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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第一章 新婚ストーリーは突然に
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四 いつか見つかるらしいのは本当の自分です

 いきなり出会った女性に求婚され、翌日には強制的に新居へ引っ越しさせられた。現時点での俺を簡単に説明すれば、こういう感じになる。うむ、なんという理不尽。冬木も草葉の陰で泣いてるぞ。冬木って誰だ?

 確かに、ヨコダイさんは可愛い。世の女性たちと本当に同じ人類なのかと疑問に思ってしまうほど、圧倒的に可愛い。可愛いと言っても、俺より背が高いし、すごい谷間だし、なんというか迫力もあるが、今はそんなことを力説している場合ではない。

 ダメだ。

 むしろ今は、こう考えるべきだ。

 やたらと口が達者で、他人の性癖を見抜いて利用し、そして手品か何かを見せた女。胡散臭さが服を着ているのだ――――と。


「どこへ行くんだ?」

「弘一もよく知ってる所、だと思うよ」


 屋敷を出たのは、だいたいお昼前。ヨコダイさんは行き先を告げないまま、シラハタ地区から北方向に向かって歩き始めた。仕方ないので跡をついて行く。

 ついて行けば、彼女の正体が分かるらしい。知らない人について行くのはやめましょう? それは子どもでも守っている金言だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ともいう。真っ昼間の大通りなら、まさか人攫いには遭わないだろう。というか攫うなら、さっきの屋敷で良かったわけだし。

 気休め程度に警戒しながら歩いていくと、やがてラヒータ地区に入った。


「弘一はもちろん、町のことなら何でも知ってるでしょ?」

「何がもちろんなのか知らないが、案内するのが仕事だからな」

「キノーワの町へようこそ!」

「髪の毛の先ほども似てないからやめてくれ」


 そして、何の変哲もない食堂で昼食をとった。というか、どの食堂が良いかと聞かれて、俺が選んだ店で食ったから、怪しむ余地はない。むしろ俺が怪しい。

 ここにはヨコダイさんが満足するような高級レストランなんてない。その代わり、余計な虫がたからない店――主人がおっかない店ともいう――を選んで、手短に済ませている。


「支払いは俺がする。昨日はアンタに出してもらったし」

「もう家計は一つになったのよ」

「それはアンタの個人的意見だ」

「ふぅん」


 ラヒータ地区には、食堂やさまざまな商店が並ぶ。その中には武具屋も何軒かある。そう、この地域は何でも屋のテリトリーだ。

 まぁ本当の呼び名は冒険屋…冒険職なのだが、衛兵とは基本的にウマが合わないのでそう呼んでいる。俺たちは俺たちで、奴らには番犬とか呼ばれているのだからおあいこだ。

 別にそれほど仲が悪いわけではない。門番としては、意味もなく敵は作りたくないしな。ただ…。


「よぉ、コーイチじゃねーか」

「お、おう、いい天気だな」


 門番であることのデメリットは、必要以上に顔が知られていることだ。

 衛兵にあまり好意的ではないこのエリアに足を踏み入れれば、当然のように注目を集め、声もかけられてしまう。なんでも屋は、何かと町の外に出掛ける職業だからな。


「こんにちは。弘一のお知り合いですか?」

「あ…、ああそうだ。俺はゴ、ゴーシ。有能な冒険屋だ、よろしくな」

「そうですか。私はヨコダイミユキです。よろしくお願いします」

「お、おぅ」


 ヨコダイさんの前で挙動不審な態度を見せた、自称有能な冒険屋。ゴーシと名告った、小柄で赤ら顔のあごヒゲ野郎は、確かに顔見知りではあるが、特に親しいわけでもない。金の臭いをかぎつけて、誰にでも声をかける奴だ。

 四十歳手前のオッサンで、依頼された仕事は一応やり遂げるが、追加報酬を求めてトラブルを起こした時は、衛兵の世話になったことがあったはずだ。次があれば、冒険職は剥奪される、と。

 私的な護衛、運搬補助、力仕事、時にはモンスター討伐。何かと力に頼るなんでも屋を、公的機関が管理し、安心して利用できるようにする――。そうして出来上がった制度だから、不法な行為を続ければその地位を剥奪されるのは当然のことだ。

 そして剥奪された、あるいはモグリのなんでも屋なんて、自分の命を切り売りするしか残された道はない。死にそうになっても、誰も助けはしない。

 ゴーシはその恐怖を知っているから、逆の意味で信用はできる、とは思う。どっちにしろ用はないが。


「アンタのようなお嬢ちゃんが、どこへ行くんだい?」

「今から…、事務所に行くつもりです」

「へぇ………。良い依頼ならご指名で頼むぜ! なぁコーイチ」

「あ、ああ、そうか」


 勝手なことを言うだけ言って、ゴーシは酒場に消えて行った。まだ飲むのかよ、金もないだろうに。

 しかしこいつ、ヨコダイさんに話しかけられた時は明らかに動揺していたぞ。「ラヒータの蠅」の異名をとるオッサンでも、これほどの相手だといつも通りとはいかないんだな。俺がいいようにあしらわれるのも当然…って、そんなことを今さら再確認してどうするんだ。

 というか、それ以前に俺がヨコダイさんと一緒にいることに、何か言えよ!

 ――――と思ったが、考えてみれば俺は職業柄、街を案内することはある。不釣り合い過ぎて、まさかそれ以上の何かがあるとは思わなかったのだろう。それよりも…。


「ヨコダイさん、なんでも屋に用があるのか」

「ええ、事務所には顔を出さないといけないし」


 ………。

 イマイチ話が噛み合わないが、ともかく目の前の冒険職事務所に向かって歩く。

 用といえば、そもそも引っ越しの連中がいたが、あれは昨夜泊まった宿を通して頼んでいたらしい。あんな屋敷を買った以上、これからは自分で頼むしかない。それは理解できる。


「こんにちはー」


 とりたてて特徴のない二階建の建物。掃除はされているが傷だらけのドアを開いて、ヨコダイさんは普通に挨拶をした。

 案の定、中に入ってみると、待合にたむろするなんでも…冒険屋の面々が、唖然としている。一つには、ガラの悪い男の職場に似合わない声に。そして、それ以上に全く場にそぐわない美貌に。

 ただでさえ居心地の悪い「敵」の事務所で、こんな空気は正直耐えられない…と思う間もなく、ヨコダイさんは受付に向かい、そして―――。


「こちらの所長に挨拶に参りました。在室されていますか?」

「はぁ?」


 挨拶だって?

 何か依頼があったんじゃないのかよ、とツッコむより先に、受付のオッサンが苦笑しながら言う。


「お嬢ちゃん。所長も忙しいんだ。用もないのに…」

「そちらが探す前に遊びに来たつもりですけど」


 軽くいなされるはずだったが、ヨコダイさんは手提げ袋から何かを取り出したようだ。

 依頼書?、それとも金か?

 そう思ったが、出てきたのは…。


「会わせたくなったでしょ?」

「は、はい! 今すぐ」


 俺の位置からは隠れてよく見えなかったが、片手におさまる程度の何かを見せられたオッサンは、顔色を変えて奥に走り去った。そして、すぐに所長が現れた。

 所長は、そばに俺がいるのを見て、一瞬怪訝な表情をする。そしてヨコダイさんに向き直ると、見たことのない角度でおじぎした。ええっ?


「ようこそいらっしゃいましたヨコダイ様。本来なら、こちらからご挨拶に疑うところですが…」

「こちらが突然来ただけですから、お気になさらず」


 そうして奥の部屋に通された。俺も一緒に。

 所長が「お前も?」という顔をしたが、ヨコダイさんが手招きしたのでそれ以上は何も言わなかった。いや、この場合は何か言ってくれよ。

 所長室の応接に通された俺たち。いや、通されたのはヨコダイさんで、俺はどう考えてもただの付属物なのだが、ともかく二人で座る。対面には所長だけ。

 受付のオッサンは、慣れた様子で茶菓子を用意して、無言で扉を閉めた。


「改めて、はじめましてヨコダイ様。冒険職管理庁キノーワ支所長のアラカと申します。どうぞお見知りおきを」

「過分なご挨拶ありがとうございます。ヨコダイミユキです」

「そして君は…」

「衛兵のコマキコーイチです」

「ああそうだったな。ここまで案内してくれたのか?」

「え、ええ」


 強面で有名なアラカ所長が、困惑した表情で話しかけてくる。

 そりゃそうだろう。そもそも「案内役」だったら、事務所に到着した時点でお役ご免だ。密談が始まりそうな場に同席する理由なんてないのだ。

 しかし、そこでヨコダイさんは、いきなり目の前のテーブルを叩いた。


「所長さん。一つ訂正があります」

「な、何でしょうか?」


 突然豹変した相手に、アラカ所長が気押されている。

 なんだ。というか、ヨコダイさんって何者? 今そんなことを疑問に思うのか俺?


「弘一は私の伴侶です。今日はその報告も兼ねて参りました」

「ええっ!?」


 飛び上がらんばかりに驚く所長を見て、俺はちょっとだけほっとした。

 そうだろう? それが普通の反応だよな。

 これで「冗談でした」とか言ってくれればまるく収まる。そう思ったのだが、ヨコダイさんは一向に訂正する様子がなく、所長もそのまま話を続けるので、むしろ既成事実化しそうだ。おかしい。いや、おかしくないことを探した方が早い。


「あの、一つ伺ってよろしいですか?」

「な、なんだねコマキ君」


 居たたまれなくなって質問する。

 所長の無理矢理な「君」が痛々しい。そこまでする理由を知りたい。


「ヨコダイさんは…、冒険職の事務所に、何かなさっている方なのですか?」

「は?」

「何か…資金援助とか、そういう感じでしょうか」


 俺は穏当な推測を口にしたつもりだった。少なくとも、ヨコダイさんが相当な金持ちなのは間違いないから、だからさぁ、そんな珍獣を見るような目を向けないでくれよ、所長さん。


「ごめんなさいね所長。彼には故あって、ここまで秘密にしていました。ここで説明するのが一番良いかと思って」

「あ、ああなるほど。確かにヨコダイ様のご身分は、伝わりにくいやもしれません」


 そうしてヨコダイさんは、さっき受付で取り出したものを俺に見せてくれた。

 え?

 それは間違いなく、冒険職の身分証明。ヨコダイさんが冒険屋?

 混乱しながら、そのプレートをもう一度確認する。ランクは……、五段? 五段って何?


「コマキ君は知らないようだな」

「はい。…一応、衛兵として冒険職のことは知っているつもりですが」

「衛兵では知る機会もあるまい。そういうことだ」

「はぁ…」


 しかし、そこで聞かされた内容は、今日一番の冗談のような話だった。というか、冗談だよね。冗談にしてくれよ全く…。


「冒険職の等級は五級から一級まである。それらは管理庁が認定して、証明プレートを作成している。それは知っているな?」

「はい。一級はほとんどいないとも」

「そうだ。現役の一級冒険職は全国で五人しかいない」

「じゃあ…」

「ここからは学校では習わない話だ。いいか小僧」


 俺が相手になった途端に生き生きし始めたアラカ所長。その気持ちは分かるが、何が学校だ。

 まぁいい。というか、そんなことはどうでもいい。

 事務的に認定される「級」に対して、「段」を与えるのは国王。それも普通は、複数の国の王が認めた場合に与えられる称号だという。

 そして、その称号を過去に与えられた者は十名。うち、生存する者は一名。一名?


「ヨコダイ様は世界で唯一の段位持ち。それも五段は史上初だ。過去は二段が一人いただけだからな」

「えーと、…アラカ所長。なぜ管理庁では認定しないのですか?」

「したらその国の所属になってしまうからだ」


 なったらまずい? どういうことなんだ。

 とりあえず、隣にいる女性が取扱注意ということは何となく分かった。いや、そんなことはもう知っている。ああ何だろう、このモヤモヤは。

 隣にいる本人は、素性を明かされてもニコニコしているだけだし。


「と、そんな感じだ。なぜ私が説明するのかはよく分からないが」

「あ、ありがとうございます。お、お…私も、所長にご説明いただき申し訳なく」


 まぁ本当のところは分かる。

 ヨコダイさんが自分でするより、俺がその人物を知っている所長に説明された方がいい。それぐらい現実離れした話なのだから。


 結局、所長室で茶菓子を食べて、一時間ほどで退出した。

 正直、茶菓子の味なんて覚えていない。食べないと失礼になるから、無理矢理口に放り込んだだけだ。


 午前中とはまた違う疲れを感じて、自宅に戻る。その自宅が自宅と呼ぶのがアレなわけだが、他に行き先はないのでやむを得ない。

 紹介し忘れたという一階を簡単に見学して、リビングのソファーに腰をおろす。程よく体重を受け止め沈んでいく感触。ああ、このまま寝てしまいたい。


「まだ話すことは沢山あると思うけど、眠そうね」

「そりゃあな」


 ヨコダイさんは紅茶を淹れて、一息つきながらまた幾つかの情報を与えてくれた。

 この屋敷は、最近破産した貴族の家を一括で購入した。調度品は置かれていたそのまま…と。これはまぁ予想の範疇だし、破産したヤツが誰かなんて興味はない。

 そして、購入資金は冒険職の関係で稼いだものもあるが、それ以外の割合が多い。ううむ、冒険職が本業じゃないってことか? 聞き返したが、そのうち分かるとはぐらかされた。一応、後ろめたいものではないらしいが。


「五段のことは話してくれないのか?」

「それは別の機会にしてもいい? 恐らく、ただしゃべっても分からないだろうし」


 二級の冒険職でも、街では一種の英雄扱いだ。俺たち衛兵も、気に食わないが敬意ははらう。

 それ以上というのが想像できないだろうと言われれば、確かにそうかも知れない。


「とりあえず、俺より強いんだな」

「今はそうね」

「今は…って」


 衛兵の平均程度に武芸を習った程度の俺と、所長があそこまでへりくだるヨコダイさんは、比較できるものではないだろう。頭ではそう理解できるのだが、目の前で紅茶を飲む姿を見ると、混乱してしまう。

 女神。どうしようもなく女神。ああ、女神だから人智を超えるのか。んなアホな。


「ところで弘一」

「な、なんだよ」

「私の名前は何?」

「ミ…、ミユキさん」

「知ってるならそう呼んでほしいんだけど。新婚さんなんだし」


 不意打ちでとんでもないこと言わないでくれ。

 シンコンという単語とその笑顔が合わさると、俺の記憶が飛ぶ。


「お、俺はその…、け、結婚というのはまだ受け入れられない」

「なるほど」

「気を悪くしたらすまないが、昨日の今日では…」

「まぁ、そうでしょうね」


 勇気を出して告白したのだが、ヨコダイ…ではなくミユキさんの反応は淡々としている。意外だ。これまでの所業からすれば、頭のネジが何本か外れてそうだが。


「慌てて弘一を捕まえたのは、理由があるの。悠長に待っていられないほどの」

「…そもそも、俺はアンタを知らないのに」

「美由紀」

「そ、その……、俺は美由紀を知らないのに、お前は初対面から知っていた。そこは教えてくれないのか?」

「すぐには無理ね」


 淡々と答えてくれる美由紀が、逆に怖い。

 一時の気の迷いで、金持ちが暴走した。それなら理解できる。無茶苦茶には違いないけれど、それはこの世界で実現不可能な事態ではない。


「ということは、何か目的があって、そのために俺を手元に確保する必要があった。そんな感じか?」

「それは半分だけ合ってるわ」

「半分?」


 俺を確保する意味。

 そんなものがあったら怖いが、その怖い状況があり得るのか?


「弘一」

「……なんだよ」


 美由紀は急に真顔になって、こちらをじっと見つめてくる。

 現実離れしたその表情が、自分に向けられていることに俺は…、そうだ、戦慄している。


「私は弘一を知っていた。そして弘一に思い出して欲しかった。でも貴方は私を知らないから、こうやって確保した」

「思い出す? 何を?」

「それは…、いずれ自分で知ることになる。本当の貴方を」

「………本当の?」

「そう。そうして私は…、貴方のものになるわ」


 ――――これは冗談を言ってはいけないヤツだよな。

 俺と結婚するのは、手段だけど手段じゃない。とてつもなく重い告白を受けて、とりあえず眠くなってきた。たぶん、俺の頭の許容量を超えたんだと思う。

 なんだよ。

 本当の俺ってなんだよ。俺は……、やめよう。今は考えたくない。


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