五 モンスター・武技
山籠り生活を続けて二ヶ月。
身体の違和感はかなり解消された。恐らくそれは、入院生活から突然解放されたことへの違和も含まれていたから、退院前後のリハビリみたいなものだったと思う。
ただし、明確にそれとは違うものもあって、そっちは未解決。
二週間前からは、主に瞬間移動についての実験も始めた。
ミユキは、任意の物質を別の場所に転送する能力をもっている。恐竜の解体殺害に使った能力だ。
これはミユキのスキルの一つ。ただし、ゲーム内では、普段の移動に使うことはなかった。移動は常に画面をスワイプ。どんなに遠くでも、それ以外に進む方法はない…って、酷い操作性だ。
まぁ今になって思えば、実在の世界だからちゃんと歩けってことだったんだろうな。酷い操作性なのは変わらないけど。
…話題が逸れてしまった。ごめん。
で、瞬間移動のスキルは、敵と戦う時に、背後に回ったりする力だった…はず。
断言できないのは、何しろ戦闘を実際に見ることがなかったから。「瞬間移動で背後に回り込んだ」という文字を見た記憶があるだけだし。
どっちにしろ、ゲームでのスキルは、与えられたステージでのみ使うという条件があったが、ここでは違う。
テントの隅に転がっていた携帯食糧を、手元に移動させることもできる。
そして、瞬間移動だけでたいていの生物は殺せる。
生物の身体に関する知識と、瞬間移動の能力は組み合わせることができる。
そして、その原理は全く分からないけれど、指定した物、指定した部位を選択して移動できる。
動物の場合なら、心臓か脳を体外に移動させれば、死ぬ。
それどころか、体内の水を分離して、一瞬で干物にできる。地球ならきっと無敵。完全犯罪もばっちり。
……ただ、魔法のある世界では、その常識も捨てた方がいいんだろうな。
よくあるファンタジー世界なら、自分の魔法が効かない相手が用意されたりする。この世界でも、まさか自分が無敵ってことはないはず。ない…と思いたい。
少なくとも、魔法を魔法で防御できる可能性は確認した。たぶんミユキの身体には、その力がある…はず。
他の魔法使いどころか、他の人間に遭ったこともない状況で断言はできないけど、この身体には、何らかの防御魔法が常時発動している。
どうやって確認したかって?
まず最初は、アイテムにあったサバイバルナイフを取りだして、自分の腕に落とした。するとナイフは、ゴムのようにぐにゃりと曲がって、刺さらなかった。
ここまでは想定していた。
最初に出会ったモンスター。体当りされても、傷一つつかなかった身体なんだ。触れば、普通の人間の肌の感触しかないから、非科学的で理解不能の事実。
次に、腕を火であぶった。
最初は、これもアイテムの携帯コンロで、スルメのようにあぶってみた。
熱い。
火傷確実の熱さを、確かに感じる。だけど腕は無傷。もちろん、焼き肉の匂いもしない。
次に、魔法で火力を強める。
鉄が溶けるぐらいの高温をイメージすると、携帯コンロの火があり得ない勢いになった。いや、これって小さなボンベなんだけど? わけが分からず混乱するが、すぐに理解を諦めた。魔法が使える時点で、もう常識は捨てるしかないし。
とにかく、その炎で腕をあぶる。炭化確実…だけど、無傷。
そしてこの時、さっきまでと違う反応があった。
痛みがない。
はっとして、自分の腕を見る。
燃え上がる炎の中に突き刺した腕。だがよく見ると、腕の周囲にわずかな空間ができている。そう、炎は腕に接触していなかった。
これはきっと、魔法だ。
恐らく、レベル300の身体だけで耐えられる範囲なら、黙って耐える。しかし、それで済まない時は魔法で防御する。
自分は防御を命じていないから、勝手に発動する。眠っている時に襲われても安心ですね…って。
どんな形で防御するのか分からないのに。
ただ、魔法はそれでもまだマシだ。
厄介なのは、武技のスキル。
そもそも、スキルがスキルとして発動するなら、まだ良かった。それなら、発動条件を確認すれば済むだけだし。
しかし、この世界にスキルはない。擬似的に再現されるだけ。そしてそれは、私が使いたいと念じなくとも、何かの拍子に再現されてしまう。
ある朝目が覚めたら、周囲の木々がすべてなぎ倒されていたことがあった。
誰かが暴れたのかと警戒して、探って見ると、少し離れたところに肉片や血痕が見つかった。どうやら、小型のモンスターのものだった。
そう。
私は寝たまま、モンスターを察知して武技のスキルを使った。そのスキルは、一瞬で相手を切り刻むもの。百メートル離れたモンスターをミンチにして、ついでに周囲の木々も、それどころか岩や土まで切り刻んでいた。
これをやらかしたら、寝ている間に町が全滅する。冗談じゃない。こんなスキル、今すぐにでも捨ててしまいたい。
なお、周囲の森は元どおりになった。
魔法のスキルに、時間を戻すというかなり反則的なものがあったので、それを念じてみたら、武技で殺害した生物はすべて元の姿に戻った。つまり、ミンチになったモンスターまでも。
岩は戻っていなかったので、個別に戻るよう念じると、岩だけ元の姿になった。どうやら生物とそれ以外は別扱いらしい。
らしい…などと冷静に言える能力じゃないけど。
少なくとも、死体があれば生き返らせることができる能力だ。無茶苦茶でしょ? ゲームの運営は何を考えてるの、と言いたくなる。
まぁ、まさかスキルが実際に使われるなんて思ってなかっただろうな。
これで、村人を虐殺しても安心…とはいかないので、武技スキルの発動条件をしばらく探ってみた。
まず、武技のスキルは、私がそれを求めれば発動する。その点は魔法スキルと変わらない。
一方で、ミユキが所持していたスキルを、私は把握していない。ただ、曖昧な指示でもそれなりに発動はするようだ。そして、自分の意志で発動した場合は、ある程度は威力を抑えることもできる。
抑えなければ山を破壊するスキルも、極限まで抑え込めば恐竜をミンチにする程度で済む。それで抑え込んだと言えるのかと、自分でも思うけど。
武技は最初から殺傷能力として設定されているから、危険だ。自分の意志では発動させないと決めた。
問題は、意図しないスキル発動の条件だ。
それが、自分の身に対する危険を察知した行動なのは、容易に想像できる。眠っている間にモンスターが接近するなんて、絵に描いたような危機だ。
だからといって、そこで納得するわけにはいかない。だいたい、ミユキにとって、モンスターの接近なんて危機でも何でもない。過剰反応を抑えなくては。
仕方なく、彼に活躍してもらうことになった。
肉片から復活させてしまった、あの小型モンスターだ。
モンスターは、小さな山羊のような姿をしている。地球なら、ペットにされそうな愛玩動物だけど、正気を失ったモンスター。見ていると、とても可哀相だ。そして、こんな程度の相手に自己防御でスキルを使った自分に、今さらながら呆れる。
結界を作り、その中にモンスターを放つ。結界の範囲は五メートル四方で、自分もそこに入って、そして目を閉じた。
十秒後。
目を開けたら、そこは殺害現場だった。モンスターの身体は、しゃぶしゃぶ肉のように全身スライスされて、それが元の身体の形に横たわっている。どこの活け作りだっ!
とにかくやばい。
武技が発動したという感覚すらなかった。
結界の外に被害がないことを確認して、時を戻す。
またもや現れた、「愛らしい」モンスター。
そう。愛らしい、可愛らしい、プリティ…。思いつくだけの単語を浮べながら、目を閉じる。
……十秒後。
目を開けたら、そこは殺害現場だった。この薄さなら、すき焼きとしゃぶしゃぶのいいとこ取り、シャブスキーにぴったりだ…じゃないっ!
いい加減にしろ、ミユキ!
え? いい加減にするのは私?
埒があかないので、発想を変えてみる。
襲われる、もしくは襲われる可能性がある、そういう条件で発動してしまうなら、襲われないようにすればいい。そう、パンがなければケーキ作戦だ。関係ないけど。
モンスターを囲う結界とは別に、自分の身体を覆う結界を作る。必要は全くないけど、この際仕方がない。
そして、結界をまとったままモンスターのいる結界に入り、目を閉じた。
………十秒後。
モンスターは生存していた。
冷静に眺めると、何も愛らしい要素はないけど、生存して、こちらを向いていなかった。
どうやら、私の存在を察知できないようだ。
最善の策ではない。できれば、ちゃんと抑える方法を手に入れたい…けど、たぶんそれは至難の業だから、当面はこれしか方法はなさそう。
幸い、自分を結界で覆ったところで、特に制約はない。
それに、後で分かったことだけど、この結界の応用で、気配を消すこともできるようになった。また、こちら側の能力を抑えることも可能になった。
どっちにしたって、いつ死ぬかという状況だった自分にしてみれば、今は恵まれている。モンスターがいる時点で、この星は地球より住みにくいはずなのに、モンスターの心配をするほどミユキは強いんだから。
※山籠りはここまで。
ちなみに、毒毒モンスターをリスペクトしています。嘘です。




