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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第六章 お前と俺は奪還する
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五十 奪還

 二人が「奪還」して半月。

 管理者は、小牧弘一の管理を「移譲」した。つまり俺の管理者は、横代美由紀になった。

 ついでに、屋敷も美由紀の管理下になった。というか、実際にはもっと広範囲が移譲されていたのだが、その辺は後日分かった話。


 そして、俺と美由紀は改めて夫婦になった。

 夫婦だから、夜の営みもした。というか「した」なんて生やさしい言葉で済まないぐらいアレだったりするのだが、そこはいろいろ言葉にし辛いので、ご想像にお任せしたい。いや、想像するな。しないで。

 まぁあれだ。魔法使いにとって、一日は二十四時間じゃないってことだ。ははは。




「キノーワの町へようこそ!」

「コーイチ、今日は調子いいじゃないか」

「ワイトさんの鍛錬の賜物ですよ」


 衛兵の仕事は、特に変わっていない。一応、事情を知るカワモに監視してもらっているが、とりたてて変化は感じていないようだ。

 むしろカワモ自身が、いろいろ変わっている。本物の伯爵令嬢と知り合ってしまったせいで、妄想がはかどってしょうがないそうだ。いやー、これほど語る価値のない情報があるだろうか。いやない。


 二つの世界を知る身になって、正直いえばこちらの国の制度に、いろいろ思うところはある。王族や貴族が世襲で統治する、日本における封建制には当然抵抗があるのだ。

 もちろん、知識として頭にあったそれと、リアルに生きている世界は違う。美由紀が言うように、イデワ王国はその中ではマシな方だ。奴隷制度も廃止され、キノーワのように住民の自治が進む地域もある。

 そしてこの国は、いわゆる産業革命が始まった辺りにいる。来訪者の技術がデタラメに伝えられたせいで、鉄道が馬車のままだったり、熔鉱炉があるけど蒸気機関がないとかいろいろ滅茶苦茶なのだが。

 その滅茶苦茶さを作り出した一人、太郎兵衛さんの軌跡も、今からは正確に理解できるはず。その辺のことは、これからだ。



 そう。

 俺たちは山ほど持ち帰ってきた。そしてそれらは、今もカバンに入ったまま。カバンの中に入れてあれば、時間を止めた状態のようなので、スーパーで買った生ものも腐ったりはしないはずだ。

 この世界にとっては、どれもまさしくオーパーツ。それをただ見せて自慢したところで、この世界に得られるものは少ない。封建制が生きている以上、奪われて秘匿されて終わる可能性も高いし、科学という概念のない人たちには使いこなしようがないものだって多いはずだ。

 そこでどうするか。

 美由紀は以前から考えていたらしいが、帰還後に管理者を交えて改めて話し合った。その結果は、まぁ結構とんでもない内容だ。


 横代美由紀は、女神になる。

 正確に言えば、管理者が全人類に対して、まずは自身の存在を明かす。この星における神であると示した上で、その代行者として美由紀を指名する。

 そして美由紀はキノーワの嵐学園を使い、管理者の委託を受けた「恵み」を与えていく。そう、すべては神が女神に委ねた格好だ。


 もちろんそれは、「五段」を上書きするものだ。

 美由紀の能力、そして地球から持ち帰ったものを、どこかの国やどこかの王族、貴族に独占させるわけにはいかない。そのために、封建制の基礎にある神を使う。美由紀にとって良いことばかりではないが、「五段」になった時点で普通の生活はできなくなっていたのだから、今さらだと納得してもらうしかない。

 まぁ、最終的には俺次第なんだろうが。



 ちなみに、地球から帰還した横代美由紀は、さらにパワーアップした。

 何のことはない。管理者が力を返還する際に、それまで三割だった力を、五割に増やしていた。もちろん美由紀には無断で、だ。

 だから現在、管理者と美由紀は同等の能力を持つ状態にある。


 問題は、管理者がなぜそんな真似をしたか、だった。

 そこで俺たちは、全く予想外の発言を聞く羽目になった。


「私は、人間となって生きてみたいと思っています」

「はぁ?」


 その続きを言おうとした管理者は、美由紀に押し留められた。それを思っても、今は口にするなという意志表示。

 だけど、言わなくとも分かる。

 管理者は、美由紀にその任を譲りたいと考えている。

 美由紀を二代目にして、自分は解放されて人間として生きてみたいと願っている。

 それは美由紀には承伏できないだろうが、正直言えば、将来的には避けられない事態のような気もしている。

 美由紀は、管理者の力を宿していなければ生きられない。そして、宿している限り、その能力は女神だ。美由紀は生きている限り女神であり続けるしかないのだ。

 まぁ、これも最終的には俺次第なんだろうが。

 というか、俺は今日の時点でもただの人間なんだぜ。神とか女神の世話をしろって言われても、限度というものがあるだろう。




 と言ってしまったら、呼び出しを食らった。

 場所は草原。

 俺の記憶が確かなら、美由紀がモンスターを解体処理した現場だと思う。この間の転移の場、つまり緩衝地帯ではないようだ。


「なんだよ美由紀。まさか、またモンスターか?」

「いーえ、お前の出番じゃないわ」

「真顔で冗談言うのやめてくれ」

「…今のが冗談?」


 俺と美由紀とイズミ。そして、スケキヨもいる。


「草で隠れてしまうが、いいのか?」

「別に見えなくてもいいでしょ。だいいち不気味なのよ、スケキヨは」

「私の名前はスケキヨではありません。私は、私は…」

「カルメン」

「管理者だろ」

「その名はいずれ捨てさせていただきます」

「何を勝手なことを」


 しかし、はしゃいでるなぁ、美由紀は。俺の記憶が戻った途端に、地球でしか通じないネタをガンガン放り込んでくる。というか、いちいち古すぎだ。

 ……………。

 だいたい、俺が教えたネタなんだよな。恥ずかしいけど、これも過去を思い出すきっかけにはなっている。

 そう。俺は今も日々思いだしている。もうそろそろ、忘れたままでも構わない過去ばかりになってきたけれど。




 それにしても、誰の何の呼び出しなのか。

 俺もイズミも詳細を知らなかったが、実はスケキヨ…ではなく管理者の用件だった。それも、俺に対して、だ。


「詫びをしたいと考えていましたが、一つ見つかりました」

「…別に今さら詫びなんて要らないからな。むしろ感謝している。美由紀の健康を心配する必要がなくなったからな」

「………そんなこと言われたら、私は抗議できないわ」

「え、えーと、お姉様。これが地球で言うところのクサイセリフ、ですか?」


 イズミに要らない知識を植え付けるなよ…と思うが、そうでもないか。

 もしも、地球に二度目の帰還ができるとしたら、イズミも連れて行きたい。太郎兵衛さんの育った景色を知ってほしいし。


「弘一の意志は分かりましたが、私が貴方に差し上げたいものを確認してください」

「はぁ…。まぁ確認はするけど、それでいったい何なんだ? わざわざ詫びに差し出すようなものって」

「私の身体です」

「はぁ!?」


 最後の声は何人かハモったぞ。

 というか、意味不明が過ぎるだろう、管理者。


「あ。もしかして…、プレイヤーの?」

「そうです」

「………なぜ、それを持っているんだ?」

「運営の試供品というものです。こちらの世界では実体化も可能なのです。私の力を与えたゲームでしたから」


 そんな大事なことを今ごろ言い出すな、と呆れた。いや、ゲーム自体に何の関心もなかった管理者に、それを言っても始まらないのかも知れないが、仮にも管理者なんだから知ろうとする努力はあって良かったはず。

 俺の転移に謝る以前に、そっちを反省してくれ。


 プレイヤーの身体、それは「願いの楽園」で使用される身体ということになる。

 それはあくまで地球側の、それもアプリの中で使用される電子データでしかない。当然、どこにも物質として実在などしないはずだが、二体存在していることになる。

 一つは言うまでもなく美由紀。そしてもう一つが、管理者の身体というものらしい。


「私用の試供品ですが、元々私には形がありませんから、貴方の言うデータみたいなものでしょう」

「プロフィールもなしか」

「プロフィール…ですか?」


 そこでスケキヨはしばらく黙り込んだ。

 なんというか、大事な話なんだからもっとふさわしい身体を使ってほしい。話しづらくて困る。


「ここにプロフィールを書こう」

「なるほど、本物だな」


 いちいち脱力する。と同時に、なんだか懐かしくも思える。


「とにかく、弘一にこれを差し上げます。貴方なら適切に扱えるでしょう。それに…、実体のない形ですから、誰でも適合するでしょう。そちらの身体とは違ってね」

「……どんな数値なの? スキルは?」

「自分で確認してください。美由紀」

「ええ」


 管理者が差し出したのは、ただの光る玉のようなもの。肉体のない管理者用だから、人間の姿をしていない。

 美由紀は近づいて、じっと確認している。

 もちろん、俺やイズミには何も見えないので、黙って見守るしかない。


「なるほど。カンスト済みだけど育成されていない。初期スキルも持っているけどレベル1。全く使っていないのね」

「私がゲームなどするはずがないでしょう」

「弘一。これなら、もらってもいいと思うわ」

「それなら…」


 今の俺には、もちろん美由紀の言う意味は分かる。というよりも、引き継いだだけの美由紀よりも、実際にミユキを育てた俺の方がずっとよく知っている。

 スキルを得ることとレベルをカンストさせること。その二つが備わっていれば、後はスキルを向上させるだけ。この世界では反則的な身体だ。

 だから俺は。


「イズミにやってくれ」

「ええっ?」

「弘一?」

「俺はもう美由紀に…、俺が作って美由紀が大切にしてくれた身体に護られている。無念の思いを抱いて死んでいった太郎兵衛さんに詫びる代わりに、イズミに受け取ってもらうべきだ」

「そ、それはいくら何でも」


 最初から考えていたことだ。

 俺や美由紀と同じゲームをしていた太郎兵衛さんは、管理者の半ば意図的な手違いで過去に送られた。その人生は決して悪いものではなかっただろうし、イズミを後継者として残してくれたが、それでも死ぬはずのない年に死んだ。自分がそんな目にあったらと思うと、やはり許せない部分はある。


「弘一が受け取れないと言うのならば、次善の策としてそれも受け入れましょう」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 管理者は聞き分けが良かったが、イズミはそうでもなかった。

 いや、当たり前か。

 でもなぁ、部外者みたいな顔するなよ。俺にとって、太郎兵衛さんは同志なんだ。あのクソつまらないゲームで、キャラをカンストさせるほど頑張ったという意味で。


「謝罪はしてほしいけれど、それと身体をもらう話は違いますわ。弘一、これは貴方とお姉様が」

「イズミ。お前も自立しろってことだ。俺と美由紀は夫婦、お前は親友だ。親友は親友、家族とは違う。イズミはこれから、自分で家族を探す番だから、その餞別だ。受け取れ!」


 無雑作に光る玉を取りあげ、イズミに放り投げる。地面に落ちそうになった玉を、慌ててイズミがキャッチすると、そのまま玉は大きく光り、消えて行った。


「何も変わらないんだな」

「形のないものを取り込んだのだから、元の姿がそのままです。拒絶反応はないでしょう?」

「え…、あの……、本当に私が?」

「そうよ。イズミ、今度はこれを受け取りなさい」

「お、お姉様、そんなもの投げられたら!」


 イズミの状態を確かめるように、落ちていた石を拾って投げる美由紀。

 落ちていた…と言っても、人間の頭より大きな岩だったが、イズミは当たり前のように受け止めてしまう。カンストプレイヤーの身体の凄まじさが分かる。


「な、な、な、なんですか、この身体は」

「お前も怪人の仲間入りだ、イズミ」

「こ、弘一!」

「駄目よイズミ、その力で叩いたら頭がなくなるわ」

「え…………」


 平手打ちしようとしたイズミが、そのままのポーズで固まっている。俺にとっては危機一髪? いや、ちゃんと私が護っていると、その前に頭に響いていた。

 とは言っても、美由紀が護っているのは俺だけだから、力を抑える訓練は必要だな。ああ、押しつけて良かった良かった。

 え? 後悔してないかって?

 するわけないだろう。俺には美由紀がいるんだから。


「では、せっかくの身体です。有意義に使ってください、イズミ」

「返せないのですか!?」

「私と特訓すればいいのよ。イズミ、おめでとう」

「え、あ、あの、お姉様…」



 なお、この大岡裁きのせいで、イズミ魔法使い計画はあえなく頓挫した。というか、魔法使いになってしまったからな。

 もちろん、このイズミも、いろいろ調査対象にはなる。

 そう。そもそも美由紀の身体のよく分かっていない部分を解明していく必要がある。プレイヤーのレベルとスキルだ。

 この世界に、基本的にレベルもスキルも存在しない。それは、管理者が作った覚えがないと言う以上間違いないだろう。

 一方で美由紀の、そして今見たようにイズミの「レベル300」はそれなりに反映されている。また、イズミでは試していないが、美由紀は「スキル」として設定されていた魔法を使うことができる。また、同じく「スキル」としての武技も、だ。

 王都でコーセンさんと戦った時の妙な動きは、今にして思えば「スキル」だった。つまり、プレイヤーキャラが持っていた能力は、それと明示されずに、しかし使えるのだ。

 逆に言えば、それは「スキル」ではないのだから、プレイヤーキャラ以外でも習得可能ではないか。その辺も、いずれ新たな実験材料を探して確認する必要がある。


 なお、俺自身は絶対に実験材料にはならないと、堅く心に誓っている。

 まぁあれだ。イズミに押しつけた本当の理由だが、それは決して口にすることはないだろう。





「コーイチお兄様。みんなもう終わりました!」

「お、早いなぁ。じゃあ次を用意しないと」


 屋敷に戻る。以前の東屋とは別に、馬車用の小屋があった場所を改築して、机と椅子を置いた。美由紀が言っていた、自習用の部屋だ。

 子どもたちに勉強の場を与えたいという、美由紀の願い。今となっては、俺にもよく分かるので、二人で一気に改造した。いや、改造したのは美由紀だし、その間も二人はずっと抱き合っていたなんて話もあるが。

 で、ルミアたちが見せてくれたのは、ひらがな用のドリルだ。持ち帰ったものを、美由紀の能力で複製してある。イデワ語――イデワ文字というより正確だ――習得のための最初の段階だ。

 大学受験用まで、一通りのドリルや参考書は手元にある。教科書は一部しか手に入らなかったが、教員が指導用に使う方は本屋にあったので、それを加工すれば使えるだろう。


「おやつは何ですか?」

「カタヤは慎みという言葉を知っておけよ。大人ってのは、何で怒りだすか分からないからな」

「今からそんな話しなくていいのよ。じゃあカタヤくん、代表で取りに来て」

「はい! ミユキお姉様は今日もやさしいです」

「俺だって優しいだろう」


 イデワ語と名を変えた日本語を、なぜこの世界で伝えるのか。それは別に、俺たちが自分たちの文化の優位性を示したいわけじゃない。

 滅茶苦茶に広まった来訪者の遺産を、うまく整理していく。そのために、参考書となりそうな書籍や、サンプルを持ち帰ってきたけれど、参考書を読むには日本語を知る必要があるのだ。それも、話せればいい程度のものではなく、学術論文が書けるレベルの日本語が必要だ。

 最低でも、持ち帰った参考書をエラン語に翻訳できる人材がほしい。そして、それは俺たちではなく、鉄道なら鉄道の専門家に頼むしかない。

 この子たちは、縁あって我が家に出入りしている。だからまぁ、これも実験というやつだ。この先、少なくともキノーワで生きて行くなら、イデワ語を知って困ることはない。嵐学園に入ってくれれば儲けものだ。



「お勉強で疲れた時は、甘いものが一番よ」

「ありがとうございます!」


 今日のお菓子はチョコレート。スーパーで買ったものを、美由紀がコピーして用意した。

 残念ながら、この世界にはカカオの木がない。チョコレートは地球が誇る食べ物なので、代用品を探す予定だ。

 一方で、カカオそのものの栽培も実験する。というか、もう既に始めている。

 製菓用に売られていたカカオ豆は、既に加工済み。炒ってはなかったが、その前に醗酵させ、さらに乾燥させてある。なので、そのまま植えても芽は出ないが、美由紀は管理者と相談の上で分解、壊れていない細胞を取りだして、魔法で無理矢理生体にしてしまった。

 生物の創造なんて、そんな簡単にやっていいのかと思うが、管理者は「無の創造ではないからいいのでは」と言ったらしい。まぁ地球人類を勝手に連れてくるようなやつだからな。


「はい、貴方も」

「おう、ありがと……って、何だ」

「あーーー!!」


 で。

 俺の手には、ハート型のチョコ。どうしてこうなった。この世界にそんなイベントはないんだよ、美由紀。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、いつまでも仲良しなのよ!」

「いいなー」

「みんなも好きな人に出逢って、こんなことができるよう頑張ってね!」

「はーい!」


 はーい、じゃねぇぞ!

 子どもたちの目の前で抱きつかれて唇を奪われて、ああそうだ、俺は遂に「奪還」されたんだな。

 違うだろ。

 俺たちの旅はまだこれからだ。美由紀と弘一の今後にご期待ください、だ。



※本編(第一部?) 完


※そんなわけで「奪還」第一部完結です。おつき合いいただき、ありがとうございました。感想などありましたらぜひ。

 明日からは美由紀過去編でござんす。

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