七 冷やかされるのは日常です
「お疲れさまです。キノーワの町にようこそ。どのような御用ですか?」
翌日。二日の休暇を終えて、俺は門番の仕事に戻った。
ちなみに、一昨日は通常の休日、昨日は臨時休暇だ。臨時休暇は結婚に伴うもので、例によって俺が知らない間に美由紀が手配済みだった。
「で、どうなんだコーイチ。昨日もお盛んだったよな?」
「んなわけあるか!」
同僚のカワモがからかってくる。新婚のお約束というヤツで、俺も似たようなことをやった前科があるから怒るに怒れないが、かといって「そーなんだよ、なかなか寝かしてくれなくてさー」とか返す気にもなれず。あ、前科の相手はカワモじゃないのでよろしく。
彼女は昨夜、寝かしてくれなかった。それは事実。
ただしそれは、屋敷の説明が終わっていないという理由だ。現時点で未使用の部屋…というか、未使用の方が多いのだが、それをいちいち「探険」してまわったら深夜になっていた。
こちらにしてみれば、そもそもあれが「自宅」だと認識できないし、開かずの間があるならそのまま放置すればいいと思ったが、その主張を美由紀が受け入れるはずもなく、だらだらつき合わされた。
「見せつけやがって。高いんだろ?」
「知るか」
そうして今朝。俺がいつもの職場に戻ることに、美由紀は何も口出しはしなかった。
そのかわり、はめられたのが指輪だった。
左の薬指に差し込もうとするのを無理に押し留めて、中指に通した。美由紀はやや不満そうだったが、特に抵抗はしなかったから、たぶんそういう指輪ではないと思う。さりげなく細かい彫りが入っているし、安いものではなさそうだけど。
「しっかし、信じらんねーなー。なんでお前が」
「俺だって信じてねぇから大丈夫だ。客が来たぞ」
「へいへい。えー、キノーワの町にようこそ」
そうしてひとしきりからかわれたが、昼飯の頃にはいつもと変わらない職場に戻っていた。
正直、ほっとする。
難癖つけられることも多いし、別に好きな職場だとも思わなかったが、それでも「理解できる」って素晴らしい。そうだよ、最近の俺、わけが分からない、そればっかりだよ。
「おうコーイチ、お前は死刑だな、死刑」
「俺も死刑賛成!」
「ワイトさんも少しは抵抗してくださいよ。簡単に丸め込まれちゃって…」
「アホか! お前、可愛い部下の嫁に言われたら仕方ねぇだろ、なあカワモ?」
「そ、そうですよ」
昼休み、からかいついでにサボりに来たワイトさんに、思わず抗議する俺。
実は一昨日、美由紀はワイトさんに面会していた。用件は俺の……、新婚に伴う休暇について、だった。
ちなみに、結婚した場合、一日の臨時休暇は規定通りなのだが、それ以上も申請すれば認められる。俺はちゃんと休まず勤務していたので、何か事件でもない限り一週間の休みが許される。美由紀はいずれ休暇をとらせると伝えに来たらしい。もちろん、新婚の報告のついでに。
問題はその際に、もしかしたら俺が美由紀の仕事を手伝うことになるかも…、という話題があったらしい点だった。
ワイトさんには、「そんなことはできない」ときっぱり断わって欲しかった。しかしどうやら、ワイトさんも美由紀の敵ではなかったらしく、しっかり言質をとったと彼女は言っていた。一応、当面そんな予定はないらしいが。
言いたくはないが、ワイトさんは俺の同類だ。大きな胸を見ると、俺よりあからさまに挙動不審になる人だ。恐らく戦っても美由紀が勝ってしまうだろうが、それ以前に勝ち目はなかった。
「しっかし、スゲー女だったな。あれは女傑だ。俺でも尻に敷かれる」
「そんな感想いらないです。だいたい、結婚したというのは彼女の一方的主張です」
「なら逃げてみろ、コーイチ」
「…自分ができそうもないのに、よく言えますね、それ」
「なんだー、結婚したら当たりが強くなったなぁ」
いや、それは自業自得でしょ。頼れる上司のイメージがガラガラ崩れているというのに。
午後二時過ぎ。
門番の衛兵十名が勢揃い。いつもは表に出てこない――その割にはさっきもいたが――ワイトさんも揃った。貴族のご一行が間もなく到着するのだ。
俺たちはいつも通り、身分証明と荷物の確認をする。ただし貴族の多くはそれを嫌う。いや、誰だって他人に漁られたくはないだろうが、それが町を守る手段だと理解している。しかし貴族はそれが分かっていなかったりする。
…そうなんだ。だからあのエリアの屋敷に親しみがもてない。俺は貴族じゃねぇ。
「任務ご苦労。町は平穏かね」
「はい! おかげさまで特に事件は起きておりません、キワコー様」
幸い、やってきたのは温厚な人物と評判のキワコー子爵。ワイトさんの珍しい声をみんなで観賞する程度には平穏に終わった。荷物チェックもおおむね滞りなかった。強いていえば積荷の一つだけ、女性の衣装が入っていると渋られたが、一応蓋は開けてもらった。
面倒な相手になると、そこで粘られた挙句に、上官呼び出しとかいろいろあるからなぁ。
「コーイチ、これ頼む」
「え? ああ、なら俺がやる」
「よろしくな」
カワモが書類を渡してくる。持ち込む荷物の一覧など、ごく基本的な書類だから、この仕事をしていれば目にするものだが、貴族の場合は量が多い。
衛兵のなかには、余り文字が得意じゃないヤツもいる。俺は読書が好きだったし、まぁまぁ読める方になるから、こうやって押しつけられるわけだ。
まぁ、その分カワモは肉体労働で頑張ってくれるし、できるヤツがやればいいと思う。
もちろん書類自体の確認は、滞りなく終わった。キワコー子爵は神経質なほどに細かく書いてくれるから、疑う余地がない。だからこそ、カワモたちの手に余るのだが。
「カワモは噴水まで見送り。コーイチは持ち場に戻れ」
「はい!」
一行が町に入るのを見届け、門番は元の仕事に戻っていく。
それにしても、キワコー子爵はよく出掛ける人だな。南に領地があるという話は聞かないけど。
「コーイチはあれか、ダメか」
「さすがに誘えねぇなー」
「なら黙って飲みに行ってくださいよ。それとも、アイツを誘いますか?」
「いや、それは…。今日は当たりが強ぇなあ、コーイチ」
復帰一日目は何事もなく終わった。朝から晩まで冷やかされはしたが、正直言ってそこは大したダメージにはならない。なぜかって? そりゃあ、現時点では向こうが勝手にやっているだけで、俺は状況次第では逃げ出すつもりだからな。
まぁ、あの化け物としか思えない存在から、物理的に逃げるのは難しいような気はする。しかし、思ったよりは常識人のようだから、いざとなれば職場の上司に頼る手もある。一応、王国の衛兵だし。
ああ…でも、ワイトさんは既に頼りにならないことが判明した。ワースさんの方がまだマシな気がするけど、正直それでも美由紀に勝てそうに思えないな。
彼女は五段の魔法使い。しかしそれ以上に口が達者だ。俺でもマシな方だろってぐらい口下手な衛兵たちでは、所詮彼女の敵にはならない…って、そんな絶望的な結論を出してどうするんだよ。




