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女神は俺を奪還する  作者: UDG
特別編:美由紀の過去
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八 「絶世の美女」脱出計画

 二つめの国、テルネイ王国。奴隷制がない王国だという話は聞いているけれど、それ以上のことは何も知らない。

 …いや、「願いの楽園」で開放されていたから、訪れたことはあったのだろう。

 ただ、ミユキを操っていたのは、あくまで小牧弘一。最後に私が引き継いで、意識がしっかりしている時に一応すべての国には行った気がするけれど、記憶はほとんどない。


 そもそも、背景はあくまで背景。眺めることはできるが、触れることはできないし、NPC――だと思っていた住人たち――に話しかけることも不可能。

 せめて、背景が本物の世界だと知っていれば、もう少し注意深く確認したんだろうなぁ。知っていたら、「注意深く」で済む話じゃないけどね。

 今さら言うことじゃないけど、怖すぎるわ、あのゲーム。



 まぁ…。

 それ以前の話として、ここに転移する直前の横代美由紀の記憶は曖昧だ。

 曖昧といっても、みんなが弘一を忘れていったように、私にも何かの力が働いた…わけじゃない。

 既に治療行為が終わっていた私。正確に言えば、既に手の施しようがなかった私。だからその意識は間もなく混濁して、そのまま短い生涯を終えるはずだった。

 そんな状況の中で「比較的マシ」な状態は、辛うじて自己認識ができている…という程度でしかない。スマホをいじれたことが奇跡といえるぐらいに。


 …思い出したくない記憶だった。

 そういう拒絶反応も含めて、曖昧なんだろうな。

 あの段階から回復した例なんてないだろうし、地球にいれば貴重な実験体。もっとも、ミユキはここで実体化しただけで、向こうに行けばそのまま消えて御陀仏?



 とにかく。

 知らない国のことを知りたければ、やはり中心都市に行くべきだ。ソロン王国の時とは違い、今度は最初から王都を目指している。

 国境の町で衛兵に地図を見せてもらい、ルートを確認。その後は、例によって探知能力を使いつつ走る。だいたい馬車で四日かかると言われた距離を、三時間で走りきった。

 休みなく走っても、息一つ切れない。冗談のような身体には、少しずつ慣れてきた気がする。


 人間や馬車などを探知した時は、ほぼすべて避けた。

 ただ隠れたわけじゃなく、山林に潜って走り、その先で街道に戻る。森の中ではスピードが落ちるけど、馬車を追い抜くぐらい余裕だ。

 馬車って、もっと速いのかと思っていた。

 さすがに競馬のサラブレッドほどじゃないにしろ、砂ぼこりを挙げて走る映画のシーンをイメージしていたのに、実際の馬車は自転車程度のスピードしかない。

 …もっとも、あの乗り心地の悪そうな車で全力疾走されたら、吐きそう。せめてもう少し、道路が整備されていればいいんだろうけど、テルネイ王国の道のレベルは、ソロン王国と大差がない。


 脱線しちゃったよ。線路もないのに…って、独り言でジョークは寒い。反省。


 旅人を避けるようにしたのは、情報収集の対象と捉えるのをやめたからだ。

 ソロン王国では、貴重な人類だし、旅人ならいろいろ知っているだろうと思い、時々は話しかけていた。

 だけど、旅人同士では、やはり相手を選べない。人攫いが来るか、盗賊が来るかも選べないから、情報の集まる都市で収集活動に励む方がマシだと気づいた。

 うん。

 奴隷商人との会話は、ストレスしかたまらなかった。

 この国は表向きは奴隷がいないはず。だけど、一人歩きの女性を見れば何を考えるか分からないのは同じだし。幸か不幸か、ミユキの身体はこの世界では絶世の美女扱いらしいし………。



 絶世の美女。

 自称も他称もされたくない称号。

 どうやら、この問題は避けて通れないようだ。


 とても言いたくない過去だが、地球の横代美由紀は、美人として扱われることが多かった。はっきり言えばモテた。非常にモテた。彼氏持ちだと断わっていたけれど。

 じゃあそれが絶世の美女?

 たぶん違う。グラサンの人がそうじゃないって歌うぐらい違う。



 ミユキの身体は、一箇所を除けば横代美由紀そのものだ。だから、日本と同程度にモテることはありうる。

 とはいえ、所変われば好みも変わる。美しさなんて、所詮は文化的尺度に過ぎないのだから。

 最初に会った人攫いは、私を奴隷にしたがっていたけど、それはあそこに押し込められていた六人と一緒。「お嬢ちゃん」の評価は、若いし醜くはないという程度のものだと考えていた。


 しかし、どうやらこの世界での評価は、地球の日本より上だと、マオンの町で思い知った。

 オノルさんは、何度指摘しても色目をやめなかった。これでは独身も仕方ないと最初は呆れたけど、そのうち気づいた。

 あの人は自制していた。

 別れ際に、嫁にしたかったと言われたが、本当はアレだったらしい。二十四時間、私を押し倒したくてしょうがなかったらしい。

 そして、そう思っていたのはオノルさんだけじゃなかった。門番のお兄さんも、役場の爺さんも、出会った人すべてが私を狙っていた!

 身分証明を作る時に、爺さんの顔が赤かったのは、あれも自制していたから。

 これは対策が必要だ…と認識を改めざるを得なかった。

 冗談だと思うでしょ?

 自分が絶世の美女過ぎて困るって。


 …対策は、これも結局は魔法だった。

 そもそも、このモテようは異常だ。恐らくは、ミユキの身体が何らかの強制力を周囲に及ぼしているはず。それがレベル300のせいなのかは分からないけど。

 少なくとも、男を夢中にするスキルはない。それは戦闘の役に立たないし。あーでも、相手を惑わすから、あったら使えるのか。


 「私は絶世の美女ではありません」と思い込ませる魔法は、よほどのことがない限り使いたくない。他人の記憶をいじるのは嫌だし、それ以前に対象が多すぎて無理。マオンのような状況なら、全人類が対象になりかねないし。

 なので、結界で自分の気配を消す方法をとった。

 可能ならば、「絶世の美女」と思わせる強制力を見つけて遮断したいけど、今のところそれだけを発見する方法もない。なので、「影が薄い女」を目指すことにした。


 そしてついさっき、私は成功した。

 あえて向こうからやって来る馬車を、避けずにすれ違った。

 御者はもちろん、私がいることに気づいていた。恐らく、馬車の中にいた人たちも、人間の女が歩いていることは見えたはず。

 だけど、呼び止められなかった。

 私は勝った。いや、何に。シロ?


 ただし、まだ無意識に調整できない部分が残る。

 その辺は、私がミユキの身体を支配しきれていないせいなので、すぐには解決できないだろう。




 なお、途中でモンスターを探知したので、ついでに処理しておいた。

 見つけたのは、馬モンスター。けっこう大型で、鍛えれば重賞レースもいけたかも知れないのに、可哀相な人生。あれ? 馬生か。


 この世界のモンスターは、決まった形があるわけではなく、どちらかと言えば病気にかかったようなもの。不治の病に冒されたという意味では、私と同じ立場だ。

 ミユキの身体で無理矢理生き残った私が、モンスターを狩るのも皮肉な話。

 ただし、意識が残って肉体が死にかけた私と、意識を奪われ肉体が残った彼らは、やはり違う。

 もしも可能ならば、再び正常な意識で生まれ変われるよう願っておく。この世界の魂のありようはよく知らないけどね。


 馬モンスターは、解体してその場に埋めた。

 持ち歩けば、その理由を問われて厄介なことになるし、死体を見てもモンスターかどうか分からないから、馬泥棒みたいな扱いを受けかねない。

 正直言えば、そろそろ路銀が心許なくなっている。馬肉をどこかに持ち込んで換金できれば良かったんだけどなー。


 この世界のお金は、相変わらず最初の奴隷商人からもらったものだけ。

 テント暮らしなら問題ないけど、王都でテントを張るのはかなり嫌…と、カバルガの町が見えた。

 石造りの城壁に囲まれた町。壁はかなり高い。この世界にきて、まだ戦争の話は聞いたことがないけど、どことなく好戦的な雰囲気がある。


 戦いに巻き込まれるだけは避けなければ。

 ミユキはたぶん、一人で敵を皆殺しにするだろう。そんなの冗談じゃない。


※八が長くなりすぎたので分割しました。あの食べ物との出会いは九の後半で。

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