28 入学と約束
「未来ある若者たちが晴れてこの日を迎えられたことを心より嬉しく思う」
合格発表の日から一週間、校内の最も広い講堂で入学式が行われていた。
風の魔導に声を乗せて尊大な口調で話す人物は、エーデリット王国の若き国王、セルティア・エーデリットその人である。
来賓席には、エーデリット王国第一王女モレーナ・エーデリット、第二王女セレーネ・エーデリットをはじめとした重鎮達が一同に会していた。
当然聖騎士団長のガイゼルも顔を見せており、憧れの聖騎士団のトップを前にディエス以外の新入生は皆緊張の面持ちであった。
ちなみに新入生代表挨拶は行われない。
理由は単純で、入学時の順位などあてにならないからである。一、二週間ごとに順位が変わると言っても、何かやらかせばそれはすぐに評価に反映される。
新入生代表として調子に乗った次の日に首席交代にでもなったら、とても可哀想なことになる。
なので今日は入試順位も関係なく座っていたのだが……。
「な、なあ、セレーネ様俺のこと見てないか?」
「なわけねぇだろ馬鹿。俺を見てるに決まってるだろ」
「ふう、彼女を持ったこともない奴はこれだから……見てるのは俺だろ」
式の間セレーネがずっとディエスを見ており、勘違いした周りの男達がひそひそと盛り上がっている。
自惚れではないが、彼女が見ているのは俺だ。言わないけど。
それにしても、セレーネも随分大人になった気がする。
初めて会った時はお転婆というか活発な少女であったが、今は落ち着きを兼ね備えてシックなドレスが似合う美人に成長している。セレーネは今年で十八になり、この世界では十八で成人となる。
そのためセレーネも本来なら婚約相手が決まっていてもいい年齢なのだが、言い寄る男性陣を全て突っぱねているらしい。
モレーナ第一王女とセルティア陛下はそんなセレーネを心配しているが、本人は全く気にしていない様子である。
入学式は滞りなく進み、厳粛な雰囲気の中で終了した。
セルティア陛下、ガイゼル聖騎士団長、聖騎士官学校長と順に話を終え来賓が退場する際、ふとセレーネと目があった。
するとセレーネは小さく笑みを浮かべ、パチッと可愛らしくウィンクした。
俄かに色めき立つ周りの男性陣。
そして、『またあとで』の意味のウィンクだと察し、遠い目をするディエス。さすがに学校内で王女と会うのは、周りがどうなるか分かるだろう。
だが、落ち着きを覚えたと言ってもセレーネはそんなことを気にする人ではない。……最悪逃げよう。
♢♢♢♢
「ディエス君!久しぶり!」
結局逃げ切ることは出来なかった。レヴァルとリーリエを探して教室へ向かうディエスを探し出したセレーネが、ディエスを見るなり花が咲いたような笑顔を浮かべ、人目も憚らず正面から胸に飛び込んだのだ。
鼻腔を擽るほんのりと甘い匂いと暖かさ、そして柔らかい感触にさすがのディエスも思考が停止した。
「あ、ごめんなさい、はしたないですよね。えへへ、嬉しくてつい……」
「え、う、うん……」
はにかみながらゆっくりと離れ、ドレスの裾を正すセレーネ。やたらしおらしい反応にこっちまで恥ずかしくなるんだが……。
だが、周りの視線はそんな生ぬるいものではない。
『控えめに言って殺すぞ』と言わんばかりの鋭い視線が全方向からディエスに突き刺さり、どこからか『セレーネ様に気安く触ってんじゃねえよ』と聞こえてくる。セレーネも大した人気だ。
集まった生徒たちの向こう側から微かに急ぐような足音が聞こえ、その人物に気付いた生徒たちは慌てて道を開けた。
セレーネがここにいるのなら当然護衛もいる訳で、入学したばかりの生徒にとってはそれこそ雲の上のような存在、ガイゼル聖騎士団長である。
「ようやく観念しましたか、セレーネ様。ん?そっちの生徒は……」
ガイゼルが、セレーネに抱き着かれた男に視線を向けたことに気付いた生徒は皆にやりと口元を歪め、『お巡りさんこいつです』と言いたげな目をディエスに向けた。だが、その考えもすぐに崩れることとなる。
「ああ、やはり君だったか、ディエス。正直助かったな……セレーネ様が君を見つけるまで止まらなくてな、力ずくで止める訳にもいかないしな」
「久しぶりにディエス君に会えるチャンスなのですよ?それに今日は特別警護が厳重ですし、あなたがいてディエス君がいて、しかも学校で万が一なんてないでしょう?」
セレーネ王女様に無断で触れるこの不埒者を当然ガイゼルが捕らえるものだと思っていた周りの男達は、ガイゼルとセレーネの会話の内容を瞬時に理解出来なかった。
いや、理解したくなかったのだ。
セレーネ王女が自ら探し回った?ガイゼル聖騎士団長も認めている?そして、既に抱き合うほど仲を深めていると?そんなのが認められるわけないだろう。
だが、認めざるを得ない揺ぎ無き現実。
あわよくばお近づきに……と考えていた男たちの企みは、セレーネと会話することすらなく無残にも砕け散った。しかし、そんな男達の心情など知らないセレーネは更に追撃を加えていく。
「ところでディエス君、もうすぐで私は十八になるのです。それで、その、ぜひあなたに祝ってほしいのです」
両手で包み込むように胸の前でディエスの手を握り、ほんのりと頬を染めてそう告げるセレーネ。その仕草に再びディエスの心臓が跳ねた。
精神年齢で比べれば、親と娘ほど離れた少女にドキドキさせられっぱなしのディエスは、前世での経験の無さが明らかである。
あまり他人の感情に頓着しないセレーネが、そんなディエスの内面に気付いていないことが唯一の救いだった。
一方、その様子を見ていた他の生徒達の内心はそれどころではなかった。
第二とは言え一国の王女の誕生パーティー、それも成人の年のパーティーがそこらで見られるパーティーなどと比べられるものになるはずがない。
王家の者や国内の有力貴族はもちろんのこと、隣国の王族も訪れるだろう。いずれにせよこれ以上なく豪華なパーティーになる事は間違いない。
生涯で一度食べられるかどうかの料理に舌鼓を打つのもよし、珍しい酒を楽しむのもよし、もしくは主役であるセレーネ王女とは無理でも、訪れた令嬢との社交ダンスなんかも……まあそんな機会などあるはずないのだが。
と思っていたら目の前でそれが起きた。
今年入ったばかりの一学生に対するパーティーへの招待、それも王女が自ら出向いて、手を握られながら。これはもう、『そういう関係』なのだろう。
「おいおいどういうことだ?」
「そういう関係とか……?」
「バカ言え、初対面のはずだろ」
周りのざわめきがヒートアップし始め、ディエスとセレーネの関係を邪推する声が出始める。セレーネ、勘違いされるから満更でもない表情は止めなさい。
ディエスには事前に招待状に手紙を添えて送っており、わざわざ顔を合わせて伝えなくてもセレーネの誕生パーティーについてはディエスも知っていた。
そのため今更驚いたりはしなかったのだが、そんな事情など知らない他の男達にとっては、セレーネに直接声をかけられパーティーに誘われたディエスに対し、若干の怒りを覚えていた。
とはいえ、王女と聖騎士団長の前である。変に突っかかって騒ぎを起こす訳にもいかない。もちろんそれで気を落ち着かせることなどできないが。
「ディエス、悪いが少し付き合ってくれるか?」
「は、はい、いいですよ」
周りの空気を察したガイゼルが助け舟を出し、ディエスがそれに乗っかった。さすがの野次馬たちも、私怨や妙なプライドで憧れのトップであるガイゼルの用事とやらを邪魔するわけにはいかない。
(((と言うかガイゼル聖騎士団長とも知り合いかよ……)))
一連の騒動を見ていた野次馬たちの心が一致した。
そして、ガイゼルとセレーネに挟まれてこの場を離れていくディエスに羨望と恨みの籠った目を向けていた。
♢♢♢♢
ガイゼルの後をついてやってきたのは、入学試験の会場にもなった闘技場である。万が一の時のための防御機能はそのままに、既に在校生が鍛錬に使えるように解放されている。
そのためか、剣だけでなく槍や弓といった様々な武器を持った数人のグループがいくつも来ており、訓練場の中は静かな熱気が渦巻いていた。
さすがはエーデリット王国を代表する騎士官学校の生徒で、鍛錬に臨む生徒は一人ひとりの練度がかなり高く、それでいて奢ることもなく真剣そのもの。全員が誇りと覚悟を持っている証拠である。
「入学試験でも使ったここはかなり丈夫な造りになっていてね、私も昔は色々と無茶したものだが、結局建物が壊れることは無かったことを覚えているよ」
ガイゼルはディエスから離れ、地面を確かめるように足を踏み締めて中心へと向かっていった。さすがにこうなると、ガイゼルの存在に気付かない生徒はいない。
まさかの聖騎士団長の登場に、ほとんどの生徒は手を止めてひそひそと話し合うか、体を強張らせながら鍛錬を続けるかのどちらかである。
そんな生徒の様子も意に介さず、ガイゼルはディエスに向き直って本題を切り出した。
「ところでディエス、五年前の約束、覚えているか?」
「ええもちろん、覚えてますよ」
腰に提げていた剣をおもむろに抜き放つ。
ディエスの持っていた宝剣とは違い、黒銀の輝きを持つこの剣はファブロが素材の厳選から手掛け、一週間以上のかけて打った会心の出来の一振りである。
アダマンタイトやダマスカス鋼と言った希少な金属を惜しげもなく用い、加えて『アブソーブスライム』の魔石を使用している。
アブソーブスライムとは、スライムの中でも強さ、希少さ共に最高ランクが付けられている魔物だ。
生まれて間もないころに周囲の一切を呑み込みながら成長する特性を生かし、アブソーブスライムの魔石を使った武器は使用者の魔力を少しずつ吸収して強力になるという効果を付加できる。
つまりディエスの成長と共に剣も成長するということだ。
今はまだ造って間もないため『希少な素材を使った業物』と言った程度だが、将来性も加味すれば、ファブロ曰く国王に献上するレベルのものだとか。
おそらくディエスへの期待の意味も含めているのだろうが、そんな国宝級の剣をくれるとはファブロも太っ腹すぎる。
そんな剣を抜いて今から何をするかと言うと、当然ガイゼルとの真剣勝負のためだ。
五年前にガイゼルと初めて会った時、ガイゼルがディエスの潜在能力に驚き、聖騎士官学校に入学した暁には勝負をするという約束をしていた。
ガイゼルが口元に小さく笑みを浮かべ剣を抜く。
既に五十を超えているというのにその覇気は未だ健在で、周りで鍛錬していた生徒たちも手を止め、ゴクリと唾を呑み込んでその様子を見ている。
対峙しただけでも分かる格の違い。ディエスも口角を上げているものの、そこにいつもの余裕はなかった。
次回、ようやく戦闘シーンです!
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