15 セレーネ第二王女
「ま、魔神様、とその御子息様、よ、ようこそ御越し頂きまして……」
ガチガチに緊張して噛みながらそう出迎えてくれたこの人物こそ、エーデリット王国国王セルティア・エーデリットその人であった。
茶色の髪を短く切り揃え、白を基調とした礼服にを優雅に着こなす姿は聡明さを思わせるが、意外としっかりした体格に紺のマントは威風堂々とした力強さを感じる。
その緊張さえなければ国王と言われて納得するのに……。
しかし二十代半ばに見えるのだが、そんなに早く王位を継げるのだろうか。
それより聖騎士団長が跪き国王がこれ程緊張するフォリアは一体どんな立場なのだろうか……気になる。
ちなみに、フォリアの姓も『エーデリット』であるが、フォリアと王族は血が繋がっているわけでは無い。
フォリアがエーデリット王国を建国し表向きに人間の王を立てる際に自分の姓である『エーデリット』をその一族に与えたのである。
フォリアの加護もあり、それから二千年近く王家が続いている。
「ここでは魔神はやめて欲しいのだけれど」
「申し訳ありません。セルティア陛下にはエスフォリーナ様についてしっかり教え込んだのですが、何分初めてお目見えするものでして」
頭を下げながらディエスとフォリアに座るように促すガイゼルと冷や汗が止まらないセルティア。そんな二人を見ているフォリアは困り顔だ。
「ドライウスはもっと堂々としてたけど……あ、ドライウスのことは災難だったわね。彼、かなりやり手の王様だったから残念だわ」
そうか、何やら災難があって国王が交代したのか。自分と全く関わりのない人物ではあるが、そう聞かされては何とも言えないもやもやした気持ちになる。
「はっ、その件につきましては事後の御協力誠に感謝いたします。御陰様で国内の混乱も収まり、セルティア陛下も十全にドライウス先王陛下の後継を全うできております。そして、親交の深かったエスフォリーナ様に弔意を頂きドライウス先王陛下はむしろ喜ぶでしょうな」
この国の王族はフォリアを魔神と知ったうえで認め、繋がりも深いようだな……。
それにしても、さっきからガイゼルさんばっかり話してて王様一言も喋ってないけどそれでいいのか?
「して、今回の訪問の目的というのは……」
適当なタイミングを見計らってガイゼルが切り出す。その言葉を聞いた瞬間、セルティアが肩をビクッと震わせていた。さすがに緊張しすぎである。
「あ、そうね、その話をしなきゃダメね。手紙に書いたように、この子が私の息子のディエスよ。別に便宜を図れって訳じゃないけど、顔ぐらい覚えておいて欲しいわ」
フォリアはそう言いながら俺の肩に手を置いた。二人の視線がディエスに集まる。
「えっと、紹介に預かりましたディエスです。以後、お見知りおき願います」
たどたどしい丁寧語で挨拶しお辞儀する。
まぁ中身は大人だとしても見た目は十歳であるので、多少話し方が変でもよっぽど失礼を働かなければ咎められることは無いだろう。隣にはフォリアもいるし。
「う、うむ、エーデリット王国国王、セルティア・エーデリットだ。まじ……エスフォリーナ様の御子息ともなれば私に恐縮する必要は無い。楽にしてくれ」
漸く口を開いてくれたセルティアさん。たどたどしい話し方の俺の姿を見て逆に落ち着いたのか、王様っぽい威厳を取り戻したようだ。うん、良かった。
「あともう一つあるのだけど……悪いけどガイゼルとディエスは席を外してくれる?ちょっと重要なことだから」
「分かりました。それならば、ディエス様に王宮内を案内しましょうか。エスフォリーナ様、ディエス様をお連れしても?」
「それも良いわね。でも変なの見せちゃダメよ?」
「承知しております。では」
ガイゼルは一礼するとフォリアとセルティアを残して部屋を後にした。
護衛なのに王様を独り残していいのかと思うのだが……それだけ魔神であるフォリアを信用しているということか。
それは素直に嬉しい。先王陛下ですら頭の上がらない魔神と二人きりにされ助けを求めるようなセルティアの表情を見なかったことにし、ディエスはガイゼルの背を追った。
ガイゼルの案内で王宮内を回っているのだが、広いとはいえ面白いものが見られるかと言われればそうでもない。
しかしながらフォリアの城とは違い、床のほとんどが大理石で綺麗な内装だったのは素直に関心を持った。
先王達の肖像画を見せられながら話を逸らすタイミングを失いガイゼルの説明を延々聴いている時、背後から女の子の声が響いた。
「ガイゼル!ここにいたのですか!私の外出に付き合うという約束はどうなったのですっ!」
振り返ると、薄蒼色のふんわりした髪を揺らし、きらびやかなドレスに身を包んだ十五歳ぐらいの美少女がこちらに迫ってきていた。
声を荒げたことから、どうやらご機嫌斜めの様子。
「これはセレーネ様。その件につきましては客人が見える予定が入ったため中止になったと数日前にお伝えしたはずですが」
流れるような所作で膝をつき敬意を示すガイゼル。
その姿もなかなか様になっているのだが、ガイゼルほどの人物が跪くとなるとこの子は位の高い人物か?
「そ、それは分かっていますが…今日を逃せばそうそう外出の機会など無いのですのに!……ってそちらのお人は?あなたの言う客人ですか?」
茶色のクリッとした目がディエスに向けられる。今度は忘れずにディエスも膝をついて敬意を示し、名を名乗る。
「ガイゼルさんの言う客人の息子のディエスと申します」
「あら、見苦しいところをお見せしましたわ。私はセレーネ=エーデリット、エーデリット王国第二王女ですわ」
スカートの端を摘み、優雅にお辞儀するセレーネ。
こうしてみると間違いなく美少女なのだが、最初の怒鳴り声の印象が強く、ディエスの中でお転婆お姫様のイメージに決定した。
「二人とも顔を上げてください。ガイゼルはともかく、私より小さい子にまで跪かれるのは気分がよろしくありませんわ」
その声を聞いて顔を上げるガイゼルとディエス。一方のセレーネはそんなディエスの様子を不思議そうに見ながら口にした。
「そういえばディエスさん。あなたはガイゼルのように私を見てもすぐには頭を下げませんでしたね。王女だと知らなかったのですか?」
急にそう聞かれ、ディエスはつい目を逸らす。
確かに知らなかったのは事実だがそんな言い訳は通らず、王族に対してどこの誰とも分からないディエスが正面から見据えるなど失礼にも程があるだろう。
さすがにいきなり手打ちになどならないとは思うが、先ほどのように怒鳴られても仕方がない。
「は、はい、えっと……今まで樹海の方に住んでいて、王都に来たのは今日が初めてでして……」
どうなるかは分からないが、下手に嘘をつくよりはマシだろう。
「ふふ、怒ってなどいませんよ。むしろ少し嬉しかったのです。王女という立場上、同年代どころか年上の方々にも敬われて少々うんざりしていますからね。
それに同年代の男達となると、どうもよそよそしいというか何と言うか……とにかく対等な友達がいないのです。私を前にしても気後れしないあなたはもしかしたら、その、お友達になれるのではないかと……」
言いながら恥ずかしくなってきたのか、顔をほんのりと赤くしながら目を逸らすセレーネ。多分こっちが素だな。王女という肩書に疲れ気味のただの女の子だ。
「しかしセレーネ様、対等なご友人など……」
「対等な立場の、ではありませんよ?私を王女ではなく唯の女性として扱う友人などいないではありませんか」
王女はただの女性ではないとツッコみたいが我慢だ。俺は空気が読める人間のはずだ。でもまあ何というか、テンプレな悩み事だ。
しかし気持ちは分かる。そう言う年頃だし、俺も今友達はいな……いないから……くそっ!!
「そういうことなら、俺でよければ友達になるよ、セレーネ」
思い切ってタメ口で、握手の為に片手を差し出しながらそう言い切る。相手がその気だからこれぐらい許してくれるはず……。
視界の横で驚愕の表情を浮かべながら今にも飛び掛かってきそうなガイゼルに内心冷や汗を流しながら、明らかに嬉しそうに、花が咲いたような笑顔を浮かべて手を取るセレーネの様子にディエスも笑顔を浮かべる。
「セレーネ様の嬉しそうな様子と、エスフォリーナ様の御子息ということが無ければ即座に捕らえていたところだぞ」
「あ、やっぱりそうですか?」
暫くして落ち着いたガイゼルの耳打ちに、ディエスは再び冷や汗を流す。
セレーネには聞こえていない為、彼女のキョトンとした顔が見える。ガイゼルは、はぁっと一つ小さなため息を漏らした。
「……まぁセレーネ様の機嫌が良くなったから今回は目を瞑ろう。だが分かっていたのなら今後は控えることだ」
「それも分かってますよ」
「ところでディエス君、あなた今日初めて王都を訪れたと言ってましたわね?」
セレーネがガイゼルの会話を遮り、少し前屈みになってディエスの顔を覗き込んだ。ふわっといい匂いを感じ、若干耳が熱くなる。
「うん、そうだよ」
確認を取るように質問をしてきたセレーネは、ディエスの答えを聞くと満足そうに笑みを浮かべガイゼルに視線を移す。何かを企んでいるのは明らかだ。
ガイゼルもそれを感じてか、ピシッと背筋を伸ばした。
「せっかく来て貰ったのですし、ディエス君には王都を案内する必要がありますわね?」
「諦めていなかったのですか……」
セレーネの非常に良い笑顔の前に、ガイゼルの呟きは無かったことになった。