閑話 一人の美由紀が二人の美由紀
※ここからはオマケみたいなものです。本編の続きは続編として公開予定。
ある日の朝、目が覚めた俺の前には、同じ顔が二人いた。
…………。
お約束で目の辺りをゴシゴシやってみるが、やはり二つ見える。
うーむ。
寝よう。
「起きないと、いいことしちゃうぞ」
「起きないと、悪いことしちゃうぞ」
「それ、どっちも同じ意味だよな!」
飛び起きた。
………。
やはり二人いる。十二人じゃなくて良かったよ、美由紀。
「では問題です。本物はどっち?」
「では問題です。本物はどっち?」
「何だよ、お前は伊賀者にでもなったのか?」
某有名忍者の影分身は、別に二人になったわけじゃなく、目の錯覚でしかないが、どうやら美由紀の身体は二つある。どちらも触らせてもらったが、ちゃんと質感もあった。何の質感なのかは回答を控えさせていただく。
で、これも一応は実験らしい。
「ちょっと、みんな来てー」
美由紀一号――便宜的にそう呼んで見るが、一瞬目をそらすと、もうどれなのか分からない――が声を掛けると、まさかの事態に。
屋敷のあちこちから、ぞろぞろと現れる美由紀たち。うむ、一匹いれば十匹はいる黒い奴じゃあるまいし、どういう状況だよ。
そうして美由紀たちは整列して、俺の前で仁王立ちした。ものすごい威圧感。いや、あの、主に肉体のとある二つの盛り上がりが。
「点呼!」
「美由紀275」
「美由紀250」
「美由紀225」
「美由紀200」
「美由紀175」
「ちょ、ちょっと待て! ちゃんと説明しろ、その…、美由紀一号!」
「ざんねーん、美由紀300でした」
…………何となく分かった。300か。そう言うことかよ。
美由紀が分身を造ったのは、これが初めてではない。王都でイズミと学校潜入をやらかした時に、既に分身は使っている。ただし、その時は二体が並ぶ機会はなかった。
で。
分身製造の方法は、以前と同じ。ただし、その際に身体の性能に制限をかけたわけだ。
300というのは、ゲーム「願いの楽園」におけるレベル上限。美由紀の身体は、俺がミユキとしてカンストさせているから、当然300ある。
それ以外の数字は、要するにそこまでレベルを下げた状態ということだろう。それはだいたい理解したが…。
「この世界にレベルはないんだろ?」
「だから実験よ」
実際、例えば「美由紀275」を造るにあたって、レベルをその数値に調整できたわけではない。ただ「レベル275で」と指定して分身を造ったというだけ。実際にそれが適用された証拠もない。
「戦わせてみれば分かるんじゃないかしら」
「どこで? お前が戦ったら町がなくなるぞ」
「例の広場は?」
「緩衝地帯で済むわけないだろ。四ヶ国が滅亡する。というか、あれを広場と言うな」
「弘一くんは一度にいろいろ言い過ぎ」
「ツッコミ所しかない発言しないでくれ」
結局、その「広場」に巨大な結界を作り、総勢十三人の美由紀と俺が移動した。
そう、十三人。1、25、50、75、100、125、150、175、200、225、250、275、300だ。
「レベル1は必要なのか?」
「美由紀1の相手は貴方よ、弘一」
「はぁ? バロロームするのか?」
「さぁ、私を滅茶苦茶にしてちょうだい!」
「人聞きの悪いこと言うな!」
そうして、一人の美由紀が俺に襲いかかってくる。
怖いっす。
俺はこれでも、世界一お前の恐ろしさを知っているんだぞ。あの巨大なヤツで頭を潰されるなんて、それだけ大きいのが好きでもそれだけは勘弁だぜ―――――――と。
「どう、弘一。これがレベル1の力よ」
「冗談だろ?」
「冗談じゃないわ。そう、俺たちの本気を見せてやるぜ」
「だから俺たちって誰だ」
プロレスの手四つみたいに組み合う。俺の方が背が低いし、美由紀の本体と組み合ったら、一瞬で潰されてしまうはずだが、古き良き日の試合のように力比べが成立している。それどころか、俺の方が優勢だ。
俺は美由紀1を押し込んで、コーナーはないが結界の端に追い込む。
うむむ。
この場合、次は逆水平だが、さすがにそれは…。
「スーパースターの真似は、絶対にしないでねチョップ!」
「痛っ! お前は少しぐらい躊躇しろよ」
「大丈夫でしょ? レベル1なら、貴方より弱いはずだし」
そうか?
確かに、目の前にいる美由紀1は、美由紀史上最弱なのは間違いない。逆水平を食らっても耐えられる。これなら痛みが分かるプロレスもできる。俺がやろうとするとばいんばいんしてしまうので、一方的に食らうしかないのが難点か。
しかし、痛いのは事実。
少なくとも、真面目に戦った場合に楽勝とはいかないだろう。まして、プロレスではなく殺し合いの場であれば、頭脳がそのままなら俺が勝てるとは思えない。
「本当にレベル1になってるのか? 正直言って、そこが疑問だ」
「では美由紀25、一つ懲らしめてやりなさい」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は悪代官かっ!」
…………。
もちろん戦ったわけではない。さっきと同じように、手四つの体勢で組んでみた。
で。
美由紀25は、びくともしなかった。どんなに力を込めても、指一本動かない。とてもじゃないが、人間と対戦している気がしない。
恐らくこれは、人類最強と称されるような人でも相手にならない。もちろん逆水平は、間違いなく一撃必殺になってしまうのでやめてもらった。
「まさか25に勝てないなんてねー。じゃあ出て来い、俺の友だち!」
「友だちじゃねーだろ!」
「美由紀メダルでも作ってみる?」
その場で十四人目を作ってしまった美由紀。
レベル10の美由紀だそうだ。
で、結局はまた俺が相手。手四つの力比べだけだ。
「………全く勝てない」
「それで衛兵がつとまるの? 特訓よ! 夕陽に向かって走れ!」
「なぁ美由紀。そろそろ真面目にやってくれ」
「せっかくのデートなのに、つれない人ね」
デート!? 思いがけない言葉に、一瞬俺の思考が停止した。
……さて、妄言は放っといて。
これらのレベル数値が確かに反映されていると仮定する。そうすると、恐らくこうだ。
この世界の人類は、だいたいレベル1から5ぐらい。ワイトさんでも、たぶん美由紀10に勝てない。コーセンさんは…、どうだろう。
その後は、美由紀たちが力比べをするのを美由紀300…というか本体と眺めていた。
それぞれの数値の美由紀には、確かに力の差がある。ただし、やはりこれはゲームのレベルとは違う。単に、それぞれの個体に力の差があるというだけだ。
結局はっきりしたのは、美由紀、そしてイズミのレベル300が、この世界で擬似的に再現されていること。ただし、レベルは数値化されていないから、それっぽい身体になるというだけ。恐らくは、老若男女全体の平均値をレベル1と仮定して、その三百倍程度の身体になったのではないか。
逆に言えば……。
「美由紀、実験だ。レベル300を作ってくれ」
「えっ?」
「レベルを擬似的に再現しただけなら、その後の何年かでお前は変わったはず。それを確かめよう」
「あー、なるほど。じゃあいくよ、りんぴょうとうしゃ…」
「それは伊賀忍者か、陰陽師なのか?」
そうして、十五人目が現れた。まぁ何人目だろうと、見た目は同じなのだが、今度は本体と対戦する。
互いにレベル300を再現した身体だから、同等の力になるはずだ。
「あれ…、思ったより弱い?」
「そうね。弱いわ」
「申し訳ないが、どっちがどっちだか分からない」
力比べは、意外にも片方の圧勝に終わった。つまり、二人は同等の力ではなかったわけだ。
で、その勝者は?
「さぁ、勝ったのはどっち?」
「お前だよ」
「全員、お前って呼んでほしいみたいだけど」
本体が勝った。それは二つの可能性がある。一つは、単にレベル300が正確に再現されていない可能性。あくまで美由紀がそう命じただけの身体なのだから、その可能性は否定できない。
が。
やはり、本物はこの数年で強くなった。そういうことなのだろう。
なお、十五人は程なく一人に戻った。美由紀は、せっかくだから使用人の代わりに働かせようと言ったが、俺はもちろん拒絶。いくら分身だろうが、美由紀にそんな役をさせるわけにはいかない。
それに、いずれ働き手はやって来るからな。裏庭の畑は、嵐学園の実験農場みたいな扱いになる。そこの管理を学生に任せる予定。要するにアルバイト先だ。
そんな形で、レベル実験は平穏に終わりを告げ……るはずもなく。
「では、みんなで滅茶苦茶にしてもらいましょうねー」
「ぃえーい、サービスサービス!」
「お、俺は了承してないからなっ!」
最初は四つ脚、次に二本で、最後は三本脚になる生物は何だ?
美由紀は、日中は二本脚、真夜中はいっぱいだ。俺に滅茶苦茶にされるとか嘯きながら、俺を滅茶苦茶にする生き物なんだ………。
※しょうもない話ですいません。そして、一応これで完結扱いです。
閑話はあと二つ書いているので、連載中に戻して追加する可能性はあります。ただ、正直言って表に出すクオリティにないので、このままかも知れません。
続編で第七章を書くので、これで終わりという感じではありませんが、ともあれ読者の皆様、ご愛読ありがとうございました。
 




