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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第七章 キノーワの女神
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六十六 ガラワウドの矜恃

 ガラにもなく青春ドラマの真似をしていた俺たちを乗せて、馬車鉄道の列車は終点のガラワウド駅に向かっている。ガラだけに。

 今は緩い下り坂。海に面した町は既に見えていたが、鉄道なので急勾配で下ることはできない。馬車鉄道にスイッチバックも無茶だから、ひたすら迂回して高度を下げていく。

 トンネルで山を越せれば、この無駄な時間は減る。そして、トンネルを掘る技術は既にそれなりにある。しかし、狭いトンネル内を馬が走ったら何が起こるか分からないので、新動力の実用化待ちらしい。


「鵯越みたいに駆け下りればあっという間なのになー」

「下りはジェットコースター、そして登れないぞ」

「ざーんねん」


 鉄道の利点は滑ることだ。というか、馬車だって鵯越は駆け下りない。馬だけ無事で、車は大惨事になるのが目に見えている。

 隣の女神様が退屈そうなので、頂上からどれぐらい迂回を続けているのか、地図を開きながら教えることにしたら、一瞬で目を閉じて寝たふりをお始めになられたぜ。鉄ヲタあるある、誰も知りたくもない知識を一方的にひけらかす、だ。

 意図してやれば、駄々っ子を黙らせることもできる。ふっふっふ、俺もワルよのぅ。


 まぁそんな与太話はさておき、今日の視察先で猛スピードで再現されつつあるというその新動力。言うまでもなくエンジンだ。

 地球の動力源としては、モーターと並んで重要なエンジンだが、俺たちはその技術を伝えることに当初は消極的だった。

 電車の廃車体を入手したついでに、近くの金属加工場で小型発電機やバッテリーなども譲ってもらい――催眠状態だが代金は支払っている――、こちらに戻ってから復元した。

 もちろん車も入手済み。スクラップ寸前の廃車体をいくつか入手、中古車販売店でも激安の事故車を何台か買った。ただし、まだそれらはカバンの中に眠ったままだ。

 事故車なのは呪いに興味があるとか特殊な嗜好ではなく、単に安いからなので念のため。どうせこちらに持ち込めば、管理者の能力で新車に戻せるわけで。


 キノーワに舗装道路を作って自動車を走らせたら、鉄道どころじゃないレベルで大騒ぎになっただろう。通勤車両と違って、自動車は個人所有できるのだから当然だ。

 全世界で試乗会を開催すれば、あっという間に神の恵み事業の参加国が三桁になると思う。

 それをやらないのは、一つには俺が電車愛好家だったため。ただ、そんなマニアの私情だけなら、マニアではない隣の女に否定されて終わりだ。

 要するに、今のこの世界に自動車やバイクが登場したら、日本の高度成長期すら目じゃない勢いで交通事故が増える。それは確定的な悲劇的未来だ。

 しかもこの世界は四民平等ではない。上流階級が下層民をひき殺しても、恐らく罪に問われない。

 偽の記憶だけで生きていた衛兵の俺だったら、それを受け入れただろう。だから余計に耐えがたい。


 しかしその手の専門書はいくらでもあるし、自動車やトラックの写真も見つかってしまい、各国の技術者が飛びついた。

 既に単純なエンジンの構造は把握され、それぞれの国で部品製造に取りかかっている段階。さらに、走らせるためには燃料が必要だと、精油に関しても実験が始まった。

 こちらは最初から俺たちは関与していない。ぶっちゃけ、ガラワウドの技術者たちは暴走気味で、いつの間にか専門書読解のため日本語学校まで作ってしまった。講師がいないのに。


 ガラワウドが必死なのは、キノーワへの対抗意識もある。

 元々、イデワの主要都市で唯一海に面しているガラワウドは、重工業化が進みつつあった。ところが、最先端過ぎる高速鉄道も、時代を先取りしすぎた嵐学園第二キャンパスも、ガラワウドではなくキノーワに造られた。

 それまではライバルとも思っていなかった田舎町が、一躍世界の中心地に化けたのだ。自負心の強いガラワウド側が、それを黙って受け入れるはずはなく、産業スパイのように技術者を送り込んでは、実験を進めるようになった。

 まぁ別に、キノーワにとってそれはスパイではないし、キノーワで重工業は無理がある。結果として、ものすごいスピードで工業化が進んでいる。


 で。

 俺たちの手を離れたなら、なぜ二人はガラワウドに向かっているのか。

 一つ目の目的は、離れたと言いつつも、現時点で大学受験レベルの日本語読解力をもつ人間は俺たちしかいないので、難読箇所の手助けをする。まぁこれは、今しばらくは続く仕事になる。

 しかし、今回の主目的はエンジンだ。

 キノーワ市内に敷くだけ敷いて、ほぼ活用されていない路面軌道に何かを走らせたい。そこで電車が無理ならば、馬車に簡易なエンジンを取りつけて走らせるのが良いだろう…という話になった。

 最初は市内の短距離で運用し、性能が上がったら郊外の馬車鉄道を置き換える。その話をしたら、ガラワウドの工業組合も乗ってきた。ただし、試運転はガラワウド近郊、つまり今俺たちが乗っている路線でやるという条件だ。


「間もなく到着です。お荷物のご準備を」

「いつも丁寧な言葉遣い、素晴らしいわ」

「め、め、女神様にそう言っていただけるとは恐縮です!」

「…………」


 いつの間にか最後の小休止になった。

 ガラワウドへの馬車鉄道は、馬の交換場所がかなり多い。交換できる分、所要時間が短くなる代わりに、コストも上昇する。その辺を解決するためにも、モーターやエンジンの開発が必要になる。

 もちろん、馬車にエンジンを取りつければ自動車だ。鉄道と自動車という永遠のライバル――短距離区間ではどうあがいたって自動車が勝つだろうが――を、ガラワウドは生み出そうとしている。




「よくぞいらっしゃいました女神様」

「女神はいませんけど」

「やや、申し訳ありません横代様、小牧様」


 最初に町を見てから二時間。迂回の果てにようやく到着したガラワウドの駅に出迎えてくれたのは、マチタチ伯爵家の当主ギースさんと、工業組合の幹部クフロさん。マチタチ伯爵家は現在のガラワウド代表、女神といきなり叫んだのはクフロさんだ。

 ヒゲ面の小柄な紳士ギースさんは、肌が浅黒い。そしてクフロさんはさらに黒い。海沿いの町だからみんな日焼けがすごいな。いや、クフロさんにはキノーワで何度か会ったこともあるんだけど。


「小牧先生! どうでしたか、乗り心地は?」

「え、あ、あの、素晴らしいです。やはりボギー台車は車輪のゴリゴリが直接伝わらないですし、左右の揺れが少なかったですし」

「そうでしょうそうでしょう! そして先生、まだバネに改良の余地があるでしょう!?」

「確かにそうです。コイルバネに変われば…」

「任せてくださいよ先生! 空気バネも試作中ですぜ」

「え、それはすごい!」

「ねぇ弘一。いい友だちが出来たわね」

「あ……、すまん」


 久々の再会なのに話が弾んでしまい、美由紀にたしなめられた。よく見ると、周囲に十人ぐらい集まっている中で、俺とクフロさんともう一人ははしゃいでいて、後は何か見てはいけないものを目にしたような表情だった。

 うむ。

 クフロさんの斜め後ろに控えている彼は、きっと鉄ヲタ第一世代だな。まだ名告っていないなら俺が認定しよう。


「あの…、横代様、小牧様、はじめまして。モリーク家のカイヤと申します」


 ――――と。

 はしゃいでいなかった側の、身なりが立派な一人から挨拶を受けた。


「横代美由紀です。えーと、イズミさんのお兄さん?」

「は、はい。妹がお世話になっているそうで…」

「小牧弘一です。あの、私に様はいりませんので」

「それなら私にもいらないわ」

「え…え…」


 カイヤ氏はすらっと背が高く、なかなかの美青年。美由紀と同じぐらい…なんだけどな。

 モリーク家はガラワウドにも邸宅をもっている。イズミの一番上の兄のカイヤ氏は、三十歳手前だが既にガラワウド行政の幹部に名を連ねているそうな。

 そのわりに挙動不審なのは、俺たちとイズミの関係を図りかねているためだろう。恐らく、父親の伯爵から何か伝えられているはずだが、イズミは父にも秘密にしていることが多いからなぁ。


「イズミさんも常々自慢なさるお兄様に、お目にかかれて光栄ですわ」

「い、いえ、モリーク家にいろいろと…」

「友人として、学園編入を後押ししただけですから。彼女が今後どうするかは彼女次第でしょうね」

「は…、はい。ありがとうございます横代様」


 さりげなく刺を含んだ言い回しに、カイヤさんが明らかに怯んでいる。悪役令嬢がどうたらとかイズミと盛り上がっていたせいか、妙に芝居がかった台詞回し。さすがにたしなめるべきだろうか…と迷っているうちに、移動の時間になった。

 釘を差すのはまぁ仕方がない。

 俺たちがイズミを可愛がれば、それだけモリーク家の利益になる。しかし今の俺たちは、特定の貴族どころか、特定の国に便宜を与えることすら許されない立場だ。

 正確に言えば、便宜を与えようと思えばいくらでも与えられるし、誰もそれを止める術はない。その代わり、人間社会の一員でいられなくなる。俺たちはそんな代償は支払いたくないのだ。


 太郎兵衛さんが異世界人だったという事実を明かせば、イズミを特別扱いする理由は説明できるけど、俺たちの素性も同時に明かす必要があるので論外だ。

 いや、そもそも太郎兵衛さんの過去はモリーク家の問題で、俺たちが決めるのはおかしい。

 生前の太郎兵衛さんは、自分には異世界の記憶があると言い張っていた。それはモリーク家の血族なら周知の事実だが、誰も本気にしていなかった。

 現時点で、太郎兵衛さんが日本生まれと知る者は、イズミと父親だけ。カイヤさんにすら知らされていないのは、モリーク家側の配慮だろう。俺たちの素性と一蓮托生だからな。



 それから一時間ほど、駅に近いレストランで会食となった。

 俺たちは別に、神の意向を受けて公式訪問しているわけではない。ただ資料の読解を手伝って欲しいと頼まれただけだ。とはいえ、もはやこの国で美由紀はまるっきり女神様なので、駅前には黒山の人だかりだった。


「横代様、キノーワでは手に入らない魚の料理を用意してございます。お口に合いますかどうか分かりませんが、どうぞご賞味ください」

「過分なご歓迎ありがとうございます。美しい海に囲まれて、ガラワウドは素晴らしい町です」


 そして会食の場にも、町の有力者は勢揃い。今朝水揚げされたという白身魚の蒸焼きなど、確かにキノーワでは見ない料理が並んでいる。

 なお、刺身はない。残念ながらこの国で生魚を食べる文化はないのである。

 そして会合の常として、素晴らしい料理があってもほとんど食べられないのである。


「代行者様、お目通りがかない恐縮至極に存じます」

「代行者はただの代行者です。貴方の敬意は神に向けられたものと理解してよろしいですね」

「はは、仰せの通りに」


 ここに来た目的があれなので、基本的には産業界の人間が集まっているのだが、それ以外の有力者も集っていた。

 仰々しく挨拶したのは、ガラワウド三女神を祀るという教会の主祭。隣には、グローハが本部のイデワ三神教会の支部長もいる。関係者に言わせると、まさしく呉越同舟な状況らしい。

 両雄は美由紀にお酌をしながら――仕事前なので酒ではない――、神と女神について熱心に質問していた。

 ちなみに俺は、代行者の夫なので酌は交わしたけど、その後は無視されている。無視というか、ただの衛兵に信仰の話をされても困る。近くにいると、そのうち美由紀が巻き込んできそうなので、端の方にいたクフロさんに話をして、途中退出した。

 もちろん、行き先はさっきの駅だ。

 馬車鉄道ガラワウド駅は、港に近い高台にある。そこには最近作られたという盛土のホーム、そしてキノーワには見られない多くの側線が広がる。それらの分岐は、まともなポイントだ。わずか一ヶ月で試作から量産に至り、構内のポイントはほぼ入れ替えられたらしい。


「こ、これはまさかのホッパー車!」

「さすがですね小牧様! こいつで石炭輸送ははかどってます! あとは蒸気機関車ですが、縦型のカマはあそこに」

「おお!」


 側線だらけなのは、近隣の炭坑や鉱山からのトロッコ線につながっているためだ。今はそれらも馬が牽いているが、貨車の改良は進み、目の前にはまさかの蒸気機関車が。

 黎明期にわずかに存在した、缶胴、つまりボイラーが縦置きのやつ。写真でしか見たことのないものが、最新車両として製造されている。何だろう、タイムスリップした感覚? いやー、すごいな!


「勝手にふらふらしないで、弘一」

「あぅ」


 そうしてものすごくはしゃいでいたが、鬼神…ではなく女神に見つかってしまい、あえなく撤退。既に会食は終わったらしい。

 美由紀は宗教関係者の追及を、本人いわく適当にかわしたという。はっきり言って、それは適当で躱せる問題ではないと思うが、神仏習合の話をアレンジして納得させたと当人は語っていた。

 互いの三神も、目にみえる姿は異なっているものの、その本体は人々を救う本願をもった神であるとか言ったらしい。どこの観音菩薩だ。相変わらず、口から生まれた女で呆れる。

 司祭たちは、工場に向かう俺たち――ではなく美由紀――を拝んでいた。どこぞの観音菩薩は女性だったし、代行者は神の化身とか言い始めそうだな。

 美由紀の神像が各地に祀られたりすれば、スローライフとやらは不可能になる。ただ、神の化身なのだから人類の敵ではないと認識されるのなら、受け入れるしかなさそうな気もする。巨大竜を解体した時点で、人類の敵疑惑を払拭することは不可能なのだし。



 ここからは分刻みのスケジュール。ギースさんとカイヤさんの案内で、まずガラワウドの全容を確認する。もちろん、一つずつ周っているわけにはいかないので、高台で見渡しながら説明を聞く。

 ガラワウドは、キノーワから南西に位置する海岸の町。イデワ王国で海に面しているのはこの周辺だけで、潟湖が埋まった感じの狭い平野を、海岸まで迫り出した山地が取り囲んでいる。昔の港は潟湖の中にあったそうで、そのせいもあって古い市街は海岸から離れた位置にある。

 目の前の港は近年浚渫され、かなりの大型船が出入りできるようになった。俺には船の知識はないから説明できないが、どこかで見た北前船の復元より相当にでかい船が泊まっている。いや、あの復元船は縮小模型だから比較にならないか。

 鉄鉱石や石炭は、現時点で国内消費の半分程度がここの港に輸入されている。ただし、現時点での消費量は大した量ではない。そして輸入しているのは、国内で生産されたものを陸送する手段が乏しかったため。

 ちなみに輸入元はほぼコリエ王国。イデワの西側は、海から緩衝地帯までひたすらコリエとの国境が続いている。そして、海に向かって窄まっているイデワに対して、コリエ側は長く海に面している。現状では、海岸に近い鉱山の物資を船で受け取るのが一番効率が良いので、コリエを儲けさせているわけだ。

 もっとも、コリエ国内では良いことばかりではない。内陸部の王都と海岸部の力が拮抗して、常に内乱の噂が絶えない。そもそも内陸部と海岸部は気候も違うし、歴史的には別々の国だった時期もあったりする。

 まぁそのおかげで、コリエがイデワに攻め込もうという話はない。ワースさんが大好きな小説によれば、内戦を裏からけしかけている勢力があるらしいぜ。


 製鉄場は、現在は高炉が三つある。高炉と言っても、現在の日本などで見るような大規模なものではないようだが、それに近い大きさのものを建設中だという。神の恵み事業…というか、そこで見つけた専門書の記述を元にしている。

 コークスのメリットが書かれた箇所は、その場に居合せた俺が翻訳した。翻訳と言っても、専門書については文字が読めるだけだが、それである程度理解した技術者は、あっという間に実験炉を造った。

 今日の用事も、その関係で専門書を読むものだ。もちろん、美由紀に自慢する目的も大きい…というより、そっちがメインだろうけど。


「よくいらっしゃいました、我らが女神様。イデワの最新設備の数々をどうぞ御覧ください」

「また女神に戻ってるなぁ」

「訂正するのは諦めたわ。お祭りの神輿が練り歩くようなものね」


 先に戻って準備万端のクフロさんが出迎えて、工場見学。

 高炉の見学は危険なので遠巻きに眺め、いろいろ試作する建物に招かれた。あ、美由紀にとってこの星で危険なものなんてないが、さすがにそんなことを大っぴらに主張できないので。


 工場が並ぶ一角に、鉄柵で囲われたエリアがある。両脇は海で、出島ほどではないが明らかに隔離されている。もちろん、産業スパイを警戒してのことだ。

 神の恵み事業は、美由紀を通して与えられるものはオープンにされている。共同研究も行われているので、その部分は隠せないが、実際には既にそれぞれが独自に動き出している。

 例えば、図書館に所蔵された日本の書籍は、関係者として登録されている者なら閲覧できる。書籍の読解を事業としてやるのではなく、自主学習ならば、他国に共有する必要はない。

 この辺は、キジョー公爵やモリーク伯爵からアドバイスがあった。要するに、独自に扱える余地を残さないと、研究者も技術者も食いつきが悪くなるだろうと。

 結果として、ガラワウドのように暴走気味な関係者が、各国に出現しつつある。この町の場合はキノーワをライバル視しているが、それ以上に他国への対抗意識が強い。他国より優れていることは、この国の上層部も求めているわけなので、資金の流入も増えて、ますます暴走するスパイラルだ。


「女神様! どうですか、動いているでしょう!」

「ねぇ弘一、これって焼き玉?」

「すごいな、本当にポンポン言うんだな」


 閉めきった大きな倉庫の中は、熱気と鍛冶の音。一目見ても何だか分からない部品が散乱し、あちこちではその部品を作っている。

 機械化はされていないので、すべて手作業。

 ただし、機械化の前提になる動力を試作して、既に動き始めているのだ。イデワの産業革命とか教科書に書かれる日も近い。あ、今は革命じゃないから工業化か。


「ところでクフロさん。私たちが他国に情報を漏らす可能性は考えないのですか?」

「め、女神様にはお見せしなければならないのです!」


 いや、それは理由になってないと思う。

 ちなみに、俺たちがここに来ていることは、もちろん各国関係者が知っている。読解の手助けをするのは公式行事なので、どこをどう教えたのかは秘密にできない。

 その一方で、同じ俺たちがイデワ国民として秘密を覗く現在は、プライベートな時間という扱い。そんなものを区別できないと思うけど、一応これは他国に許可された。

 で、実際に見物してよく分かった。他国が許可した理由、それは俺たちが見ても何も盗めないと信頼されているからなのだ。


 原始的な焼き玉エンジンは、現時点では動いたり止まったりで、実用とまでは言えないレベルのようだ…と、そこまでは俺たちにも理解できる。

 しかし、これは秘密ではない。

 試作エンジンは、駅周辺の空き地などで大々的に披露されている。俺たちはこんなすごいものを作っているんだと自慢して、そして資金を得るために。

 そこで「ほーこれはすごい」と頷く人々と、俺たちの知識レベルに大した違いはないのだ。


「車輌に取りつけるまでは、まだ時間がかかりそうですね」

「小牧様! もう取りつけてますぜ!」

「えっ!?」


 いや、こんな状態で?

 唖然とする二人は倉庫から近くの引き込み線に連れて行かれる。

 するとそこには、前方が突き出た客乗せ馬車が止まっていた。その突き出た部分には、むき出しの焼き玉エンジンが取りつけられている。


「どうです!? これがガラワウドの本気ですぜ!」

「す、すごいですね」


 同じイデワ国民として、褒めないといけなさそうなので褒めてみた。が、誰でも想像できるように、ほぼ動かないらしい。

 原始的な焼き玉エンジンでも、ちゃんと動けば数馬力は出せるだろう。文字通りの一馬力を置き換えることは不可能ではない。ただし、基本的に非力だしうるさいし重いし震動がすごいが。

 一応、船舶用に使われたことは彼らも知っている。それも、ぱらぱら本をめくると船に取りつけたイラストが多いとか、そういう感じで理解したようだ。

 クフロさんに聞いてみたが、日本語は全く読めないまま。ただし数字は覚えたので、図面を元に試作することは出来ると自慢されてしまった。


「ところで、燃料はどうしてるんですか?」

「ガス田の近くに少しだけ油が採れる場所があるんです! ちゃんと掘ればもっと採れるはずですが、今は試験用に運んでるんですよ!」

「そ、そうなんですか」


 この情報を大声で話す意味はあるのか謎だ。まぁともかく、一応イデワ国内で採れるらしい。

 なお、ガス田で採れた天然ガスは、キノーワのガス灯にも利用されている。ただし、ガスコンロはほぼ使われていない。供給量が少ないためだ。


「お、おい! そこはダメだ!」

「うわっ!」


 と。

 クフロさんが突然叫んだ次の瞬間に、大きな爆発音。何かが崩壊する音とともに爆風が吹き付ける。


「に、逃げろ!」

「で、でもまだ実験中で…」

「そんなこと言ってる場合か!」


 火花が漏れ出した油に引火したらしい。倉庫の中はたちまち黒煙に包まれ、既に目の前にいた人たちの姿も見えない。

 このままでは熱より前に一酸化炭素中毒でやられてしまう。

 ――――と、平然と実況する俺がいた。


「弘一はどうしたい?」


 隣にいる美由紀は、煤一つついていない。彼女の身体は管理者の力で護られているし、その美由紀が守護する対象なので俺も死ぬことはない。顔は普通に汚れてるけど。

 もちろん、美由紀が守護しているのは俺だけ。ガラワウドは管理者の管轄だし、そもそも管理者は事故から人類を守ったりしない。


「これは神の恵み事業の一部だ。その最中に、代行者が居合せたという特殊なケースだ」

「なるほど」

「これで言い訳はできるんじゃないか?」


 美由紀がため息をつくと、次の瞬間に辺りの火は消えた。黒煙も消え失せた。


「つまり、すべて元に戻してもいいと言うのね?」

「あくまで個人的見解だぞ」

「いいの。弘一の見解は神の見解だから」

「無茶苦茶なこと言うなよ」


 目の前では、焼け落ちた倉庫の壁も、中に散乱して変形し解けたりした試作品も、すべて元の姿に戻っていく。巻き戻ししているような景色。美由紀が使う能力の中でも、最も表に出せないもの。時間を操る能力を使っている。

 三十秒ほどですべてを元通りにすると、後ろを振り返る。そこには驚愕の表情を浮かべた人たちが見えた。人間の記憶は戻していないので、彼らが目撃してしまったのだ。


「これも仕方ないのね? 弘一」

「お前に使わせて、済まない」

「貴方が納得してるならいいわ」


 美由紀は無表情のまま手をかざす。すると、近隣にいた関係者は一斉に目を閉じて倒れた。

 爆発から、美由紀が能力で元に戻したことまで。その間の記憶を奪った。

 それは要するに、かつて管理者が俺を地球から拉致した際に、記憶を奪った能力だ。美由紀は管理者と同じ力をもっているのだから、同じことが出来てしまう。


 ……………。

 爆発の記憶をなくした人々は、自分たちがなぜか倉庫の外で倒れていることを不審に思いながら、元の配置に戻っていった。

 その上で、爆発が再び起こらないよう美由紀が指摘して、慌てて油漏れの処理をして、平穏無事な時間に置き換えられた。

 なので俺たちの視察も平穏無事に続けられた…が、さすがに元のように視察する気分にはなれない。すぐに切り上げて、町の集会所に向かった。

 そして集会所では、読解で詰まっているという専門書について、俺たちが読める範囲のことを教えた。この行為に関しては、各国で同様の補助を行うという条件がついている。補助の時間も取り決めがあり、ギリギリまで俺たちは質問攻めにあった。

 正直言えば、その質問攻めのおかげで気が紛れたのも事実だった。




「同じような事故は、今後も起きるでしょうね。助けるのは今回だけで、あとは介入しないわ」

「悪かった。俺の我が儘だ」

「仕方ないわ。二人で持ち込んだ結果なんだから謝らないでよ。お前は関係ないとか言われたら悲しい」

「言ってないぞ。というかお前が関係ないわけあるか」


 失敗すれば命に関わるような実験を繰り返している。ガラワウドの関係者は、それを理解しているけれど、だから事故が起きないわけじゃない。むしろ、間違いなく起きる。

 彼らは危険をおしても、世界初の技術の実用化を競っている。一度火がついた競争心を、煽った俺たちが止めることなどできない。


「そして傷心の二人は、海辺のリゾート地で熱い夜を過ごすのね」

「合ってるのは海辺だけだ」

「そんなこと言うと意地悪しちゃうよ」

「優しい言葉をかけたら意地悪しないんだな?」

「するに決まってるじゃない」


 その夜は、海岸から離れた中心街の宿で眠った。前夜の宿は熱い夜だったが、正直言ってまだ萎えていたので、何もせずに寝た。美由紀からも不平不満の声はなかった。


 なお、宿泊したのはまさかの貴賓室で、部屋が五つもあった。二人では完全に持て余してしまう。

 本来なら、貴賓室を使うような二人旅は、二人でするものではない。護衛も使用人も連れていないのがおかしいのだ。

 もちろん美由紀は五段冒険職で、俺は衛兵。護衛する仕事の二人が旅をするのに護衛を雇うのも、それはそれでおかしな話。

 ぶっちゃけた話をすれば、神の恵み事業の代行者は、文字通りただの代行者という建前なのだから、貴人として扱う必要はない。その辺は、管理者の口からも伝えてあるので、俺たちは建前通り普通の旅人として動いている。

 だからといって、用意された貴賓室を断わる理由もない。要するに、貴人として振る舞わないけど、貴人として扱うのは勝手だ。



 ついでに、宿の説明をしておこう。

 貴賓室のある宿はコンクリート造の一部七階建で、ガラワウドでは第三位の高層建築らしい。市内の第一位は十階建だ。

 王都グローハの高層ビルに刺激を受けて、できればあれ以上のビルを建てたいと考えているようだが、やはり王都をはばかって少しだけ低くしている。その代わり、五階建以上の建築は、グローハと同じ数だけあるという。

 そして―――。

 我々が泊まっているのは二階建の別館だ。それはなぜかと言えば、七階建の本館は工事中だからである。

 神の恵み事業で読めるようになった書籍には、コンクリート建築に関するものが多数あった。それに、高速鉄道の高架線という資料もできた。それらによって、来訪者がかつて伝えた技術が欠陥だらけだったことが判明した。

 それはコンクリートの質であったり、フロア面積と柱の数だったり、そもそも鉄筋だったり多岐にわたるが、見た目は立派な高層建築の弱点が明確になったため、補強工事が始まっている。


「どこもかしこも混乱してるんだな」

「バカがいい加減なことをしたから」


 それはもう言ってやるなよ…と思うけど、建てたばかりのビルを解体修理する現場を見ると、管理者のやり方に問題があったことは否定できない。

 その上で――――。


 どこかで俺たちは手を引かなければならない。

 そのきっかけが、技術革新による戦争じゃないことを願うばかりだ。


※筆がのっている時なら、二つに分割しただろうなぁという感じ。新作「最終魔女と記憶持ち男の○○な生存戦略」に注力しておりやす。

 なお67まで一応は原稿がありますが、次の更新までは間が開くでしょう。なので新作を読むといいかも知れないね(しつこい)。

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