四十 ほどけた糸(前)
ギケイ騒動から一ヶ月が過ぎた。
あれ以降のギケイには、叛乱を企てる動きはまるでない。また、彼をそそのかすような存在も確認できなかった。もちろん、美由紀が捨てていったあのガラクタは衛兵に無視され、ギケイもすぐに処分させたようだ。
この点に関しては、指輪の効力が切れたことで、自然消滅という形に終わった。
一方の密貿易だが、あの直後、キワコー所有の鉱山の近くに軍隊が派遣された。キジョー公爵の命令で送られた部隊は、単に近くで演習をしただけ…らしいが、そのついでに近くでいろいろあった…らしい。
この脅迫のような行為――脅迫そのものだ――に、キワコーが陥落、すべて自供してしまう。いかにも貴族同士らしい強引な手段だった。
経緯はさておき、国外に資源を売り払った時点で、反逆罪に仕立てることもできる。そうしてキワコーは爵位を剥奪された。恐らくキノーワにはいられないだろう。
ギケイは反逆罪だが未遂。そして王族だからさらに減刑されて、侯爵相当から子爵相当への降格となった。かなりの罰金も科せられたが、意外にも継承順位は維持された。どうせ順位が低すぎるから、継承の可能性がないためらしい。そして、万が一のために継承候補の数を減らしたくない事情もあったようだ。
ともかく、そんな犯罪者の息子に娘はやれぬ…と、婚約の件は無事に破談の方向になりましたとさ。
まぁ幸いというか、ザイセンも特にイズミに執着していたわけではないらしい。
子どもの頃しか顔を合わせていなかったという条件は、向こうも同じなのだ。同年齢の学生のなかにいる彼が、顔も知らない相手を待ち続ける方が不自然だったのだろう。
なお、ザイセンは学校を追い出されずに済んだ。一応爵位剥奪までは行かなかったので、息子に累は及ばなかった形になる。
イズミはザイセンを全く気に入らなかったが、それは婚約者としての評価であって、彼女も別に彼を追い落とそうと思ったわけではない。あの様子では友だちにもなれそうにないが、それはそれで、気に食わない同世代の男。顔を合わせる機会もない他人として、遠からず記憶から消える。
そして――――。
暴走する「ゲーム」を終わらせる。その役割は美由紀に委ねられた。いろいろ不穏な空気が漂うが、俺自身には何もできないし、任せるしかない。
俺やイズミには、かつての俺自身を含む人間が、「ゲーム」で何をしていたのかは、ぼんやりと理解できている。しかし、それがどんな姿で、どんな技術で何をしているのか、そちらは全く分からない。分かったのは、この世界と「ゲーム」が動いていた世界は、技術水準が著しく異なることぐらいだ。
だから、この件の打ち合わせは美由紀とあれでやってもらう。美由紀も、多少は刺が減ったようで、あれと冷静に対話できてはいるようだ。
その代わり、少しずつベッドの中の距離が縮まっている。
どんなに大きくても同じベッドの中だから、寝相一つで接触は免れない。なので俺は毎晩、細心の注意を払って、決まった位置を離れぬよう頑張っている。これ以上少しでも離れようとすれば転落する、そんな位置にすっと身体を落ち着ける特殊能力も獲得した。しかし相手側が侵食してくれば、どんな努力も水泡に帰すのだ。
あれとの対話を我慢したから…という意図は分かるから、「キミ、定位置を守りたまえ」と注意はできない。それでも、いつもなら堂々と正面突破ばかりの美由紀が、何も言って来ないのは少しだけ不安だ。
もちろん美由紀の怒りの元が俺なのだから、過程がどうであれ、その代償を俺に求めるのはおかしい。しかし、そんな理由でないことぐらい分かるから、だから困っている。
……………。
毎朝、目が覚めると女神の笑顔。自動で二度寝できる――失神ともいう――親切設計。それが困るって言うんだよ!
「こんにちは、ミユキお姉様! コーイチお兄様!」
「いらっしゃいルミアちゃん」
「こんにちは。今日も元気だな」
「……今日のお菓子は何だろうって話してました」
夜にはイズミとの密談が予定されているという日の午後。早番で夕方前に帰っていた俺は、久々に小さな訪問者と挨拶する。
やって来たのは、庭で遊んでいる子どもたちの一人。美由紀は毎日お菓子を用意して、時々は東屋で一緒にお茶も飲んでいる。
女の子が着ているのは、古着を仕立てた普段着だが、きちんと洗濯されている。貴族の屋敷に出入りする礼儀だと、親には言われているらしい。正直言って、俺より上の家なのではという気もする。
「この匂いは何だと思う?」
「あ、クッキーだ!」
「正解。ちゃんと手を洗ってから食べてね」
「はい! ありがとうございます、ミユキお姉様!」
クッキーか。この世界にも似たようなお菓子はあるが、美由紀の手作り菓子は異世界の知識が加わるから、どことなく違う。それ以前に、貴族でもない人間には、似たようなお菓子だって食べる機会はなかったのだが。
彼女が買い集めている材料は、伯爵家でも使わないほどの稀少なものが多い。まぁ、伯爵家の御令嬢がそう証言しているのであって、俺にはそもそも稀少なのかよく分からないけれど。
それほどに原価が高そうなお菓子を、美由紀はもちろん無料で提供している。大したもんだなぁ…と、俺が言うのもおかしいか。
「あの子たちが勉強できる場を作るのは、なかなか難しいわね」
「読み書きは教えてるんだろ?」
「その程度のことを勉強とは言わないのよ。キノーワの看板さん」
看板はどうでもいいんだよ、この際。
………。
公爵相当の美由紀が、その辺の子どもたちを自宅で遊ばせて、一緒に茶を飲む。身分差がありすぎて、子どもの側も困るのではと思っていたが、数日で慣れたらしい。あの魅了の気も、子ども相手なら役に立つのだろう。
まぁ、子どもはそんな身分差なんて気にしないか。
それに、美由紀は公爵相当だが公爵ではないし、生まれついての貴族でもない。世襲貴族は、その町の歴史の中で特別視されているから、ぽっと出は貴族もどき。実際、この町の貴族がすべて美由紀に好意的なはずはなく、むしろ伯爵家が例外だ。子どもたちにも、そうした区別はあるのかも知れない。
元の世界には、制度としての貴族は存在しないという。
そのわりに、美由紀は自分の位置を理解して、貴族たちともうまく立ち回っている。書物の知識はあると聞いたけど、結局は地頭が違うのだろう。
純粋培養貴族でない強みも、十分に発揮している。
なお、純粋培養貴族といえばイズミだが、あいつはあいつで太郎兵衛さんの英才教育を受けている。その経験が、俺みたいなゲスな野郎を友だちと認めることにつながったわけだ。ああ、これはどうでもいいや。
「太郎兵衛さんが学校を作ったのも、きちんとした勉強をさせるためだったわけか」
「わずかでも元の世界の記憶があるなら、勉強の大切さに気づいたはず」
「ふぅん…」
わずかな記憶もない俺は…どうだ?
書類の山に囲まれて、後継者養成の重要性はひしひしと感じているが、美由紀の言っているのはそこじゃない。
後継者を養成するには、養成可能なだけの基礎的な勉強が必要だが、その場がない。貴族向けの学校には貴族しか入れないし、その学校すら不十分だと考えているからなぁ。
美由紀が求めるのが、美由紀並みの才女なんだとすれば、今の俺には荷が重い話題だ。
その日の夜。
「あぁんお姉さ…、臭っ!」
「ふふ。気に入った? イズミ」
「な、な、なんですかそれ!?」
いつものように飛び込んで来たイズミが、弾かれたように離れる様子は一見の価値があったな。
そして美由紀が取り出しましたる物体は?
「カバンに入っていたのを思い出したの。みんな大好き、馬糞香水よ」
「お、お、お姉様。どうか気を確かに」
アホか、と思わず叫びそうになるのを、必死に留める。これは罠だ。イズミを驚かせつつ、忘れようと思っていた馬糞の話題に戻そうとしている。
まぁそれはさておき――――。
馬糞香水は、もちろんイデワでは作られていない。近隣諸国も、まさかこんなバカなものを作りはしないはず。
「元の世界はこんなものを使っているのか? 正気とは思えないな」
「残念ですが、私も弘一に同感ですわ」
「心配しなくても、向こうの紳士淑女がつけるものじゃないわよ」
美由紀が言うには、宴の場を盛り上げるためのおもちゃみたいなものだとか。これで盛り上がるっていうのが信じられないが。
イズミもやはり、納得できない表情だ。
「向こうの世界に馬はいるけど、身近に飼われているわけじゃない。だからこれは珍しい臭いなの」
「ふぅむ」
「それとねぇ、正確に言えば、これは向こうで作ったり売ってるものじゃないわ」
「はぁ?」
「あの銃と同じよ」
…………なるほど。相変わらず策士だな。
馬糞香水は、ゲームで流通していた所持品。で、ゲームはあくまでゲームだから、そこに本物があったわけではないが、なぜかこの世界で存在しているわけだ。
美由紀はカバンから、例の銃を取りだした。イズミは初めて見るし、俺もあの時ちらっと見ただけで、じっくり確認するのは初めてになる。
何というか、発射口と銃爪があるから銃と認識はできる。しかし全体的に細いのに、持ち手側だけ妙にでかいし、銃爪とは別の長い突起もある。いろいろ違和感のある武器だ。
「無茶苦茶な銃よ、これは」
「どの辺が?」
「魔力を流し込まないと使えない。その代わり、この弾倉を着けたら千発は連続で撃てる」
「ええっ……」
「危険すぎますわ」
で、これはゲームの持ち物。向こうの世界には、似たような物はあるけれど、魔力を込めて千発というものは存在しない。そもそも、向こうには魔法は存在しないのだ。
対して、こちらには魔法がある。しかしこの銃に必要な魔力が大きすぎて、美由紀にしか使えない可能性が高い。
「じゃあ、ギケイがこれを集めても、結局は使えなかったってことか」
「そこは分からない。指輪の力で…ということは考えられるし」
「お姉様。ゲームではどうだったのですか?」
「ゲームの中でなら、自分の持ち物になればそれで使えたのよ」
魔法のない世界のゲームで、なぜ魔法を使えるのかよく分からないが、ゲームの参加者は、その中では全員魔法使いだった。だから誰でも問題なく使えた…と、それって恐ろしすぎるんだが。
「人間同士で戦うことはできなかったから、二人が想像したようなことは起きてないわ」
「じゃあお前は殺人鬼ではなかったんだな?」
「貴方は、自分が殺人鬼だった可能性を考えた方がいいと思うけど」
「こんな温厚な男にできるわけないだろう」
「ゲームはね、そういう人間の隠された欲望をさらけ出す場所だって知ってた?」
「知るか。というか、どうしても俺を殺人鬼にしたいのか」
「………二人の会話に入っていけませんわ」
呆れ顔のイズミを見て、急に羞恥心に襲われる。いや、仲良く殺人鬼について語り合うなんてどうかしてるけど。
ともかく、武器は存在したし使えたが、使う機会はない。必要はないけれど、他のゲームにもあるから用意した、そんな感じらしい。
安直に過ぎる気がするけれど、そもそもゲーム内の持ち物は実在しないのだから、適当でも問題はなかったわけだ。
しかし、それがこうして存在するとなれば話は別だ。
「では質問だ。そういう「あってはならないもの」が、このカバンの中にはあった。つまり、このカバン自体も、現実化するはずのないゲームで使われていた「あってはならないもの」だと考えていいか?」
「見事な整理ね。さすが私の大切な人」
「…確かお前はこう言ってたよな。カバンは来訪者の持ち物で、ここに来る際に没収されたと。しかし今の話だと、来訪者が元の世界でカバンを使っていたわけではない。そうすると、一つの推測が成り立つ」
「どんな推測?」
「お前そのものが、ゲーム内の存在だった」
正直、自分でも滅茶苦茶だと思う。太郎兵衛さんの存在、イデワ文字のこと、それらを考えれば、美由紀が架空の存在なはずはない。いや、それ以前に、肌で感じて分かっているさ。
…………。
すぐに笑い飛ばして終わりのはずだったが、その沈黙は長かった。
「なるほど、見事なものね」
「お、お姉様?」
「高校三年の秋、受験勉強に精を出しすぎた小牧弘一は寝癖もそのままに登校。その日からしばらく、弘一のあだ名は”帰って来たウル●ラマン”だった」
「お姉様?」
「…………さっぱり分からないが、要するに俺の恥ずかしい過去をお前は知っている、そう言いたいんだな?」
「かもしれないわ」
「承知した」
一転して、勝ち誇った顔の美由紀。ちぇっ。こんな俺の過去が栄光に彩られているわけないんだ。というか、今の単語の半分ぐらいはよく分からなかった。
「あの…お姉様」
「なあに?」
「ウルト●マンって、何ですか?」
そのまま流せばいいのに、イズミが余計な質問をするものだから、美由紀は嬉々とした表情で解説してくれた。
遠くの星から、美由紀たちがいた星を救いに来てくれる男、その名はウ●トラマン。ものすごく大きくて、全身に赤とか銀色の模様があって、頭頂部の中央だけ盛り上がった不思議な頭。かつての俺の寝癖がどんな形なのか、残念なことに想像がついてしまった。
なお、ウルトラ●ンは架空の存在だという。架空の物語の中の存在だけど、だいたいみんな知っていた。キノーワ神みたいなものか?
「あとねぇ、弘一」
「まだ何かあるのか?」
「ウル●ラマンは、私たちを助けたら、元の星に帰っちゃったの。だから貴方は”帰って来た”」
とうとうイズミが吹きだしてしまう。ああそうさ、こんな口の達者な女に余計なことをしゃべらせれば、お決まりの結果さ。きっと当時の俺も苦労していたに違いないさ。
しばらくお茶を飲んでのんびりした後、再び疑問点の整理に戻る。
美由紀が架空の存在でないことと、ないはずのカバンを持っていることは別だ。
「そもそもカバンの中ってどうなってるんだ? 人は入れるのか?」
「すごいこと聞くのね」
生き物が生きたまま入ることは、例の鳥の一件で確認できた。
あ、ちなみにあの鳥は、遊びに来た子どもの一人に引き取られた。家で飼っているので一緒に…という話だから、そのまま加工業者に持ち込まれたわけではないはず。
一瞬でも、人間の言葉を話した鳥だ。次はぜひ人間に。ああ、しかし、輪廻はあれが関与しているんだろうか? 今度聞いてみよう。
「モンスターの死体なら入るから、弘一が入りたいなら止めはしないけど」
「その振りで入る奴に会ってみたい」
鮮血したたる死体を放り込んでも、他の物が血まみれになったりはしないらしい。無数の部屋が存在する感じだというが、異空間を覗き込んでもそんなものは見えない。これは入って確かめるしかない…ので、もちろん入らないぞ。必要もないのに、誰がこんな得体の知れない空間に飛び込むかって。
「お姉様。中は何も見えないのですね」
「そうねぇ。なぜかと聞かれても分からないけど」
「どんなものが入っているのですか? こちらに口を向けて、取りだしてもらえませんか?」
「イズミもけっこう気になってるのね」
実在しないはずのものが入っているカバン。中に異空間が広がっているのは確認済みだが、そもそも広大な異空間からどうやって物を取り出すのかも謎だ。
そして――――。
単純に、見知らぬ世界のものが他にも入っていないのか、興味もあった。その興味を隠しても仕方ないから、イズミと一緒だと白状してみると、呆れた顔で美由紀はつぶやいた。
「新しいおもちゃをもらった子どもね」
「悔しいですが私も興味があります、お姉様」
「そこで悔しがる必要はないと思うが」
ため息をついて、美由紀はカバンを開けた。
例によって、中は異空間が広がっている。だいたい真っ黒だけど、何となく渦を巻いているような感じで動いているように見える。空間の広さは全く分からない。口が狭いが、頑張れば本当に入れなくもなさそうな気にはなる。入らないぞ。
「せっかくだから試してみましょうか。弘一、あの時に回収した弓を取り出すつもりで手を入れて」
「え? あ、あぁ…」
いきなり難しいことを言う。仕方がないので、弓を取り出す、弓を取り出すとつぶやきながら手を突っ込んだ。
………。
…………。
「何もないが」
「じゃあ、イズミもやってみて」
「は、はい」
今度はイズミ。しかめっ面でブツブツつぶやいている。とても笑える絵面だが、ついさっきの自分だ。
「何もつかめません…」
「そうなのね。どうやら所有者にしか使えない、と」
美由紀が言うには、ゲームでは持ち物の所有者が決まっていた。一部の物は譲渡可能で、そのための方法も存在したらしい…が。
「これがゲームのカバンなのは間違いないけど、ゲームのように設定できないのよ。どうしてこういう状態で私が所有しているのかは、残念ながら説明できないわ」
「中に入っている物には、心当たりがあるのか?」
「だいたい、ね」
ゲームをやっている時には、カバンの中身を使う機会はないと、美由紀は笑う。どうも、このゲームというのは、必要のない物が大量に用意されていたようだ。
ゲームの目的は異世界を歩き回ることで、伯爵令嬢などのイベントはおまけでしかなかった。一応剣などの武器を手に入れたり、魔法で戦うことはできたが、その相手はやる気のないモンスターで、手を出さなければ向こうから攻撃されることもなかったらしい。
「それじゃあ、モンスターと戦う側が悪者になるよな?」
「一応、モンスターが増えると困るとか、言い訳みたいなものはあったと思うわ」
そんな条件で、わざわざ強くなって戦いたい奴はいない。そもそもゲーム内のモンスターは弱く、素手で殴っても勝てたという。だから訓練して強くなろうとする者がいなかったのは当然だ。
他には、道中でたまたま拾った物なども、カバンに入っているというが、これもなんの役にも立たず、美由紀自身も何があるのか把握していない、と。
「結論から言えば、ちっとも面白そうじゃないなぁ。冒険職が仕事をせずにぶらぶらして、ガラクタを拾っているだけだろ」
「さすが弘一ね。的確すぎるわ」
「褒められても嬉しくない」
そんなものをやっていた連中は、何を求めていたのだろうか。
いや、連中と呼んでみたが、美由紀の言い分では、俺自身がその一人だ。しかも、相当にのめり込んでいたというではないか。
「好意的に説明するなら、それだけこちらの世界は魅力的だったのよ。向こうとは全く違う異世界に、普通に人が暮らしているのが」
「それを覗かれていたわけだな。イズミちゃんかわいーとか?」
「寒気がするからやめて」
まぁイズミにとっては冗談にならないが、全世界が同じ条件で覗かれていたなら、いくらかは気分もマシに…なるわけないか。
どっちにしろ、俺が楽しめる感じはしない。冒険職になりたいわけじゃないが、ぶらぶらするぐらいならモンスターでも退治して格好つけたい気もする。危険な目に遭うのは嫌だけど。
その後、美由紀はカバンの中を探って、いくつか謎の品を出した。
「お姉様の手が入って…、見えなくなりました」
「物のありかは隠されているんだな」
「目に見えているものは虚像で、また別のどこかにつながっている。そんな感じじゃないかしら」
探る際には「何か入ってるもの」程度でつかめるらしい。ずいぶんいい加減な仕様のようだが、そうでもなければ、入れた記憶のない物は取り出せないわけだ。
まずは………、携帯食糧のようだ。見たことのないものだが。
「これが何かは分かると思うけど、向こうの世界でこんなものは作られてない」
「つまり、これもゲームで拾った?」
「どうやって手にしたのかは忘れたけど、使ってないのは確かね。たぶん、数千個はある」
「売れば一財産じゃないか」
美由紀は、その携帯食糧を包んでいる透明な紙のようなものを破いた。中に入っているのは、細長い棒のような形の固形物。正直、食べ物というよりは、鹿のうんちに似ている。最初から食欲が湧かないので、我ながら躊躇なく酷い例えをしてしまった。
三人の手に一本ずつ渡され、同時に食べることになった。見た目はさておき、試食が嫌というほどでもないので、さっさと口に放り込む。
口の中でぐにゃっとする。意外に甘い。小さいけれど、しっかり味はついている。
そして――――。
「気のせいかしら。疲れが取れたような…」
「俺も、そんな気がする」
「気のせいじゃないわ。これは、そういう効果のある食べ物だから」
はぁ? そんな食べ物なんてあるか?
俺とイズミは顔を見合わせる。
「回復魔法がかかってるってことか?」
「魔法ではない…と思うんだけど、正直言って、私も説明はできないの。とりあえず、カバンの中以外にはどこにも存在しないはず」
「怪しすぎるなぁ」
これじゃ売れないぞ…と、そんなことはどうでも良かった。
「じゃあ次はこれ」
「…………帽子? 兜?」
「正解」
「どっちが…って、なるほど」
思わず正解してしまったのは、兜。ただし造りが何だか珍しい。というか、それらが全く気にならないほどに目立っているものがある。前面に金属製の飾りがつけてあり、その飾りはどう見てもイデワ文字だ。
「立派な兜でございますから、これはわざわざお越しいただきました、そちらの御令嬢に」
「変なしゃべりしないで弘一。気持ち悪い」
「まぁいいからかぶってみろ。な? な?」
「そこまで挙動不審になる理由があるかしら」
俺はその文字に見覚えがあったので、全力でイズミに譲ろうとした。しかし美由紀は何の躊躇もなく、俺の頭にかぶせてしまう。ああ、努力が台無しだぜ。
…………。
イズミの表情が実に腹立たしい。キミはこの文字の意味を知っているのか?
「で、美由紀はこの兜に心当たりがあるのか?」
「カバンに入っている理由は知らないけど、向こうの世界にこんな兜はあるわよ。貴方のように、目の前にいる愛する人にすべてを捧げたいと思ったらかぶるの」
「後半は嘘だな」
「貴方がそう思うなら、それが真実」
「俺はそんなこと思ってないから、ただの嘘だ」
「愛」の文字をつけた兜は、向こうの歴史上の人物がかぶっていたそうな。で、別に愛を語るわけではなく、何かの神さまの名前の一部らしい。
そしてこれは―――――。
「たとえば百の力で叩かれた時に、それを九十八ぐらいに軽減してくれる兜ね」
「それって軽減っていうのか?」
その辺の鍋をかぶった方が軽減されそうだ、と思う。鍋はかぶりにくいけど。
ただ、例えば相手が強力な魔法攻撃をした場合も、百が九十八になるらしい。
「つまり、美由紀の攻撃にも耐える?」
「それは無理」
管理者の力を取り込んだ今の美由紀には効かないそうだ。ちぇ、残念だ。これは心の声だ。
とりあえず、兜は美由紀に返却、そのまま収納された。この世界の兜でないことは、かぶっただけでは分からないので、宴会の罰ゲームに使えるかも知れない。ワイトさんなら喜んでかぶりそうだし、もしかしたら愛を語り出すかも知れない。
※第6章。長くなりますが「奪還」します。箸休めのようにイズミの話も挟まります。それなりにシビアな展開もあるかも知れませんが、「主人公だし大丈夫だろう」とでも思っていただければ。
ブックマーク、評価などありがとうございます。
※公開即修正。伏せ字忘れていた。そもそも伏せ字にする必要があるのかあれだけど。




