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魔神の下で勇者を目指してみた結果。  作者: 風遊ひばり
第一章 魔神のお膝元
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1 魔神

ふと意識を取り戻す。が、そこは真っ暗闇だった。いや、目を閉じているだけか。


薄っすらと目を開けると視界が橙色の淡い光に包まれた。やけに優しい光で、理由もなく心が穏やかになる。


視界の端には精巧な作りの高級そうなシャンデリアが天井から釣り下がっているのが見え、その値段を想像してせっかく穏やかになりかかっていた心は恐々とし始めた。



そこは建物の内部のようで、天井や壁は切り出された石が丁寧に組み上げられてできていた。


地球でいうレンガ造りに似た石の積み方なのだが、レンガではなく天然の石の造りはどうも厳つい感じがする。



一方で、俺を包んでいる布はおそらくシルクを編んだものであり、艶が綺麗で柔らかく、高級そうなものだった。


時代錯誤の石造りの部屋は逆に新鮮な、そして現実的な印象を与え、別の世界でちゃんと生き返れたことを実感させられた。


が、何か違和感に気づく。痛みなどはない。だがその割には手足に上手く力が入らず、起き上がることもできない。それに声も……



「ぁ……う~……」



あ、出た。でもなんだ?明らかに自分の声ではない。いや、自分で出した声であることは分かっているのだが、声質やなんかが明らかに自分のものではないのだ。


自分のものではない声を自分で出しているというのは物凄く違和感がある。しかし、考えたところで何か分かるわけでもない。



キョロキョロと辺りを見回していると、こちらに近づく一人の人物の姿が目に映った。そして、つい凝視してしまう。


仕方ないだろう、とんでもない美人なのだ。「一人の姫君をめぐって国同士の戦争が起きる」レベルのそれだ。


二十後半ぐらいの年齢だろうか。スラッとした長身に豊満な胸を強調するタイトなドレスを纏い、腰まで届く艶やかな金髪をなびかせている。


その切れ長の眼には真紅の瞳を覗かせていて、少しだけ嬉しそうな色を浮かべていた。



そして頭の側面から巻き付くように前方に向かって伸びる漆黒の角……え、角?


待って待って、もしかして人外の方でいらっしゃる?


いや、確かにそういう世界を思い浮かべたんだが、俺は普通に人間の街でゆったりと暮らすことを想像していたんだが?


まさかこっちの世界で出会った最初の人物が人外の美人さんだとは……流石に予想外すぎる。



まあ人外っ娘も全く期待していなかったと言えば嘘になるんだけどね。けど、この人、角だけじゃなくて羽と尻尾も生えてるんだよね……。


完全に悪女、じゃなくて悪魔の女性だ。つまり味方であるとは限らないわけで……あれ?まさか転生直後にいきなりピンチ?それは流石に困る!



思うように力の入らない体でせめてもの抵抗をしようと、遮るように両手を伸ばす。


……あれ、これ俺の手か?小さくてぷっくりしていて、なんだか赤ちゃんみたいな……



赤ちゃんだと……?一度自分の体形を冷静に分析してみよう。



……ふむ、頭が重くて首が安定しないし、手足も短くて全体的に丸っこい。うん、完全に赤ちゃんだわこれ。


どうやら勘違いしていたようだ。完全に前世の姿のまま別の世界に行けるのかと思っていた。



考えてみれば、あの声は『生き返る』とは一言も言ってなかったな。


けどまさか赤ん坊からやり直すことになるとは思わなかった。


変な事故死をしないように防御の魔法を貰ったのに、独りで生きることもままならないんじゃ本末転倒だろ!



これはまずい。俺は今赤ん坊で、この女性は人間ではないっぽい。超絶美人だけどな!


もしこの女性が敵なら為すすべはないだろう。防御魔法が自動でよかった。まあ防御魔法が発動するのは本当に最悪な場合のみだが。



内心荒ぶって必死に抵抗しようとする俺の姿も、この人には機嫌良く体を動かす赤ちゃんに見えるのだろう。



でもなんか、なんとなく本当に命が危ないとは思わないのだ。彼女が優しい微笑みを湛えているからだろうか。子供心に安心感を与える笑顔だ。心は大人なんだけどね。


色々思考を重ねていると、俺の伸ばした手にその女性の手が触れた。



「ふふ……全然目を覚まさないから心配したけど、元気になったようね」



そう言いながら俺を抱き上げ愛おしそうに腕におさめる。


リンと鳴る鈴のような、俺の中にスッと落ちて残るような綺麗な声、体を包み込む優しい温もり、初めてのような懐かしいような感覚だ。



うん、よし。この人は敵じゃないな!優しい人だ!絶対!



吹っ切れたように自分の中の困惑をなかったことにし、冷静さと下心を取り戻した俺はその女性のおっぱ……体に身を寄せる。


それだけで生前のブラックな人生すべてが報われた気がした。


安心したのか赤ん坊の体では体力が少ないのか、だんだんと瞼が降りてくる。



こんな美人が抱いてくれるのなら赤ちゃんでよくね?そんな考えに支配され、その女性の腕の中で意識を手放した。



          ♢♢♢♢



「~~~」

「~~~!」



何か言い合っている声が聞こえ、俺は目を覚ました。どうやらあのまま寝てしまい、ベッドに寝かされていたようだ。


シャンデリアの優しい光が視界を照らす様子は最初に目を覚ました時と変わっていないのだが、今回は部屋の中が妙に賑やかだ。


見ると、二人の美少女が至近距離で口喧嘩をしていた。



「あ、ほら!フレシアのせいでディエス君起きちゃったじゃん!」


「ちがっ、それはエイリア姉のせいだもん!頬つつきまくってたでしょ!」


「はいはい、二人とも。怖がるから大声はやめなさい?」



これは盛り上がっているというよりは口喧嘩のようだ。


お互いに罪を擦り付け合う二人のうち、緋色の髪を後ろで纏めた十五、六歳ぐらいの娘がエイリアで、十二歳ぐらいで金髪ツインテの娘がフレシア、かな?



そして俺のことを『ディエス』と呼んだな。俺はこっちの世界では『ディエス』と名付けられたようだ。



「「そういうカミーリア姉だって頬つついてたくせに!」」



言い争っていた二人の美少女、エイリアとフレシアが同時にカミーリアと呼ばれた女性をにらみつけ、見事に声を重ねた。


『姉』呼びであることからカミーリア、エイリア、フレシアの三人は姉妹だと思うのだが、地球のモデルや女優なんか目じゃない程完璧な美人三姉妹だ。



「あら、そんなことないわよ?ところでフォリアお姉様、この子抱いてみてもいいかしら?」



フレシアとエイリアに責められた事実をなかったことにしたカミーリアと呼ばれた女性が声をかけた先、俺がこの世界で最初に出会った人物がこちらに目を向け持っていた本を閉じた。



「別にいいけど、危ない事しちゃだめよ?」



フォリアお姉様と呼ばれたその女性は本を片手にこちらに近づいてきた。フォリアお姉様、ということは四姉妹か?何という遺伝の暴力。


地球には綺麗になりたいと必死になっていた女性が周りにいっぱい居たのだが、ここには全員美人という脅威の家族が住んでいるようだ。



それとも俺のようなゲーム好きな人たちがイメージしているように、異世界ってのは美人が多いのだろうか。


見た目が良いから生き残りやすいとかそういうやつ?……意外とあり得そうである。


まぁこんな風に美人に囲まれるのなら文句もないし、むしろ大歓迎である。



それより、今の俺にはもっと気になる事があった。フォリアが手に持っている本だ。著者の意図が少なからず含まれるが、様々な情報を遺す記憶媒体。


あの真っ白な世界でなるべく俺の想像したものと似た世界に生まれたはずではあるのだが、さすがに情報収集は必要だろう。


ただ単純に異世界の文化に興味があるだけとも言うが。


俺を抱き上げるカミーリアの温かさもフォリアと同じだ。初めてのようで懐かしい、そして安心する。



しかし今回は視線がフォリアの持つ本に釘付けだった。


黒と紫で不気味に彩られた表紙に見たこともない文字が並んでいた。


例えるなら、現代でも解読されていない先史遺産に刻まれている文字のような印象を受ける。



「あら、本に興味があるのかしら?」


「そうみたい。何か簡単なお話を読み聞かせてあげようかしら」



カミーリアはそういうと、片方の手のひらを上に向けた。するとそこに青白い光を放つ幾何学模様が描かれ、一冊の本が現れた。


これには驚いた。魔法だ。何の変哲もない空間が突然光り輝き、そしてどこからともなく本が現れるなんて非科学的すぎる。


地球の常識だったらとても信じられない現象なのだが、ここは別の世界だ。この世界には本当に魔法の存在するのだと信じるのに十分だった。



カミーリアは椅子に腰かけ膝の上で本を開き、俺から見えるように抱き直した。


この本も、フォリアの持っていた本と同じく見たこともない文字で書かれていた。


見開きの左側に手描きで絵が描かれており、右側は文字が並んでいる。カミーリアは透き通るような声で読み聞かせ、俺はそれに合わせて文字を目で追うことにした。



          ♢♢♢♢



「人間が人間を殺す話を人間にするってどうなのよ」



カミーリアが本を読み終えると、狙ったようにフォリアが呟いた。別に全然気にしてなかったな。


どうせ物語の中の話だし、文字を追うので必死だったからな。


それに内容としてもありきたりだがなかなか悪くなかった。



要約すると、悪魔と良からぬ取引をした王様が、その力を使った恐怖政治で人々を苦しめていたのだが、神様から使命を受けた『勇者』がその王様を討ち、代わりに王となって人々を救うといった英雄譚だ。


子供向けに書かれているのか、主人公の英雄気質が前面に出ていて背景とかは分からなかったが。


ついでに、フォリアの言葉から俺はちゃんと人間だということが分かってよかった。



「私が自分で魔族がやられる話をするのも嫌ですもの」


「それに出てくる悪魔と私たちは別物なんだし、気にするほどの事でもないわよ」



彼女達は魔族なのね……よく俺殺されなかったな……普通だったら人間と魔族は敵同士のイメージが強いが、まぁこのお姉さん達は優しいしラッキーだったかもしれないな。


そんなことを考えていると、ふいにドアがノックされ、向こうから声が聞こえた。



「エスフォリーナ様。ご依頼されていたものをお持ち致しました」


「あら、思ったより早かったわね。入っていいわよ」



フォリアがそう応えると、執事らしくきちっとした服装の初老の男が木箱を抱えて入ってきた。この男も頭に二本の角が生えている。おそらく魔族なのだろう。


が、一目で上質と分かる服に身を包み、背筋や指先までピシッと伸びていて一つ一つの動作が美しい。


言っちゃ悪いが、俺の知っている地球のお偉いさんなんかよりずっと教育が行き届いている印象を受けた。しかし執事か。フォリア……エスフォリーナは身分が高いのか?



ぼぅっと執事の男を眺めていると、フォリアが箱を開けて中を確認し始めた。カミーリアに抱かれている今の状態では中を覗けない。



「ん、ちゃんと注文通りね。わざわざ人間の町まで行かせて悪かったわね、助かったわ」


「私などに労いなど必要ありません」


「相変わらずね。いいわ。またそのうち頼むわよ?」


「はっ。全ては魔神エスフォリーナ様の御意向のままに。失礼いたします」



……へ?魔神って言った?



執事の男は胸に手を当てて一礼すると静かに去っていった。当のフォリアは嬉しそうに、何やら箱からいろいろ取り出し始めた。


よく見てみると、赤ちゃん用の服……つまり俺の服だ。なんだかやけに可愛らしい服なのだが、今はそれを気にしている場合じゃない。



魔神というのは俺の中でラスボス的なイメージなわけで……つまりあれか。俺はこっちの世界に来ていきなりラスボスと対面というわけか。


ゲームだったら、冒険が始まった直後に魔王と対峙していたということであり、ゲームオーバーである。


本当に敵じゃなくてよかった……。もし戦うことになったら確実に負けるからな。


フォリアは俺の視線に気が付くと、柔らかい笑顔で頭を撫でた。



「でも確かに不思議ねえ、人間は弱い生き物のはずなのにこの子はどうやってこんなところに……しかもまだ赤ちゃんなのに」



カミーリアが疑問を口にするが当然誰も答えられない。


別の世界から転生した、と言えなくもないが、何もないところに突然現れたのか、顔も知らない人間の親がどこかにいるのか、それはディエス自身にも分からないことだった。



「別にいいじゃん、元気でいてくれるのなら♪私弟が出来たみたいで嬉しいんだ♪」



フレシアが声を弾ませながら、カミーリアから取り上げるようにディエスを抱き上げた。


フレシアは小学生ぐらいの体格なのでディエスを抱き上げるのには少々不安なのだが、まるでガラス細工を扱うように優しく、それでいて離さないとばかりにしっかりと抱く様子から、心の底からディエスに対する愛情が感じとれる。



「わ、私もディエスくんが弟になってくれて嬉しいんだよ!」



エイリアも自分の本心を口にしつつ、フレシアの独り占めにはさせまいとディエスを抱こうとする。


されるがままのディエスはと言うと、もみくちゃにされながらも美少女二人による自分の取り合いというある意味あり得ない現状に悪い気はしていなかった。



「こらこら、そんな風にしてディエス君に怪我でもさせたら承知しないわよ?」


「ふふ、でも二人ともディエスを気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」


「ところでフォリアお姉様、ディエス君を『勇者』に育てるつもりなのですか?」



優しそうに微笑むフォリアを見ながら、カミーリアがそんなことを言い出した。



「そうよ。本人にその気があればね……でも、それ以前にこの子は私の子なんだから、どちらにしてもみんなでしっかり育てるわよ?」


「ええ、そうですね」


カミーリアがふわっと柔らかい笑みを浮かべてフォリアに合意する。


フレシアとエイリアに弄られていたディエスにはカミーリアとフォリアの会話は聞こえていなかったため、ディエスの知らないところで話が纏まり、いつの間にか魔神の下で勇者として育てられることとなっていたのだった。


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