六十八 魔法が使える星の組成とは
「で、魔力って何なの? さっさと教えなさい」
「そ、そんなことを言われましても…」
嵐学園第一キャンパスに到着すると、そのまま地下室に移動した。
正直、鉄道馬車を使っても最後は魔法陣を使うわけで、最初から転移すればいいだけの話。しかし、美由紀はキノーワの有名人なのだから、不審を抱かせるような真似もできないわけだ。
そうして、今は例によってスケキヨ姿の管理者をいじめているのであった。
「魔力も魔法も、アンタが管理してるんでしょ?」
「管理…は、特にしていません」
「魔法使いになりにくいよう工作してるのに?」
「それは、そのように希望しただけです」
目の前で繰り広げられているのは、文字通り神々の遊戯。
ただし、こんなやり取りを今さらしても無駄だ。むしろ――――。
「美由紀。お前でも分かるんじゃないのか? 同じ管理者なんだから」
「………………」
俺が、誰でも思いつくような疑問を口にする。
そして我が妻は、怒っているのか泣いているのかなんだか分からない表情を見せ、そっぽを向く。
「マイダーリン、今晩はおしおき決定」
「最初から決定してるだろ。そんな脅しに屈するか」
「じゃあ今から?」
「何しに来たんだ、お前は」
溜め息をつく俺は、この世界の常識人だ。たぶん。
美由紀は実際に、今はこの星の管理者の片割れだ。管理者の、ほとんど全知全能に近い能力を使えば、分からないことなどあるのか、とも思う。
とは言え、全能はまだしも、管理者の力が全知なのかは怪しいようだ。
管理者――ややこしいので固有名詞の方は便宜上カンと呼んでおく――は、この星の誕生と共に生まれた。現在まで代替わりした形跡もない。
美由紀に力を譲渡できたのだから、代替わりは不可能ではない。しかしカンは、その星の成長に伴って変化しているので、譲渡するという知能を有したのは、事実上は人間が出現して以降だ。
そして、人間程度の知能を有した後も、カンが能動的に活動することはほとんどなかった。誰かに譲渡するという発想など生まれるはずはない。
これらの条件を合わせると、カン以外に星の歴史を知りうる者はなく、カンに辿れる歴史も長くて数十万年程度。その範囲では、星の環境に変化はないので、魔力についての歴史を語る術はない。
だが、歴史は分からなくとも、現状を正確に知る方法はある。というか、俺たちの目的については、それで十分なのだ。
「お前が能力で分析すれば一瞬で問題は解決する。頑張れ美由紀」
「できればそれは避けたいんだけど」
「なぜ?」
「人類が研究して知った事実でなければ、その成果はどこにも還元できないでしょ?」
「まぁ…、それはそうだが」
美由紀が言う通り、人智を超えた能力で知った内容は、結局は表に出せない。
百歩譲って、神が厚意で教えてくれたという説明でも、やめておきたい。人類が頑張ろうとしている時に、神が答えを教えるなんて、いくら何でも干渉が過ぎる。
しかし、魔池の研究はあくまで地球との往復を目的とする。そう、電池の代わりに一般利用しようとか、いろいろな欲を捨てればいいのだ。
地下室にケサキさんたちを呼んでいないのも、目的を限定する決断をしたから…だと思う。いや、カンに聞いた時点で、最初から人類への還元なんてできるわけないのだ。
そうして、美由紀はこの星の現状を分析する。
カンがやろうと美由紀がやろうと同じなのだが、美由紀は大学受験程度の学力がある。いや、その程度の知識なんて普通は役に立たないけど、何も知らなければ「分析」のイメージすら生まれない。
この星では、ほとんどの人は空気が物質だと認識していない。そして嵐学園の教員レベルでも、大気の組成はほぼ分かっていない。酸素や水蒸気などの存在に最近気づいたカンよりは、水兵リーベとか暗記した美由紀の方がマシなのだ。
「うーん」
「どうした? 分析不可能なのか?」
「私の頭の限界が来たのよ!」
「…それは申し訳ない」
まぁ、美由紀だってド素人。データだけは正確無比だが、それを分析できるはずもなかった。
それでも、欲しいデータはあるのだから、取捨選択はできる。要するに、難しい話は諦めて、魔力に関する情報だけを集めてみる。
すると、次のような事実が判明した。
まず、魔力は元をたどればこの星が成長するために生まれた力。言ってしまえば、管理者の兄弟みたいなものらしい。
むしろ、元は星全体に拡散していたものの一部が集合したのが管理者という存在だ。
「カンは分かっていたんじゃないのか?」
「申し訳ありませんが、お二人の話についていけません」
「この星の神が人間の話についていけないって…」
神の概念がガラガラ音を立てて崩れていく。
ただ、カンが現在進行形でそうやっている理由も、魔力が元という説で理解できる。
プランクトンしかいない時はプランクトン並みの知性しかなかったという過去。それは、そもそもカンの本体に明確な形がなく、ただ星の変化を模倣していたに過ぎなかったためなのだろう。
今のカンは人間を模倣する。だから人間並みの思考力や記憶力を得たが、それも魔力の総体が擬似的に状態を作り出しているだけ。そして――――。
「お前の身体もそうなのか? 美由紀」
「違うわ」
美由紀はあくまで地球産。地球上の有機物によって、地球人類の肉体が創造され、その肉体を管理者の力が維持している…らしい。
もちろん同じことはカンでも可能。というか、スケキヨ状態になった時点で、有機物を維持しているのだ。
カンと美由紀の違いは、そもそも肉体をもったことのないカンには、それを維持するという発想がないという点のようだ。
「例えば、美由紀がカンのために人間の身体を用意して、その扱いを教えればどうにかなるわけだな」
「おお…」
「ダメ。こいつは表に出せない神なの。それより弘一、あれを勝手におかしな名前で呼ばないでよ」
「スケキヨはおかしくないと言うのですか」
「いい名前じゃないの!」
いや、そこは叫んでも無理だと思うぞ美由紀。
カンは、俺たちが持ち帰った書籍の中に、某映画絡みのものを発見してしまった。つまりスケキヨさんが何者なのかを既に知っている。
残念ながら、そこで元ネタの小説を読むという行動には移らなかったけどな。漢字が多くて読みたくない、と。それが神さまの発言かよ。
あれ、結局カンを糾弾してるじゃないか、俺。
そんな与太話はさておき、地球の知識に魔力をあてはめるとどうなるか。
まず、魔力は元素ではない。従って、大気の何パーセントかを占めたりはしない。それに、重力で星に引き留められているわけでもないらしい。
正直言って、この時点で俺はお手上げだ。
「じゃああとは管理者の皆さんでよろしく」
「地球の叡智を宿したミユキに委ねます。私は忙しいのです」
「弘一が逃げられるわけないでしょ! そしてスケキヨ、その顔でマンガ読むな気持ち悪い!」
いや、気持ち悪いのはお前のせいだろ、美由紀。カンが関わるとツッコミ所しかないのは、どうにかしてほしい。
このままでは埒があかないので、持ち帰った書籍に助けを求めながら分析することにした。
……などと偉そうに言ってみたけど、書籍というのは高校地学の参考書だ。自慢じゃないが俺たちは文系なのだ。持ち帰った本のなかには、恐らくもっと適切な文献もあるはずだが、それを読解する頭がないのだ。
「これが地球ですか? 地球という星は円いのですか?」
「ヨナイだって円いだろ?」
「えっ!?」
「頼むから、その顔で驚かないで」
残念ながら、今の我々にはこの程度でちょうど良かったようだ。
カンは星全体の管理者なのだから、星全体を一度に感知できる。そうすれば球体であると認識できるだろう…と確認してみる。
だが、カンはあくまで平面が広がっている認識しかないらしい。
その平面の端を辿っていくと、一周して元の場所に戻ってしまうという事実すら、こちらが指摘するまで気づかなかった。
「弘一、貴方は天才ですね」
「褒められても全く嬉しくないのは気のせいか?」
模試の成績でいえば、全国で毎年何十万人もいる天才。安売りにも程があるだろう。改めて、カンが戦力外という事実を確認した。
「それで、弘一の見解は?」
「とりあえず、コアに何かないのか? 元素ですらないのに拡散しないなら、何かが抑えているはず」
「さすが天才です」
「カンは勉強しろ。いずれ嵐学園の学生もこれぐらい読むだろうからな」
「わ、私は学生になる予定は…」
「神さまは学生より偉いんだよ! 何か聞かれて、分かりませんなんて答える神はいないんだ。はい勉強!」
「鉄則先生みたいねー、弘一」
「このタイミングで思い出さないでくれ」
鉄則先生は高校の数学の教師だった。うるさい爺さんで、出来の悪かった俺は何度も居残りさせられた…って、それはまたの機会だ。
ともかく、渋るカンに参考書を読ませる。会話に割り込むにしても、もう少し知識を身につけてほしい。
ヨナイという星の組成は、だいたい地球と同じのようだ。
同じような地表をもち、同じような生命体が存在するのだから予想通りなのだが、その場合は魔力だけが異物として残る。
カンと美由紀は、星の魔力の大半を保有している。それでも、残り五パーセント程度の魔力は拡散しているし、わずかでも体内に留めて活用する者――魔法使い――もいる。
それら魔力の総量は、増えてもいないし減ってもいない。美由紀の能力を使えば、正確な総量がリアルタイムで確認できるが、こうやって無駄話をしている間も、一切数値に変化はないという。大気拡散があれば、どんな微量でも検知されるから、それが起こらないシステムが存在する。
そこで地球人類に思いつくのは重力で、その元になっている星のコアだ。
「…………あ」
やがて、美由紀が明らかにおかしな挙動になった。
どうやら何か分かったようだ。
「どうにか、俺に分かるように話してくれ」
「うーん…、つまり、星になった?」
「……………」
何を言ってるんだと呆れたが、やがて判明した事実はそれどころではなかった。
美由紀は星だった。
ああ。
※ずいぶん間が空いたなぁ。後半はまだ書き上がっていないっす。
まぁそれはそれとして、「剣と魔法の世界」がリアルに存在できるならどういう環境なのか。オマケの後日談のついでに、何か考えられたらいいんだけども。




