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魔神の下で勇者を目指してみた結果。  作者: 風遊ひばり
第二章 エーデリット騎士官学校
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26 暗躍する者達

「あのイビルドラムを倒すとはね……まあいい。もともと倒される前提で復活させたんだ」



ディエス達が居る場所から遠く離れたある部屋で、その人物は呟いた。


それほど飾り気がないように見えて、目利きの商人であればその価値に高さに目が飛び出るであろうほどの高価な調度品に囲まれている部屋から、その人物の身分の高さが窺える。



そんな部屋をわざわざ暗くして思考に耽るのは、自らの行動を他人に知られたくないという心理から来るものなのか、単純にそういう人物なのか。


監視用の魔導水晶に供給していた魔力を切ると、ディエス達が居た闘技場を移していた水晶は光を失い、見た目普通の水晶へと戻った。



「次はもっと大胆に行っても大丈夫だね。彼も勇者の素質は十分だから……計画通りに最後まで踊ってくれよ」



まるで玩具で遊ぶ子供のように、その人物は表裏の無い笑顔を浮かべた。



          ♢♢♢♢



転移は一瞬で完了した。浮遊感を感じた直後、ドスッと石畳の床に尻餅をついて到着したのだ。



「っ……」



腰を擦りながら起き上がり辺りを見渡すと、ここはほとんど使われていなかった謁見の間のような部屋だった。


そして、少し高くなった段上の玉座に、ディエスですら身震いするほどの覇気を放つフォリアが目を細めて二人を見据えていた。



―魔法 『絶対隷属アブソリュートスレイブ』―


「ガイゼル、命令よ。『そこに直りなさい』」



その言葉と同時に心臓を鷲掴みにされるような恐怖とどこまでも深い魔力を感じ、ガイゼルは迷いなく片膝をついて頭を垂れた。


ディエスは何が起こっているか分からないまま、フォリアはガイゼルに向けて言葉を続けた。



「カミーリアから聞いたわよ。あんたが居ながらどうしてそんなことになるのかしら。あまつさえディエスを危険に晒すなんて……」



静かに放たれたはずのその言葉は何故か妙に響いたように聞こえ、まるで物理的な重みを持っているかのように胸の奥にズンッと圧し掛かった。


その眼にははっきりと憤怒の感情が現れており、放たれる恐怖の波は大瀑布のようにガイゼルとディエスの精神を埋め尽くした。



「ま、待ってよ母さん。ガイゼルさんは別に……」


「ディエスは『黙っていなさい』」



フォリアがその一言を発した直後、ディエスは声を出すのを止めた(・・・)


決して声が出せなくなった訳ではない。抗うことも出来ない何らか力で、体も意識もフォリアの言葉に従ったのだ。


それこそがフォリアの『魔法』であったのだが、今のディエスはそこまで気が回っていなかった。



呼吸すらままならない程のプレッシャーに、ディエスをして恐怖で平伏しそうなほどである。


そんなプレッシャーを直接浴びせられているガイゼルはというと、唇を噛み締めて湧き上がる恐怖を抑えつつ、それでもなお抑えきれない衝動に大量の汗を流しながらガタガタと体を震わせている。



フォリア曰く、魔物がそこまで急激に強くなることなどあり得ない。死んだ魔物が復活することはもっとあり得ない。『魔法』でもない限りは。


つまり犯人は魔神の一柱であるということ。そして、フォリアにはその魔法を扱う者に心当たりがあるというのだ。



結局フォリアは、国防の頭目たるガイゼルが、その人物若しくはその手の者に気付かず王国の中心部にまで侵入を赦したこと、そしてそのせいで息子であるディエスに被害が及びそうであったことに対して怒りを見せたということだ。



「はぁ……ま、二人とも無事でよかったわ。侵入されたというガイゼルの落ち度はあるけど、これはエーデリットに対する明らかな敵対行動ね。証拠は無いけど」



フォリアから発せられていたプレッシャーがフッと軽くなり、ようやく解放されたディエスとガイゼルは一拍おいて大きく息を吐き出した。


ここ数年で一番精神を削った瞬間と言っても過言ではない。聖騎士団長ともあろう者が肩で息をし、冷たい汗を流している光景がその壮絶さ物語っていた。


その原因であるフォリアは何食わぬ顔でガイゼルに指示を飛ばした。



「ガイゼル、近いうちに戦争が起きるかもしれないからそのつもりで準備しておいて。で、このことをセルティアにも伝えるから会議室で待たせておいて」



普通ならガイゼルは『国王を待たせるとは何事か』と怒鳴るところであるが、相手はその国王本人すら頭の上がらない魔神である。諦め半分の気持ちで苦笑いを浮かべて了承した。



「ところでエスフォリーナ様、私はここからどうやって帰ればいいので?」



カミーリアの召喚魔導によって一瞬で連れてこられたが、フォリアの城の位置はエーデリット王国の北の端にある樹海の入り口付近だ


中央の王都までは馬車で五日はかかる距離である。歩いて帰るなど到底不可能であった。



「ああ、忘れてたわ。私が送ってあげるから準備お願いね」



どうやって、とディエスが声に出す間もなく、フォリアはパチンッと指を鳴らす。その瞬間、視界に映る風景が全て消え、気付けば試験官として派遣された聖騎士達が後処理に奔走する会場の中に立っていた。



「すごいな、本当に……」



ガイゼルの漏らした感嘆の言葉は、二人を転移させたフォリアの魔導の事だろう。詠唱も魔導陣も使用せず、それでも尚カミーリアより発動が早く完了までも一瞬であった。


こればかりは流石と言う他無いのだが、それにしても今日はフォリアの実力を再確認することが多いと思ったのだった。



この後ガイゼルと共に呼び出されたセルティア陛下がフォリアに一頻り怒られた後、今回の事件及び戦争の可能性についての会議を緊急で開き、事情を知らない貴族達や王都の住民がセルティア陛下の焦りように驚いたりしたのだが、それはディエスの知るところではなかった。



          ♢♢♢♢



壁に取り付けられたロウソクの炎が淡く照らし静寂に包まれた石造りの廊下を、少女は歩いていた。少女は気にも留めず通り過ぎているが、このロウソク一つ取って見ても異常そのものなのだ。


燭台に刻まれた魔導陣。小さな炎を灯すだけの初歩的な放出系魔導なのだが、この巨大な城の内部に設置された全ての燭台に永続的に魔力を供給し続けるなど普通は不可能であった。


つまり、それを片手間に行っているこの城の主は普通ではないということである。



飾り気は無いが厳かな雰囲気を放つ大きな扉の前でその少女は立ち止まり、何となしに炎を見つめて想い人の顔を思い浮かべた。あの人は今何をしているのだろうか、と。


小さく首を振って頭の中をリセットすると、扉を開けて足を踏み入れた。中には既に四人の人物がいるようだ。



丁度扉を抜けた延長上に直立不動で立っている長身の男――ディアール――は、中央の方向を向いているため背中しか見えないが、腰の両側に一本ずつレイピアを携え、いつも通り一切油断のない雰囲気を纏っている。



その左側にいる人物――キロネスタ――は面倒そうに胡坐をかいて座り、頬杖をついて眠そうにしていた。


先の尖った尻尾と角を生やし黒い霧のような魔力を纏うその姿から人間ではないことが明らかだ。



キロネスタとは逆隣に凛として佇んでいた人物――マリーグレア――は侍女らしい服を身に着けており、少女が部屋に入るとその少女の方へ向き直って一礼した。


彼女も尻尾と角、そして青い肌から人間ではないことが明らかだった。



そして最後の人物。


魔神と比べても遜色ないほどの力を有する悪魔達三人すら従えるこの城の主だ。中央の玉座に座するその人物は魔神の中でも頂点を示す第一席――ゼクセクス・アギオ・フェンネル――であった。



「来たか、ロゼ」


「ええ、お待たせ致しました」



深く被ったローブの奥、闇よりなお深い深黒の瞳を覗かせてゼクセクスがそう言った。


本来ならそれだけで恐れを抱くほどの威圧感なのだが、この場にいる者達はなれたもので、ロゼも一言そう言って一礼すると怯む様子もなく三人の悪魔に並んで立った。



「さて、ディアール、キロネスタ、マリーグレア、そしてロゼ。お前らの力を見込んで密命を与える。命を賭して全うしろ」


「「「はっ」」」



静かに響く三人の返事と一人の欠伸の音。ゼクセクスは特に気にするでもなく淡々と内容を告げていく。



平和な時代は終わりを告げ、世界という巨大な盤上で魔神の陰謀が渦を巻く激動の時代へと移り行くのだった。



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