表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神は俺を奪還する  作者: UDG
特別編:美由紀の過去
61/94

七 異世界の厳しさ(?)を知る

 初めて異世界の人間社会に触れた日。

 街を見物しようかとも思ったけれど、時刻は既に夕方だったので、夕食をとることにした。初めてのこの世界の食事だ。


 宿の一階は、食堂を兼ねている。

 テーブルは四つ。切り盛りしているのは、受付にいた女性だ。

 この宿は女性一人でやっているらしい。手がかかる時には、近所の人が何人か手伝うというけど、ガラの悪そうな客相手に大丈夫なんだろうか、とも思う。何しろ、最下層の私が泊まれる宿だし。


 ――――というより、自分が襲われる心配をした方がいい? その辺はまぁ大丈夫。

 あれから、いろいろ私も研究を積み重ねた。

 相手が襲いたいという意志を見せれば、こちらの防御が働いてしまう。だから結界でごまかす。

 この場合の結界は、それこそパーテーションのように、白い壁を出現させる。壁は幻影ではなく、実体化させておく。これは、幻影の場合、間違って飛び込んでくる可能性があるからだ。もちろん、飛び込んだ物体は、その瞬間に切り刻まれてしまう。無意識の殺人者にはなりたくない。


 さらに、眠っている間は、気配も極限まで消すようにした。私以上の能力がない限り、探知能力でも引っかからないはず。

 ここまで対策したんだから、あとは神頼みでもするしかないなー。



「別嬪さん、見ない顔だなぁ。旅人かい?」

「別嬪ではないと思うけど、旅人です」

「おいおい、その顔で言われちゃ困るなぁ」


 狭い食堂で、相席になったのはがっしりした体型の中年男だった。どうやら隣の家の住人で、町の力仕事担当らしい。いかにもそんな感じだ。

 追い払おうかと思ったけど、隣の家の人間だし、たぶん誰が来てもこうやって声を掛けるんだろう。しばらく適当に話を合わせることにした。

 食事の方は、ごった煮、炒めた芋、煮豆。正直言って、あまりおいしくない。これはまぁ、この土地の味なのだろう。口に合わなかったとしても、仕方ない。


 相席の中年男――オノルさん――は、どうやら宿の用心棒も兼ねているらしい。そのわりには、さっきから色目を使ってくるんだけど。

 さりげなく指摘したら、自覚がなかったらしく謝られた。

 素直に謝られると、こちらも何も言えないので、その話題は自然消滅した。


 で、オノルさんと、宿の女主人――エフカさん――の二人に、この世界のことを教えてもらった。

 もちろん、私生児で籠の鳥で…と、あの無茶な設定をフル活用している。

 ソロン王国の地理や歴史などはもちろんだが、奴隷のこと、そして自分が今着ている服の評価まで、根掘り葉掘り聞いた。

 二人とも、とても親切だった。相変わらず、オノルさんは無自覚に色目を使うし、エフカさんの様子も時々おかしいけど。


 「願いの楽園」の世界。ここがそうだということは、はっきりした。

 ソロン王国という名前も、聞き覚えはあった。ただ、二人の口から出た国名の中には、ゲームの中で開放されていた国があって、それらの位置関係も合致している。信じられない話だけど、ゲームの景色の中に自分がいるのは間違いない。

 …ミユキがここにいるんだから、信じられないはずはないよね。


 そして、ゲームの世界のままだから、分かった。

 これは厳しい道のりになりそうだ、と。



 広大なマップが魅力というあのゲームは、だからといってすべてのマップが公開されていたわけではない。国が全部で三十ほどあるという説明があるのに、実際に行けるのは六ヶ国だけ。ソロン王国は、ゲームでは名前しか登場しない国だ。

 そもそも、六ヶ国の位置関係はいろいろ不自然だった。

 隣り合った四ヶ国はさておき、残る二つは飛び地のようになっていた。ゲームで遊んでいる人間にとっては、ただ未開放の場所があるというだけだが、開放したくない国があったということだと思う。

 たとえばここはソロン王国。奴隷が認められている。

 もしもこの国をゲームで開放すれば、NPCが奴隷を捕まえたり買ったりする姿を見るだろう。あの人攫いに出会うかも知れない。開放された国でも、背景がこの世界のままなら、犯罪の現場に出くわすことはあるはずだけど、人攫いはさておき、奴隷制度は合法だ。合法だから堂々とやっている行為が、ゲームのプレイヤーに不快感を与えることになる。


 二人に聞く限りでは、奴隷はそれほど一般的ではないという。

 あくまでも、一部の貴族が使っているもの。認可制なので、お金があれば買えるものでもないという。

 そして、解放することも可能。だけど、やはり差別は残る。

 日本のプレイヤーが「楽園」とイメージするゲーム世界に、あって欲しい要素ではないよね。


 ――――――なお。

 「村娘の服」は、最下層の身分にはこれでも上等すぎるらしい。古着じゃないことは、エフカさんには一目でばれた。オノルさんは区別できないらしいけど。

 かといって、今さら古着を買う気にもなれないから、そこは諦めることにした。というか、知らない国で古着を羽織ることに抵抗もあるし。



 それから数日、宿に滞在しながら町や周辺を歩き回り、夜は二人に教えてもらう日々が続いた。

 言葉はたぶん、どこでも大丈夫そうだ。

 ミユキというプレイヤーキャラは、この星の言語を一通り使えるように設定されている…のだろう。一見して読めない気がする文字も読めるし、日本語を話しているつもりの私の声が、ちゃんと現地語になっている。美由紀とミユキとの間で違和感は残るけれど、一応言葉に関しては不自由せずに済みそう。

 食事は、口に合わないけど食べられないほどでもない。ミユキの身体は、多少は食事をしなくても大丈夫だし、どうやら毒の類は一切効かないし、これもどうにかなるだろう。


 文明と文化の違いは大きい。

 電気もない、ガスもない、水道もない。銀座で牛を飼いたくなるぐらい前近代的だ。工業化以前の社会と言っていいだろう。

 貴族が土地を支配する。封建制の社会になっている。チョンマゲの人はいないし、何となく西洋っぽい? その辺は私も勉強不足でよく分からない。

 ……ゲーム世界がそういう感じだということは知っていた。だから驚きはないけれど、ここで暮らすのは大変そうだ。



 一番困ったのが、魔法だった。

 ゲームでは、魔法スキルは初期設定で二つぐらい持っていて、ログインを続けていれば五つぐらいは獲得できた。使う機会はあまりないけれど、だいたい他のゲームでも魔法は使えるものだし、特に不自然だとは思わなかった。

 ま、それはあくまでゲームだから、だけど。


 この星の住人にも、魔法を使う者はいる。

 ただしその数は非常に少ない。たとえば、マオンには四千人ほどが暮らしているけれど、魔法使いは一人もいない。ソロン王国全体でも、その数は十人程度らしい。

 さらに、使える魔法もごく限られている。

 水や火を出したりする魔法と、傷を少し回復させる魔法などはあるが、どれも私が使える力とはレベルが違う。

 そう。何が困ったのかと言えば、私…というかミユキがもつ能力は、この星の常識を遙かに超えたもの、それが分かってしまったのだ。

 ………未だに融合しきれない身体は、それだけ超常のものだったからなのだろう。むしろ、分離しない方がおかしい。




 こうしてマオンにしばらく滞在して、とりあえず出した私の結論は、もう少し知っている土地に移ろうというものだった。

 つまり、ゲームで開放されていた国に行きたい。


 奴隷制度のある国は、やはり落ち着かない。何より、奴隷を当たり前として受け入れている人たちとの会話は、思った以上に困難だった。

 せめて、もう少し居心地のいい場所で弘一を探したい。ソロン王国に、弘一がいるらしい形跡は見つからないし、今のところは日本とのつながりも見つからないし。


 そこで向かうことにしたのはテルネイ王国。理由は、開放済みだった国のなかで、ソロン王国に一番近かったから。

 開放されていた六ヶ国は、どれも奴隷制はなかったはずだ。まぁ、ゲームでテルネイ王国に行った記憶はほとんどないんだけど。

 そう。ほとんどゲームで遊んでいない私にとって、開放されていても未知の空間であることに変わりはない。

 どれでも、とにかくまずはソロン王国を脱出しなくては。



 宿で世話になった二人に別れの挨拶をすると、引き留められた。

 オノルさんに至っては、涙を流していた。

 そこまで親しくなったかな…と思ったら、嫁にしたかったと言われたよ。乾いた笑いしか出て来ない。

 こんな胡散臭い流れ者を選んじゃいけませんよ、と伝えておく。

 そして―――――。

 もっと気配を消さなくては。私の相手は弘一しかいないんだから。



 それはさておき、お世話になったのは間違いないので、こっそり部屋に謝礼を残して去った。

 ミユキが所持していたゲームの通貨も、アイテムバッグの中で実体化していた。しかし、この世界のものとは違うから、残しても無意味だ。

 そこで、ゲームのお金を、素材として扱うことにした。

 金貨、銀貨、銅貨と名付けられていたお金は、本当にそれぞれの金属でできている。なので、魔法でどうにかできるかと試してみたら、ソロン王国の金貨もあっさり造れてしまう。偽造技術が進んでない国の通貨なんて簡単だった。

 とはいえ、偽物を他人に渡すのは嫌だから、ただの金属の塊を造った。そのまま素材として売ればいいように。

 残していったのは、銀の塊を数十キロ。どうせなら金塊と思ったけど、やめた。

 通貨の価値をみる限り、この世界でも金は貴重品だ。そんなものを置いて行けば、たちまち私は怪しまれるだろう。いや、あの二人は怪しまないかも知れないが、換金しようとした時点でまずいことになる。二人に迷惑をかける可能性も高い。

 私が換金してから渡せばいい? それは無理。元から怪しい旅人では、銅の塊でも警戒されるだけ。




「お嬢さんはどちらへ向かわれるのですか?」

「はい、テルネイ王国に用がありまして」

「ほほぅ、では私の馬車はどうですか? 近くまで参りますが」


 街道では、探知能力で人間がいるか確認しつつ、ミユキの身体能力で走った。馬車よりずっと速い…けど、すぐに探知してしまうのであまり走れない。

 そして出会った馬車の半分には、奴隷が乗っていた。

 すべてが奴隷売買ではなく、単に雇われた奴隷が働いているだけのケースもあったが、どっちにしろ同席したくはなかった。

 同席すればきっと、解放したくなる。だけど、この国では合法なんだ。

 それに、奴隷になった者自身も、そのままでいいと言い出したりする。そんな会話は耐えられない。


 どうにか国境の町まで到着したが、ここでも問題が起きる。

 国境を越えるには、そのための許可証が必要。しかし許可証は、普通の市民にはなかなか発行されないという。ひどい話だ…と、昔の日本の関所を思い出す。


 ここで私が取れる方法は三つ。

 一つ目は、より上位の身分を手に入れる。封建制の世界だから、身分が低いと何をするにも困るし、ソロン王国内で最低ランクのままでは、すぐに奴隷の道が待っている。どっちにしろ検討しなければならないが、今すぐそれは難しい。

 二つ目は、黙って待つ。無理。

 三つ目を決行した。


 申し訳ないが、ミユキの力を使う。

 堂々と関門に歩いて行った私は、国境を取り締まる衛兵に、一瞬だけ催眠をかける。そして転出、転入の手続きをさせて、テルネイ王国に入国した。

 使いたくはない手段だが、正規の手続きをしてもらったので、これ以上の方法はない。

 ついでに…。

 催眠で人を操る魔法が、ちゃんと使えることを確認する結果になった。


※次は26日深夜を予定。テルネイ王国の話は、本編第6章にも一部書いています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ