27 調子に乗るのも仕方ない
異常な強さを持って復活したイビルドラムを討伐した翌日の昼頃、ディエスとリーリエ、そしてレヴァルは再び聖騎士官学校へと向かっていた。
前日の入学試験で予想外の事件が起きたにも関わらず、受験者全員の成績を付け終え合格者が張り出されているのだ。
三人は学校へ向かう途中でたまたま出会い、そのまま一緒に合否を確認することとなった。
比較的早い時間帯に訪れたにも関わらず既に校門の前は受験者で賑わっており、合格者が張り出されたボードを前に泣きながら抱き合う者もいれば、力なくその場に崩れ落ちる者もおり、ある意味阿鼻叫喚と化していた。
ディエスは、成績はともかく自分が不合格になる心配は全くしていなかった。
魔導適性もよく、対人戦、集団戦共に勝利を収め、さらに魔導士との対人戦による加点と復活したイビルドラムの討伐もあったので当然である。
それでも隣国を含めても三本の指に入るほど歴史と格式のあるエーデリット聖騎士官学校には毎年二千人近い志願者が受験し、合格者が騎士志望百人と魔導士志望百人の計二百人の身であるため、なかなかに狭き門なのである。
そのため、たとえ成績が最下位でも合格していれば十分エリートなのであった。
ディエスは自分の名を探すが、すぐに見つかった。何しろ一番上なのだから。
「俺が首席か」
「はわっ、流石ですっ」
「リーリエも五位じゃないか。十分すごいだろ」
「なんか嫌味みたいに聞こえるな。素直に自慢しとけよ」
「それはちょっと……とにかく二人とも合格おめでとう」
二人と共に合格を祝い合う。
もっとも、ディエスはもちろんレヴァルもリーリエも不合格になる心配は全くしていなかったが。
自分の順位については、正直言って全く期待していなかったわけでは無い。
他の受験者を見ていても自分の方が強いのでは?と思っていたし、下の目を移すと、四位にレヴァル、五位にリーリエの名があった。
この二人はディエスとチームを組んでイビルドラムを討伐したメンバーであり、彼らの順位が高いことから入学試験の評価ポイントが良く分かる。
実際イビルドラムは倒せないことが前提で、強敵にどれだけ立ち向かえるかという試験であった。
そのためB+に位置づけられるような強力な魔物を用意したわけであり、学校の歴史を振り返っても、この入学試験を「魔物の討伐」という形で突破したチームなど数えるほどしかいなかった。
つまり現時点でイビルドラムを討伐できる力がある、と言うだけで上位五人に入れる実力があるということだ。
合格者は番号ではなく名前で張り出される。
番号など用意されていなかったので当然であるが、王都に住む者達にも、誰が学校に通っているかを知ってもらうことも目的としていた。
と言うのも、この順位はあくまで入学試験の結果のみを考慮した暫定的なものであり、一、二週間のペースで頻繁に入れ替わる。
しかもその成績には座学、実習での評価だけでなく、授業での態度、行内での行動、果ては学校外での振る舞いですら含まれる。
街に住む人々の生徒に対する声が届くように、入学の時点で名前を公開しているのだ。
これ程厳しい評価方法をとっている代わりに、卒業後の待遇は非常に良いものとなる。
特に成績上位十人の者には、毎年その時の状況によって多少人数の調整はあるものの、聖騎士団からのスカウトが来ることがあるらしい。
この学校で十位以内ということは、そのまま名実共に優秀で且つ人格的にも優れているということであり、そんな人物のみで構成されている聖騎士団だからこそ、有事の際に住民が命を預けられるほど信頼されているのだ。
そして首席で卒業したものには、国王のお墨付きが贈られる。
これがあるだけで聖騎士団に入るのにも、冒険者となって高いランクを受けるのにも、そして国王付きの護衛になるのにも、あらゆる面で有利に働く。
かつては周辺の有力貴族がこのお墨付きを求めて様々な策略を廻らせたこともあったが、権力ではどうにもならなかったうえ、住民たちから非難が殺到し爵位と信頼を失ったため、今更権力を振りかざそうとする者はこの学校には居ない。
平民も貴族も、王族に至るまで全員が平等の、完全実力主義が確立しているのだ。
ふと、レヴァルが張り出された合格者の名前を見て呟いた。
「しかし、キングスリー・シャックネスか。こりゃまた有名人が出てきたもんだな」
見ると、合格者の中でディエスに次ぐ二位にキングスリー・シャックネス、三位にアリゼ・ユーセスティアの名が連ねられていた。
「キングスリーって有名なのか?」
「逆に知らないのか?本物の勇者だって結構有名だぜ?実際実力もかなりのもんだしな」
「え、勇者?」
その言葉に少しドキッとした。自分のように、魔神に育てられた者以外で勇者を名乗る者がいなかったため、少なからず動揺したのだ。
そんなディエスの様子はさておき、レヴァルの言葉をリーリエが補足した。
「噂によると、なんでも神様の啓示を受けたとかで……」
「へえ、神様の……って、そんなことあり得るのか?」
「さあな、実際のところは本人しか知らないさ。けど、神の加護がついていると言われても納得するぐらいの強さは持ってる。まぁ、それでも主席になれないんじゃ笑いものだが、まあ順位を守りたいのなら要注意だな」
レヴァルは既に冒険者として『B』ランクを受けており、十七歳で全冒険者の中でも上位の三割ぐらいには入る。
そんなレヴァルがここまで言うのならかなりの実力なのだろう。
「なるほどね。一応抜かされないようには頑張るよ」
「なんだよ、張り合いがねえな。一位の座を狙うやつは容赦なく叩き潰す、ぐらいの気概がねえと俺がすぐに奪いにいくぜ?」
「私もディエスさんを抜かすつもりでいるんですからね!」
「はは……」
リーリエはまだいいけど、本気のレヴァルとは正直戦いたくないので愛想笑いでうやむやにしておく。しかし、これから大勢の首席狙いの新入生に標的にされるわけか……。
その後、三人は近くの店で軽食を取ることにした。
フォリアの城があるマイズ大樹海の周辺には大きな街は無く、料理の質も種類も王都には到底及ばない。それを知っていたディエスには、街中の軽食屋で出る料理もなかなかに見栄え良く映った。
もっとも、フォリアを当主とするエーデリット家改めエーデルリッター家は貴族家と言う体裁の為、それなりに良い食事はとっていたが。
ただし、まあ、値段はちょっと高めである。国の中心都市だから当たり前か。
ディエスとリーリエは気にした様子もなくオーク肉のサンドイッチを頬張るが、レヴァルは微妙な表情だ。レヴァルはただの『レヴァル』であり、姓を持っていない。つまり、平民なのだ。
しかもあまり持ち金がないため、冒険者として素材などを売って収入を得ているのだ。
いつもならもっと質素で安いものを、なんなら自分で獲物を狩ってきて済ませるレヴァルにとって、大した出費でなくても躊躇ってしまう。
見かねたリーリエがレヴァルの分も払おうと申し出てくれたが、女の子に払わせるのはプライドが許さず、結局貸し一つと言うことでディエスが払うことになった。
ついでにリーリエの分も。リーリエは申し訳なさそうな表情をしていたが、前世で独身貴族だったディエスにとって後輩に飯を奢ってやるのは普通のことであった。
「ディエスさん、ごちそうさまでした。次は私が払いますね?」
「いやいや、リーリエは気にしなくていいよ。レヴァルはしっかり返せよ?」
「くっ、わぁったよ!そのうちな!」
「そのうち返す」は返さないの意味だろ、と言おうとしたが逃げられた。確かにもう用事は無いけど。なんか釈然としない……
「勝手に行っちゃいましたね……」
「まぁレヴァルは約束を違えたりしないだろ、多分。入学式まではあと数日あるし、今日はこれで解散にしようか?」
合格者の発表から入学式までは一週間ほどあり、その間に手続きや必要なものの準備済ませるのが普通だが、ディエスは馬車で運んだ荷物とこちらに来てから召喚した荷物とで、寮で暮らす準備はほとんどできている。
なので、この一週間は王都探索に当てようと思っていた。
「そうですねえ、私も準備がこれからですし、両親へ報告も……」
「そっか、なら仕方ないかな」
「はい、ごめんなさいです……でもまだ入学式まで一週間ありますし、私はレヴァルさんほど準備に時間はかからないので、今度は二人で街を歩きましょう♪」
「そうだね、たまにはそういうのもいいか」
普通に返事をするディエスであったが、内心はかなりテンパっていた。なにしろ、前世も含めて女子からのデートの誘いなど経験したことが無かったのだから。
しかも、リーリエは非常に整った顔つきで、若干の幼さも相まって動かなければ人形と見間違う程である。
そんな少女にデートに誘われて平静でいられる者などいるはずもない……というディエスの持論である。
「ディエスさん、入学しても仲良くしてくださいね?」
「あ、ああ、もちろん」
別れ際、振り返りながら上目使いで囁くように言うリーリエ。
美少女がやるとやけに絵になるからか、そもそもこんな青春の一コマみたいな経験が無いからか、軽く見惚れて曖昧な返事になってしまった。
リーリエはそんなディエスの様子を不思議そうに数秒見つめると、ふわっと笑顔を浮かべ、軽い足取りでその場を後にした。
一方ディエスはと言うと
(あれ?フォリアにカミーリアにエイリア、フレシア、ロゼ、さらにリーリエとセレーネ……俺凄いモテるんじゃね?)
少し調子に乗っていたのだった。