表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神は俺を奪還する  作者: UDG
第七章 キノーワの女神
78/94

五十二 基礎学力を向上させよう(学校)

※既公開分

「キノーワの町へようこそ!」

「うむ、今日はいい声だぞ、二人とも!」

「はは、ありがとうございます!」


 ワースさんの号令で、今日も朝から絶好調。叫び慣れた台詞が懐かしくなる今日この頃ですがお元気ですか、小牧弘一です。

 本日はキノーワ市街の南門、早朝から仕事に忙しい衛兵の皆さんと…って、何のリポーターだよ、俺は。


「今日も昼までなのか? コーイチ」

「非常に残念ながら、その予定になっている」


 程よく汚れた制服に皮鎧を着けて、行き交う旅人に挨拶をする。小牧弘一はキノーワの城門を管理する衛兵だ。

 いろいろ仕事を押しつけられて、どんどん門に立つ時間が減っているが、無理をしてでも門番であり続けたい。

 管理者に与えられた偽の記憶に始まっているが、衛兵になったのは自分の意志だし、平穏無事に暮らして美由紀につかまった経緯を考えれば、やはり愛着がある。


「イ…イズミお嬢様ともお会いしてるのか?」

「カワモがお嬢様呼びする必要はないだろ」

「何を言う! あんな理想そのもののお嬢様がこの世にいるなんて」

「はいはい」


 バカな同僚カワモの妄想話も、たまに聞かないと気が休まらない。

 こいつは一応、俺と美由紀が地球生まれという秘密を知る者だ。その関係でイズミにも会ったわけだが、結果として合コンもナンパも一切やめてしまった。イズミの余りのお嬢様っぷりに衝撃を受け、ひたすら妄想に励む毎日だという。

 うむ。その辺はとても知りたくない情報だ。

 言いたくはないが、イズミほど貴族の御令嬢にふさわしくない性格の女はいない。そこに気づかないカワモに呆れる…けれど、たぶん余計な部分は都合よく忘れているのだろう。残念ながら、イズミの見た目は大したものだからな。



「じゃあミカミさん、こっちの数字を確認してください。合計額が一致すればいいですから」

「は、はい」


 俺が城門に出て、キノーワへの旅人の世話をするのは一時間程度。あとは控え室にこもって、書類の整理だ。

 さすがに半日の勤務ですべてを処理はできないので、何人か補助についてもらった。というか、まるで上司になったみたいに仕事を指示しなければならず、正直気が重い。

 ちなみにミカミという名前はまるで来訪者のようだが、美由紀に確認してもそのような事実はないらしい。イデワ王国の人名は、案外日本名に似てるんだよな。まぁだから俺や美由紀が日本名そのままで通っているわけだし。


「小牧さん、えーと、これは…」

「ああ、それは以前の数量と同じって意味です」

「そ、そうなんですね。…イデワ文字ですよね?」

「ええ。本当はこれ、羊って字ですけどね」


 書面のイデワ文字――漢字だ――は、補助に加わって一週間のミカミ氏でもある程度理解できるようになっている。

 いずれ、この手の使い方はやめて欲しいと思っている。日本語として学ぶ場を作ろうとしているのに、デタラメな記号扱いも並行しているのは辛い。

 本音を言えば、いっそすべてを日本語で書いてほしい。エラン語は要するにアルファベットみたいな表音文字なので、一目で意味が分からないのだ。

 日本語である必要はないけど、表意文字が使えないと不便でしょうがない…と思うのは、日本出身だからなんだろうな。英語とかアラビア語が母語の人間がこの世界に連れられてきたら、どんな反応になったんだろうか。




 懐かしの独身寮の近くの食堂で、カワモたちと飯を食ってそのまま別れ、自宅へ戻る。美由紀と俺の「結婚」をいち早くリークしやがったオバチャンも、もちろん健在だ。というか、独身寮を離れて半年しか経ってないし、食堂にはちょくちょく通っているし、何一つ懐かしくなかったかも知れない。


「こんにちはホシナさん」

「小牧先生、御呼びだてしてすみません」

「構いませんよ。私が呼んだだけですから」

「構うかどうかはお前が決めることじゃないだろ、美由紀」

「えー」


 屋敷前の路上に美由紀と、嵐学園のホシナさんが立っている。せめて着替えたかったが、どうやらその時間が勿体ないらしい。

 美由紀は日本から持ち帰った就活用スーツを着ている。この世界では永遠に就活も終活もしないだろうが、中途で終わった学生生活に心残りはあるらしい。ただ、よくある黒いスーツも、白シャツが爆発しそう…というか、ボタンが止まっていない。この姿を人事担当はどう見るのやら。

 対するホシナさんも、まるで日本のレディーススーツみたいな服装だったりする。まさしく事務のおばちゃん…とは口にしないぞ。おばちゃんと呼ぶのはさすがに失礼だ。

 この世界には、なぜかスーツの類が流通している。似たような身体の人類だから、似たような服装が生まれても不思議じゃないけど、来訪者の記憶がどこかで影響した可能性はある。


「本当にここを学園に…ですか? 無償で?」

「ええ。まぁ学園といっても、奥の方は例の件で使うつもりですが」


 さて。

 我が家…と呼ぶには大きすぎる旧子爵邱の斜め向かいは、別の某子爵が屋敷を構えていた。二人はプリ…ではなく、共に不正事業を企んでいたわけだが、我が家の持ち主だったウミーヤ子爵は先に逃げ、向かいのキワコー子爵は王族ギケイの鉱山資源密輸に連座する形で町を追われた。

 両家がそれぞれ有していた鉱山は、どちらもいったん国有化されたから、両家の復権は不可能だろう。まぁウミーヤ氏はもうその気もないようで、楽しくスローライフをおくっている。キワコー氏の消息は不明。


「横代先生。職員の配置はどうしましょうか」

「掃除ぐらいは学生に任せても良さそうですか? ホシナさん」

「余所なら分かりませんけど、うちの学生なら大丈夫ですよ」


 その旧キワコー邱で、三人の打ち合わせ。キノーワにやって来て、すぐにウミーヤ邱を現金一括で買い取った美由紀は、今度はキワコー邱も買い取り、そのまま学園に寄附することになった。

 ちなみにキノーワの不動産は、王都グローハに比べて格安らしいから狙い目だってさ。狙い目と言われて買えるような値段じゃないけどな。

 巨大竜を倒し、携帯電話のようなものを使用可能にした美由紀は、王都に屋敷を幾つも買えるぐらいの報酬を得た。キノーワの屋敷二つで、王都の一つ分程度だそうですよ奥さん。


 神の恵み計画の案件で、現在の嵐学園は手狭になる。

 美由紀の構想では、城壁の外側、馬車鉄道の駅の近くに嵐学園第二キャンパスを造ることになっている。ただし現在の校舎とは距離があるし、キノーワ駅の設計からやり直したいらしいので、すぐには動きそうもない…たぶん。

 旧キワコー邱は、現在の学園から徒歩で四十分ぐらいかかる。新駅に行く方が近いのだが、まぁ一応中間地点にそれなりの広さの物件が見つかったのだから、これを使わない手はない、ということのようだ。


 旧キワコー邱には、邸宅の他に倉庫が二棟。あとは家畜小屋と使用人用の建物がある。使用人用…というか、家畜小屋と変わらない板葺きの建物に、粗末なベッドが並んでいた。貴族にとって使用人は家畜同様と良く聞くけど、本当に犬畜生扱いだ。

 ちなみにご近所のモリーク伯爵家は、住み込みの使用人にもちゃんとした部屋を与えている。旧態依然とした貴族と、実業家に脱皮した伯爵家の違いは、こういうところにも現れているようだ。

 なお旧ウミーヤ邱にも、薄汚れた別棟があった。家畜よりはマシな扱いだったようだが、買い取ったその日に美由紀が改装してしまったので、どんな様子だったのかは分からない。


「ホシナさん。学生寮の管理人はどうするんですか?」

「卒業生を二人雇います。一人はケサキ先生の後輩なので、実験の役にも立つはずですよ」

「ケサキさんの後輩…」

「大丈夫ですよ小牧先生。ちゃんと社会生活のできる人です」

「…………」


 ケサキさんは学園卒業生で、今は講師を務めている女性だ。俺の記憶回復の際にもお世話になったが、研究室に籠りっきりの不健康そうな人なのは知っている。ホシナさんの評価は、どうやらもっとあれなようだ。

 邸宅は少しだけ改装して寮にする。留学生が増えるためかと思ったが、国内の学生向けらしい。各国からの留学生は、一応は諸費用を国から与えられているので、寮に押し込める必要はないという。


「イズミも一緒に通わせるわ。集団登校すれば安心でしょ?」

「安心…といえばそうかな」


 小学生みたいと口に出かかったけれど、異世界でそれを指摘しても余計な混乱を招くだけなので我慢した。

 現在のキノーワで、若い女性が襲われるような事件はほとんど起きていない。俺たち衛兵のおかげ…というか、表に裏にいろんな人たちが頑張っているおかげだ。

 正直言えば、嵐学園に通うエリートが集団で出歩くことが良いか悪いか、判断できかねる部分もある。もちろん、実際には今のイズミは熊を素手で殺せるような身体だし、キノーワの管理者、つまり美由紀の加護もつくから何も問題ないけどな。



「あの…、停車場というものはどのように使うのですか? 横代先生」

「当面は馬車鉄道みたいなものを走らせるでしょうね。あれは先行投資なので」


 ホシナさんが指差した先。街路にはいつのまにか線路が敷かれている。これも神の恵み計画の一つとして美由紀がやらかしたもので、キノーワの主な街路に一斉に敷かれたが、現時点で具体的な利用計画はない。

 市電を走らせようにも、架線をひいて電流を供給するのは難しい。発電も変電も、この世界には設備が存在しないのだから。

 馬車は元から走っているので、レールを利用した乗合馬車を用意すれば、イズミの通学に役立つだろう。車輌は伯爵家が用意するそうだ。



 日本なら学校のグラウンドぐらいの広さがある旧キワコー邱。通りに面した側は小綺麗な庭と邸宅だが、一番奥の方には農地もあった。既に耕作放棄された状態で、草ぼうぼうになっている。その農地の側に、やや大きめの倉庫が建っている。

 美由紀の話では、表向きは農作業小屋だが、密輸品などを隠していた場所らしい。キワコー氏が王都の貴族にいろいろ売りつけていたことは、貴族の間では公然の秘密で、どうやら衛兵の上層部も黙認していたようだ。

 俺たちが密輸したら罪だが、貴族なら大丈夫。まぁ、そういう世界なんだよ、ここは。


 密輸に使われただけあって、倉庫は外からは目隠しになる場所。なので、俺たちが日本から持ち帰ったものを扱う場になる。家畜小屋なども倉庫にして活用。非常に汚いし造りも悪いので、神に頼むふりをして美由紀が処理するだろう。

 なお、寮内のトイレはすべて水洗式にする。下水道につなぎたいけれど処理施設がないので使えない。なので試験的に浄化槽を設置してみる…のだが、俺も美由紀も浄化槽の詳細を知らないわけだ。

 持ち帰った書物の中に浄化槽に触れたものはあったから、それを読んで試作することになる。試作自体が神の恵み実験の一つだ。


「そうそう、ホシナさんもあれを試してくださいね」

「な、なんでしょうか?」

「とりあえず、男の口からは言いづらいやつです」


 せっかくなので、嵐学園職員にも水洗トイレを試してもらう。

 向かいの我が家の入口近く、近所の子ども用に設置したトイレに、ホシナさんを連れて行く。何というか、大小便をお試しくださいってのもあれだ。

 結果は言うまでもない。新しい世界が開けた顔は良いものだ。いや、やっぱりあれだよな、用便が済んですっきりした顔は、特に見たい笑顔ではない。


 水洗トイレは、遠からず世界中に広まっていくはず。

 もちろんそのためには、糞尿が肥料として売買されている状況を変えなければならないし、処理システムを普及させる必要もある。

 気持ちいいことは分かっても、衛生的であることの価値は、すぐには理解されない。それに、糞尿を売って収入を得ている人たち、回収業者、利用する農家の問題もある。この世界で、人糞は資産なのだ。

 それらのすべてを俺たちが解決できるわけはないので、最終的にはそれぞれの国が考えることになる。

 何というか、面倒くさい話。

 良かれと思ったことを即導入できるほど、この星の人類の歴史は浅くない。俺たちはキノーワにサンプルを用意して、活用法は各国に持ち帰って考えてもらうしかないのだ。



「ホシナさん、嵐学園は何歳から入学できるんでしたっけ?」

「十歳からです。横代先生も先生ですから、そこは覚えていただかないと」

「ごめんなさい。どうも勝手が違って…」

「はぁ…?」

「えーとホシナさん。ここに十歳の子も入るってことですか?」


 さりげなく美由紀が余計なことを言いかけたので、慌てて会話を遮る。

 ちなみに、美由紀は自分の素性を語る際には、遠くの国の貴族の落とし胤と言っていたらしい。もちろん真っ赤な嘘だが、この世界の常識を知らず、身なりが良いということで適当に考えたのだろう。俺に言わせれば、その適当さが美由紀らしいと思うが、その苦し紛れの設定がある程度は通用したというから困る。みんな純粋すぎるぞ。


「予定ではそうなってますね。小牧先生、何か問題でも?」

「いえ…、問題はありませんが、そんな若い子が親元を離れて暮らすなんて大変だなぁ、と」

「そうですね…。十歳で入学できる学校は、この国でここしかありませんから、送り出す側はいろいろ心配なさるようです」

「なるほど」


 俺の知る限り、この世界で学制を定めている国はない。学校というのは、王侯貴族の子に教養を学ばせる場として作られ、詳細はそれぞれ学校ごとに決めている状況だ。

 イズミの元婚約者ザイセンが通っている王都の学校は、十二歳から入学。十七歳ぐらいまで在籍して、在籍中にだいたい婚約は終わらせ、卒業時には結婚する感じらしい。日本の知識が混じってきた今の俺の頭では、理解できないシステムだ。

 嵐学園は十歳から入学で、共通語――エラン語――と計算の試験がある。創設者の太郎兵衛さんは、ほとんど日本の知識を思い出せなかったのに、しっかり日本の進学校っぽい形にしている。しかも、十歳からというのは、他の学園に優秀な生徒を奪われないためだという。

 もっとも、年齢を下げたのはただ青田買いするだけではなかった。


「そういえば横代先生。子ども向けの学校を作られるとか伺いましたが」

「ホシナさん、その話はどこで?」

「えーと………」

「学長ですね?」


 そもそもこの世界に、十歳以下の子どもが学ぶ場はほとんど存在しない。貴族や大商人は家庭教師を雇うが、それ以外は何もなし。一部の町に、江戸時代の寺子屋みたいなものは存在するけれど、キノーワの住民の識字率はせいぜい三割程度らしい。

 年齢を下げれば、それだけ長く学ばせることができる。嵐学園は、小中高一貫教育みたいなことをやろうとしていた。


「公にはできないのですか?」

「神の案件ですし、他の国にも作るという話なので、できれば会議までは黙っていただけると嬉しいです」

「す、すみません」


 とは言え、受験戦争を勝ち抜く十歳なのだから、現状の嵐学園はこの世界の上澄みをさらっているに過ぎない。

 だから小学校を作る。これは美由紀と俺が絶対にやりたいことの一つだ。

 ホシナさんに、秘密にするように頼んだのは、校舎と教科書を管理者に用意させるため。神の恵みの一環と称する以上は、参加する国に対してある程度平等に設置しなければならない。

 幸か不幸か、管理者の能力はとんでもないから、仮に数十万箇所に校舎を造れと言われても、即座にやってのけることが可能。じゃあ他のインフラ整備もやればいいと思うだろうが、人類が何でも管理者任せという発想になっては困るのでやらないだけだ。

 …まぁそもそも、管理者は人類のためだけに存在するわけではない。人類が助かるインフラが、他の生物の迷惑だったりするのは間違いないからな。


 小学校は、それをおしても設立したい。

 作らないと、神の恵み計画といったところで、担い手が育たない。しかし、育たないという感覚自体が共有されていない現状で、この世界の人々に促しても、動きが鈍くなるのは目にみえている。これだけは無理矢理にでも押しつける予定だ。


「この縄張りしている場所なんですよね。横代先生」

「お答えはできませんが、ここだけ学園の土地にはなってませんね」


 キノーワでは、とりあえず三箇所に小学校を設置する。うち一つはここだ。旧キワコー邱の一角を使う。

 無駄に広い敷地のほんの一部で、面積でいえば我が家で子どもの遊び場になっているエリアより狭い。最低限の敷地と建物だけ。小学校の価値が理解されていない以上、なるべく設置のハードルは下げなければならない。

 実際に通う子どもも、当初はそう多くはないだろう。キノーワでは、町の評議会に働きかけて補助金を出させ、昼飯のパンは用意させる予定になっている。それでも、町の子どもたちの半分も集まらないと予想している。

 だいいち、先生がいない。冒険職事務所のアラカ所長に依頼を出してもらったら、どうにか人数は揃うと返事があったけど、子どもと一緒に勉強しそうな頼りない先生も混じるようだ。

 もちろん教科書も存在しないから、モリーク伯爵家にひな型を頼んでいる。イズミが家庭教師からエラン語を学んだ時のものをまとめるのだ。プリントの印刷は、神の恵み案件に含めるので、各国に配られる予定。

 何もかも時間が足りないが、一年遅らせれば一年分勉強が遅れる。毎日の授業はエラン語の読み書きと簡単な算数、お昼を食べて終わりという暫定的な時間割も作ってしまった。

 そのうち、嵐学園の学生を借り出して、理科や社会にあたる内容を週に数回しゃべってもらう計画になっている。


 これらの計画は、ほぼ美由紀が一人で立てている。

 レベル300の身体は一週間徹夜でも元気なのだが、それでも時間が足りず、家の中では常時分身を作って動かしている。さらに、時の流れをいじっているから、俺の目には早送りのようだ。

 そういう意味では、確かに神の恵みなんだよな。名目上の神――管理者――は何もしてないけど。働かせようにも、人類に関する知識がないからどうしようもない。



 え? 俺?

 一応、俺はいろいろ貢献してるぞ。


「こーいち~」

「ば、場所はえら…」


 こんな風に美由紀の慰み物として、日々貪られているぞ。と言っても状況が分からないだろうが、ホシナさんがちょっと目を離した隙に、我が新妻は猛然と抱きついて唇を奪ってくるわけだ。

 そしてしばらく、立ったまま舌を入れて舐め回す。なんて破廉恥! しかし現在、美由紀は時間を操っているので問題ない。

 管理者の力を使えば、この星限定ではあるが、時を止めることも戻すこともできる。ただし、止めたりするともう一人の管理者が気づくので面倒くさい。だから今は、俺と美由紀だけがものすごい速さで動いている。一秒が十分に相当するぐらいで、実際には一秒分も使わないから、よほど移動しなければばれることはない。

 で、だいたい五分相当は抱き合って、一時的なストレス解消となる。いやー、こんな説明を俺は今、魔空空間で美由紀とベロベロやりながら話しているんだぜ。すごいね俺。


 なお、これを普通の人間がやると、あっという間に老化してしまうらしい。まぁ美由紀はあれだし、今の俺は美由紀の管理下だから、その辺は大丈夫だそうだ。

 美由紀に力を半分渡した管理者も、まさかの使い道に唖然としているだろう。頼むから、羨ましいとか言わないでほしい。人間はなんと酷い生き物だと絶望して、今後も管理者の役を続けてもらいたいものだ。




「この後はコーデンさんに会いに行くわよ、弘一」


 美由紀が存分に発散した後、ホシナさんと別れた。いや、俺も嫌いじゃないんだけどさ。新婚だし、実はもっとすごいこともしまくってるし、その辺は諸事情により割愛させていただきます。

 で、コーデンさん…と言いつつ、彼が執事を務めるモリーク伯爵家は素通りして、新しい南西門の方に向かう。

 ちなみに、その門には鉄路門という名が付くらしい。そのまんまな名前になったのは、期待の大きさの表れなのだと、衛兵上司のワースさんは渋い表情でつぶやいていた。

 ついでに、渋い表情だった理由をあえて解説すると、大きな門と新しい街路で、ますます敵兵が攻め込みやすくなるためである。

 いずれ空が戦場になれば、地上戦用の城壁なんて無用の長物になる。ワースさんには生きづらい世の中…って、どうでも良すぎる話だった。


「まだ仕事があるのかよ」

「当たり前じゃない。というか、貴方は今日、何か仕事をしたの?」

「門番やってたぞ。早退だけど」


 神の恵み案件に俺がどっぷり関わることは、もちろん衛兵側に伝わっている。で、しばらく休みになる…わけはなく、平日午前中のみという勤務になったのだ。

 今朝のように、勤務時間の大半は書類整理。ワースさんからは、後を託せる人材がいれば休めるというありがたい言葉もいただいた。そして補助員も数名、支部の事務所から派遣されているが、すべてを押しつけるのは夢のまた夢。

 もちろん、俺自身は衛兵をやめたいわけじゃない。美由紀の手助けは俺にしか出来ない部分があるから仕方ないけど、門番の仕事は楽しい。書類整理だって、他の仕事を掛け持ちしなければ問題ないわけで。

 まぁこれからの俺は、掛け持ちを続けることが確定している。その意味では、本来なら他人に一番委ねやすい書類整理をどうにかしたい。小学校に期待するのはそれだ。衛兵が確認する書類なんて、大した計算でもないんだから。


※ファンタジー世界の学校が実学に偏っているのは、その方が楽しそうという書き手の欲求なのでしょうが、嘘くさくないですか? 英会話と英語で論文を書くのは天と地ほどの差があるわけで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ