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女神は俺を奪還する  作者: UDG
第六章 お前と俺は奪還する
44/94

四十二 御令嬢、町娘デビュー

 その日の我が家は、朝から戦場だった。


「弘一。しばらく入って来ないでね」

「猛獣の檻に好んで入るヤツはいないから心配しないでくれ」


 朝八時、コーデンさんと「も」一緒にやって来たイズミ。

 そう。付き添いは二人。執事のコーデンさんと、まさかの伯爵本人だった。


「ほ、本日はよろしく頼む。ヨコダイ様、このお礼は…」

「友だちを誘って出掛けるのに、お礼は必要ありませんよ。まさか飲み友だちに謝礼は支払わないでしょう?」

「そ、そ、そうであったな。では、よろしく頼む。イズミも…」

「だ、だ、大丈夫ですわお父様。頼れるお姉様とごごご一緒ですから」


 親子揃って挙動不審な姿に、我々は笑いを堪えるので必死だった。

 真顔のコーデンさんが、どっち側だったのか気になるなぁ。やっぱり伯爵と同じ気分なんだろうか。赤ん坊の頃から世話をしているらしいし。



 美由紀の行動力には、いつもながら呆れてしまう。

 イズミを誘うと言った翌日には、伯爵家に出掛けて先に親を落とした。

 モリーク伯爵家はただの貴族ではなく、キノーワの、ひいてはイデワの住民を率いて行く者。商人とも学校関係者とも渡り合わなければならない娘が、いつまでも籠の鳥のままで良いのか(いや良くない)。そんな感じの内容を告げたらしい。

 まぁ、その程度のことを言っても説得はできないはずだし、もっと硬軟取り混ぜたに違いない。主に硬い方で。

 そうして脅され陥落した父親を率いて、イズミが立て籠る自室に突入すると、当人もあっさり降伏した。味方に裏切られ、背後から攻め込まれたイズミには、少しだけ同情する。

 イズミからは、一つだけ条件が提示された。それは、美由紀と俺が同行するという他愛もないものだったが、俺の名があがったことに伯爵も困惑したという。

 まぁ要するに、知ってる顔は一人でも多い方が良いということだと思う。心配しなくても、娘に手は出しません。命は大切だからな。


 ともかく伯爵とコーデンさんは、娘を預けて帰って行った。

 というか、どこかで帰ってもらわないと一日尾行しそうなので、お引き取り願ったという方が正しい。昨日までに、美由紀にはきつく釘を刺されていたようだ。

 そうして俺は、二人の着替えを待っている。

 ちなみに、自分も当たり前だが着替えはしている。白いシャツと紺色のズボンで、特に驚くような格好ではないが、上下とも初めて着る衣装だ。

 服装というものに全く関心のない俺のために、美由紀が揃えてくれたもの。地味であればいいというこちらの要望と、清潔であってほしいという向こうの希望を合わせた、理想の衣装と言えば言える。大袈裟もいいところだが。


 女性二人は、美由紀が持つ例のカバンの中に秘蔵された――死蔵ともいう――服装に着替えるという。彼女はここに落ちつくまでにあちこち旅してきたから、いろいろ服もたまっているのだろう。

 一度も着たことのない新品というだけでも、衛兵基準なら立派なもの。俺にすら用意するのだから、イズミに古着を着せるわけじゃないはず。

 ただし美由紀とイズミはサイズが違うから、その辺で不都合があるのかも知れない。美由紀は背が高い上にアレがすごいから…って、余計なことを考えるのはやめたい。

 やめたいけどなぁ…。

 要するに、やたらと時間がかかっている。時々、イズミの悲鳴らしきものも聞こえてくる。想像力を貧困にしないと、だんだん俺の精神力が削られていく。



 ……………。

 ………………。

 …………………。


「え…。今から、お出掛けですか美由紀サン?」

「どうしたの弘一。頭大丈夫?」


 大丈夫って、それはこっちの台詞だ!


 着替え終わって、階段を降りてくる二人を見て、本能的に俺は目を背けた。

 何というか、犯罪者になった気分。


「どう弘一。惚れ直したでしょ?」

「と、と、とりあえず聞こう。本当にその格好で出掛けるのか?」

「当たり前じゃない」


 バカにしたような声にイラッとして、思わず声の主の方を向いてしまい、再び硬直する。

 …………。

 幸い、硬直しているのは俺だけではない。顔どころか全身真っ赤なイズミが、視線を泳がせながら辛うじて立っている。ははは、そうだよ、これが正しい反応だよな…っと。

 イズミも同じく、俺にとっては「見てはいけない」格好なのを忘れていたぜ。



「お姉様。こんな服装で出歩く人が本当にいるのですか?」

「これぐらいじゃ地味な方よ。もっとこう脚を…」

「頼む、頼むから実演しないでくれ」


 二人が着替えた、あのカバンの中の服。それは要するに、あの胡散臭い兜などと同じく、例のゲームで入手したものらしい。

 美由紀の話によれば、ゲームには「着替え」という概念すらなかったという。何のために存在したのか理解できない。入手後即死蔵されたことは理解できるけどな。

 で。

 上半身はまぁ、キノーワの若い女性が着てもおかしくはない。いや、おかしいか。おかしいぞ。

 ボタンのついた薄桃色の長袖シャツを着ているけれど、ボタンは留めていない。その下には、白い下着みたいなもの。袖がないし、短すぎてへそも隠れていない。そして二人とも、例の部分が思いっきり飛び出していて、その形がはっきり分かってしまう。どうするんだよ、これ。

 さらに下半身は格子柄のスカートだが、とにかく短い! 膝の上どころか、……見えてしまいそうなぐらい短い。ただでさえ長い二人の生脚が、ほとんど丸見えになっている。

 伯爵が見たら卒倒しそうだ。いや、俺が既に一歩手前。


「なんで照れてるの? イズミのネグリジェ姿だって見慣れてるくせに」

「それとこれは違うだろ。これから外に出るんだぞ? 知らないヤツらの視線にさらされるんだぞ!?」

「つまり貴方は、私たちの大胆な姿を独り占めしたいのね?」

「……おーい、イズミも今抵抗しないと取り返しのつかないことになるぞ」


 はっと我に返ったイズミが、目に涙を浮かべながら着替えを求めた。しばらくそれを聞き流していた美由紀は、渋々という表情で同意する。

 焦った表情を見て楽しんでいただけだと分かっているが、話をこじらせたくないので黙っておく。それ以前に、視線を向けるわけにいかないし。


「今日は仕方ないけど、いずれキノーワの普通になるはずよ。それと…」

「なんだよ、早くイズミを着替えさせてやれって」

「貴方にはもっといいもの見せてあげるから、楽しみにしてね」


 ………え、遠慮しておく。

 というか、どうなってるんだ異世界は。女性が揃いも揃ってあんなあられもない格好をしているのか?



 それから、さらに三十分ほど経った。八時からはもう二時間経過している。女の着替えは長いと言っても、限度があるわけだが、着せ替え人形のように弄ばれているイズミの手前、怒るわけにもいかず。

 というか、俺はオマケだからな。正直、お出掛けに必要とは思えない。まぁ、知り合いが二人に迫った時には、いなすぐらいはできるだろうが。

 その辺は、どこに行くかにもよる。

 ラヒータに行けば、なんでも屋の視線にさらされるから、中央広場にまっすぐ向かうのがいいと思うけどなぁ。


「どう? 地味過ぎて景色に溶け込みそう?」

「これが溶け込んだら、周りは馬糞にでも溶け込むぞ」

「…これだから男は下品で困りますわ」


 どうにか正気を取り戻したイズミ。履き替えたスカートの丈はまだ短いが、膝下までは伸びた。上も、シャツのボタンが留まっている。へそが隠れている。あそこの盛り上がりは隠しようもないが、さっきに比べれば目立たなくなっている。これならまぁ、すごく目立つけれど、探せばこんな格好の人もいるかもしれないね、程度にはおさまっていそうだ。すごく目立つのは一緒だけどな。

 ただ、そういう格好だから分かったこともある。

 この二人が並ぶのは危険すぎる。というか、イズミもやっぱりすごいな。


「じゃあ出掛けるわよー。弘一の準備は済んでる?」

「特に準備はない。行き先はお前が決めるんだな?」

「衛兵はこういう時にあてにならないでしょ?」


 ふぅ。

 三人になってみると、不釣り合いな自分に改めて気づかされる。

 むしろなぜ、二人の時には感じないのか……。




「どう? 一応、私の同業者たちよ。イズミ」

「は、はい…」


 そうして美由紀の先導で始まった一日。そこだけは行ってほしくなかったラヒータ地区。それどころか、露出する生脚が気になって、いかにも不自然な格好で歩くイズミの手を引いて、ズカズカと冒険職事務所に引きずり込んでしまった。

 たちまち中は大騒ぎになり、所長が部屋から飛び出してきた。


「こ、これはヨコダイ様。今日はどのような…」

「ああ、こちらがこの町の冒険職を取り仕切っているアラカ所長よ」

「は、はじめまして。イ、イズミと申しますわ」

「え? え?」


 顔を見合わせて、互いに唖然としている。そうだよ、会ったことあるだろうに。

 もっとも、イズミは気が動転しているし、所長はまさか伯爵令嬢がこんな格好でやって来るとは思ってないし…。


「ちょっといいですか、アラカさん」

「お、おう、君がいて助かった」


 とても素直な反応ありがとう…ではない。ともかく、美由紀は事情を話す気がなさそうなので、俺の方から今日の目的などを伝えておく。事務所に来た理由はよく分からないが、たぶん将来の依頼人だからじゃないか、とも。

 ついでに、美由紀の傍若無人に慣れてくれ…とは言えないな。本人に聞かれたら困る。というか、確実に聞かれるだろう。美由紀はその気になれば、事務所にたむろする十数人のおしゃべりをすべて聞き分けられるらしいからな。


「しかしなぁコマキ君、あれはどういう目的かね」

「申し訳ありませんが、元が非常識な人間の行動は予測できません」

「なるほどなぁ…。君も苦労しているようだ」

「お察しいただきありがとうございます」


 事務所奥で休んでいる冒険職たち。その前で美由紀は何かをしゃべりながら、隣のおもちゃ―――ではなかった、イズミの身体をべたべた触っている。

 おそらく、あれはイズミを紹介しているのだろう。

 その意図は察したけれど、あの連中に何を期待しているのかと言いたい。


「次の行き先はどこだ? もう用は済んだだろ?」

「これから歌でも歌ってもらおうと思ってたのに」

「誰にだよ。というか、いつから歌い手になった」


 すがるような目のイズミを見て、思わず手を引きたくなったが、さすがに伯爵令嬢の手は取れない。それ以前に、手をつないだら事務所が凍りつく。例え話じゃなくて、凍死者が出そうな方面で。

 仕方がないので、手招きするように出口に誘導する。イズミがふらふらとついて来て、その後ろから渋々といった表情の美由紀が従っている。これも仕方がないので、へこへこと四方に頭を下げて、地獄のような空間を何とか脱出した。


「難易度高すぎだろ!? いきなり無茶しないでくれ」

「私の職場に案内しただけよ」

「嘘つけ。最初にびびらせるつもりだったんだろうに」

「あの…、大丈夫ですから。落ちつきました」


 事務所の奥なんて、普通の人間でも生きて行けない魔境だぞ。いやまぁ、あそこの連中は腐っても正規の冒険職だし、見た目ほどどうということはないのだが、虚勢を張っているか本物かなんて、イズミに区別できるはずがない。

 イズミは、落ちついた落ちついたと何度か繰り返している。自己暗示をかけようとしているようだ。


「なら、落ちついたところで、お腹も減った頃じゃない?」

「え? ……そ、そうでしょうか」


 美由紀の目線の方向で、行き先が分かってしまった。

 相変わらずだな…と思うが、さっきより遙かにマシなので何も言わない。



「おっちゃん、また来たよー」

「ふん。…奥の窓際が空いとる」


 昼飯は優雅に…円月殺法だった。すっかり常連と化した美由紀に、無愛想な主人が返事をしているが、あれは間違いなく喜んでいるぞ。あの頑固オヤジに尻尾がついていれば、今ごろブンブン振ってるはずだ。

 うむ。非常に嫌な例えだった。反省。

 イズミはガチガチに緊張して、店内に足を踏み入れる。彼女にとっては、食事の場で睨まれた経験などあるまい。町歩き初心者に対して、美由紀の案内は厳しすぎると思うが、それを指摘したところでもう遅い。


「ここはおいしい店よ。愛想は最悪だけど」

「そ、そうですか。お姉様…」

「頼むから、本人に聞こえないようにしてくれ」


 三人が腰かけた時点で、美由紀の背後に主人が仁王立ちしていた。それを知っていながら大声で言うものだから、イズミは生きた心地もしないという表情だ。

 店の常連が見れば、主人が怒っていないことぐらい分かるけどな。むしろ、いつの間にここまで気安い関係になっていたのか、そっちの方が驚きだ。


「おいしい!」

「そうでしょ。イズミ、もっと大声で叫ぶと喜ぶかもねー」

「やめとけよ。お店で叫ぶ一般人はいないからな」


 謎肉を三人で食べる。相変わらず何の肉なのか分からないが、うまいのは確かだ。きっと処理がうまいんだろう…と、嫌な記憶が蘇った。

 主人は元冒険職で、かつてはアラカ所長と組んでいたらしい。その頃から料理の腕も良かったという。今は自分で狩ってはいないそうだが、そう言う意味では美由紀と意気投合するのも分かる。例の恐竜肉の処理を誰がやったのかも、どうも知っているようだ。

 まぁ、美由紀の解体処理は画期的すぎて誰にも真似できない。というか、あれができる魔法使いが他にもいたら、世界は恐怖に包まれることになる……って、今はどうでも良かった。




 ともあれ、飯を食って落ちついたところで、次の行き先へ。

 ラヒータから、さらに北へ向かう。相変わらず、美由紀は行き先を言わないが、その方向に何があるかは、俺もイズミも知っていた。そう、学園だ。


「すごい看板ねー」

「……もしかして、太郎兵衛さんの字か?」

「他に誰が書くと思いますか?」


 それほど大きくもない門の柱に、校名を記した板が打ち付けられている。キノーワアラシと大書された看板。正確に言えば、アラシは「嵐」とイデワ文字で書かれていた。


「お父様の話では、毎年のように校名変更の話題が出ていたそうですわ」

「そうか? 俺は好きだな、なんだか学校らしくなくて」

「らしくないから嫌だったんでしょ、弘一。貴方は通う気もないから適当なことを言ってるけど」


 と言いつつ、美由紀も嫌いではないらしい。通ってるわけじゃないからな。

 イズミは困った顔で、校門を見つめている。

 次の年度から編入できるよう、主にコーデンさんが動いている。一応、試験は受けてもらうそうだが、イズミなら問題なく合格できる見通しのようだ。


「はじめまして。学園事務のホシナと申します。皆さん、今日はご見学でよろしかったですね」

「はい。授業の邪魔にならなければ」

「ヨコダイ様も…、お引き受けいただけそうですか?」

「それはここではちょっと…」

「ああ、すみません、失礼しました」


 ホシナさんという中年女性が現れて、学内を案内してくれた。どうやら美由紀が伯爵家を通して頼んでいたらしく、見学者が編入希望かつ創設者の孫ということも知っているようだ。

 ついでに、美由紀も何か企んでいるのか、頼まれているのか。


「まずはこちらに…」

「……………」

「なるほど、そっくりだ」

「どこが!」

「息子さんとそっくりだと言ったのだが」

「……覚えてなさいよ、弘一」


 最初に通された部屋に、肖像画が飾られていた。たぶん孫だからという理由で見学させられたのだろうが、当人は真っ赤な顔でそっぽを向いている。そっぽを向いても生脚は露出したままだから、がに股はやめてほしいものだ。

 なお、そこに描かれているのは眼光鋭く、頭頂部が光る老人である。頑張って探せば、孫にも面影はあるかも知れない。特に探そうという気にはなれないけども。


 その後は校内の施設を簡単に見てまわる。授業中なので教室内は覗いていないが、外の訓練場の様子は遠巻きに眺めた。

 ちなみに、王都で潜入した学校と比べて、校舎はやや小さく、作りも簡素だ。一方で、訓練場は広く、その周囲にも複数の校舎らしき建物が見える。卒業生が残って研究する施設などもあるらしい。

 学生の姿はわずかに確認できた。王都の学校は、いかにも御令息御令嬢な服装ばかりだったが、ここでの服装は自由。ホシナさんの話では、本日の見学者のような格好でも問題はないという。問題ないが目立つだろうと、言外に匂わせている。

 目立つだけなら、どうにでもなりそうだけどな。

 馬車の中のばいんばいんですら見慣れるのだ。イズミだって、最初は一挙手一投足すべて注目を集めるだろうが、じきに落ちつくはず。せいぜい、カワモの妄想の「学園の華」ぐらいには。


「後ろは城壁だよな? ギリギリだなぁ」

「学校を大きくするにあたって、城壁を外に動かしました。移設費用を負担しています」

「その費用も伯爵家から出たんでしょうね」


 ええ…。さすがに絶句した。

 キノーワの城壁が、徐々に外側に移っていることはもちろん知っている。

 現在の城壁は、石積みの壁があって、その外側に堀をめぐらせているが、この姿に整備されたのは五十年ほど前で、それまでの倍以上の面積を囲う大工事だったという。ラヒータ地区も、俺の職場である南門付近も、その時に城内に取り込まれている。

 それ以降は大きな変化はなかったと聞いていたけど、ここは十五年前に拡大。なるほど、よく見ると昔の土塁のような場所がある。うーむ。

 いくら伯爵家が商人を囲って儲けたとはいえ、とんでもない費用だったと想像できる。もちろん、城壁を勝手に造り替えるなんて許されないから、王都の方面の協力も仰いだはず。そこまで入れ込んでいたのか。

 …やはり後継者が入学しないなどあり得ないな。

 イズミも真面目な顔。視線の先には…、運動中の学生たちがいた。


「イズミの同級生もいるのかしら」

「まだ同級生じゃないだろ」


 入学前に顔を合わせておきたい…という感じではなさそうだ。

 三十分ほどホシナさんに案内してもらい、校舎の玄関で別れた。ホシナさんとは、事務的な話以外はほとんど何もしていない。俺たちを煩わしく思っている感じもないから、そういう人なんだろう。

 学生の側からは、俺たちの姿は確認できなかったと思う。こちらもすべて遠巻きに眺めただけで、授業内容を見ていないのでどんな学校とも分からなかった。

 普通の見学なんて、こんなもの。

 むしろ気になるのは美由紀の用件だが…。まぁ知らない方が良さそうな話だろうな。


「ところでイズミ。王都の元婚約者は今ごろどうしてるかしら?」

「さぁ…。何も便りはありませんから、生きているのではないでしょうか」


 ……………。

 美由紀は一応、気を使ってザイセンの話題を振ったのだろうが、イズミの反応は冷淡というよりも、心底興味がなさそうだ。

 もちろんその反応のなさに、今さら俺たちも驚きはしない。


「ここは、例の彼なら入試で落とされる学校。イズミお嬢様のお眼鏡にかなう殿方にも、きっと出逢えるに違いないわね」

「……その台詞を、なぜ俺に言う」

「貴方は「そうだそうだ」って盛り上げる役でしょ」

「お気遣いありがとうございます。お姉様」


 俺がそういう役に立たないことまで織り込み済み。茶番劇の脇役ぐらいなら、誰でもできる。

 苦笑しながら、再び「嵐」の看板前に立つイズミ。相変わらず異様な景色に、生脚を見せつけるお嬢様は、案外似合っている?


「大丈夫です。私も覚悟は決めました。それに…」


 ……前言撤回だな。

 イズミは校門前で、似たような格好の女にしがみついて――――、その先の詳細は伏せさせていただく。誰が実況するか。


「お姉様も来られるのでしょう? 先生として」

「まだそれは内緒のはずだけど」

「それくらいは分かりますわ。これでも他人の視線はいつも追うように訓練されましたから」


 伯爵令嬢の意外な特技が発覚したけれど、美由紀の件は俺ですら薄々気づく程度の話なので、素直に感心できない。いや、アレに顔をうずめてるモゾモゾしている時点で論外だ。学生が授業中でいないのは幸いだ。

 しかし、美由紀が先生か。

 五段認定の件に抵触しないのかが気になる。まぁ美由紀のことだから、根回し、あるいは脅迫はもう進めているんだろうけど。



 で。

 これでイズミの町歩き終了…とはならず。

 むしろ本番はこれからだそうですぜ。


※イズミ町歩き前編です。いやー、イズミはいいおもちゃですねぇ。

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