14 エーデリット王国国王 セルティア・エーデリット
「いい加減どんな人なのか教えてくださいよ」
周りの目を気にしながらフォリアの背中に声をかけるディエス。彼は今、フォリアに連れられエーデリット王国の王都に来ていた。
フォリアは『セルティアに会いに行く』と言っていたのだが、その人物を魔神の一柱だと思っていたディエスは自分の城の方角へと戻っていくフォリアを不思議に思っていた。
グリフォンに乗って飛び立った後、まさかこのまま帰るわけもなかろうと思っていると、フォリアはエーデリット王国内で最も大きい『王都』に進路を向け、そのまま『王都』の近くまで移動した。
グリフォンを送還後、ディエスはフォリアと共に検問を抜け、現在は街中を歩いているところだ。
流石のフォリアも魔神であることを隠すために付加魔導で角や尻尾を隠し、普段の露出度の高いドレスで街中を行くのを躊躇ったのか、厚手のシャツにカーディガンのような上着を着て、下はロングスカートを着用している
落ち着いた色合いの服装で地味を装っているのだが、正体がサキュバスである彼女は服装に関係なくその美貌で注目を集めていた。
隣を歩いているディエスですらあちこちからチラチラと視線を感じ、中には凝視しながらひそひそと何かを話している人もいるようだ。
凝視するのもあれだが、明らかにフォリアに気を取られて他人とぶつかり、喧嘩になるのはこちらが居心地悪いから止めてもらいたい。
暫く歩いていたのだが、その建物が近づくにつれ段々と何処に向かっているのか分かってきた。
フォリアが向かっているのは王宮だ。
となると、『セルティア』という人物も当然国王関係の人物なのだろう。今は完全に人間の姿だが、フォリアは魔神だ。面倒なことにならないといいが……。
ディエスが浮かない気持ちでいると、いよいよ王宮の門が近づいてきた。門番をしていた衛兵二人は数刻の間フォリアに目を奪われていたが、自らの使命を思い出しフォリアとディエスを止めた。
「な、何の用だ?陛下の謁見の許可証はあるか?」
「あ~、それは持ってないわね。少し用があって、ガイゼルを呼んでもらえるかしら?彼に話を通せば分かるから」
門番の二人は目の前の女性を疑っていた。
美麗すぎることを除けば見た目は人間なのだが、纏う雰囲気が唯者ではない。具体的にどんなとは言い辛いが、強いて言うなら『上に立つ者の雰囲気』というべきか。
長年騎士団長ガイゼルの下に就きドライウス先王陛下を幾度となく目にしている彼らだからこそ気付き、見た目に騙されることなく猜疑の目を向けていた。
「ガイゼル団長にだと?団長の関係者か?」
「関係者というかなんというか……困ったわね。ここで話せないことが多いし」
話せないことが多いとの言葉に、さらに疑いが強くなる門番。
どうもフォリアはこういう説明は苦手なようだ。せめて適当な言い訳でもとディエスが口を開こうとした時、バタバタと足音を立てて門の奥からこちらに駆け寄る鎧姿の男が見えた。
「っ!ガ、ガイゼル団長!」
門番の二人はその男を見るなり一瞬の淀みもなく教科書のような敬礼で直立した。ガイゼルという男がいかに信頼され、畏れられているかが伺える。
ガイゼルはそんな二人を一瞥するとすぐに目線をフォリアに向け……胸に手を当て、片膝をついた。
「ご足労頂いたにも関わらず迅速な対応が出来ず申し訳ありません、エスフォリーナ様。応接室にて陛下がお待ちですのですぐにご案内いたします」
「な、何をっ!?」
驚愕に目を剥く二人の門番。それも仕方のないことだろう。
ガイゼルが跪くなど、セルティア陛下、そして先王ドライウスに対してしか見たことがない。
国王直々に護衛を任されている以上、たとえ国内のどんな大貴族だろうと他国の国賓だろうと、さらにはどんなに凶悪な魔物が相手でも、その背に守るべき者がいる限りただの一度の膝をつくことがなかった。
そんな団長が顔も知らぬ女性一人に跪くなど、門番にとっては最早『異変』と言ってもいいほどの出来事である。
ガイゼルはそんな門番の様子を完全に無視し、フォリアとディエスを王宮内に招き入れた。
ガイゼルと呼ばれた男の態度を見る限り、フォリアは一定層には知られているようだ。が、それより気になる単語があったな。
(『陛下』か……)
つまりそれは、エスフォリーナが今からエーデリット王国の国王に会いに向かっているということである。
貴族階級の知識など無くても、どれだけの身分の人物なのかすぐに分かる。
「申し訳ありません。門番にまで教育が行き届いておらず……」
王宮を守る門番も、聖騎士団のトップであるガイゼルには文句も言えず、正体の分からない女性と子供を通すこととなった。
現在は王宮の内部、街中と打って変わり滑らかに磨かれた大理石の敷かれた廊下を、ガイゼルの案内のもと三人で歩いていた。
「別にいいわよ。彼らは仕事を熟していただけだし……そういう対応して欲しかったら最初から跪いてもらうわ」
「は、はは、冗談になってませんな……」
後ろ姿からでも彼が萎縮しているのが分かる。尊敬から来る対応じゃなくて畏怖から来る対応ってことだな。フォリアは何かやらかしたのだろうか。
「ところでガイゼル……さん?母上とどのような関係で?」
「ああ、これは失礼。君がエスフォリーナ様の御子息、ディエス君だね。エスフォリーナ様はエーデリット王国の王家を先祖代々、裏から支援して頂いている神の一柱なのだ。ただし、このことは国王とそれに近しい者しか知らない。そして知られてはいけないのだ」
「まあ私みたいな魔神と国の頭が繋がってると国民が知ったら、混乱が起きるとかその程度じゃ済まないわね」
フォリアの補足で納得した。ディエスはフォリアがどんな人物なのかを元から知っていたので何がまずいのか疑問に思わなかったが、魔族は魔族。
一般的に『人や家畜を襲う邪悪な種族』との認識が強いので、街単位で魔族を排する風潮はどの国でも同じだ。
そんな魔族と王族が繋がっていると知られたら……王への不信は国への不信となり、混乱、暴動、亡命、そういったものがエーデリット王国全土に広がり、王族に向くのは間違いないだろう。
それは、フォリアが人間に対して友好的な魔族であるにも関わらず。
「エスフォリーナ様が天界からおわした神であろうが魔界からやってきた魔神であろうが、幾度となく王や国を救ってもらった恩がある。こちらがエスフォリーナ様を裏切るなどあり得んよ」
ガイゼルは嘘偽りのない本心を口にしつつ、『廊下でこんな話をするべきではないな』と呟いて手で口を覆う仕草をした。
「そういう訳で君にもこのことは内密にしてもらいたい。さて、ここがセルティア陛下がお待ちの応接室になります。意味があるかは別として、護衛としての身命があります故同席することに関してはご容赦願います」
この人騎士団長なのに『意味があるかは別』って言っちゃった。若干皮肉を含んでるな。自分とフォリアとの差をはっきりと理解しているのだろう。
「セルティア陛下、エスフォリーナと御子息様がお見えになりました」
ガイゼルが扉をノックしてゆっくりと開け部屋に一歩踏み込むと、フォリアにしたように胸に右手を当て、片膝をついた。
ガイゼルの後についてディエスも部屋に踏み込むと、廊下と打って変わって温かい風が頬を撫でた。おそらく、風か火かの魔導によって温度を調製しているのだろう。
執務室のような内装で、床には深い緑色の絨毯、天井には精巧な作りの豪華なシャンデリア。奥の窓際には大きな机と、積み重なった書類の山、そしてインクの入れ物に刺さったままの羽ペンが目に入った。
(いよいよ王様とご対面か。……俺も膝付いた方がいいのかな……)
少し悩みながらふと部屋の奥に目を移すと……ディエス以上にガチガチに緊張し、フォリアに向かって気を付けの状態で直立不動となっている男性の姿が見えた。
どうやらこの威厳があるとは言い難い青年がセルティア陛下、らしい。