16 王都での出来事1
「いらっしゃいまあああああああああ!?セ、セレーネ姫様!?よ、ようこそおいでくださいました!」
女性の店員が変な悲鳴を上げてその場に跪く。
さすがに驚きすぎだと思うのだが、まぁ普通の装飾品の店にいきなり一国の姫様が訪れたらこうなるか。
ディエス達は今、『魔導具』の装飾品を取り扱う店に来ている。
『魔道具』というのは魔導が付加された道具全般のことを指し、身に着けることでそれぞれ道具に込められた効果を発揮できる物だ。ここでは髪留めやペンダントといった小物を扱っているらしい。
ここを見ていきたいといったのはディエス本人であり、セレーネも人並み以上の魔導の心得があるとのことで、ディエスとは話が弾む。
年の近い男女の話にはさすがに入れず何とも言えない表情のガイゼルは護衛役だ。
「道具にも込められる魔導の違いや魔力量の違いがあるのか。うん、当然効果が強いものほど高いな」
黒い大きめの宝石が嵌め込まれたペンダントの下に「白金貨十枚」の文字。
この世界には銅貨、銀貨、金貨、白金貨の貨幣が存在する。
銅貨百枚で銀貨一枚、
銀貨百枚で金貨一枚、
金貨百枚で白金貨一枚ぐらいの価値だ。
銅貨一枚が日本円の一円ぐらいの相場だから、
銀貨一枚=百円、
金貨一枚=一万円、
白金貨一枚=百万円か。
ちなみにこの黒い宝石のペンダントはこの店で一番高いものだった。
「わざわざ高価なものでなくても、このような物でも持っていれば役に立ちますわよ?」
そう言ってセレーネがディエスに見せたものは、四角柱の先を尖らせるように削った3㎝ぐらいの薄青色のクリスタルが金具に嵌め込まれた首飾りだ。
俺の感知で見る限りはどうも魔導付加がかかっていないようだが……。
「あぁ、なるほど、大きさの割には魔力充填量が大きいのか」
予め魔力をクリスタルに充填しておき、電池の役割を果たす魔道具のようだ。これで銀貨二十枚はなかなかお手ごろだ。
「ふふ、気に入りましたか?」
なぜかどや顔のセレーネ。すごいのはクリスタルだろと言いたいが、可愛いので良しとしよう。
「なかなかいいものだなこれは。せっかくだし一つぐらい持っておきたいけど……」
「ふふふ、そうでしょう。友達の証に、私から一つ送って差し上げてますわ」
「え、あっ……」
うきうきとした様子でクリスタルの首飾りをディエスに手渡すと、さっさと代金を払ってしまった。女性に払ってもらうのは男としてあれなのだが、断る暇もない。
仕方なく貰っておく。……っと良い事を思いついた。
「店員さん、これと同じものをもう一つ買いますね」
「あれ?どうしたのです?」
代金を払って同じ種類のクリスタルを受け取ると、すぐさま付加と魔力の充填を施しセレーネに差し出す。
「友達の証だろ?なら俺からも受け取ってくれ」
「あっ……嬉しいです、ありがとうございます!大切にしますわ♪」
頬をほんのりと赤くしてぱぁっと笑顔を咲かせるセレーネ。大した付加ではないが、毒や薬品に対する防御として働く付加魔導をかけておいた。
お姫様ならもしかしたら役に立つときがあるかもしれない。そんなことにならない方がいいのだが、保険があるに越したことはない。
「ふふふ……まだまだ王都には見ておきたい場所はたくさんありますわよ。行きましょう!」
セレーネは俺が送ったクリスタルを暫くニマニマと眺め、満足したように両手で胸元に握り、その後ディエスの手を引いて店の外へと連れ出した。慌てて後を追うガイゼル。
外に出ると通りが俄かに騒がしいことに気が付いた。そして、腹部から血を流しながら倒れる体格のいい男と、血の付いた剣を持って走り出そうとする髭面の男の姿が見えた。
「なっ!?待て!」
すぐに男を追いかけるガイゼル。
距離は20mほどで、身体強化でも使えばすぐに追いつけるのだが、鎧を装備していることを考えればただ追いかけるのは愚策だろう。
それを分かっているのだろう、ディエスの魔力感知でガイゼルが別の魔導を発動しようとしているのが視えた。咄嗟にディエスが叫ぶ。
「ガイゼルさんは追いつくのに集中してください!俺が止めます!」
瞬時に三つの魔導陣を展開すると適当な量の水を召喚、すぐさま矢の形に凍らせる。そして風属性の付加を施して男に向けて発射した。
氷や風を選んだのには理由がある。火や土属性の放出系を使えば周りに被害が出るし、雷の放出系は狙ったところに当てるのが難しい。
さらに氷の矢なら石の矢と違って後には溶けて消えてしまう。風の付加は空気抵抗を減らし初速をあげ、さらに弾道の微妙なコントロールも可能にする。
「ぐぁっ!!」
ディエスの狙いと寸分違わず、男の両肩と両足に矢が突き刺さる。ガクンとバランスを崩す男。
放出系の雷属性の魔導はコントロールが難しいと言ったが、避雷針があれば話は別だ。
この場合は氷の矢。矢が刺さった直後、完璧なタイミングでディエスの放った雷の魔導が男に叩き込まれる。男は声を上げる暇もなく地面に伏して気絶した。
「あとはお願いしますね、ガイゼルさん」