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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第七章 キノーワの女神
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六十一 秘密基地の入口は分かりやすく

 我が家を探検中の二人。

 しばらくは名無しの小川で水生生物の採集にいそしんだが、いよいよその先へと進むことになる。人喰い人種に捕まったり、突然大きな岩が転がってくるかも知れないと、いやが上にも緊張感が増す。なお、周囲はほぼ平地である。見た範囲では、先行するカメラマンもいないようだ。


 子どもでも飛び越えられるほどの小さな川には、一箇所だけ橋が架かっている。ただ木の板を渡しただけだが、そこに一応は道が存在する。

 門番をしている時に、一度だけウミーヤ子爵の使用人だったという女性に会ったことがある。その人が言うには、月に一度だけ点検のために歩いていたらしい。動物の死骸とかがあったら困るという程度で、それも道から見渡せる範囲をさっと確認するだけだったという。

 子爵本人は、一度も足を踏み入れたことはないだろうと、その女性は言っていた。移転した時の当主はもちろん確認したのだろうが、その頃生まれたばかりの彼にとっては、どうでもいい案件でしかなかったということか。

 家の中に自然の林があるなんて、都会人の夢だというのに贅沢な話…と、都会人の押し付けがましい幻想をつぶやいてみる。


「入院中に、病院の周囲を散歩したのを思い出すわ」

「なぜわざわざそれを思い出すんだ」

「貴方と一緒にいた時間よ」

「あ、ああ…」


 市立病院の人工的な景色と、目の前の藪。ほとんど別物なのに、いつの間にか美由紀の瞳はちょっとだけ潤んでいて、俺はちょっとだけ途方に暮れる。

 車椅子の彼女と散歩した思い出。

 管理者によって忘れさせられた過去の中で、衰弱していく美由紀の姿だけは、思い出さなくても良かった。記憶を取り戻した当初は、そんな思いもあった。

 既に死を覚悟していた美由紀にとって、あれがどれほど貴重な時間だったのか。俺はお前のことをちっとも分かってなかった―――。


「車椅子も持ち帰れば良かったわねー。この世界でも役に立つし、技術的にも問題なさそうだし」

「しんみりしてたのに、いきなり話題が変わりすぎだろ」

「しんみりする必要はないからいいじゃない」

「そりゃそうだがなぁ」


 ………。

 目先の大学、一生の女。どうでもいい格言を思い出してしまったけど、まぁいいや。

 今はこうやって、俺より三百倍は丈夫な彼女と一緒。引き裂かれた三年ぐらい、すぐに取り戻せる。

 ただ車椅子はどうだろうな。

 各国技術者には、既に自転車は提供した。完成品と分解したものを用意して、同じものが生産できるか検討してもらっている。

 一方の車椅子は、ギアもチェーンも要らないから、技術的には何も問題はないだろう。むしろ問題なのは、病人を外に連れ出すことの是非だ。閉じ込めておかないと空気感染するって話を、けっこう聞かされるからな。

 病気に対する認識が違う。その意味では、日本で病気になった美由紀はマシだったかも知れないな。いや、病気にならない方がいいけど。



 けもの道と呼ぶにふさわしい踏み跡。さすがに腕を組んでは歩けないので、手をつないで俺が先頭に立つ。

 五十年前は、ここは城壁の外側と同じようにサバンナのような荒れ地だったというが、城壁で風がおさえられたこともあって、今はそれなりに木々が茂っている。

 川に沿った湿った土地には広葉樹が生え、離れた場所にもまた別系統の木々。城壁外で見かけるような、乾燥に耐える種類の樹木は見当たらない。

 美術品収集にしか興味のなかった前の持ち主が、使ってもいない敷地の整備をしていたとも思えないから、自然淘汰の結果なのだと思われる。


「城壁ぎりぎりまで敷地っていうのも珍しいよな? 普通は緩衝地帯や通路を設けるだろうに」

「太郎兵衛さんのせい?」

「そんなこと俺に聞かれたって分からないが、ゲーム仲間としては考えにくいような…」


 そう。土地の端っこはそのまま城壁になっている。穴は開いていないし、壁の向こう側には堀があるので、こっそり外出することはできないけど、無茶な構造としか言えない。

 もっとも、これは我が家だけではなくモリーク家もそうだし、嵐学園も城壁いっぱい…どころか城壁を移転させてギリギリまで使っている。

 これでは上から覗かれ放題…かと言えば、キノーワの城壁のうち、上が通路になっているのは二割程度。目の前の城壁は、曲芸師でもない限り歩けそうもない。だから安心? こんな構造では、敵が無理矢理壁をよじ登ってきても、対処もできない。


 衛兵上司のワースさんが指摘していたが、現在のキノーワは籠城戦を想定して造られていない。

 周囲に枯れかかった川しかない平地で、いくらでも大軍で押し寄せることができるから、敵がここまでやって来た時点で勝負はついている。なので城壁はモンスター除けで、要するにイノシシの突進を防げればいい、という程度のもののようだ。

 なお、軍の駐留地はキノーワの北にある。そちらは左右が断崖の地形で、隘路を抑えている。ワースさんもオススメの拠点だぜ。


「結局、川のこちら側は手つかずで残したいというご要望なのよね、マイダーリン?」

「そうしてもらえれば嬉しいぞ、マイハニー」

「照れてる?」

「今さらだ」


 お手々をつないで我が家を探険する二人。誰も来ない場所だから、バカップルの真似もやりたい放題。え、真似じゃないだろって? まぁ細かいことは気にしないでくれ。

 ともかく、地上はそのまま。地上だけは。


「ミユキ、コーイチ、ゴー!」

「……………」

「ご唱和願います!」

「貴方の趣味には時々ついて行けないわ」


 その代わりと言うのも何だが、城壁の手前十メートルほどの地点にあった大きな岩を、美由紀に頼んで改造してもらった。まるでこの日が来るのを待っていたかのような岩を見つけた俺は、思わずガッツポーズしてしまったものだ。

 岩の表面には、明らかに扉と分かる模様が見える。もちろん、これは俺の指定だ。秘密基地の入口は、隠したつもりでも遠くからそれと分からなければならない。良い子のお約束ってやつだ。

 そして、扉に手を触れながら叫ぶと、ぐいーんと音が鳴って開き、地下の秘密基地に下りるエレベーターが現れる。どうだ、まいったか。

 我ながらバカじゃねーのと思うが、我が家に秘密基地は必要なので、多少の演出過剰はやむを得ないのだ。たぶん。


「この変なサイレンは必要なの?」

「雰囲気というものは大切じゃないか、ミユキ隊員」

「そのノリだと、私が巨大ヒーローになっちゃう?」

「せめてヒロインにしてくれ」


 エレベーターが下降していく間は、直立不動がマナーだ。そしてこれは、どっかの宇宙星雲からやって来て間違って地球人を殺してしまったヒーローというよりは、謎の技術力で悪と戦う研究所に近いような気もするが、あまり深く考えてはいけない。

 相変わらず手をつないだままの紅一点ミユキ隊員は、俺の趣味につき合わされただけでこの手のネタにあまり関心はない。それは俺も承知しているので、ほどほどの防衛隊ごっこに留めているつもりだ。

 ヘルメット付きの制服もないし、二人しかいないのに紅一点って何だという感じだし、あまり深く考えてはいけない。うむ。二度言った。

 そうしてエレベーターが停まると、やたら大きな機械音が鳴った。遠からず壊れそうな震動も含めて、見事な演出だ。管理者の能力は素晴らしい。


「貴方の言い分では、これに乗ったらみんな喜ぶんだっけ?」

「納得いかないなら構わないぞ」


 扉が開くと、そこには大型ロボットも余裕で格納できそうな巨大空間が広がる。

 神の恵み事業に伴って、嵐学園の地下など幾つかの地下室を用意したが、ここはそれらとは全くレベルが違う。

 言ってしまえば、他の地下室はこの世界の常識の範囲内に留めている。対してここは、嵐学園関係者も来ない完全プライベート空間とする代わりに、他でできそうにない実験を行うわけだ。

 なお、美由紀にこれらの施設を造ってもらう際には、宇宙警備隊員とかのあれだけではなく、ゲームやマンガの地下ダンジョンも参考にしてもらった。

 トラップは不要でモンスターもいないが、地下に草原が広がるような世界は、あれでイメージするのが一番簡単だ。いや、普通はあんなものを造ろうとは思わないが………って?


「ミ、ミユキ隊員」

「なぁにマイダーリン」

「敵だ。総員配置につけ!」

「配置につくにはあそこを通らないといけないわねー」


 いないはずのモンスター発見?

 いや、近づいても微動だにしない。頭が四つで、やたらカラフルな巨大オブジェ。


「これが美由紀が考えた最強のモンスターか。いや感動した」

「ゲームにいたじゃない、こんな感じの」

「はっきり言うが、頭四つ以外は何の共通点もない」


 いろんな怪物を合体させた、よくあるモンスター。なのに、どっかのジラ○スみたいに余計なものだらけだし、脚はこんがらがって身動きも取れそうにない。

 もう少し生物の常識をふまえたらどうかと思うけど、たぶん美由紀にとってのモンスターはそういう常識の外側なんだろう。

 ちなみに、言うまでもなく「ゲーム」とは「願いの楽園」のことだ。目の前の美由紀の身体は、そのゲームのプレイヤーキャラを元にしているのだし、管理者が俺をこの世界に拉致したわけだし、二人にとって忘れることのできないスマホアプリだが、熱心に遊んでいたのは俺だけ。美由紀は、俺の失踪後に手がかりを求めて触っただけだ。

 そして、背景こそリアルだった――というか、こちらの世界の本物を見せていた――ものの、上乗せされたビジュアルはお粗末そのものだった。イベントの敵モンスターの一枚絵がまともに用意されたことは珍しかったから、美由紀は見かける機会すらなかったかも知れない。


「かかしだと思えば、まぁいいか」

「侵入者を排除する機能は?」

「誰が侵入できるんだよ。管理者か」

「それならもっと頑張らないといけないわねー」


 身体を持たない管理者を、物理的に撃退しようという発想が、根底から間違っている気がする。どうでもいいので好きにさせるけど。美由紀のストレス解消法だからな。


 地下五層は、実際には地下千メートル以上の地点にある。ただし空間を能力で歪めているので、周囲を千メートル掘ってもぶつかったりはしない。その辺のカラクリは俺には理解できないし、美由紀もただ命令しただけなので、これ以上の説明は不可能。

 広大な空間は、果てがどこなのかすぐには分からないほど。日本で言うと、山手線の内側ぐらいの広さがあるという。その広さで、一面の農地になっている。

 元からデタラメな農地なので、植えた作物に合わせて土壌が最適化されるようにした。俺たちは農業の素人だから、栽培技術を求められても困るのだ。


 植えてあるのは、日本から持ち帰った作物だ。

 美由紀が執念で細胞から蘇らせたカカオの木もある。


「カカオ、カカオ、カカオとニセカカオ」

「…弘一はチョコに対する情熱が足らないのよねー」

「足らなくていいぞ、そんなもん」


 現時点で、ここに植えた作物を外に出す予定はない。

 俺たちがいる時点で今さらとはいえ、余所の宇宙の生物を好き放題に放つのは、この星の生態系にとって良くないだろう。

 その代わりに、可能ならば代替となるものを探したい。

 例えばカカオそのものはないが、カカオに似た成分の実を付ける木は存在した。その木はなんと、イデワ王国から二万キロも離れた熱帯雨林に自生し、現地では油を採取しているが、この近隣諸国では未知の樹木だった。

 美由紀は管理者を急っついて、全世界の植物を探させた。ついでに、この星で初めてチョコレートの魅力に取り憑かれてしまった某伯爵令嬢も、熱心に管理者に頼み込んだ。いや、脅したと言っても過言ではない。


「ざわ、ざわ、ざわ」

「わが一つ足りないわ」

「わ、だけに」


 もっとも、この世界にチョコレートがないのは、カカオだけの問題ではない。大量の砂糖の確保も課題だった。

 こちらは管理者を急っつくまでもなく、国内で流通する砂糖の製造元を辿っていくだけ。ただし製造元は他国で、テンサイのような根菜を原料としていた。

 大量生産にはサトウキビ…と、結局は管理者に探させたら、似た植物は見つかった。ただし茎は細く、それほど大量の糖も貯めていない。要するに改良されていない原種で、このまま栽培しても仕方がなかった。

 とりあえずここには、テンサイのような植物と原種サトウキビっぽいものを両方植えてある。今のところ、品種改良はしていない。

 管理者の能力を使えば、遺伝子操作だってたやすい。しかし、殺虫トウモロコシに抵抗を感じていた俺たちが、それをやるのには抵抗がある。

 というより、やり始めたら生命の創造に至るのが嫌だ。

 考えたくないが、今の美由紀はその気になれば人間だって造れるのだ。何しろ、美由紀自身の身体を造った力を有しているのだから。



 ともかく、ここに植える植物は二系統。

 一つは地球から持ち帰ったもの。俺たちは、基本的に生物は持ち帰っていない。それでも、スーパーで買った生野菜は生きていたし、ホームセンターで手当たり次第買った商品の中に、種や球根が紛れていた。それらを、この星の生態系に影響を与えないように育てている。

 それぞれは、美由紀が設けた結界で隔ててある。生野菜などに付着していた昆虫なども生きていて、こちらは結界を抜けることができる。ただし、付着した種子などは自動で取り除かれる安心設計。管理者の能力は、この方面では万能だ。


 一方で、カカオ代替植物のような、この星の類似品候補も集めている。

 こちらは、誰でも見つける可能性があるわけだが、管理者の能力を使って集めた時点で反則だ。知り合いのツテで情報を流すのは避けたい。

 公表を躊躇する理由は他にもある。

 仮に商品作物として価値が認められれば、大規模な栽培が始まるだろう。地球において、それは奴隷労働や植民地支配に結びついた歴史がある。そして言うまでもなく、自然破壊を伴う。

 大量の甘味が市場に溢れれば、肥満率の上昇など健康問題にも影響がある。要するに、イズミが好きなだけチョコレートを食えるからめでたしめでたし、とはいかないのだ。


「どう? あのオールバックの偉そうな人も泣いてむさぼりつくわよ。なんちゅーことしてくれ…」

「それ以上はアウトだ。あの時の米はササニシキだ。お前が手にしているのはトマトだ。そもそもオールバックではなくツルピカの方だ」

「貴方もかなりアウトじゃない?」

「ここに海はないから大丈夫」


 素人が適当なマンガの知識で作ったトマトは、今のところは我が家で消費中。

 困ったことに、トマトそっくり…というより、トマトそのものが町に流通している。南門の近くの畑に植えてあった姿も、ここにある地球のトマトとうり二つだった。この辺の問題も、解決には時間がかかりそうだ。


 もしかしたら、管理者は無意識のうちに地球から生物を持ち込んでいたのではないか。神さまが夢遊病だった的な無茶苦茶な推理も、あながち否定できないような気がする。

 なぜかと言えば、管理者が「願いの楽園」というゲームを通して、なぜ地球の日本人を連れ帰ろうと企てたのか、という疑問の答えになるからだ。


 地球人類タイプの生命体は、地球とヨナイの二つの星にしかいないのか。別の宇宙空間という途方もない条件下で、二つだけと断定するのは無理がある。ならば、なぜ管理者は地球を選んだ、もしくは地球の存在を知っていたのか。

 管理者が地球で教えられたように、デンジ星と地球の関係――ただの偶然――という可能性はもちろんある。しかし、奴が意識していない昔から、地球とつながりを持っていたのでは、という疑念が生じる。

 そう考えると、ヨナイという星のオリジナルそのものが分からなくなる。

 あるいは、管理者の意志はこの星の、つまりヨナイの意志なのだから、地球生物が溢れる環境こそがオリジナルだと主張することもできる。それなら、俺たちが持ち帰った植物を提供してもいいのかも知れないけど、現時点でそれは仮定の話に過ぎない。何だろう、このややこしい展開は。


※連続公開はここまで。2月は、64かそこらまで公開する予定です。

※どうでもいいですが、この話にはペットが登場しません。今後も登場しないでしょう。理由の一つは、私が犬嫌いだからです。なのでモフモフとタイトルにある作品は読みませんし、出て来たら読み飛ばします。犬嫌いの皆さんは本作品を安心してご愛読できることでしょう。

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