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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第一章 新婚ストーリーは突然に
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五 モンスターを狩るのはモンスターです

※残虐描写が含まれます。なお本作では、殺人描写の予定はありません。

 あの大袈裟な寝室で眠るには、まだ勇気が足りない。

 昨夜の俺はそう言って、「物置」の自分のベッドで寝た。美由紀はそれを、笑って許してくれた。


 横代美由紀は常識人だ。

 俺に関することを除けば、各方面に筋を通して、きちんと挨拶と説明をしている。いや、俺に対しても、この屋敷に連れ込んでからは常識的な対応と言っていい。

 昨日の朝の勢いでは、いきなり初夜を迎えるとか言い出しかねないと思ったが、会ったばかりの相手に要求する気はないようだ。

 ほっとした…反面、恐ろしい。

 こんな常識人が無茶苦茶にやらかすような何かが、自分にあるのだとしたら。


「キノーワは雨が少ないから大変ね」

「まぁ、水の確保には苦労してる。王都の魔法職に来てもらって、貯水池に水をためてもらったこともあったな」

「嫌がられたんじゃない?」

「そりゃあもう、嫌がられたなんてレベルじゃなかったらしいぜ」


 軽口を叩きながら、二人で向かったのは冒険職の事務所。何となく並んで歩くことに抵抗があったので、美由紀に先を行ってもらう。

 なぜ抵抗があったって? 決まってるだろう。恥ずかしいのだ。

 恥ずかしいと言っても、知り合いに見つかって冷やかされるからではない。いや、それも恥ずかしいが、それ以前の問題があった。

 白いシャツとジーンズという特徴のない格好。ただし下ろしたての新品を二人は着ている。そう、巷では絶滅したと伝えられるペアルックだった。もちろん美由紀が揃えた服だ。

 それだけでも十分すぎる理由だが、同じ服装になったことで二人のスタイルの差がはっきりしてしまう。彼女の脚が長いのか、俺が短いのか。ああ、どっちも、だよ。

 なお、俺の方が背がやや低い関係で、並ぶと彼女のアレが嫌でも目にとまる、という問題もあるが、そこは追究したくない。どうせ顔に出て、大声で性癖を叫ばれるのがオチだ。


 それにしても、敵の事務所に二日連続で訪れるとはなぁ。

 昨日よりは緊張せずに入ってみると、昨日と同じぐらいの注目を集めた。ただし、相変わらず美由紀の容姿へのものであって、五段に対する敬意とか敵愾心ではないようだ。やはりあれは相当な機密だったらしい。

 受付は昨日とは違うオッサン。しかし、その応対は丁寧だ。というか、すぐに所長が出てきた。たぶん、向こうも予期していたのだろう。


「一番遠くて、一番難しそうな仕事が欲しいんですけど」

「そ、そうですか。ヨコダイ様にやっていただけるなら光栄です」

「別に、誰がやっても仕事は仕事でしょう」


 冷静に返された所長が口籠るのを見て、にやっとしかけた俺は、慌てて表情を戻す。

 一日経てば、どんな異常な環境にも慣れてくる。というか、衆人環視の場であれば、美由紀の言動に警戒する必要はなさそうだ…と思い始めている。圧倒的に俺より頭がいいし、物知りだし、話し相手と考えるなら退屈しない。

 まぁ、正面切って顔を合わせると動揺するのは相変わらず。閉鎖空間は避けなきゃいけない。そう考えると、あの屋敷の無駄な広さも役に立っているんだろう。


 結局、美由紀は一つの依頼を引き受けた。これはまぁ、キノーワ支所への挨拶代わり。そして、「五段」の意味を俺に教えるためらしい。

 正直、昨日初めて知った五段がどんなものか、興味はある。なので俺は、現役の衛兵だから依頼には一切参加しないが、離れたところから見学できればする、という条件でついて行くことにした。

 離れた位置からはどうせ何も見えないだろう。とはいえ、近くで戦ったならその証拠は残る。後から話だけ聞いても、それを信用できるかは怪しいからな。

 で、依頼は徒歩で三日ほどかかる距離の村で、奥地にモンスターの気配がするという内容。期限は一ヶ月とある。


「ずいぶんアバウトな依頼だな。むしろ衛兵の仕事じゃないのか」

「アバウトだから衛兵が動かせないってことよ。はっきりすれば後は任せればいいし」


 この世界にはモンスターと呼ばれる生物が出現する。それは特定の姿をもっているのではなく、変成した特異体だ。

 何らかの目に見えないものの影響で、生物の身体の組成が変化する。その変化に耐えられず死んでしまうことが多いが、生き残ったものは凶暴化して町を襲うこともある。

 たとえば凶暴化したウサギ程度なら、大きな被害にはならないだろう。しかし、運悪く大型生物の特異体が多数現れれば、軍隊を出して討伐する事態になる。


「いつになったらモンスター化を防げるんだろうな。学者は何をしてるんだって思う」

「大元は分かってるのに防げないのは、技術的限界でしょうね」


 大元というのは、要するに目に見えないものを放射する物体のことだ。それは幾つも発見されているが、どれもただの石だ。

 少なくとも、人為的に造られたものではない、という。何も解明されてないのだから、それを判別する術もないはずだが。どっちにしろ、頼りない話だ。


「それに、研究自体を妨害する人たちもいるらしいし」

「何だよそりゃ。何の得に……って、そういうことか」

「そういうことね」


 理不尽な妨害行為。しかし、その理由は今の俺たち――正確には美由紀――が示している。

 モンスターがいなくなれば、衛兵も冒険職も仕事が減る。いや、冒険職はともかく、衛兵の仕事が減るのは良いことだと思うが、その代わり経費削減で人数を減らされる。生産活動をしない衛兵は、多ければ多いほど国を傾けるのだ。


「ア…美由紀はよく引き受けてるのか? こういう仕事を」

「たまたま滞在した町で頼まれた時には、後方支援ぐらいは引き受けたわ」

「そんなものか」

「そんなものでしょ。モンスターなんて滅多に出ないんだし」


 淡々と話しながら、美由紀が歩き出した方向には…、北の城門がある。

 依頼先の村は、キノーワの北。だから方向は間違ってはいないが。


「えーと、準備をするんだよな?」

「特に…」

「往復も含めて一週間以上はかかるはずだし、そもそも俺は臨時休暇を申請してこなきゃいけないし」


 できれば使いたくない制度だが、結婚の場合は特別休暇を申請できる。結婚だと思ってないのに申請するのは自己矛盾だって? それは事実だが、今の俺にとっては、隣の女の素性を知るための手段は選んでいられない。

 何かあった時に、どこに逃げて訴えればいいのか? 五段の内実によっては、衛兵の上司程度では済まないかも知れない。いや、それはもう無理だとほぼ確信しているのだが。


「弘一は今日が臨時休暇。明日からは通常勤務に戻る予定でしょ」

「いや…だから、それじゃ見物できないだろ? 半日歩いて俺だけ戻れってことか?」

「まさか。半日じゃ西の山にも辿り着けないのに。弘一は何を言い出すの?」


 何を言い出すの…は俺の台詞だろ。

 開いた口がふさがらない様子の俺を見て、美由紀はやや声の調子を落とす。


「とにかく今から行くわ。準備は要らない。距離の方は…、まぁ何とかなるわ」

「…………」

「弘一は明日から復帰。私に任せて。ヒモになりたいなら、いくらでも養ってあげるけど」

「え、遠慮させてもらう」

「あら残念」


 手ぶらで城門へ向かう美由紀を押し留めることもできず、俺は後をついて行く。というか、時々不意打ちで顔を近づけないでほしい。物理的に心臓が止まる。

 案の定、城門でも不審がられた。当たり前だ。いくら正規の依頼書を持っているとはいえ、およそ依頼をこなすような格好ではない。

 とはいえ、強く止められることもなく、無事に脱出できた。むしろ俺の方が、なぜ美由紀と一緒にいるのか問い詰められた。なぜか涙目でペアルックとつぶやくヤツもいた。それは職務に入ってねぇだろ。

 美由紀の笑顔は危険だ。その危険な笑顔一つで、衛兵は判断力を奪われ、そのまま通してしまったようだった。


「まぁ城門脱出はいいとして、これからどうするんだ?」

「こうするのよ。手を出して」


 言われるままに出した右手を、美由紀がつかむ。

 うが……。

 反射的に差し出してしまったが、直接触れられると衝撃がすさまじい。

 やばい。思ったより小さい。そして温かい…と思う間もなく。


「な、な!?」

「到着したよ」


 一瞬で景色は変わり、鬱蒼とした森のただなかに立っている。

 頬で感じる涼しい風。

 これは夢…ではない。


「お、お前は魔法使いだったのか」

「まぁ。そうとも言うね」


 こともなげに言い放ち、周囲を確認し始める美由紀。

 俺はそもそも使えないから伝聞でしかないが、瞬間移動による転送は、魔法使いの中でも数人しか使えなかったはず。それも、相当に準備をした上でようやく可能だと聞いている。

 しかし、今の美由紀に、そんな事前準備をした様子はなかった。そもそも、依頼を知ったのはついさっきなのだから、準備をする時間などあるはずもない。

 いや、それ以前に魔法使い自体が稀少かつ危険な存在。だから発見され次第に、例外なく監視がつくと聞いた気がするのだが――。


「お、俺はどこで何をしたらいい? というか、安全なところで見学だったよな? 話が違…」

「私のそばにいれば安全だから」

「いや…しかし」


 予想通り、美由紀との会話では埒があかない。

 ともかく、ここは既に依頼の地点。ということは、モンスターがいるなら、その近くに来てしまったことになる。

 監視がいるなら、むしろ出てきて助けてほしい。今でしょ!


「いつもは見せないようにしてるけど、弘一は特別よ」

「はぁ…」

「私が何者か知りたいでしょ? 今からたぶん、少しだけ分かるわ」


 ………もう既に、瞬間移動を見せられている。美由紀が俺の想像を超える存在だということは、この時点で理解できた。

 それが五段にふさわしいのかは、判断する術がないけれど、何というか、もう十分だ。助けてくれ衛兵さん…って、俺じゃん。ダメじゃん。


「それと、この世界の命は輪廻を続けるっていうわ」

「な、何だ突然」

「………………」


 …………って、何もなし? それだけ? 輪廻するからどうだっていうんだ。

 ――――――。

 えーと、真面目に何か言ってくれよ。何だかとても嫌な想像したんだけど。


「ここから北東方向に二キロかな」


 結局、こちらが望んだ返答はないまま。

 いや、そもそも今語る話題じゃなかったのに、勝手に始めて翻弄しないでくれ。そんなことしなくても、既に俺の頭はいっぱいいっぱいなんだ。


「本当は聞きたくもないが…、何までの距離だ?」

「愛しの依頼対象」

「愛しくねぇわ」

「私だけってことね」


 軽口を叩くような場面ではないはずだが、美由紀には緊張感がまるでない。

 いや、美由紀にとってこれは緊張するような仕事ではない、ということか? どう見ても相当な経験者に見えるのは気のせいか?

 結局、その二キロ先に再び瞬間移動。変化した景色には…、おめでとうございます、モンスターでございます。

 恐竜と呼ばれる大型獣が五頭、どれも体長は五メートル近くある。雑食だから、運が良ければその辺の草を食って昼寝でもしてくれる…はずはないな。ああ、うん、辞世の句が必要だ。筋ばかり、俺はちっとも、うまくない。なんでこんな時はすぐに思いつくんだ、アホか。


「逃げられるなら逃げたい、というのが素直な気持ちだが」

「のんびり見学してね」


 相変わらず緊張感のない声でそう言うと、美由紀は手ぶらのまま恐竜に近づいていく。

 常識的に考えれば、俺は全力で止めるべきだろう。一緒に逃げようと叫ぶべきだろう。

 しかし目の前にいる恐竜は、集団で狩りをする地上最大級の生物だ。通常は人里から遠く離れた地域に生息しているし、人間を食用とすることもないが、モンスター化した場合は見境なく襲いかかる。

 そして――――、最も絶望的な特徴は、恐竜の足の速さだ。

 俺がここから逃げ出したところで、すぐに発見されてしまい、追いつかれてしまう。美由紀を制止して、二人で逃げても結果は変わらない。

 どうやら、美由紀の「五段」の力にかけるしかなさそうだ。


 美由紀がただ者でないことは、もう分かっている。

 しかも、瞬間移動なら脱出できる可能性があるのに、試そうともしていない。どう見ても手ぶらだし、ペアルックだし、見た目は全く頼りにならないが、何かの手段は持ち合わせているの…かな。



 そこから先は……、誰に話しても信じてもらえないはずだ。

 バリバリと枯れ草を踏みならして正面から近づく美由紀に、恐竜たちが気づかぬはずもない。たちまち巨体に囲まれて、かみ殺される…はずだったが、美由紀は何らかの防御魔法を使っているらしく、恐竜の牙は届かずもがいている。異様な光景に声が出ない。

 そして美由紀は、まさかの行動に出た。

 目の前にある一頭の、それも大きく開いた口から覗く鋭い牙を鷲掴みにして、そのまま片手で捻ってしまう。地震のように足元が揺れ、五メートルの巨体が横倒しになって、のたうち回る。振り回す尻尾は俺の目の前まで迫ってくる。

 中心にいる美由紀が無事とは思えなかった…が、彼女は平然と立っている。左手で牙をつかんだまま、ペアルックの片割れがこちらを向いて…笑ってる?

 それから美由紀は、つかんだ頭を地面に押しつけ、左足で丸太のように太い首を踏みつける。そして右手をゆっくりと首筋に当てるように動かし―――――、手刀で真っ二つに斬ってしまった。

 暴れている巨体が、一瞬で動きを止める。

 ほぼ同時に、噴水のように血があふれ出す。ゴボゴボと嫌な音も聞こえてくる。

 …………。

 さっき、俺の手を握ったよな? あの手だったよな?

 なぁ、美由紀は人間なのか?

 絶対、これって人間じゃないよな?

 疑問を話し合う相手もないまま、美由紀は残る四頭の首も、あっという間に斬り落としてしまった。最後の一頭は必死に逃げ出そうとしていたが、尻尾を捕まえられて万事休す、断末魔の悲鳴を上げて、苦しげにもがきながら斬られていった。

 そして彼女は、大きな首の後ろ側にある長い毛を使って、器用に五つを結び付け、笑顔を見せながら引きずってくる。全身に血しぶきを浴びたペアルックの女が、女神のような笑顔で。

 なぁ、怖いよアンタ。

 思わず逃げ出そうとした俺の手を、空いている右手でむんずとつかんで、次の瞬間には――――。


「ただいまー」

「おわっ!」


 所長の部屋にいた。

 依頼を受けて三十分。そのほとんどは、北門を抜けるまでの時間だから、正味五分で依頼を終わらせたことになる。それも、衛兵なら百人単位でも勝てるか分からない凶暴化恐竜五頭を相手に、だ。


「受付で目撃されない方がいいと思いましたが」

「あ…………いや、ご、ご配慮ありがとうございます、ヨコダイ様」


 襲撃者にしか見えないだろ…と思って美由紀を見ると、べっとりついていた血のりは消えて、ただの女神に戻っている。そして五頭の生首からも、一滴の血もしたたっていない。いや、今死にましたと言いたげな絶望に満ちた表情は変わってないが。


 少しの沈黙の後、一瞬、所長が俺を見た。なんだか、憐れんでいるようにみえた。

 ひどいなぁ、他人事みたいな顔しないでよ…と思うが、他人だったよカーチャン。カーチャンの顔なんて知らないけどさ。


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