十四 イデワ王国で二級冒険職となった件
コリエ王国に移って半年以上。王都ヨウダイで宿屋を手伝う生活に、とうとう別れを告げることにした。
これから正規の冒険職になって、できるだけ移動の自由を得た上で、弘一を捜し回る。
その目的を果たすため、私は五つ目の国に移ることにした。
冒険職になること自体は、もちろんヨウダイでも可能だ。
宿にいたおかげで、多くの冒険職とも知り合いになった。ヨウダイにいる二級冒険職は、もう全員顔見知りだし、一級冒険職の人にも会っている。
その人たちに、特に悪感情があるわけでもないから、あの町で登録した方が気楽にできただろう。
だが、私は気楽に冒険職をやりたいわけじゃない。
目的は、小牧弘一の発見と奪還。そのために、自由に動ける立場になりたい。
残念ながら、ヨウダイでは弘一の情報が得られなかった。コリエ王国のどこかにいる可能性までは否定できないけど、いないと分かっている町を本拠とする意味はないのだ。
イデワ王国への出国は、今までで一番楽に済んだ。
なんといっても、半年暮らしていたわけだから、正規の手続きをする時間があった。それに、一部の衛兵は宿屋に来ていたから、顔見知りという条件も。
行かないでほしいと言われて、そこだけは苦笑いで返すしかなかったけどねー。
冒険職の人々にも、いろんな目的で引き留められた。
嫁に来ないか方面は、最初から却下として。
一緒に狩りをしたルチカさんはもちろんだが、他の冒険職の何人かにも、事務所に誘われていた。恐らく三級にはすぐになれると言われていた。
でも、三級ではダメだ。
この世界の冒険職は、等級によって世間での扱いが大きく異なる。一番大きな境目は、四級と三級。三級になって、初めて世間の扱いがまともになる…けど、三級ではまだ自由に動けない。
「願いの楽園」の冒険者は、画面を指でなぞれば勝手気ままに動けた。未開放の国でなければ、国境を意識する必要もないけど、現実の冒険職は全く違う。
所属する事務所で依頼を受けて、それが町の外での仕事ならば、期限まで外に出ることができる。期限の範囲内で、多少の寄り道は可能。ただし依頼は各事務所が出すので、遠く離れた場所に向かう用件は滅多にない。
別の町の事務所に移籍するには、所属する事務所の紹介が必要。ただし、紹介状はこれまた滅多に出ない。
優秀な人は囲い込もうとするから渋られる。そうでない人は、紹介する側の信用に関わるので、門前払いを食らう。
二級や一級になれば、別の町の事務所から指名依頼がくることもある。さらに国の上層部に信頼されれば、国外の依頼も受けられる。
そのレベルになって、有力者とも、ある程度のつながりを作りたい。ただし子飼いになったら逆に動けなくなるから、その辺の加減が難しそうだけど。
一年前は入院中の女子大生だった私には、ずいぶんハードなミッション。こればかりは、ミユキに頼る術もないし。
ともかく、きちんと仕事をこなしていれば到達できるのが三級。そして、長年にわたって堅実に仕事を続けていれば、二級に昇格できる。ただしそのパターンでは、昇格してそのまま引退のケースが多いので論外。
あとは、大きな成果を上げる。
指名依頼に足るだけの人材を求めているので、使える奴だと認められれば、速やかに二級になれるという。もちろん、それだけの能力があるという前提だが。
ミユキには、それだけの能力はある。
ただし――――、知り合いの前で「大きな成果」は、いろいろ気がひけるのも事実。だから環境を変えて、ついでに自分の覚悟も決める。そんな感じだ。
―――まぁ。
別れを惜しんだ冒険職とは、わりとすぐに再会する羽目になったわけだが。
五つ目の国のイデワ王国に入って、驚いたことがある。
鉄道があった。
鉄道といっても、電車ではないし蒸気機関車もなく、動力は馬。日本では百年前に一時的に使われ、すぐに消えた馬車鉄道だ。それでも、明らかに近代の香りがする大掛かりなインフラが整備されているのだから、この国は豊かなのだろう、と思った。
そして、恐らく馬車鉄道も来訪者が絡んだはず。断片的な記憶から、ちゃんと一定の正解に辿り着いていることに感心する。
コンクリート建築もそうだけど、料理に比べれば記憶を補正しやすいのかも。
馬車鉄道を何度も乗り継いで、王都グローハまでは七日かかった。
これまでと違って走らなかったのは、知り合いが増えたから。あの女は昨日国境にいたはずとか、こちらが気づかぬ間に不審を抱かれても困る。
もう全力の瞬間移動も大丈夫な身体。恐らく本気で使えば、王都に一発で移動できると思うけど、知らない町に瞬間移動するリスクは負いたくないのでやめた。
なお、探知能力ぎりぎりの端へ移動を繰り返した場合でも、一分以内に王都に着けるはず。とはいえ、やはりどこで誰に見られているか分からないので却下。
せっかくの鉄道だし、途中の町で情報を集めながら行けばいいだろう、と諦めた。
なお、馬車鉄道の運賃はとても高い。思った額と桁一つ違う。少なくとも、宿屋のアルバイト代では乗れない交通機関だ。
まぁ、こちらは例の換金分があるから大丈夫。そろそろ心許ないけど、王都で冒険職になって稼げばいいや。
何だろう、だんだん発想が堅気じゃなくなっていくような…。
途中で二つ町を通った。たぶん、コリエ王国と街並みは大差ないはずなのに、なんだか進んでいるように見えるのは、駅があるからだと思う。
この状況なら、蒸気機関の実用化はそう遠くないはず。工業化が始まる姿を、リアルタイムで眺めることになるのかも。
ああ、それにしても鉄道はいいなー。
山中を駆け抜けていた自分とは、生きる時代が違うような気がする。
日本との違いにはもう慣れたけれど、近代的なものに接すると心が落ちつくのは仕方ないのだ。
でも、馬糞の臭い付きなのが玉に瑕。何とかならないの?
グローハに到着した時、既に夜になっていた。
城壁の外側にある馬車鉄道の駅には、いくつもの線路が並び、乗合馬車と荷物を積んだ馬車が停まっている。ガス灯の光でわずかに照らされる程度の暗闇なのに、多くの人が行き交う。
馬車の向きをどうやって変えるのかと思ったら、数人で持ち上げてぐるりと回転させていた。すごい。どこかの博物館で実演を見ている気分。
――――――。
これまでの毎日が、博物館の中で暮らしていたようなもの。それなのに、一番新しそうな場所でそれを感じてしまう。
あまりに古すぎると、そもそも過去として認識できない。不思議といえば不思議だけど、そんなものなのかも。
そこから町に入ると、広い街路には点々と街灯が灯っている。その数は少ないし、ガス灯の光は弱いけれど、ここでまたほっとする自分がいた。
そして私は気合いを入れる。
ここで私は目立つ。目立って、できるだけ最速で二級になる。
翌日。宿を出た私は、繁華街や王宮など、王都のめぼしい場所を一通り眺めた。
この町には、なんと高層ビルが建っている。十階以上あるビルなんて、日本の地方都市にもなかったりするのに。
中には動かす方法が分からないエレベーターがあったりして、いかにも来訪者が伝えた感じだ。そんなあやふやな知識で建てた高層ビルなんて、地震が起きたらどうする気なのかと思う。まぁ、とりあえず建ててしまうのは王都の見栄っ張りなんだろうな。
他国のビルの高さと階数を知って、それより少しでも高いのを建てる。それが国威高揚につながるという発想は、地球と全く変わらない。
地球との、気味が悪いほどの類似。今の自分は、それを当たり前のように受け入れて生活しているんだな…と実感する。
という感慨もそこそこに、この国の冒険職事務所におもむいた。
事務所本部は、コリエ王国の本部とだいたい同じ規模。中に入ると、冒険職用の受付だけが見える。依頼者用は別の入口で、きちんと分けられているのは悪くない。
というか…、この景色はゲームで見た記憶がある。この国ではなかったかも知れないが。
「いらっしゃいませ。依頼者用の受付は、いったん外に出て、右手を進んで曲がった奥です」
「いえ、登録に来ました」
「あ、登録でしたか」
受付は男女いて、女性の方が流暢に教えてくれたわけだ。そりゃまぁ、今の自分の格好は、食堂で働いていた時と同じ。この見た目では依頼者だと思うのが普通か。
それでも、手慣れた様子で奥の部屋に案内され、そこで簡単な説明と書類提出となった。
説明文の書面があったので、借りて目を通したら、なぜか驚かれた。よく見ると、あちこちに漢字が使われている。記号の代わりらしく、私には逆に意味が取りづらいが。
ちなみに、この世界の識字率は当然低い。冒険職にも、貼り出された掲示が読めない人は珍しくないと、確かショウカにいた時に聞いた。
それから約一時間後。出来上がった身分証明には、五級と書いてある。
三級以上の証明カードは、偽造防止を兼ねた魔道具になっているらしいが、五級は何もないらしい。つまり偽造し放題。
というか、五級なんて偽造する価値もない。
さぁ、ここからが勝負だ。
親切に世話をしてもらった受付の女性に、手っ取り早くランクを上げる方法を聞いたら、また驚かれてしまう。
やはり高級な村娘の格好ではおかしいか。
それでも、これまでの事例を幾つか教えてもらった。
その中で、最も手近でやりやすい方法を、私は選んだ。そう、奥の訓練場で模擬戦を続けるというものだ。
「そちらで昼から飲んだくれの皆さーん。まさか冒険職さんですかー?」
「ああ?」
「私が受付に来た時から、ずーっと座ったままですよねー。お仕事が見つからないんですか? まさか、貼り出してある依頼を受けられないランクですか? あー分かりました。飲んだくれには頼めないって断わられたんですね。それも仕方ないですねー」
「何を!」
「き、貴様、五級の女がほざくな!」
「その五級の女に罵られて嬉しいでしょう? 相手にされてるんですよー?」
「悪いが俺たちは三級だ。そのふざけた口の落とし前、どうつける!?」
「落とし前も何も、見たままのことを言っただけですよ。酔っ払いに務まるような三級でしょ? 何か偉かったんですかー?」
「クソ、この女…。いいか貴様ら、ここから帰すな!」
「あらあら五級にバカにされて泣いちゃったんですかー。お姉さんがよしよしして…あげるわけないでしょ? というか、誰が逃げるって? オッサンこそ、身の程を知った方がいいわよー」
適当に煽っていく。気乗りはしないが、面白いように釣れる。
残念ながらこれはミユキの能力ではない。横代美由紀は口が達者だった。さすがに、ここまで酷い台詞を連ねた記憶はないけど、やればできる子だった。
慇懃無礼に挑発を続けて、訓練場に連れ出した人数は、ざっと十五人。大漁大漁。
受付の二人が慌ててやって来たが、何が起きても事務所は責任を取らないと、契約書を暗唱してみせると、それ以上は何もしなかった。たぶん、多少のいざこざは日常的に起きているのだろう。
「皆さんは私を倒してくださいね。武器はご自由に。何人でかかってきても構いません。どうせ皆さんじゃ私に勝てませんから」
「きれいなねーちゃんのくせに、身の程知らずだな」
「皆さんに褒められても嬉しくもないですよ。その代わり、私が負けたらお好きにどうぞ」
「押し倒してもか!?」
「倒せるものならご自由に」
「よし、乗った!」
この場に弘一がいたら殴られそうな台詞を吐く自分。
けど、今は自己嫌悪に浸る間もない。事務所に着いてからまだ一時間半。ギャラリーも集まってきた会場で、最速の二級を目指すために、私は耐える!
「ちくしょう、もう俺はダメだ…」
「弱すぎ。さっさとひげ剃って禁酒してね」
「だらしねぇなぁ、俺が倒してやるぜ!」
「威勢のいいお馬鹿さんでちゅねー。酔っ払って自分が見えなくなってまちゅねー」
「その減らず口を塞いでやるぜっ!」
それから二時間経過。
私は村娘の服装の上に、市場で売られていた皮の鎧を着けている。鎧としての役に立たないことは一目瞭然だ。
そして、左手に小さな盾を持つ。右手は何もなし。剣も刀も持たず、そして最初に立った位置から一歩も動かずに相手をし続けている。
動いているのは上半身と口だけ。もう挑発は要らないと思うけど、煽り倒すことにだんだん快感を覚えつつある。まずいなー。
盾でゆるい攻撃は防御する。そもそもミユキにとっては、すべての攻撃がゆるすぎて、あくびが出るほど退屈だ。
ただ、防御しているだけでは宣伝が足りない。
「お、今ちょっとかすりましたよー」
最初は冷やかな視線だったギャラリーも、一時間を過ぎたぐらいからは攻撃側の応援にまわっている。
かするというか、わざと少しだけ当たっただけだけど、ざわついた。そのうち、触っただけで英雄になれそうな勢い。
「でも回復するから無駄ですねー」
「いつまでも余裕ぶってんじゃねーぞ!」
「なら、もう一度かすらせたらどうですか? かすったぐらいじゃ倒せませんけどねー」
これ見よがしに回復魔法を使って、傷を直す。
もちろんそれは、私は回復魔法の使い手ですよ、という宣伝を兼ねている。
この世界では、魔法使いというだけで貴重だ。攻撃でも回復でも、使えるだけでランクが一つは違う。
その上で、自分がより安全に…というか、超常の力を使わずに済む方法を考えれば、回復魔法しかない。必ず後衛になるし、モンスターを倒したという称号もつかずに済む。だから剣は持たない。
「なかなか見事な盾さばき、相応の実力者と見た。参る」
「実力者かどうかは自分で確かめてくださいね」
三時間近くになると、最初にいた酔っ払いは消えて、身なりも態度もまともな人たちばかりになる。ギャラリーの様子も変わってきた。
そして、このところは二人続けて二級が相手。こちらの動きを探るような戦い方になっている。
もっとも、二級だから苦戦するわけじゃない。酔っ払いも二級も違いはないし、一人ずつ向かって来るから、むしろ手数が減った分対応が楽になった。
「ぐっ…」
「折れてしまいましたねー。残念」
勝負をかけて来た時には、盾の端で剣を軽く打つ。偶然振り回した盾に剣が当たったように見せかけて、刃を折った。まぁ三本も折ると、偶然なのか怪しくなってくるけど。
結局、四時間近い大立ち回り。四人目の二級が疲れ果てて倒れたところで終了となった。
こちらから終わりを告げたわけではない。そもそも、いつまでやるのか考えてもいなかったし。
事務所の職員が終了を宣言して、ギャラリーから不満の声も上がらなかったので、私もそれに従った。
「お騒がせしました。そして皆さん、おつき合いいただきありがとうございました」
終わったということで、頭を下げる。スポーツじゃないから、終わればノーサイドなんて話はない。恨む人には恨まれるだろうけど、その辺はまぁ仕方ない。
とりあえず、酒でも差し入れしようか………と。
「ちょっといいかね君、私は侯爵家の…」
「ウチの方が先に目をつけたぞ」
いきなり囲まれてしまう。
どうやら、途中から増えたギャラリーには、スカウトの皆さんが混じっていたようだ。
後から聞いた話では、始まって一時間後には、有力貴族などに情報が伝わっていったらしい。その意味では、派手に目立って能力をアピールする目的は達していたといえる。
「皆さん。新人冒険職の処遇については、事務所で預った上で検討いたします。本日のところはお引き取りを」
そこに本部の人間が割り込んできて、スカウトの皆さんを体よく追い出した。
残念ながら私はフリーではなく、五級冒険職。しかも事務所内の訓練場なのだから、その指示には従わざるを得ないのだろう。渋々といった表情で出て行った。
ちなみに、やって来たのは受付の女性ではなく、初老の男性。かなり鍛えた身体で、威嚇するように私を連れ去ったのだった。
「公爵がお待ちだ。その汚い皮鎧だけでもどうにかしてくれ」
「四時間の攻撃に耐えた優れものですよ」
「子どものおもちゃだろう」
「まぁそうですけど」
初老の男性は、事務所の責任者だった。
怒っている口調ではない。よれよれの皮鎧を見て呆れているけど。
「失礼します。例の新人冒険職を連れて参りました」
「おうご苦労、入りたまえ」
事務所二階の奥。応接間のような部屋に通されると、立派な身なりの男性が立っていた。
なるほど、この人が公爵という人種か…と、思わず好奇の目線を向けてしまい、すぐに気を取りなおして挨拶する。
仕方ないでしょ。悪代官の知識しかない人間が、いきなり本物を見たらどうなるか。ここはテーマパークかって思うでしょ?
「ヨコダイ、ミユキ君だな。キジョーという者だ」
「はじめまして。横代美由紀と申します」
日本では滅多に見かけない燕尾服の男性。私はこの世界の貴族に対する礼儀を知らないので、記憶の範囲で対応するしかない。
この緊張感は、なるほど、テーマパークの見せ物じゃないなぁ。
「随分力を抑えているようだったが」
「いえ、今にも倒れそうでした」
さーて。
地球でこんな対面なら、緊張して倒れている。だけどまぁ、もう一度死んだ自分。今さらどうでもいい配慮なんてしない。
幸か不幸か、この公爵はなかなか食わせ者だ。そしてどうやら、自分を評価はしているようだ。
「いずれ、身の上話など聞きたいものだ」
今は聞く気はない、と。これは簡単には逃げられそうにないな。
結局、それから二日間は事務所に泊まるよう告げられた。
魔法使いであると判明した以上、今後は護衛…というか監視役がつくという。
それを聞いて、ちょっと失敗したと思った私であった。
「ヨコダイミユキ殿。本日付で二級に認定する」
「は、ありがたく…」
「予定通りだろう?」
「まぁ…、そうですね」
二日後。
改めてキジョー公爵に面会し、二級認定の書面を受け取った。
公爵はイデワ王国の冒険職を管轄する大臣だから、そのお墨付きを得た形になる。だから確かに予定通り。
ちなみに、五級から三日以内の二級昇格は何人かいるが、回復職では初らしい。
後衛にまわる回復職は、あまり派手な活躍をしない。だから、こんなことは考えられなかったという。
―――――まぁ。
本当は回復より得意な分野があるだろう? 公爵も事務所の責任者も、言外に匂わせているが、言葉にしないことに答える必要はない。誰だって建前で動くしかない時はあるのだから。
王都での仮住まい先も割り当てられた。
事務所に近い、それなりに大きな屋敷。一応は一人部屋だが、隣の部屋には監視役が入るという。で、監視役に選ばれたタクセイさんとも挨拶をした。
タクセイさんも回復職の魔法使いだという。同業の方が監視も楽という判断のようだ。
「横代美由紀です。よろしくお願いします」
「ああ、タクセイだ。同じ二級同士、気楽に接してくれ。ところで、冒険職の経験は本当にないのか?」
「はい、全くないです」
「本当かよ…」
ずんぐり体型のタクセイさんが呆れ顔でこちらを見るが、本当なのだから仕方ない。冒険職の仕事の邪魔はしたけど、そういう職についたことは正真正銘ないわけで。
とにかく、しばらくの間…なのか分からないけれど、監視下に置かれた私は、人物と能力を見定められることになる。当然、移動の自由はない。
もしかして、宿屋のアルバイトの方がマシだった? それはない。
長い目で見れば、二級の肩書きは大きいはず。試用期間を大人しくやり過ごして、その先を考えるしかなさそう。
二級になって二ヶ月。監視されながら依頼を受ける日々は、それでも忙しくて身動きが取れなかった。
派手なデモンストレーションのおかげもあって、仕事には全く困らない。
回復職は元々少なく、二級はイデワ王国内に三人だけ。そして私は―――、他の二級回復職の仕事内容を見て、困惑していた。
二級五人で組んだパーティ。タクセイさんが回復職として参加するなかに、私は見習いで一度加わった。
二級といっても私は未経験者。監視役と同行なら一石二鳥ということで決まったもので、もちろん私は無給。いなくてもいい依頼なのだから当然だ。
依頼内容は、モンスター捜索、見つかれば退治という、よくあるもの。
最初から発見されていれば冒険職に依頼は行かないから、モンスター関係はだいたい捜索がメインになる。
もっとも、モンスターは突然変異なので、事前に発見されていることは少ない。
既に見つかっている場合、それは被害が出たこととほぼ同義になる。冒険職に依頼して、被害が出る前に終わればそれが一番なのだ。
「タクセイさん。仮に見つからない場合、どの程度捜索するのですか?」
「そうだなぁ。今回の依頼は二週間だから、まぁその間は探す形になるか」
「時間の無駄…ですよね? 皆さん、探知能力もお持ちでしょうし」
その瞬間、タクセイさんが不思議そうな表情になった。なぜ?
「探知…、そんなものに頼らない方がいいぞ。ミユキちゃん」
「そうですか?」
「動物の存在が分かっても、モンスターかどうかは近づかなければ分からない。自分の目でちゃんと確かめるのは冒険職の基本だからな」
「ははっ、分かりました先生!」
「俺は先生じゃねーって言うの」
「年齢的にもそんな感じかと…」
「ミユキちゃーん、タクセイは独身なんだぜ。若く見られたいんだ」
「やかましいわ!」
そうなのか。同じ探知能力と言っても、どうやらその中身は違うらしい。これはいっそう、使い方に注意しなくては。
私の探知能力は、周囲数キロ範囲ならモンスターの位置を特定できる。対して、この世界の普通のそれは、動く生物ぐらいの曖昧な識別しかできない。正直、今の自分がこれ以上、ミユキの能力を種明かしするわけにはいかないし、できれば使わずに済ませたい…が、私の訓練を兼ねているのだからそれも無理。
なお、探知能力でタクセイさんの年齢も私は知っている。二十九歳、日本なら結婚適齢期、そして若い先生、何も問題はない。
しかしこの世界の適齢期は二十二歳ぐらいまで。そして、なぜか先生は老人のイメージ。いや、先生のイメージは、単にこの人たちが習った環境の問題かも知れない。全員同じ学校の同級生だったらしいし。
現地に到着するまで二日。捜索を始めて、発見するまでさらに二日。男四人に女一人という構成だったが、さすが二級だけあって皆さん紳士だった。
事務所で挑発に乗った連中と、同じ冒険職として括られるのはどうかと思う…けれど、皆さんは彼らにも多分に同情的だった。
「ミユキちゃん、あれが素じゃないんだよな?」
「さすがに見知らぬ人を罵倒はしませんよ。…普段は」
「やべー奴が来たって大騒ぎだったんだぜ。飲みしろ出されて、だいたい機嫌はなおってたがな」
なるほど。どうやら餌付けは成功したらしい。
二級認定時に、軟禁の代償としてもらった金を、そのまま酒場に渡した。自分は飲めないので、皆さんどうぞ、と。
大した金額じゃなかったと思うけど、騒がせた詫びはしなけりゃね。
「ミユキちゃんは、なぜ俺たちについて来ようと思ったんだい?」
「それはまぁ、タクセイさんに誘われましたから」
「タクセイとは脈ありか?」
「ないです。全く」
「分かってても聞くなバカ野郎!」
脈の問題はさておき、私があちこちから誘われたのは事実。そしてその中には、あの時に私に挑んだ人もいた。
最後の方で戦った二級の冒険職は、スカウトに来た人たちがあの場で雇っていた。一級昇格の噂のある人も混じっていたのに、私は盾だけで守り切った。おかげで昇格が遠のいたなんて話もあるようだ。
私に勝たなければ一級になれないというのも酷い話。まぁ、いくらでも汚名返上のチャンスはあるだろうけど。
「その剣は全く使われてないな」
「はい。手持ちで軽いのを選びました。護身用のつもりで…」
「二級が護身用はないと思うぞ。というか、本当は使えるだろ?」
「使えないから盾で戦ったんですよ」
「そういうことにしておくか」
前線で戦う二級を完封した時点で、あの場にいた何人かは疑っているらしい。剣も使えるはずだと。疑うというか、確信されている。
ミユキじゃない横代美由紀の力を見せつければ、納得させる自信はある。文系の大学生が本気を出せば、腰を抜かして気絶ぐらいの技はいけそう。
ただ、そうなる前に防御が発動するだろうな。気絶する間に周囲が更地になるかも。そもそも、美由紀が危険を感じるぐらいの状況となれば、更地程度じゃ済まないような気もする。
タクセイさんのパーティにした理由は、もちろん監視を兼ねるからだし、彼が人畜無害という点もある。実際には悶々としているのかも知れないけど、それを自制できるだろう。
他のメンバーも、冒険職にしては穏やかな人たちだ。三人は既婚者で、名を挙げて一級を目指すという感じでもないらしい。
そこで知らされた事実。このパーティになったのは、お上のお達しがあったためだと。
急に時代劇調にする意味もないけど、貴族がいる社会というものに疎い私にとっては、悪代官みたいなものを連想するのが一番楽だ。え? 悪は要らない? それはそうだけど、悪じゃない代官はテレビで見ないから…。
二級認定に立ち会ったキジョー公爵。冒険職を管轄する大臣でもあるその人は、これまでこの世界で会った人物の中でも一、二の切れ者という印象がある。その公爵に目をつけられる…のは、当然だ。
私が二級をとるために使った魔法は、そもそも二級相当ではなかったのだ。
「しかし、今回は楽だな。ミユキちゃん様様だ」
「タクセイは転職した方がいいぞ」
「そ、そんなことありませんよね。後ろから状況を見守って、適切な指示を出せる人は大事ですし」
「まぁそうだな。冗談だから気にするな、タクセイ」
「冗談というか…、ミユキちゃんって、本当に二級なのか?」
「少なくとも偽物ではないと思いますが…」
パーティは、基本的に三人が戦い、タクセイさんは後方で補助をしながら、必要があれば回復魔法を使う。そこで私は何度か、タクセイさんと交代して訓練した。幸い、出現したモンスターは、数はそれなりにいるものの攻撃力の低い小型のものなので、おあつらえ向きの演習となった。
で、私はまぁ、補助というほどの仕事もないので、ひたすら回復魔法をかけた。かすり傷程度でも、そこから感染する可能性もあるので、こまめに回復するようにした。
すると、その日の戦闘が終わった後、四人に囲まれたのだった。
「そういやぁ、あの時も三時間以上かけ続けてたなぁ」
「ええ、まぁ、そう…ですね」
「もしかして、それが当たり前だと思ってるのか?」
「ええ、まぁ、そう……でしょうか」
正確に言えば、あのぐらい使えれば文句なしに二級にはなれるはず、と思っていた。しかし、どうやら大きな誤解があった。
まず、回復魔法は無限に使えるわけではない。体力と同様に、魔力も休めば回復するけれど、だいたい使うのは一日数回。だから今日のような場合、誰も危機的な状況になっていないので、終了後に一度かけるのが正しいやり方だった。
私はもちろん、戦闘中はずっとかけ続けた。一人あたり何回と数えることもできない。そもそも魔力が枯れるというイメージはないわけで…。
それから、回復というのは傷を回復するか、体力を回復するか、相手の状態を見て選択しながら使う。しかし私はもちろん、常に全回復。疲労を感じさせるようではいけないと頑張ったのは、完全に裏目に出たようだ。
途中でまずいと気づいた私は、一応、魔法の使いすぎで疲労したふりをしてみた。多少はごまかせたようだが、大して変わりはなかった。
「もうそろそろ終わりですか?」
「そうだなぁ…。ミユキちゃん、そっちに行ったぞ!」
「えっ?」
戦い始めて二日目の午後。
モンスターは散り散りになっていて、効率の悪い狩りになったけど、どうにかほぼ終わった頃、気の抜けた声で危険を知らされる。
自分の方に来た?
今はメンバーはばらけていて、私の周囲には誰もいない。そして小さいながらも、本当にモンスターはこっちに走って来た。あー、よりにもよってまたお前か。山羊型モンスターめ。
「ミユキちゃん、盾使って避けろ!」
「あー、はい」
手持ちの盾は、鍋の蓋程度の小さなもの。正面から襲ってくる敵を受け止めるには向いていないので、右側に避ける。ついでに少しだけ頭を横から突いた。
…………。
ぐしゃっと音がした。
「大丈夫だったか?」
「ええまぁ、私は…」
足元には、首から上がなくなったモンスターが倒れていた。
私はただ押しただけ。
ただ、それなりに命の危機を感じていたせいか、力の加減がうまくいかなかったようで、盾はそのままモンスターの頭を潰していた。
「………討伐の証明はできますか?」
「ま、まぁ角の破片はあるからな」
近くの木の幹に刺さった角を引き抜いて、タクセイさんは引きつった笑いのまま、こちらと目を合わそうとしない。
うーむ…。
「これは一級行くかもなぁ」
「あの…、よく分かってないんですが、一級は、なった方がいいものですか?」
「あのねぇ、なりたくたってなれないの。お分かり?」
「す、すみません。何しろ初心者なので…」
「むしろ、今までどうやって隠れてたって感じだけど」
触れられたくない話題に差し掛かったので、どうにかごまかした。
それにしても、この世界を生きるのは難しい。ミユキを掌握できなかった頃に比べれば、この程度の悩みなんてどうでもいいものだろうけど。
その後は、一介の回復職としてパーティに加わった。回復職が必要な依頼は、だいたい期間が長めだから、二ヶ月で三つしか受けていないが、すべて顔ぶれは違う。
これも公爵の指図らしい。
多くのパーティ、それも、公爵が信頼する人たちと顔をつないでほしいということなのだろう。どこまで把握しているのか分からないけど、公爵は私を相当に高く評価しているし、逃げられては困ると考えているようだ。
まぁ、信頼されないよりはいいんだけどね…。
「すごいなミユキちゃん。あの距離で回復できるのか」
「え、まぁ…」
この国で一番と言われているらしい、一級のタイゾさんとも一度仕事をした。もちろん回復職として参加、イデワの有名人の活躍を後ろから眺めた。ついでに、やはり私の魔法は異常だった。
なお、一級ともなれば、だいたいは魔法使いでもあるようだ。ヒゲ面で頭にバンダナ…ではなくタオルを巻いたオッサンだけど、タイゾさんも魔法使い。いや、別にいいんだけど、どうもイメージが…。
「これが当たれば肉マシマシーっ!」
「うるさいぞ、タイゾ!」
敵を凍らせるという、なかなか便利な魔法を使うタイゾさんだったが、呪文…ではなく欲望を叫ぶスタイルは非常に辛い。少年少女の夢を砕くのはやめてほしい。
同行パーティのメンバーにも不評のようで、その辺の常識があったのは良かったけど、当人にやめる気がないからどうしようもなかった。
なお、タイゾさんの魔法は、肉マシマシが全力の半分程度らしいが、もしも人間に当てれば指二本が凍傷になる模様。おかわり三杯――全力――が指四本なのだとしたら、大した能力ではなさそうにも思える。
この世界での魔法は、地球人が夢想するファンタジーなそれとは違って、地味だし威力も弱い。複雑な呪文を唱えると威力が増すとか、そういうものでもない。私が何も声に出さないように、肉マシマシにも何の効果もない。強いて言えば、同行メンバーの気力を削ぐぐらいで。
タイゾさんの本業は、山賊のような大刀と強弓。その辺の卓越した技量に、役に立つレベルの魔法を加えて、一級認定に至ったようだ。要するに、魔法は世界の秩序を乱さない程度のおまけの能力という位置づけだろう。
「おうミユキちゃん、回復頼む」
「……何か回復する所があるんですか?」
「キミにフラれた、俺様の恋心、かな?」
「寒…」
さすが魔法使い。私の心も凍りつく…じゃない。こんなものに乗せられてたまるか。
まぁしかし、同行の皆さんによれば、今日は楽だったし、タイゾさんの機嫌もいつも以上に良かったらしい。
そして、いろんな理由をつけながら魔法を使わせようとするのは、公爵の指示らしい。この辺の面子になると、指示されて素直に聞くわけでもないけど、使える女なのかという興味はあるのだろう。
彼らの結論は、ヨコダイミユキはイデワにとっての貴重な戦力。性格は思ったより常識人。カッコイイ男性にも全く興味なし。以上。
冒険職の皆さんが本当にカッコイイのか異論もあるけど、そもそも私は弘一にしか興味がない。会えなくなって一年以上を過ぎても、そこは何も変わってないから。
とりあえず、訓練場で煽り倒したあれは計画的な犯行で、普段から他を見下しているわけじゃない。その辺は伝わったようだ。
……………。
伝わったから、あの一件にも呼ばれることになった。良かったのか悪かったのか…。結果オーライではあるんだろうけど、ね。
ともかく、イデワの冒険職たちと一応の面識ができた頃に、世界を震撼とさせ…なかったけど、させるはずだった大事件が起きたのだ。
※久々更新、で、またちょっと空きます。次はいよいよバラバラ事件ですね。
※魔法の説明は皆さんいろいろ考えていますね。そもそも本作の場合、少なくとも「法」ではないので、別の呼び方を考えてもいいのでしょうが。
制度としての冒険職(冒険者)は、どう扱うか難しいものです。基本的には、アウトローをコントロール下に置く手法と、ハロワの折衷みたいなイメージで考えています。既に領主制は崩れつつある世界ですし、今さらギルドはないかなぁ、と。




