25 共通点
『魔法のようだ』―――ディエスは口には出さずその言葉を噛み締めた。
魔法というのはこの世界に広まっている魔導とは根本から異なる術であり、伝説上のものとして語られている。
しかし、今目の前で起きた『死んだ魔物を生き返らせる』など、魔法レベルでしかありえないのだ。
しかも索敵に長けたディエスや派遣されている魔導士達の感知の掻い潜り、魔法すら扱える程の魔力を完全に隠したまま。そんなことが可能なのだろうか。
ディエスが深い思考に潜ろうとしていたころ、バラバラに砕けて沈黙したイビルドラムに二度目の復活はなさそうだと一息ついた試験官達が俄かに騒めきだした。
ここに他の受験者が居ればもっと大騒ぎになるところだが、幸い避難が迅速に完了したおかげでそうはならなかったようだ。
ふと、知っている声がかけられ、ディエスは意識を現実へと戻した。
「ディエス!無事か?魔物はどうなった?」
「ガイゼルさん?僕は何ともありませんよ。魔物も倒しました」
声の相手は聖騎士団長のガイゼル・ウォードマンだった。彼は入学試験の総監督的な立場として来ていたようだ。
ガイゼルは傷一つなく恐怖した様子もないディエスと、バラバラになったイビルドラムの姿を見て一瞬目を見開くが、仕方ないといった様子で口元に笑みを浮かべ肩を竦めた。
直後、聖騎士団長の顔に戻ると、思考停止している試験官達を一瞥して檄を飛ばした。
「何を呆けている、まだ終わったわけじゃないぞ!魔導が使える者は魔物の死体に残る魔力をできるだけ早く中和しろ!他の者はこの会場を封鎖する者と避難した受験者を纏める物に別れろ。行け!」
「は、はっ!」
我に返った試験官達がガイゼルの指示に従ってバタバタと動き出した。ディエスがその様子に感心していると、ガイゼルは表情を柔らかくして口を開いた。
「君も大きくなったもんだな。素直に成長を祝したいところなんだが状況が状況だからな、まずは事を片付けなければならん。いくつか聞いてもいいか?」
「ええ、僕に分かることでしたら」
「ふむ、部下の報告から君達がイビルドラムを一度倒し、それが復活してああなったと聞いている。その時の状況を教えてもらえるか?」
「えっと、リーリエの風の魔導で削った後、僕の魔導を付加したハンマーでレヴァルが核を砕いてトドメを指したんですけど……覚えのない魔力が魔物の体に集まっていくのを感知しました」
「覚えのない魔力か。君でも出所が分からなかったのか?」
「すみません、上手く抑えられていて感知できるギリギリでしたから」
「上手く抑えられている、か……」
ガイゼルは指を顎に当て眉を潜めた。ガイゼルが懸念していることはディエスにもよく分かる。それはつまり……
「君も、この事件に何者かの手が加えられていると考えているか?」
「はい」
核心を突いたガイゼルの言葉を短く肯定する。それこそディエスが魔力の動きから感じた第一印象であった。
死んだ魔物が生き返るなんて不自然な現象、他者の手によるものと考えるのが普通だろう。
しかし、だとしてそれを行った者はおそらく、強い弱いで言い表せるものではない。世界の理を書き換えるほど理不尽な化け物だ。
「やはりか。これで確信が持てた。実は、このような事件が起きたのは二回目なのだ。魔物が復活した場面を見たわけでは無いが、五年前に私が戦ったあのオーガとこのイビルドラムは特徴が似ているし、同じような魔力を感じる。何者かが狙って魔物を動かしたとみて間違いないな」
「五年前ですか?」
「ああ、君には話しておいてもいいだろう。ドライウス先王陛下が亡くなる原因にもなった事件だ」
そして語られる、異常なオーガの襲撃。
ガイゼルですら軽くあしらわれた強さと真っ直ぐ先王陛下を狙うという異常な行動。
その後の流行り病のこと。
元の種より倍近く大きくなることや他を威圧する禍々しい魔力など、聞けば聞くほど今回のイビルドラムと似ていた。
「この事と今回の事は誰にも言うんじゃないぞ?エスフォリーナ様以外はな。まあエスフォリーナ様の耳にはもう届いているかもしれないが……」
「そうね。フォリアお姉様には隠しておくことなんてできないわ」
不意に声がかけられ、キョロキョロと辺りを見回すディエスとガイゼル。
いつの間に現れたのか、大胆なスリットの入ったタイトなドレスと、学校指定のマントを着こなした深青色の髪の美女がガイゼルの後ろから歩み寄った。
その顔に見覚えがある、というより一番多く会っている人物の一人だ。
「カミーリア姉!本当に先生やってたんだ……」
「おお、あらゆる魔導を使いこなす非常に優秀な魔導講師が新たに赴任したと聞いていたが、まだこんなに若い女性だったとは」
そうカミーリアは今年からこの学校で魔導講師を務めている。
目的はもちろん入学したディエスを内部から見守ることであるが、若くて見目もよく、魔導士としてもこれ以上ないほど才能に恵まれたカミーリアを魔導講師として迎えることは学校側も是が非ではない。
両者の利の一致により、カミーリアが勤務することは公認であった。
しかし悪魔であることは隠しているのか、ガイゼルはカミーリアがフォリアの妹ということを知らない様子だ。一応そっと耳打ちをしておく。
「つまりなんだ、この女性はエスフォリーナ様の身内だと?」
「内密にしておいてくれたら助かるわ。それでさっきの続きなんだけど……フォリアお姉様がディエス君とガイゼルさんを呼んでいるわ。私が向こうに召喚するから行ってきてくれるかしら?」
「「えっ……」」
カミーリアの目が笑っていない。つまりはフォリアが真面目な話を、というより怒っているということだ。
ディエスが昔、魔導が使えるようになったことで調子に乗り、魔物相手に無茶をした時に一度怒られたことがあったのだが、それはそれは怖かった。
その証拠に、隣で聖騎士団長ともあろう者が若干震えている。
「準備はいいわね。あまりフォリアお姉様を待たせるわけにはいかないもの」
「待っ……」
ディエスの静止も虚しく、カミーリアはさっさと転移魔導を発動してしまった。目も開けていられない程の激しい光と浮遊感に包まれ、ディエスとガイゼルが転移していった。
その場には小さな風が砂煙を巻き上げるのみで、二人の姿は完全に消えていた。