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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第六章以後の閑話
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閑話 戻りたい者たちへ 前編

「うっ、急に頭痛が…」

「ふむ…」

「え? 何? お、俺の過去が…」


 廃屋のような長屋の隅で、うす汚い作業服の男が、突然頭を抱え出す。

 そんな景色をこっそり眺め、ついでに実況する者がいる。あ、俺だ。小牧弘一だ。みんな元気だったか?


「目を覚ましたか佐藤よ」

「え……あ、貴方はまさかスケキヨ」

「スケキヨでもシズマでもない。我はこの世界を統べる神である」


 ………………。

 …………………。

 つ、突っ込まないからなっ、美由紀。


 サト・タゲーシ二十七歳。無精ヒゲと反比例する薄毛がトレードマークの、ただの人間だと情報にある。そんなただの人間の前に、ゴム顔の人形が現れるという非常事態。非常事態なのに、ちゃんとスケキヨという名前が思い出せるんだから恐ろしい。

 ゴム顔は宙に浮いて、例によって口の辺りがぐにょぐにょ動いている。そして、やたらと仰々しい言い回し。

 これはこの星の神…管理者ではなく、美由紀がその真似をしているだけ。もっとも、今の美由紀は神と呼んで差し支えない存在だから、真似というのもおかしいのか。



「で、では俺は日本に生きていたのに…、こんな世界に飛ばされたのか!?」

「左様。佐藤、貴様はとある神に手違いで召喚された者だ。そやつは非常にいい加減な神でな、貴様の記憶を封印した上で、勝手にこの星に放り込んだのじゃ」

「そ、そんな…」


 左様と佐藤で無駄に韻を踏む。中身が美由紀だけに、管理者のことは言いたい放題。ただ、あれがいい加減なのも勝手なのもだいたい事実だ。少なくとも、佐藤と同じ目に遭った俺、小牧弘一が保証する。

 それにしても佐藤の反応に違和感がある。というか、もっと驚けよ。


「そこでじゃ佐藤。貴様には二つの選択肢をやろう。一つはこのままタゲーシとして生きていく道。それを選ぶならば、召喚された記憶を封じて、代わりに多少の神の加護を付けてやろう」

「チ、チートな能力ですか!?」

「天寿を全うするよう願ってやるぞ」

「たったそれだけ…」


 佐藤。困った奴だな佐藤。そんな安易な発想だからあれにつけ込まれたんだ。俺が言えた義理じゃないけどな。


「もう一つの選択肢は…、今すぐ日本に返してやろう。召喚されたその時間に返してやるから、あとはそれまで通りに生きていくが良い。二度とこちらから呼び出すようなことはないので、心配しないでほしい」

「あの、チートなステイタスは…」

「日本で今まで通りに生きて行くが良い。さぁ、どちらを選ぶ」



 ………全然話を聞いてないな、美由紀は。良くも悪くも神らしい神だ。

 結局、チートもクソも勝手なことに変わりはない。そこに気づくべきだな、佐藤。



 佐藤は日本に戻ることを選んだ。

 イデワ王国ガラワウドに連れて来られ、港近くの工場で働いていたこの転移者――この星では来訪者と呼ぶそうな――は、三年経っても結婚相手はおろか、知り合いもほとんどいなかった。そんな彼が日本の記憶を取り戻せば、帰りたくなるのは当然だ。

 この三年間の記憶は、アクセス不能になる。俺が管理者にやられたような状態だから、日本に戻った彼がいつか何かを思い出すかも知れないが、恐らく思い出しても彼の未来は変わらないだろう。

 さらば来訪者。俺の同類よ。




「これで三人ね。あと何人いるのかしら」

「お前の見立てでは二十人ぐらいだったか」

「それは全員ね。太郎兵衛さんみたいに過去に飛ばされた人は、もうどうしようもないし」


 この星には、俺たちが管理者と呼ぶ者がいる。創造主であり唯一神、強大な力をもつ存在だが、横代美由紀がその力の一部を奪った。管理者と美由紀は当然のように対立し、紆余曲折あったが現在は和解している。

 そして、今までは各地で適当に信仰されたりしていた管理者が、直接に御言葉を発してその存在を明らかにした。で、今後は美由紀を代行者に任ずると布告したわけだ。

 まぁその辺はこれから動き出す話だけど、今はこっそり別件で動いている。そう、この世界で来訪者と呼ばれる者、日本からの転移者の処遇だ。


 佐藤、松本、鈴木、そして小牧。日本国内で運用されていたスマホアプリ「願いの楽園」には、特定の条件に達したプレイヤーを異世界に引きずり込む仕掛けがあった。

 正確に何人が転移させられたのかは分からない。唯一把握できたはずの管理者は、勝手に転移者を連れてくるシステムを作ったくせに、人類に干渉はしたくない…と、矛盾した対応を続けていた。せめて管理者がもう少し知能の高い存在なら良かったのに、人類の平均程度の頭しかなく、バカな選択を重ねてしまったわけだ。

 ともかく、そうして転移させられた一人が小牧弘一、俺だった。美由紀は俺を追って無茶な転移の果てにいろいろあって、小牧弘一の記憶はだいたい戻った。詳しく語ると面倒くさいので、各自で確認してくれ。え、何をって? メタな発言はやめろって? 知るか。

 ともかく記憶が戻ったからこそ、俺は提案した。他の転移被害者にも、せめて日本帰還の選択肢を与えて欲しいと。俺たちは戻らないけど、それはあくまで小牧弘一と横代美由紀の事情に過ぎないのだから。


 もちろん、地球帰還に何のリスクもないわけではない。美由紀は佐藤に何も説明しなかったが。

 戻ること自体は、たぶん問題ない。管理者の力はこの星ではきちんと働くから、その力で転移させるだけなら失敗はしないはずだ。

 ただし、俺たちが日本に戻った時に思い知ったことがある。転移させられた者は、地球から忘れ去られていた。つまり日本に戻っても、誰も佐藤を憶えていない可能性が高い。


 一応、その問題への対策は立てている。さっき美由紀が告げていたように、過去に飛ばそうというのだ。

 管理者は、「願いの楽園」の転移者を何人か過去に送っている。転移の際に、わざと時間軸をずらすことで可能になっていたらしい。俺にはどういう原理なのか理解できないが、地球からこちらへの転移でそれができたなら、逆方向ならより細かい時間指定が可能だろう、という認識のようだ。

 時間とともに急速に忘れ去られるなら、転移直後の時間に転移させれば良い。既に一人は転移させて、だいたい意図した時間に送れたようだ。たった今帰還した佐藤も、身近な人に忘れられるほどのことはないだろう。たぶん。



 なお、三人とも「チート」だの「ステイタス」だのと要求が多かった。「僕は本当は勇者なのでしょう?」と食い下がったマツモトム三十五歳もいた。お前のような勇者がいるかと返してやりたかったが、たぶんそいつに言うと北斗の奥義を繰り出しかねないのでやめた。

 ………。

 俺と同じく、スマホのゲームに熱中したバカたちなんだ。しかも、管理者の言い分を信じるならば、それぞれに世捨て人になりたい理由があった。だから勇者召喚され、チートな能力者になって女を侍らせたいという欲求まる出しになるのも仕方ない。

 え? お前もその一人なのかって?

 正直言えば、同じことを頼んだんじゃないかと思う。女は…、たぶん望まなかっただろうが。

 俺はたまたま美由紀に保護されたから、そういう気分にならずに済んだだけだ。



「それにしても、おかしいとは思わないか? 美由紀」

「何が? 誰も神様を敬ってないってこと?」


 ………いや、それはむしろ当然だろう? 敬ってほしいなら、せめてスケキヨはやめようぜ、美由紀。

 まぁ冗談はさておき、ここまで接触した転移者は、全員がイデワ王国にいた。美由紀がテルネイ王国で会った鈴木さん、それからコリエ王国に痕跡が残る一人か二人…と、他の国でも見つかっているけど、明らかにイデワに偏っている。

 管理者が言うには、この星のどこに転移するかは何も指定していないらしいのだが。


「本当は何千人も転移していたって可能性はないか?」

「あのゲームにそれだけ熱心なプレイヤーがいたと思う?」

「ぐうの音も出ないな」


 そんなしょうもないゲームに熱中したんだよ、俺は。あの頃の自分は、正直あまり思い出したくもないけどな。

 ちなみに、アプリ内で人数を確認する手段はなかった。ランキングみたいなものは何一つ存在しない。ゲーム内の宿屋で宿泊者の名前を確認できる程度だ。名簿にはだいたい見知った名前しかなかったから、何万人も遊んでいたなんて話はないだろう、というだけ。


「イデワはこの星ではマシな環境よ。管理者はどうしようもなく無責任だけど、酷い場所だけは避けさせたのかもね」

「まぁ…、良く生き残ってたよな、俺は」

「戦争のない時代の門番になれたのは、貴方の才能だと思うわ。私の弘一だし」

「その辺の評価はどうでもいいが」


 ショウカは年中軍事教練に借り出され、コリエは汚職がひどい…と、美由紀の話を信じるならば、イデワがマシというのは確かだろう。イデワだって、王族貴族が私腹を肥やすことに変わりはないけど、大きな街には大きなスラムという国に比べればマシ。

 …………貴族の立ち位置は、国によって違う。

 元はどの国の王族貴族とも領主だった。しかし、地球でいう工業化が始まりつつある状況で、領主は大地主程度に変わり、貴族の多くは鉱山や工場、商会などを保有することで生き長らえている。

 キノーワには大小四つの地主がいて、鉱山を所有していた二家は取り潰され、モリーク伯爵家は財閥の主に。残るゲンジ伯爵家は地主のまま、時流に乗り遅れてすっかり没落した名ばかり貴族になった。

 貴族ではない転移者たちにとっては、そんなイデワ王国が一番マシ。そう、比較の問題に過ぎないけど、マシ。


「どっかの貴族の息子に転移とかできなかったのか? 管理者は気がきかないよなぁ」

「転生じゃないのよ? 突然でっかい息子ができるって話だけど」

「どうせ記憶をいじるんだから同じことだろ? 美由紀が管理者の弁護にまわることはないと思うぜ」


 三十歳を越えたオッサンが、突然貴族の息子になったら…。転移だから顔も年齢も変わらないまま、マツモトム氏なら三十五歳の息子の誕生か。うむ、ちょっと想像したくない絵面だな。

 とはいえ、この世界で一番安全な職業が貴族なのは間違いない。仮に戦争が起きても、勇ましいことを言いながら自分たちだけは逃げ回れるし。


「次に行くわ、弘一。さっさと終わらせたいし」

「さすがのお前でも疲労するんだな」

「貴方がやってくれたらいいのよ。菊人形なら用意するわ」

「するな」


※後編は翌日公開。予定された後日談で、新作扱いで公開する内容ではないのでこちらで。閑話という内容ではありませんが。

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