから付加された光を景色として脳内で処理していく。
つまり、この二つの水球はディエスの目なのだ。
文字通り上から見ることでディエスの死角はほぼなくなったと言えるが、水球の調節と維持、魔導陣による付加、自身の強化といくつもの魔導を組み合わせているため魔力の消費量はばかにならない。
しかも、物を見る仕組みを理解しているディエスにしか使えない魔導であり、フォリアやカミーリアの手伝いがあっても開発にかなり苦労した。
それでも今この魔導を使ったのにはわけがある。
(やっぱり、ガイゼルさんは戦いながら魔導陣を描いていたか……)
そう、ガイゼルは戦いながら、普通に立っていては気付かないほど大きい魔導陣を描いていたのである。
ディエスがそれを疑ったのは、ガイゼルの立ち回りが少し不自然だったためだ。
ガイゼルほどの実力者が隙だらけな避け方をするはずもない。と言っても常人には普通に立ち回っているようにしか見えない程巧みな体捌きなのだが、実力の近いディエスの目にははっきりと違和感として映っていた。
そして、フィールドを上から見たことによりそれが確信へと変わった。
しかし、完成する前にそれが分かってしまえばいくらでもやりようはある。
袈裟懸けに振られたガイゼルの剣を、体を捻って躱し、続く横薙ぎの剣をわざとらしく地面を転がって避ける。ついでに魔導陣を少し書き換えながら。
少しわざとらしすぎたかもしれないな。
だが、狙いが読まれたと仮定しても、ディエスの目の魔導の正体が分からない以上、せいぜい魔導陣を消そうとしたと思われるぐらいであろう。あくまでディエスの狙いは、書き換えた魔導陣を発動させることである。
経験で勝るガイゼルを相手に、手加減の一切ない猛攻を凌ぎながら、相手に気取られることなく魔導陣を描き変え、発動させるよう戦いをコントロールする。
しかも、水のレンズの維持に魔力を削りながら。ディエスにとってかつてないほど厳しい戦いであった。
それでもディエスには、出来ないという感覚はあまりなかった。何より、ディエス自身がこのレベルの戦いができることを非常に楽しく感じていた。
そして、それはガイゼルも同様であった。
この少年は、自身の期待通りの実力を見せているどころか、想像以上の強さで聖騎士団長である自分と互角以上に戦っている。聖騎士団としては、既に喉から手が出るほど欲しい逸材であった。
唯一惜しいところは、ディエスの剣術も魔導も既にほとんど完成されており、ガイゼルの手ではこれ以上の上達を期待できないという点である。
これ程の実力を持つ少年をこれ以上育てることができないのなら、聖騎士団という括りに閉じ込めてしまうのは少し、いや、非常にもったいない。
この少年が将来、どこに辿り着いて何を為すのか。ガイゼル自身も興味があった。
斜め下から斬り上げた剣が、ディエスに簡単に止められる。止められることが分かっていたガイゼルは、腰を落として力を込め、ディエスの体を巻き込むように剣を振り抜いた。
体格で大きく劣るディエスは、剣に引っ張られガイゼルに背中を見せることとなる。
その隙をガイゼルが見逃すはずもなく、土の魔導によって足を止めるための岩石杭を撃ち出し、同時に急所を的確についた刺突を繰り出した。
本来なら確実に命を奪い取る容赦のない一撃であるが、ガイゼルはディエスのある種の信頼を寄せていた。即ち、この攻撃でもディエスは止めるだろう、と。
やはりと言うべきか、流石と言うべきか。急所を狙ったガイゼルの一撃がディエスに当たる直前、ディエスの剣が間に滑り込み、致命の攻撃を防ぐ。
さらに足元を狙った土の魔導も、ディエスが僅かに足を動かすだけで、全て空振りとなった。
これらの攻防の間、ディエスはガイゼルに背中を見せたままである。背中に目でもついていない限り、最初の刺突はおろか、土の魔導をミリ単位で躱すことなど不可能である。
互角のように見えるが、ガイゼルは少し焦っていた。「攻撃三倍の法則」とは良く言うが、これはそんな生易しいものではない。
スピードの乗った剣戟は全て躱され、流され。リズムを崩すための単発な魔導など意味をなさない。威力を目的とした魔導ですら属性の相克によって完全に防ぎ、魔導陣を伴うものでは発動前に破壊される。
攻撃側が防御側の何倍あろうと、当たらなければ意味は無い。
そして最も厄介なのは、戦いの最中にディエスの動きが劇的に変化したことである。それは、ディエスが戦いのさなかに成長して、ガイゼルに対応できるようになったのか、それとも……
「あの宙に浮いている水のせいか……」
確かにあの水を召喚してから、ディエスの動きはガイゼルに対して無駄がなくなった。具体的に言うと、死角からの攻撃に対しても僅かな動きのみで避けるようになったのだ。
それこそ、まるで見えているかのように避けるので、あの水がディエスに何らかのサポートを与えていると考えるのは妥当だろう。
あれを攻撃にも使えるとしたら厄介だが、描いている魔導陣を発動することができれば水に込められた魔力を吸い出し、こちらの攻撃として用いることができる。
それまでディエスが魔導陣に気付かなければいいのだが、まぁそう上手くいかないだろう。
下から突き上げるように発動したガイゼルの土の魔導による岩の柱を、ディエスは難なく避ける。
その動きを読んでいたかのように迫る火炎球を、これまた読んでいたかのように水の強化付加を終えているディエスの剣が切り裂き、消滅させる。
もはや未来予知と言っても過言ではない程の早さと正確さである。
ディエスの剣から飛び散った水滴を起点に、ディエスが雷の魔導を発動する。
水滴と水滴の間で網目状に一瞬で放電した雷の魔導は、逃げ場のない全方位攻撃となってガイゼルに迫るが、これも読んでいたガイゼルは土の魔導で避雷針を作り出し、地面に雷を逃がして無傷で防ぎきる。
そしてその避雷針の陰から迫ったディエスの剣を受け止め、鍔迫り合いとなった。
一分の隙も無いハイレベルの剣術の応酬を行いながら、様々な属性の魔導をも駆使しての魔導戦闘も同時に行われるという途方もない高いレベルの戦闘を間近に見て、観戦していた生徒たちはただ呆然と眺めるのみであった。
ふと、ディエスの「目」は自らに迫る二つの人影を捉えた。宙に浮いている目がある限りディエスに対する奇襲は奇襲たりえないのだが、ガイゼルとの真剣勝負の最中に乱入と言う無粋な連中に、流石のディエスもいい気はしない。
ディエスの目が捉えた人物は二人。片方は女性で、オレンジ色の髪をふわりと揺らしながら両手に何やら棒状のものを構え、ディエスへと真っ直ぐ迫ってくる。
もう片方はがっしりとした体格の男性で、ディエスを狙う女性とディエスの間に割り込むように動いているように見える。ディエスは振り向くこともなく、仕方なく迎撃の体勢を取った。
戦闘シーンはなかなか難しいですね……。
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